8 * 結構使えそう
主人公、ものつくりの真っ最中ですがこの後ちょっとお休みいただきます (作者が)。
グレイが『ランプシェード』と聞いてピンと来ない顔をした理由は、この世界のランプは機能を重視したものがほとんどだから。
お洒落なものは曇りガラスに細工が施されていたり、多少工夫が凝らされているものもあるけれど、ステンドグラスやシャンデリアがあるのに不思議とそれを活用したランプシェードがなかった世界。職人が希少という理由が大きいのかな。その手の職人はいかに大きくいかに豪華に作れるかが重要らしいから、小さいものを作る必要がないしね。
さて、ククマットに戻った翌日、新しい素材になるべくリザードの鱗が私の目の前にある。
バケツ一杯の鱗をまず、選別してみる。
「へえ……こうして見ると結構色に違いがあるんだな」
「ね、並べてみるとはっきりしてるよね。今日は省くけど、大きさもまばらだからそれも分別するのもアリだね」
グレイは色別にトレイに分けられていく鱗を見て感心している。こうして改めて見ると驚いた。その濃淡は幅広い。一色につき三段階に分けていくつもりだったけど、それでも濃淡が気になるから結局青と緑だけでもそれぞれ五段階に分けることになった。黄色と赤は在庫の少なさから緑や青程ではないけれど少量でも三段階の濃淡に分けられる。そして中には店主さんが言っていたように明らかに変わり種な色合いも混じっていてそれは今は数が少ないけれど今後集めればそれなりにありそうだわ。
全部分別していたら時間がもったいないので三分の一程分別して手を止める。
ここからようやく試作だね。
まず、色を決めよう。
「鱗の多い色は……。グレイは、青と緑、どっちがいい?」
「青かな」
「じゃあ、青で作りますよぉ」
グレイの希望で青い鱗。
まず、普段からフル稼働しているガラス板に疑似レジンを薄く塗って、昨日帰ってきてから用意していた長方形の簡素な作りの木枠を置く。そしてまずは試作なのでランダムに思うまま青い鱗を濃淡も様々に混ぜて並べていく。なるべく隙間なく、でもあまり気にせずとにかく並べていく。
疑似レジンが乾くまで時間があるから、その間に次の作業。
金属製の小さな板に疑似レジンを塗って、その上に鱗を乗せて、疑似レジンでコーティングしてしまう。この金属の板はチェーンを通せる丸カンがついているものなので、このままペンダントトップとかに利用出来ないかと思ったわけ。パーツ次第ではイヤリングやブレスレット、リングにも出来そうだね。
手早くそれをいくつか作った後、こちらも乾くまで待つ。
うーん、研磨機欲しいなぁ、買っちゃおうかな。宝石のカットのようなことは出来なくても形を整えるだけなら出来そうだし何より外部に委託するとその手間賃がかかるからね。それを抑える為にも前向きに検討しよう。
さて、時間を無駄にしないためにも次に取りかかる。
ゴーレム様のご遺体は白土と呼ばれる素材になる。うちのお店ではスイーツデコの小物入れに主に使われてるやつね。温めるととても柔らかくなって扱い易くなるからお湯に入れて暫しまつ。なんとも言えない絶妙な柔らかな物体になったら絞り袋にいれて、いざ作業。
「……鱗の上に結構かかっているがいいのか?」
グレイが少し不安そうにする。私が豪快に絞り袋から絞り出してるからね (笑)。
「大丈夫、この白土って厚みさえなければ乾いたあとに擦るだけで綺麗に取れるでしょ? 乾いたら余計な分を擦り落として、その上に疑似レジンを塗るつもり。それで強度も上がるし表面も滑らかになるからこの作業自体はそんなに気にする必要はないんだよね。むしろ、デザイン性を求められるだろうから並べ方とか、配色考えながら鱗を扱う才能が必要かも。物によってはデザイン画があった方がいいかな」
