8 * え、それいらないの?
新素材登場です。
クノーマス領にも魔物の素材を使って武具を作る店はある。ただ、ククマットでは一部に使用して強度を上げるのと修理が主。理由としてはそもそも武具を作る職人が必要ない土地だから。馬車を走らせれば港を有するクノーマス最大のトミレア地区があり、そこで大陸中の武具が値段も様々に流通していて種類も数も豊富だということと、職人の住み分けが昔行われたことがあって、その影響が今なお色濃く残っていてダンジョン帰りの冒険者たちの武具の修理や調整を得意とする職人がククマットに居を構えてきたのがそのまま今も続いている。
トミレアは栄えているけど近くにダンジョンがなくて、しかも宿や食堂なども軒並み割高という理由から、自然と修理や休息にククマットに立ち寄る冒険者が多くなっていったみたいよ。
なのでククマットでは魔物の素材も加工しやすいように細かく裁断されたものを扱うのが主流になっていて、基本無駄になるもの、廃棄になるものがない。
つまり。
私が簡単にお目にかかれる素材たちは皆使われることが決まっているものばかり。ライアスも金物職人として強度を上げるために魔物の素材を少量取り扱っているけれどそれが無駄になることはない。捨てる部分がない状態で必要な分だけ素材を仕入れているから。
なので私としては、素材を探す旅に出たい気持ちもあるけれど、魔物が蔓延るこの世界で魔力すらない私が自由に旅など出来るはずもなく。しかもありがたいことに店も繁盛していて忙しく。
探すなんて無理。
さて、ストレスですよ。
新しいものが欲しくなってストレスが溜まり始めてますよ。
そんな私を察してグレイが休日デートとしてはそれ微妙、と周囲から呆れた目で見られるようなことに誘ってくれました。
気分転換大事よね。
クノーマス領最大の地区。
トミレア地区。
トミレア港を抱える、近隣を見てもここまで栄えている港は少ないと言われる場所。
このトミレアであのかじり貝様が素材としてグレイに見いだされてデビューしたのよねぇ。
トミレアはクノーマス領の物流の要なだけあってなんでも集まる。それに比例して魔物の素材も集まりやすい。
この地区だけでも魔物の素材を主に武具や道具などにして販売している店は十軒以上、素材だけを取り扱い売買している店も同じだけあるらしい。そして当然魔物の素材となる部分を使いやすくするために加工だけをする専門の工房も複数ある。
つまり、このトミレアだけで魔物の素材関連の店は数十。
グレイはそこを好きなだけ見ていいといってくれたのよ。
クノーマス領の領主の息子が彼女連れて魔物素材を扱う店を回るとか、なんだ? それ。何の視察団だよ? って普通なら言われそうだけど、トミレアでは私のことはすでに知られているから、私が何に興味を持つか職人さんや商人も興味があるらしい。見に行くかもしれないと事前に送った手紙の返事に全店舗が快諾したそうな。侯爵様に異議を唱える人なんていないから当然でしょ、と思ったりしたんだけど。
「ジュリの視点で魔物素材を見ると使い途や加工方法が違うことが職人たちには興味深いらしい。だから自分のところでもその技術を応用できたら儲けもの、ということらしいな。店によっては普段出さない取っておきの素材も店頭に並べると意気込んでいると市場の組合長からの手紙にはあった」
「……私が欲しいのは格安素材、取っておきの物出されてもねぇ。そんなの自分たちでなんとかしてよって話」
「はははっ、そうは言ってもジュリは【彼方からの使い】で我が家とこの領を今まさに隆盛させている、期待するのは仕方ない」
という、やり取りをするくらいには変に期待されているらしい。
「魔物の何割位が素材になるんだっけ?」
「六から七割と言われている。全く素材にならないものもいるし、ドラゴンのように捨てるところがないものもいる。国によって魔物の分布に違いがあるからな、割合も所変われば認識に誤差はあるはずだがそれでも食用含めて魔物は討伐さえ出来れば人間にとって有益なことは多い」
「そうだよね、けっこう利用価値が魔物って高い気がするのよ。なんだかんだ言いつつかじり貝様だって貝柱は食用として人気あるでしょ、スライム様も雑食だから廃棄物が多くて困るときはそこに投げ込んで処理させてからプチっとしちゃえば土に埋めるだけで腐敗や悪臭の心配ないしね」
「今は廃棄されるものでも、着目点を変えることで未知数の可能性になることは確かだな」
「……だとすると、私が見たいのは素材の加工専門の工房かな」
「他はいいのか?」
「うーん、結局素材としてすでに流通してるものは価格がね。武具として使えるものは特に、私のせいで価格が上がるなんてことは避けたいし。どうせなら値段のつかない物を見いだして今後安く安定的に仕入れたいわね。」
と、言うわけでデート改め素材専門の店や加工専門の工房の視察開始です。
素材加工専門の職人さんたちと会話をしながら色々見せてもらうけど、やっぱり無駄はない。
