8 * リザード様
それは廃棄される部位をまとめて保管しておく倉庫の一角に無造作に積まれてた。
新しい素材との出会いを予感させる私の興奮が一気にスン、と引いたからね。
あまりに冷静になったからグレイも小脇から下ろしてくれたわよ。
いやぁ、びっくりした。
ごっそりと、山盛り。
凄いのよ、腐らないし臭いが出ない廃棄物ってどこの工房でもまとめて運び出すんだって。天井ギリギリまで積み上げてあるんだから。しかも雪崩が起きたらどうするのかなと不安になる、柵もなにもないのよ? 天井に届きそうなそんな危険な山がいくつもあるから圧迫感がすごい。
これ日本なら行政の指導が入っちゃう件だよね!? ってレベル。 人と荷車が通れる道が確保されてればいいからって倉庫の容量限界まで詰め込んである。人のための動線もあるのかないのか正直分からない。はみ出してても平気で踏んづけるだけで退けようともしない。少しずつ片付けろよ危ないよ!! って思うんだけどね。
「いやぁ、崩れたりして下敷きになって大騒ぎになることもありますが死人も出ませんし、廃棄物の引き取りもお金がかかりますからねぇ、チマチマ出すわけにはいかないんですよ」
ってわはははと笑いながら店主に爽やかに言われた。
そういうものなのか、この世界は。
解せぬ。
とにかく、その山々からリザードの皮を一枚手に取る。歪な形、いわゆる切れ端だね。
「えっ、これ、廃棄なんですか?! なんで?! 綺麗なのに!」
「先程も申し上げましたが綺麗でも、とても脆くて武具に出来ないんですよ。専用の道具でなくても簡単にヒビを入れたり割ったり出来てしまいますよ」
あ、そうなの?!
そう聞いて私は皮についたままの鱗を一枚剥がす。剥がすのにちょっと力は必要だけど、私の力でも剥がせるんだから大した手間はかからず剥がせるっぽい。そして鱗は指で触る限り割れるほど脆いものではない。店主さんによると、研磨程度なら耐えられるけど、穴を開けたりカットは出来ないんだって。しようとするとどうしても割れたりヒビが入るんだとか。
「廃棄される部分の鱗をこうして間近で初めて見る。色はずいぶん薄いんだな……ここは腹や、肉質の薄い関節部分かな?」
グレイの問いにそうですと店主さんが頷いた。
「腹もそうですが、足の関節と尻尾の裏側付け根から半分の長さあたりは特に柔らかい皮とこの脆い鱗なんですよ。この部分はどのリザードも廃棄される部分ですね、武具には全く使えません」
「……今まで、アクセサリーにしようとは思わなかったんですかね?」
私は素朴な率直な疑問をぶつけてみる。
「昔は装飾品として使っていた地域もあるそうですよ、ただ加工の時点で割れてしまいますから宝石のように爪のある台座に入れる必要があって高額になります、艶や照りは高額な宝石や魔石に比べて落ちますからね。加工の手間と割れやすさ、この半端な見た目故に一時の流行で廃れてしまったそうです」
「やっぱり、過去にはそれなりに需要が望まれていたんですね」
「ええ、やはり色が独特ですから。宝石にはない、多彩な濃淡は武具の根強い人気からも分かります。時々ですが武具にもなる硬い鱗を買い付ける宝石商はいますよ、形を生かしたブローチなどは需要がそれなりにあるとかでリザードの生息しない国では宝飾品にしても売れる地域もあるようです。それでも脆い廃棄部分の鱗は誰も買いませんがね」
……無理に台座ありのアクセサリーにする必要はないよね、これ。
加工が難しいのは穴をあけたりカットしたりなんだから。
研磨できるなら十分よ。というか、物によっては研磨もいらないんじゃない? 皮との接触部分の白い輪郭も、個性として活かせる気がする。