「なるほどな、鱗は大きさが均一ではないし、厚みも違う、それをギジレジンが固まらないうちに見映えを考慮して並べていく必要があるか」
「そう。しかも鱗には裏表があるでしょ、この微妙な反りを揃えるのか、あえて裏表を気にしないで作るのかでも見た目が変わると思うよ。だから当面は私とキリアがメインで作ることになるね、新素材でも直感で迷いなく手を動かせる人が限られてるから量産は難しいかな」
「ふむ、確かに。……ところで、今さらだがこれをランプに使ったら随分光を遮られるだろ? ランプの役目を果たさないと思うんだが」
「あはは、それでいいのよ、それが目的になるんだから」
「光を、遮るシェード?」
「遮るというより、和らげるというのがいいかも」
口で言うより、見て貰うのが良いわよね。
「……これは」
「うん、これは上出来。思った以上に鱗の透明度が高いから綺麗に出来た!」
まだ外が明るいから、昼間でも殆ど光の射さない倉庫に持っていって魔石で発光するランプを灯す。煌々と照るランプの前に、私は出来立てのそれを置いて見せた。
まず、白土で隙間を埋めたもの。白土は固まるまで一週間ほどかかるから静かに丁寧に扱う。ただ、常温になれば粘土質になり、布で鱗の表面に漏れたものを大雑把だけと擦り落とすことは可能だからちょっと白く濁ってはいるけど凡そ完成品の想像はしやすい仕上がりになっている。青が基調の淡い光が鱗を通り漏れ、正面にいる私たちに当たる。濃淡の違う、淡い光が漏れる正面とは違い、後ろではランプが壁を煌々と照らしている。
そして擬似レジンで隙間を埋めたもの。こちらは全体が透き通っているから光をしっかり通す。もしこれが動かせたら水面に見えるかもしれない、そんな模様を映し出す。そしてなにより鱗の青さで緩和された光が混じることでランプの灯りを僅かに優しく感じさせ、涼やかなその光がとても綺麗。
「私がいた世界だと間接照明って言うものに近いかな。特に白土の方がね。擬似レジンの方はランタンにしても良さが活かせるかも。あとはステンドグラスをランプシェードにしたものも普及してたから、それに似せて直接ランプに被せる曲線の物を作れたらいいわよね。このリザード系の鱗ならステンドグラスと間接照明どちらの役割も果たせそう。鱗の色で光の濃淡も変わるし。こうしてランプの前に置くだけのものなら一枚で済むから手持ちのランプでいいし、何より価格が抑えられるね」
「……凄いな、これは。すぐ使えるだろう、色もいい、私も部屋に置きたいな」
「じゃあこれ置いちゃおう、素材を見つけて試作した者の特権よ。グレイの寝室は落ち着いた色味だから青がちょうどいいかも」
グレイの反応は上々。凄くいい笑顔で頷いた。
ライアスが試作品を隅々まで見てから、色々と提案してくれる。
「枠があればそれだけで強度は上がるからな。木枠でも表面の加工をしっかりしてれば白土が木目に残ることもねぇだろうから濃い色の木材も使える。あとは、金属の枠はどうだ? 重くはなるが耐久性は格段に上がる、玄関外のランプにも使えるようになるな」
「金属の枠ね、たしかにそれいいわね。それに表面をあえて疑似レジンを塗らない仕上げもいいかも。この白土って真っ黒に着色できるっけ? もしくは黒い似たような素材があれば黒地のかなりどっしりとした雰囲気の物も作れるんだけど」
「質のいい木炭の粉なら綺麗に混ざるんじゃないか? 他にも黒の着色料はいくつかあるから試してみるさ」
「黒か、それこそ私が欲しいな。枠も黒にしてもらえばなおいい」
グレイの希望も取り入れて、デザインを数種類大筋で決めていくなか、ふとフィンが一言。
「これ、テーブルに出来たら最高ね」
え? なんですと?
