前編
家紋 武範様主催【夢幻企画】の参加小説です。
暗い部屋に二人がテーブルを挟んで話し合っている。
声の大きさは決して大きくなく、何やら秘密の会談のようだ。
意味深に置かれたチェスの駒を男が拾い上げ、床に置いた。
「えっなんで」
「邪魔だったから」
「床の方が邪魔じゃないかな……」
「馬鹿、これは床に置くことによってこいつを地獄に落としてやるという暗喩です」
「ああ、うん……なるほど?」
再び声は小さくなり、さきほどの高度な会話に含まれた謎の交渉がしばらく続いたのち。
女性の方が立ち上がった。
「それじゃ、実演と行こうか?」
「北風と太陽ならぬ、悪夢使いと幻覚使いか。おもしろい」
「その順番だと、キミ負けることにならない?」
「ホントだ」
本気で驚きつつ、立ち上がった男はナイフ
「ダガーだ」
ちょっと照明役の人黙っててくれる?
立ち上がった男はダガーを手に取り、自らの腕を落とした。
だが、斬られたほうの腕は既に再生が始まり、手首まで生えている。
男はやれやれと首を振り、落ちた腕の方から血を掬い取って床に何か書き始めた。
「誰を召喚するの? いつもの人じゃ、おもしろくないでしょ」
「もちろん。あれじゃ比較にならない。だから、二人連れてくる。無能な大臣が二人いなくなったところで誰も困りはしない国から、二人ずつ」
「狂って頭がおかしくなっても、いつものことだって片付けられるような国?」
「ふふ。そうかもしれない。どこの国だろうな」
「あは。どこの国だろう」
彼らの会話は軽やかで、被害に遭う相手のことなんかどうでもいいようだ。
妖しく笑って、それぞれの術の準備に取り掛かった。
悪夢も幻覚も人間関係も、第一印象が大事だ。
その第一印象が嘘か本当かは分からないのも、人間関係と似ているかもしれない。
ただ少しだけ違うのは、人間関係はその人と付き合っていくうちにそれが分かること。
悪夢や幻覚は一度っきり。二度目に会うことはない。だから分からない。
分からないまま、分かったふりをしたまま、二度目に遭った場合に待ち受けるのは――。
「テーマは死。どっちがよりビビったかで勝敗を決めよっか」
「いいだろう。死なら得意だ。この勝負、もらったな」
「ちょっと早合点じゃない? ボクも、得意だよ? アサシンだから」
「おっと。それは失礼。暗殺者より血にまみれた男で済まないな」
「あっははは。ケンカ売ってる?」
男はくすくす笑いながら、気を失った男たちを小突き、目を覚まさせる。
「残念ながら、おれは優しい悪夢使いじゃない。悪夢は自分のために、強いては彼女のために」
「ボクは仕事で使うこともあるけど、ほとんど趣味だね。悪趣味だって思った? 幻覚使いなんて、みんなそんなもんだよ。正義の幻術士なんて、居ないの」
女の声はいっそ優しかった。
それがこれから起こる惨状を予測させてしまって、生贄の男達は震えるしかない。
だが、悪夢も幻覚も既に始まっている。
男は筋肉を隆起させて斧を取り出し、女はくすりと笑ってフードの奥を光らせた。
やがて悲鳴や漏れるものもすべて出し切ったあと、片づけがおこなわれて。
斧男とフード女は再びテーブルに着席した。
部屋の端っこには、暴れないように拘束された男達が2ペア。
一つは既に正気ではなく、だらしなくよだれをたらして気絶している。
もう一つは、そんな惨状を見ないように効かないように覆面させられた新たな生贄。
何も分からない、それもまた恐怖なのだろう。
それとも理由もなしに呼び出された怒りか。
男達は細かく震えていた。
「どっちも使い物にならなくなっちゃったね。やっぱ普通の人じゃ、耐えられないか」
「最悪、どうとでもなる。捨ててもいいし、すべての記憶を改ざんして、幸せな人生に戻してやることだってできる。彼女が、そう望めば」
「ふうん。で、勝敗は?」
「引き分けだ。ということでもう一戦やろう」