3話. あの日、守りたかったもの。
――誰でも辛く寂しく、生きてかないとならない。それでも自分は例外だって思ってた……?
いっそ、誰かのせいにして止められたら……それは私だって考えたさ。
でもさ、いざその好機が現れても、君だって狼狽えることしか出来ないだろ。
だって、君は私の鑑写しだからな。
……確かにアレは当たってた。今だってそうだ。
非現実な虚空の空間を落下し、さらにはその底と思わしきところで死が目前に迫っていた。
それでこの僕があろうことか、恐怖に支配されそうになった。
だから、僕は現実じゃないみたいに考えることにした。振る舞う事にしたんだ。
その結果は、酷いもんだったけど。
◇
「ピィィイイイイイヤァアアアアアアアアアアアアッ!!」
フルアーマーの男が初心な少女のような悲鳴を上げ、右手のグレートソードで闇雲に空を斬る。
すると、グレートソードの刃から青い炎が噴き出て、僕の真上へ飛んだ。
僕が飛び出てきた穴のある方だ。
一瞬しか見えなかったが、穴の周り……この部屋の天井は、灰色の石で出来ている。
その灰色の天井に炎が突き刺さり、空気を切り裂くような爆発音が轟いた。
眩しい光の中、爆発によって破壊された天井の瓦礫が、赤髪の少女の真上に落ちていくのが見える。
左腕の根本から血を吹き出しながら、僕はその少女に飛びつき、瓦礫と少女の激突を回避させた。
「……サースィ」
目をぱちくりさせ、赤髪の少女は僕に何かを言う。
けど分からないし、分かろうとしている時間もない。
この部屋の天井はあのフルアーマー馬鹿のせいで、もう五分と持たないだろう。
次から次に天井は壊れ、その瓦礫がそこらじゅうに落ちまくっている。
「マーバ! ガー・ナイ!」
そう言って、フルアーマーの男の3人の仲間の一人……緑色の絹のローブを来た女が他の仲間に指示を出す。
その指示らしき言葉を聞いた2人、大きな盾持ちの大男と弓持ちの線の細い女がフルアーマーの男の腕を引っ張って、僕たちに背を向け、奥の方へと走っていく。
彼らはこの部屋から撤退するみたいだ。
僕たちもそうしないとまずい。
――コンッ、と小気味のいい音がして、僕の危機感マックスな思考が一時中断される。
何かが天井から瓦礫と一緒に降ってきたみたいだ。
僕はその落ちた何かを右手で拾い上げ、首を傾げる。
……これは電話の受話器だ。なんで、天井から……?
「ドゥ! ワー・ゴーラ・ドゥ……!」
赤髪の少女に必死に服の袖を引かれ、僕は我に返った。
逃げないと。
僕は左腕を落としても何ともなかった。しかも、痛くない。
でも、死なないとも限らない。
それに、この赤髪の子を、僕のせいで死なせたくない。
「つかまって……!」
なんて言っても、通じてるかは分からない。
この時、僕は覚悟を決めたんだ。場当たり的で、衝動的だったけど。
消極的な僕にとっては、まるで月面の初歩だった。
僕は身体を丸め、自信で傘を作り、その中に赤髪の少女を引き込む。
そして、歩く。
こんな体勢で走れやしない。上から落ちた瓦礫が背中に当たって、痛くはないけど、息がし辛い。
それに何だか、僕の額からも血が吹き出してきてやがる。
身体が思うように動かせない。鉛の重りが付いてるみたいだ。
それに右脚がプランプランしてる。付け根のどこか骨の関節が固定されてない感じだ。
でも、この子を守り通さないとって思った。
だって、この子は僕を助けようとしてくれたんだ。
「どこ……か……どこかに……」
フルアーマーの男たちが去った方には出口があったかもしれない。
だけど、今そっちの方は大量の瓦礫で塞がれていて通れない。
逆の側には壁があるだけだ。
「開け……! 開けよ!」
扉なんてないのに。その壁を何回も右手一本で殴る。
力の限り、殴って……殴って……
拳の皮が剥がれ、肉が出ても殴り、ついには骨まで見えてきた。
僕の周りには血だまりが出来、それを見た赤髪の少女が涙ながらに僕の拳を止めようと腕にすがりつく。
その少女を振り払って、僕は壁に渾身の一撃を打ち付けた。
「開けッ!」
だけど、何にもならない。強いて言うなら、一つ小さなヒビが入っただけ。
何だよ。どうせ僕なんかじゃダメだっていうのか。
こんなよく分からない場所に落ちて……やっと、よく分からない力を身につけたのに。
それも痛みがないってだけだけど。
僕が失意に目線を落とすと、シミ一つない灰色の床が嘲るように見返してきた。
あれ……さっきまで血があって……?
いや、もう無くなっている。それに左腕の根本から、薄く白い骨の塊が生えてきてる。
再生してる……?
なんで……?
『ブレア・ヤン、マー・サニ!』
まさか、あの時……それとも……。
『何だ、この変態……! 思ってたのと違ちげぇぞ!』
いや、なんでだっていい。
助かる見込みがあるのなら。
僕はふぅーっと息を一気に吐くと、壁の小さなヒビに骨だけの左腕を突っ込む。
段々とこの腕は回復してる。腕の骨が伸び、さらにはそれに筋肉が付けば、その筋肉が壁の石を押してくれるはずだ。
「壊せ! 壊せッ!」
腕の再生力が石に負けることもあり得た。
だけど、信じて僕は腕を、自分の身体をどんどんヒビの中に突っ込んだ。
肩を通り越し、頭まで。
僕なんか壊れたって構わない。
落下の拍子に脆くなった身体をヒビに押し込める。
――ピキピキピキッ、と音がして、ヒビはやがて大きくなり、石の壁に穴を開けた。
人一人がようやく通れる穴だ。
僕は右脚に手をかけ、引きちぎり、その穴の向こうに投げ入れる。
「これで……少しは……通りやす……く……」
そして、赤髪の少女を抱え、僕は穴から崩落する石部屋を脱出した。
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