表面は滑らかで、指で触って引っ掛かりはいっさいない。せいぜい側面に凹凸があって波状のシワのような筋がうっすらあるだけ。それも触ってよく見ないとわからない。大きさは……おはじきからそれより一回り大きいものが多く目につく。そして廃棄される部分の鱗は殆どが丸に近くて雫型は見当たらない。厚みもおはじきかそれよりやや厚めかな。武具に使われていた鱗は全て雫型で一枚が三倍以上の大きさだったからその違いは一目瞭然だった。
で、試しにやってみた。いつものこと。
金づちで数発。ガンガン叩いて粉々に割れた。うん、私の力でもいとも簡単に割れてしまう。これでは確かに武具にならないね。この脆さはたしかに穴を開けるには難しい。
色ですぐ強度はわかるそうで、色が薄ければそれだけ脆く、濃ければ濃いほど硬くていい武具になる。
なるほど。手に乗せた目の前にあるものは緑色だけど、淡い薄い色で宝石だとペリドットに近い。これくらいだと初級の冒険者が買うような安い防具の一部に加工出来なくもないけど、手間を考えると価格が高くなるので売る方も買う方も得しないから需要は全くないんだって。
本当の廃棄物なのね。
そう、廃棄物なのよ。正真正銘超格安素材になりそうよ。
「ジュリ、顔が」
「うへ? 顔? ヤバイ? だってねぇ、これはねぇ、くくくくくっ、くへへへ! いいんじゃないの? ひははははっ!」
私の顔をみて、笑い声を聞いてグレイは店主に笑顔を向ける。
「店主、このリザードの廃棄される鱗は、こちらで買い取る」
「え?!」
「とりあえず、これの廃棄にかかる金額はいくらだ?」
「え、あっ? えっと、ですね? えっと、この一山で百リクルです!」
「なるほど、皮の部分は……使わないだろ?」
「つかわなーい。鱗だけー、ひひひっ、綺麗だよぉ、これ! ふへへへへ!!」
「だそうだから、この皮から鱗を剥がす加工賃も払う、そのかわり、鱗は格安でなんとかならないだろうか?」
「か、加工賃を頂けるんですか?! もちろん加工させてもらいます!鱗が無くなるだけで廃棄分がかなり減ります、鱗を剥がす加工はこの柔らかい部分はとても楽なので加工賃も安くできますし!」
「そうか、では正式にそれらの価格も決めよう。うちから管財人を明日にでも回すから相談してくれ。今後定期的に買い付けすることになると思うから、リザードを扱う店全てに知らせるよう市場の組合長と話をしてもらえないか?」
「かしこまりました! ありがとうございます!!」
「とりあえず、少しで良いんだが鱗を剥がしてもらいたい」
「はい!もちろん! 本日持ち帰る分ですね? どれくらい必要ですか?」
「ジュリ、どれくらい欲しい?」
「へへへへ、へへっ、ステンドグラスっぽいのやれるんじゃない? いや、他にも、スライム様と組み合わせてアクセサリーだって夢じゃない、くふふふっふふふふ、うははは、なにになりますかぁ? リザード様、どうされたいですかぁ? うへへへ」
「バケツ一杯とりあえず用意してくれるとありがたいな」
「は、はい……」
グレイは平常運転です。店主さんは、ドン引きしてます。これもいつものことです。
この世界にステンドグラスはある。
でも、そもそもが貴族のためのものというか、それぞれの神様が奉られている教会や、鑑定や心身の回復に特化した魔導師がなる神官と呼ばれる人たちがいる神殿に使われている以外はほとんど富裕層のお家にしかないものだそうで。ちなみにクノーマス侯爵家にはステンドグラスがない。今の屋敷を建てた当時の当主が派手なものを全く好まない人で、シンプルイズザベストをモットーとしたから当然屋敷もそうなったらしい。それから数世代かけて色々改築したりして今の屋敷になって非常に重厚で上品な屋敷まで仕上げたそうな。
なので、こちらの世界で小さなステンドグラス作品をまだ見たことのない私。
代用品にはほど遠いけど、それでも参考にすることで雰囲気を感じさせる物は作れそう。
