8 * 講師たち
さてさて、ものすごい勢いで開講した『領民講座』。
その講座の内容はこんな感じ。
お気軽体験講座
『フォルテ子爵領のお袋の味教室』
『ククマット編み体験講座:ブレスレットを作ろう!』
週一回 (数回でコンプリート)の短期講座
『テーブルマナー基礎講座』全五回コース
『冒険者の心得を学ぶ:未経験者限定講座』全四回コース
『姿勢の美しさを求めて:女性限定講座』全五回コース
『紳士の嗜み:スマートな会話教室』全四回コース
『ダンスを始めたい人のステップから学べる初級講座』全四回コース
月に一回もしくは二回の講座(半年~一年間)
『基礎薬学講座:薬草の世界を知ろう』
『執事のお仕事:おもてなしの心を学ぶ教室』
『世界の歴史講座:各国の成り立ちについて』
というラインナップ。
まず、お料理教室だけどこれはローツさんが実家に相談したら是非にと副料理長を送り込んで来たのよ。いいの?! とびっくりしたんだけどそれにはちょっと裏事情が。ローツさんって偏食なんだよね、好き嫌い多いの。こっちに来てからは自由に好きなものだけ食べてるだろうと確信していたご両親がこれ幸いにとこっちの都合も聞かずにすぐに送り込んで来た。ローツさん、意気揚々とやって来た副料理長を見て顔をひきつらせてたよ。
おかげで最近はバランスの取れた食事を食べる機会が大幅に増えたうちの重役。
で、副料理長さんにメニューを提案してもらい、その中からこのククマットで材料が揃えられる、もしくは代用品があるメニューを一回の講座で一品やってもらうことに。一ヶ月間四品だけローテーションさせるからもう一回受講して完成度を高めたいっていう人もあまり時間を置かずに受けられる仕組みに。そして調理を本職にしてるのでその腕を活かし、今後は他の領地や他所の国の料理も取り入れると頼もしい言葉を頂いた。
試食係はもちろん私だよ。
ククマット編みは簡単。一人一本その場で作って持ち帰れる講座で、糸は数種類から選べるようにしたり、ワンポイントの飾りで天然石も着けるからこちらもオリジナルでいくつか欲しければ好きなだけ受講してもらえばいいようにしたの。あとは指定した太さの糸を持ち込んで貰う格安講座も平行して行う。材料をこちらで用意するとどうしても割高になるから尻込みしてしまう人も多いだろうしね。
人材が育てばいずれはカギ針編みことフィン編みの講座も組み込んで行けたらと思ってる。
そして、結構打ち合わせに時間を使ったのが短期集中コースね。
全何回にするか、内容はどこまで踏み込むか、一回の講習時間はどれくらいが適切か、って揉めたのよ。
短期コースの講座は全て三回では少なすぎ、でも十回だと内容が濃くなりすぎる、っていう線引きが難しいものが実は多くて。こちらは今後回数をこなして調整していくしかないねと話を纏めるしかなかったわ。
ちなみに『テーブルマナー』と『紳士の嗜み』、そして上級の『執事の仕事』は侯爵家の元執事のエリオンさんが一手に引き受けてくれた。グレイお墨付きのダンディーな方よ。
余生を送るにはあまりにも早い時期に引退した人で、大怪我して足に少し後遺症が残ったためにお仕えするには支障をきたすという理由から自主退職してるんだって。そんなにひどい後遺症じゃないからと引き留めたらしいんだけど、本人のプライドが許さなかったらしい。それでも侯爵家への恩義からか、夜会や人手が足りないときには臨時で来てくれとお願いすると必ず来てくれて、侯爵家は本当に助かってたみたい。
今回の講師の話は、涙を流して快諾してくれて。
本当は第一線でまだまだ働きたかったんだとその姿から痛感したの。グレイもなんだかホッとした様子だった。気にかけてたんだね。
働く場所の提供。
凄く大切だよね。立ち上げたばかりだから殆ど知り合いで固めた講師陣。でももしこの『領民講座』が軌道に乗って今後規模が拡大するなら、もっと門戸を広げていきたい。人にものを教える伝える能力を持つ人は大切な財産。これがなければなにも始まらないし始められない。
そしていつか、ここで学んだ人が羽ばたいてここの講師として戻ってきたらすごいよね。
そういうことを考えるの嫌いじゃないよ。勝手な妄想だけど楽しくなる。
そして、『姿勢の美しさ』の講座だけど……。
なぜかシルフィ様がやりたい! と騒ぎまして。ほぼ興味本位と先生という職業への憧れによる勢いまかせの挙手だった。
これには参った。全力で皆で止めたよ、止めるのに数日を擁したよホントに。うんざりした息子二人が。
「おばさんのしなる腰なんて見て何が楽しいんだ」
とか、暴言吐いたせいでいつものごとく親と子のバトルが開催されまして。てゆーか、しなる腰ってなによ? あくまで美しい姿勢や歩き方の講座だよ、男が好きなしぐさを学ぶ訳じゃないよ。いずれはそういうのも講座としてあったら面白いかもだけど。
そして、侯爵様が眩しい最高級のダイヤが嵌め込まれたネックレスを買ってあげることで何とか講師を辞退してもらえた。
本物の講師は家庭の事情で引退していた侯爵家の元侍女さん二人が交代でやってくれることになったんだけど。
「相変わらずですね、奥様……」
と、二人とも事の顛末を聞いて遠い目をしてたのには、私も苦笑するだけよ……。
そして。
『ダンスを始めたい人へ』なんだけど。
どうしてこうなった?
