1話. ぼくは虚空に落ちました。
一つ息をつく。
僕は悪くない。
だから独り言。
『悪いのはグリンピースと母さんだ。そうともさ……』
僕はグリンピースが苦手だ。
特にアレルギーがあるってわけじゃない。ただ嫌いなだけ。
僕の母親だって知っている事実だ。
なのにだ、昨日の食卓は朝から晩までグリンピース尽くしだった。
グリンピースのサラダ、グリンピースのグリル、グリンピースの燻製……
皿に山盛りのグリンピースを見るたび、頭の上にハテナが浮かぶ。
僕って何か悪いことしたか。
考えたって何も浮かばない。僕は悪いことなんてしていない。
だから、昨日の母がした静かなる暴力に、僕はNOを突き付けようと心に決めた。
今日は学校サボってやる。塾だって行かない。
パジャマ着込んで、カーテン閉め切り、太陽とは決別するんだ。
僕は引きこもりになってやる、今日だけ限定で。
飯だっているもんか。引きこもり越えて、もはやこちとらガンジーだ。
そう思って、自分の部屋にこもってから、今は1時間半が経過しようとしているところだ。
壁かけ時計によると、時刻は10時11分。午前。
「お腹すいた……」
結論、僕にはガンジーなんか無理なわけで。
分かり切っていたことだ。1時間半耐えただけでも、僕にしてはよくやった。
実質2時間みたいなもん。
頭の中で勝利のファンファーレを鳴らしつつ、自分のちんけな功績を称えつつ……
――僕は、自分の部屋のドアをドンッと開け放った。
そして唖然とした。
「……は?」
ドアの外に……そこにあるはずの廊下が無くなっていた。
というか、床が無い。ドアの外はただただ暗闇だ。
開け放ったドアから、顔を出し、ゆっくりと下を覗き込むも地面すら見えない。
暗い暗い虚空が広がっている。
虚空以外に見えるのは、ドアの外枠から伸びる、下へとただ真っ直ぐ続く灰色の石壁のみだ。
どうなってる?――とかじゃなくて、もう何が何だか分からない。
僕の家はどこに行ったんだ……僕の部屋だけ置いて、スタコラさっさと逃げちまったのか?
てか、どこだよ、ここは。
見下ろした虚空からゆっくりと顔を上げると、ドアの外枠から目の前に白い紐のようなものが垂れている事に気付く。
掴んで、たぐり寄せてみると、何だか見覚えのある紐だ。紙で出来ている。
あれだ、近所の神社にかかっているヤツと似ている。
あれ、何て言うんだっけな。
紙を何回か折って作った白いアレ。封印とかに使われてるヤツ。
ともかくソレが僕の部屋のドアの外枠に、緑色のキモイ液体でくっつけてある。
何の嫌がらせだ。
「おーーーーーーい! イヤッホォオオオオオオオオイ!」
僕は虚空の底に向かって叫ぶも、応答はない。
待て、今なら何でも叫びたい放題じゃね。
「母さん? いる!? 母さん、おっ●い! ばぶぅばぶぅうううううう!」
よし、こんだけドぎつい事を言っても、母さんが飛んでこない。
母さんは近くにいない。自由だ。もはや僕は自由の女神さまだ。
……どうしよう。
途方にくれる僕を突如、突風が襲う。
下からの風に、身体が揺らぎ、足が一瞬空に浮いた。
「何だ、この変態……! 思ってたのと違ぇぞ!」
女みたいに甲高い声がして、金色の爬虫類みたいな眼は通り過ぎ、大きな赤い鱗の塊が僕の前の虚空に現れた。
僕はそいつの正体を確認することもかなわず、風に足をすくわれ、落ちてしまった。
――ドアの外の世界に落ちた。
空中で思う。
なぜ僕がこんな目に。
一つ息をつく。
僕は悪くない。
「……悪いのはグリンピースと母さんだ。そうともさ」
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作者がめちゃくちゃ喜びます。
ゆっくりやってけたらなって思います。