「磨く以外の加工が難しいなら、磨くだけで作品になるものにすればいいわけよ」
馬車の中、私は差し込む光にグリーンリザードの鱗をかざす。ん? これ水色だからグリーンリザードじゃないね、ブルーリザード? わからない。まあいいや。リザードについてのお勉強もしておかないとね。
グレイはそんな私を面白そうに眺めて笑う。
「すでに何か案があるんだな?」
「ある、というか元々作りたかったものがこれで作れそうかなと思って」
「作りたかったもの?」
「うん、ランプシェード」
そう。スライム様が手に入って間もなく考えていたものだった。でも断念していたのよ。
理由はスライム様にある。薄く硬化させて加工ができるスライム様ならステンドグラスが容易に作れると思ったけどそもそも色つきスライム様はレアな魔物。そして一度加工が始まると必ず数時間で固まってしまう。薄い板状にするだけの余剰が出来ても、全てをガラスほどの薄さに固めるには手間も場所も必要に。色つきスライム様の飼育自体がその数の少なさからなかなか進まないし、入手も常に不安定だし、そして色つきスライム様は無色透明と違って飼育しても、ダンジョンやその周辺の濃い魔素を取り込めないせいで分裂もほとんど一回限り、二回してくれたら儲けもんくらいの感覚なんだよね。透明スライム様だと四、五回分裂してくれるんだけど。
何より問題は透明なスライム様にはなぜか着色が出来ないってこと。今も侯爵様が魔物素材の研究をしている人に依頼して探してもらったりフォンロンから来ている冒険者ギルド職員のレフォアさんたちが研究したりと頑張ってるけど、ムラなく均一に着色が出来る素材が見つかっていない。
ガラスでやることも考えた。でもガラス自体が発展途上の世界で、やはり綺麗に発色させるのは一部の職人さんの企業秘密。ククマットではその技術がまだ不安定で安定した鮮やかな綺麗な色のガラス自体が入手困難。出来ても高額。ガラス職人のアンデルさんにもさすがに安くは卸せないと言われているので、ステンドグラスは手が出せない作品の代表になっている。
「これ、武具に使われるものより色がかなり薄いでしょ? 上手く並べて固定したらランプシェードにできると思うよ。よく見ると今回貰ってきた物だけでも水色、青、黄緑、緑ってはっきり色分け出来そうだから、並べ方で模様に見せることも出来るだろうし。鱗の大きさや厚みにばらつきはあるけど作品は色々作れそうかな。レッドリザードはあまり入荷がないそうだからそれだけは価格を考慮するとして、今日貰えなかった黄色もたまたま在庫がなかっただけで、貰えた鱗と同じくらい用意はできるって言ってたでしょ、スライム様では用意出来なかった黄色い透明な作品も増やせると思うけど……総合的に考えてこの形や色を活かすランプシェードならいい線いくと思うよ。一つの色に拘らず作れるからね」
「ランプシェードか」
グレイはいまいちどう使うのかわからないらしくちょっと首をかしげた。
私としては、じわりと人気が出て来たとテレビで旅番組のおすすめのお土産として紹介されていたトルコのランプをイメージしている。
あれは丸いガラスを素地にして接着剤を塗って、その上に色とりどりの透明なパーツを乗せて、隙間に石膏を流して作るんじゃなかったかな。あれに似たものが作れればなと思ってる。
こちらでは丸い凹凸のないガラスはまだまだ高価なものだから使えないけど。
でも、応用は可能だ。
それを試してみたい。
リザードの鱗の話しは、雑貨屋で透明なアクリル製のグラスにカラフルな水玉模様がプリントされているのを見かけて思い付きました。
そして後日、テレビでトルコのランプを実際に見る機会があって『これもいける?』と、採用した経緯があります。
あのトルコのランプがズラリと吊り下げられてる光景を一度でいいから生で見てみたいものです。