グレイとローツさんが『アテはある』って断言してから数週間後に紹介された人。
「あの、なんで僕、ここにいるんですかね?」
って、わかってないの?! って人が来たあの日は忘れられないわ。
その人は二人が騎士団にいた頃に見習いとして入隊してきた人らしい。その後騎士団に所属したものの諸事情で彼も騎士団はすでに引退していて、実家の家業である武具製作工房がある他領に帰ってたとのこと。
とっても尊敬する二人に。
「ちょっと頼みがある、難しいことではないから遊びに来るついでに話を聞いてくれないか」
って手紙を貰ったので休暇がてらククマットに来たら私の前に座らされたと。
そして訳もわからず突然面接させられたと。
しかも面接なんて形だけ、採用確定の椅子に座ってると。
「ダンスが飛び抜けて上手いんだ、人当たりもいいし騎士団で鍛えられてるから礼儀も弁えてるし、王都の学園も優秀な成績で卒業している万能な優良物件、ですよねグレイセル様」
「ああ。最近まで所属していた騎士団でも活躍していたし、腕も確かだから警備の面でも役に立つ。自警団の幹部候補にさせてもいい」
「あの、僕旅行で来たんですけど」
「実家の家業は妹夫婦が継いだんだろ? 肩身が狭いらしいな?」
「うっ、まぁ、そうですが」
「地元の自警団にいても爺どもに下っぱ扱いされてるんだろう? おかげでせっかくの騎士としての力も宝の持ち腐れになってる」
「くっ、そうですけど!!」
「講師と自警団に幹部候補として所属して時々ジュリの護衛して、初給これくらい (金額かかれた紙見せる)」
「なっ?! 今の三倍以上?!」
「おまけに今なら一軒家の貸家付き、家賃は知人割引可能でさらに通いの使用人付き」
「ううっ、ちょっと待ってください!」
「……侯爵家からのお誘いだといえば結婚しろと騒ぐ親も文句が言えない」
「やらせてください、お願いします」
文字通りの『独身貴族』希望の彼はローツさんの最後のありがたく魅力的な提案 (誘惑)に負け、そしてその隣ではグレイが無言でニコニコ笑顔が素敵 (怖)だった。
彼の名前はカイ・セーム、二十三歳。セーム工房という魔道具の老舗のボンボンなのだけど、侯爵家からお声が掛かったと大喜びの両親に、一度親と話し合うと帰ったのに帰ったその日には役に立って来いと追い出されたらしい。後日、グレイとローツさんが想定していたより早くククマットに再び現れた彼は。
「……笑顔で追い出されました。僕、一応嫡男なんですけどね、真面目に店の経営手伝うつもりだったんですけどね、なんでしょうね、切なくなりました」
と、なんとも複雑な表情で呟いてた。
ちなみに。
そんな彼は当然グレイとローツさんに上手いこと引きずり込まれて、一講師から、講師主任、そして副学長へ。最終的には《ハンドメイド・ジュリ》の事業拡大でローツさんが私の直属となるときに、ネイリスト育成専門学校と『領民講座』どちらの権限も有する『クノーマス総合学院総帥』なるやけに堅苦しい地位に登り詰めることになる。しかもクノーマス領自警団の幹部にもなる。
「僕なにも聞いてませんけど?! なんですかその重圧必至の役職!!」
と叫ぶのはこの日からわずか七年後ということを、彼はまだ知らない。あはは。他人事なので笑える、と私たちが本当に笑うのもまだ誰も知る由はないんだけども。
こんなバタバタした講師決めや内容の精査でてんてこ舞いだった中で、気持ち悪いくらいすんなりと決まったのが長期タイプの講座と講師。
『基礎薬学』は、ククマットを含むクノーマス最大のトミレア地区周辺では知らない人がいないという大変信頼の厚い人が引き受けてくれたのよ。
国有数の港のある区でその人は店を構えていて顧客も多く評判も良かったんだけど、今は若い頃から細々と続けてきた独自の薬草辞典の編纂に本腰を入れるために弟子たちに店を譲渡してしまっていた。お金に困らず、自由気ままな人だから受け持ってくれるかどうか心配してたけど、グレイとローツさんから話を聞いて快諾してくれて、翌日には私にわざわざ会いにきてくれたのよね。
「誰でも通える学舎というものに感銘を受けました。薬草も扱いを誤ると死に至ることもあります。毎年、毒草や薬草を誤って摂取して亡くなる方は後を絶ちません。それをなんとか少しでも減らせる方法はないかと、調合師になってから日々模索していましたから」
こういう人との出会いって、凄く幸運だと思えた。
【彼方からの使い】だけが特別なじゃない。こういう人たちの日々の努力があってこそ弟子たちが育ち、そしてその人たちがその知識を広める。それがあったから、毒草の誤食による死亡が今のレベルで抑えられてるともいえるわけで。その人たちのような、日々努力してくれている人がいなかったら、過去も現在ももっと沢山の人が犠牲になっている。
その人たちの力を、借りれる環境に感謝したい。
つくづく私は恵まれていると実感できた。
「ジュリさーん」
「うん? なに?」
「もしかして、騙されるように講師になるのって僕だけですか?」
カイ君の質問に。
「あははは!」
笑って答えるだけにした。
グレイセルがクセの強い男なのはお分かりかと思いますが、ローツもあまり表面化しないだけでクセ強めです(笑)。
人を騙して呼び出したあげく強制的に職場を決めて押し付けられるんだからクセの強さは当然、しかもカイ君の逆らえない上下関係を見ると二人は色んな意味で騎士団では相当のやり手だったことでしょう。
いずれそのへんのお話も出す予定です。が、当分先です。




