2話. ヒーローになろうとする、泣き虫少女。
僕は落ちながらまた思う。
グリンピースでも何でもいい。お腹いっぱいにしておくんだった。
空腹で死ぬのはなんか嫌だ。粋じゃない。
暗い空、いや闇でしかないんだけど……それを見上げると、灰色の石壁の他に赤い点が見える。
さっき、落ちる前、見損なった赤い鱗の塊だろうか。
いつの間にか、あんなに遠い。
何だかバカでかいモノに思えたけど、もうあんなに小さく見えるなんて。
僕が落ちているだけじゃなく、向こうの赤い塊の方も自ら遠のいていってるような気がした。
僕は遠くの赤い塊を、もっとよくよく確認しようと目を凝らす。
けど、僕の視界はボヤけていた。これじゃあ、よく見えない。
だから目を擦り、二回瞬きした。
少しはハッキリ見えないかなって。
でも、僕の瞬きは想像とは全く違う効果を発揮した。
僕が1回2回と瞬きするたびに、どんどん視界がボヤけていったのだ。
目の上に涙が溜まっていってるって感じ……なのか、これは。
いや、水の中に沈んでいってるみたいな感じ……そんな感じに視界が変わっていってる。
10回目に瞬きすると、一瞬、虹色の細長いオーロラが闇を泳ぐのが見えた。
僕が11回目の瞬きをすると、さらに視界はおかしな事になった。
今度は白い粒が虚空だった場所を埋め尽くし、目の前が真っ白になったのだ。
なんてこった。ワンチャン眼科に行ったら治るか?
『ウィリカ・トゥ・トラバ!』
『トラバ! トラバ!』
『ブレア・ヤン、マー・サニ!』
『サニ! サニ!』
ダメだ。なんか幻聴まで聞こえる。少女の声がたくさんで大合唱してる!
しかも、急に身体がむずがゆくなってきた!
声を聞いてると、身体中をミミズが這ってるみたいな感覚がする!
シット! すげえ!
カモン精神科。僕の頭に電極1本差してくれ。
そんな風に僕が自分の目と耳に混乱していたら、突然僕の真っ白だった視界に一つの穴が開いた。
穴の向こうには、泣き崩れ、灰色の床にひざまずく赤い髪の女の子が見える。
その女の子を壁に追い詰めるようにして、4人くらいの青年少女たちが立っているのがさらに見える。
赤髪の女の子はぼろマントを身に羽織り、4人の方は仕立てのいい服を着ている……。
……ような気がする。
遠すぎてよく見えない。少なくとも赤髪の女の子以外はちゃんと服を着ているみたいだ。
そして、4人の内の一番背の高くて白い全身鎧……フルアーマーの男が女の子の前に進み出て、白銀のグレートソードを右手に持ち、振り上げるのが見える。
明らかに赤髪の女の子を殺す気だ。
『ナーユ・アンル・ドゥ……ミー・ザ・ブレイズ』
『スタ! アー・ワンネ・ドゥ!』
日本語でOK。
いや、ちょっと待て。
なんか、穴の向こうの景色が大きくなってきてる気がする。
大きくなってるというか、近くなって来てるというか。
これって……僕が穴に向かって落ちてる?
そうか。僕は落ちてるんだった。
色々幻影見すぎて忘れてたわ。
落ちるのなら、いつか底にたどり着いても当然だよな……。最初は果てのない虚空だとか思ってたけど。
こんだけの長い時間落ちたんだから、きっと底にはグシャっと着地するんだろう。
いいね、スカッとする結論だ。
「いや、何考えてんだ僕! 誰か受け止めてくれーッ!」
「マー・ガドゥ……ほわぁッ!?」
さっきまで泣いてた子が、涙と鼻水でグショグショの顔を驚きの表情に染める。
そりゃそうだ。
悲劇のヒロインの如く泣いてたら、いきなり上から人が落ちてきたのだ。驚きもする。
一瞬にして、赤髪の少女は悲しみにくれるスキを失った。
だって、自分よりもピンチな人が突然現れたのだ。
「ドゥ・ナ・マーバ! ドゥ・ナッ!」
赤髪の少女がこっちに必死で叫ぶが、何言ってるか全然わからない。
動かないで!――とか、動揺するな!――的な事だろうか?
自分に刃を向けるフルアーマーの男を無視して、落ちる僕をただ助けようと、赤髪の少女は両腕を広げた。
「ホワ・ハパ……?」
フルアーマーの男と、その仲間と思わしき服を来たその他3人、彼らが呆気に取られる中……
僕は穴から飛び出て、落ちて……赤髪の少女の両腕に受け止め……
……られず。
これでもかって勢いで地面に叩きつけられた。
両腕広げる赤髪の少女の、すぐ手前の地面に。
惜しいね!
てか、信じらんない。
空から落ちる、あのアニメのあの少女はフワっと受け止められて無事で……?
青年男子である僕はこんな物理法則のままに叩きつけられる、とか。
世の不条理を感じる。
僕は男主人公の無念さを代表して、素早く立ち上がり、拳を天に突き上げた。
「マ・ガッ!?」
フルアーマーの男が驚いて、口をアゴが落ちそうなほど開ける。
……いや、なんで立ち上がれんだ、僕。
もう完全に目が点な周りを放って、次に僕は準備体操をしてみる。
モノは試しだ。腕を伸ばして、手首の運動。
あんなにずっと虚空を落ちてたのに……ほらこんなに身体はピンピン……。
グシャッ――と肉が落ちる音がする。
みんな揃って音がした方を見ると、腕が落ちている。
僕の左腕だ。ヤバい、大声で悲鳴を上げたくなってきた。
「ピィィイイイイイヤァアアアアアアアアアアアアッ!!」
フルアーマーの男の悲鳴が、そのダンションにこだました。
ご愛読ありがとうございます。
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