「作るとなると大変だろうけどね」
……。
グレイと目が合った。
たぶん同じこと考えたよねぇ。
それ、みたい。欲しい。
って (笑)。
白土は重量があるから大きい物に仕上げる場合、重みで歪んだり割れたりしないように固定方法を考える必要がありそうだけど出来なくはない!! 大きいから大変だけどね!!
疑似レジンはガラスじゃないとなんでも接着してしまうから天板など均一な平面を作るためにかなり大きなガラス板が必要だわね。さてどうしようかな?
なんて話してたら、翌日。早朝グレイがどっかから大きなガラスをローツさんと一緒に運んで来た。
「どうしたのこれ!!」
「実家の窓を拝借してきた」
うーわ。うん、これ窓だね!! 窓枠ついてるね! あなた、なんてことをしてるのよ。しかもこの特大サイズの窓は、どこから?! かなり重要なところから持ってきてるよね?!
「大丈夫だ、板を嵌め込んで来たから」
それ大丈夫じゃない。
「……窃盗犯の気分だ」
ローツさんが泣きそうな顔してる。同情しかないわぁ。
「気にするな、ちゃんと『ちょっと借りる』と隣の窓に書き込んで来ただろ?」
いや、そういう問題じゃないんだけど。というかこんなことしたということは擬似レジンを使った天板が欲しいんだね彼氏は。
……仕方ない、後でお詫びの品を持って謝りにいこう。
そして使わせてもらう。
いやはや、大変。おはじきサイズの鱗をひたすら並べるんだから。チマチマと並べていくうちに鱗の形や色が気になって何度も入れ替えしてしまい。
直径六十センチの円形の金属枠の天板に鱗を並べるだけなのに数時間。これまだ疑似レジン流し込めてないからね。
「だめだ、どうしても拘って並べたくなる!! ちゃんと鱗を色別大きさ別に選別しておかないと途方もない時間がかかる!!」
ぐったりとする私の隣、グレイが苦笑してたわ。
うむ、間違いなくこれは商品化できない厄介な代物だね(笑)。
でも、大きく歪みのないガラスさえ用意できれば、作れちゃう。今作ってるし。
いずれ特注商品として受けることは出来るのかもしれない。いずれね。
そしてこの窓、裏面が固まって枠と接着できたら直ぐにでも侯爵家に返さないと。
「大丈夫だろ、一枚くらい」
何が大丈夫ですかね? 彼氏。
ガラステーブルがないこの世界。作る気になれば作れるのに、今までなかった理由はグレイが教えてくれた。
「高額である前に、テーブルの下が覗けるものは貴族が好まないだろう。晩餐会、お茶会、それら全てが駆け引きありきで行われる。手元足元の隠せないテーブルは誰も座らないな」
なるほど、と感心と同情をしてしまった。会を楽しむことよりもその駆け引きに負けないように気を配るお貴族様も大変だわ。
でも、私は関係ない。
個人的に使うなら問題ないわよ。グレイもそのつもりらしいわ。
なので作業続行。
擬似レジンを気泡がなるべく入らないように流し込む。これだけの大きさともなると気泡を取り除くのはちょっと大変。どうせ試作、今回はちょっと手抜き。それでも大きな気泡は全部潰すけどね。気泡があるだけ強度が下がるし。テーブル天板にするためにはそれなりの厚みが必要で今回は大きめスライム様を二匹余すことなく使い切った。
「あぁぁぁぁ、出来たぁ……」
「ご苦労さん。……いい出来だ」
「うん、我ながらいいもの作ったと思うわ! 頑張った!! ホントに頑張った、自画自賛しておくわ」
透明な丸いテーブル天板。
緑や青の、微細な色の変化をもつリザードの鱗が敷き詰められて、艶やかにその涼やかで新鮮味のある透過性の高い色合いを余すことなく発していた。
リザード様。
非常に使い途のある素材のようです。
次回更新は8月22日 (土曜日)になります。
中途半端な所でお休み、大変申し訳ありません。