廃棄物はあくまで廃棄物、という見た目のものばかりでちょっと残念に思いつつ、それでも加工する行程を見せてもらったりして使えそうだなって参考になる道具もあったり。
そんな時、ある種の魔物に特化した素材加工の工房に入った時に目についたもの。そこは素材の加工がメインだけれどその専門性を活かして防具をいくつか販売している。
「これ、綺麗ですね?」
「ああっ! それは当店のイチオシですよ!」
店主さんが意気揚々と棚から下ろして私に持たせてくれたのは胸当てと呼ばれる防具の一つで、それは透明で青緑色のガラスのような質感の、均一な雫形のものが緩やかな曲線になるよう美しく整然と並べられ固定されている、武具にしては『おしゃれ』とか『綺麗』という言葉が似合う見た目をしていた。
「グリーンリザードの鱗のみで作られている胸当てです、強度に優れていて軽量、一部に特殊な加工は必要ですが鱗を並べて接着固定するのであらゆる防具を自由にデザイン出来るため人気があるんですよ」
そう。ここはリザードというとても大きな蜥蜴のような見た目をしている魔物の素材を専門に加工する工房。
「へー、鱗……。特殊な加工って、やっぱり強度のために必要な加工ってことですよね? 接着部分とか」
「ええ、どうしても一枚一枚大きさや歪みが違いますからね、それを無視して作ると防御力が著しく下がるんです。均一な表面にして見た目を考慮するとなると研磨にこの鱗より硬いサメ系魔物の皮を使用した研磨板が必要なんです。接着剤もリザードの鱗に強く反応し強力に接着する特別な物を使います」
「なるほど。……ちなみに、加工前の鱗ってあります?」
「ええ、どうぞご覧ください。こちらです」
そうして、私とグレイはお店の奥、加工場に入れてもらえることに。
さすが素材加工専門の工房ね。実際に作業するベテランの職人さんだけで八人もいて素材が至るところにつまれている光景は圧巻だわ。綺麗な素材も結構あったけど、聞けば価格が立派なものばかり。そういうものは今のところ使う予定はないからスルーする。
そして店主さんに見せられたのはバケツに無造作に盛られた、さっき見せられた綺麗な濃い青緑色の鱗と、びっしりと鱗が並んだ歪な形の大きな布っぽいもの。
「こちらが皮から剥がした鱗で、こちらは皮のまま加工できる大物で上質なグリーンリザードですね」
おおっ、皮についたままでも武具に加工できるのか。すごいね!! そしてグラデーションが綺麗だわ。
そして、鱗。
一つだけ手に取って見てみて皮から剥がしただけという、その綺麗さに驚く。
胸当てに使われていた鱗は並べて綺麗に見せるために形が整えられているという話だったけど、未加工の鱗でも十分綺麗。
加工されていない鱗は皮と接する部分が白い輪郭があって、そこはどうしても強度が落ちるために必ず削って使用するんだって。皮ごと武具にする場合は特殊な液に漬け込んで皮と鱗ごとコーティングしてしまい固めてしまうからそのままで大丈夫らしい。
でも、この白い部分が残っていても十分綺麗だ。しかも皮についたままの鱗から分かるように一枚一枚鱗は色に濃淡があってやっぱり、綺麗だと思う。
「リザードの体の部位によって色にムラがあるんですよ。腹側に近くなるとかなり薄くて背側は濃いめといった風に違いがあります」
なるほど、見せられたやたらとデカイ皮をよく見るとグラデーションは腹側だと思われる部分に向かって色は薄くなっているわね。
店主さんのお話だとグリーンリザードだけじゃなく、他にもリザード系は何種類もいて、鱗は色が青や緑が多いけど黄色や紫や赤、といった属性違いの種もいたり、本来の種の色とは違う、鱗が二色の縞模様とかもたまに見つかるかなり色彩が豊かな魔物素材で、その鱗の美しさから女性の冒険者にとても人気があるんだとか。
そして金属よりも軽いから盾にもよく加工される。女性冒険者で稼ぎが良い人になると高額な希少な素材と合わせてリザード系鱗を表面に使った武具で全身コーディネートする人もいるんだって。
わかる。
この透明な青緑は惹かれるものがある。武骨な色合いのものより、女性ならこの透明感に惹かれる事が多いと思う。
で。
「ちなみに、この鱗の廃棄になる部分ってあるんですか?」
聞いてみた。
廃棄になるならほしいなぁ、と。
「ありますよ」
え?
「脆すぎて武具には一切使用できない部分はリザードにもありますよ。使い物にならないので廃棄するだけです」
私が判断する!! 棄てるかどうかは私が!!
見せてー!!!
「待て」
「おうっ?!」
突然グレイにひょいっと小脇に抱えられた。
「その顔のときのジュリは猪突猛進すぎて間違いなくどこかに突っ込む。頼むから素材が溢れる室内で暴走しないでくれ」
「……私がどんな顔してるっていうのよ?」
「ヨダレでも垂らしそうな、飢えた獣」
「酷くない?!」
「そうでもない」
「そんなに私ヤバいの?!」
「時々な。安心しろ、私はその顔も好きだから」
「嬉しくないけどね!!」
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