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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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8 * 人とは貪欲な生き物である

 


 うーん、凄いな。

 老若男女を問わずいっぱいだぁ。

 あー、お忍びで 《ハンドメイド・ジュリ》に来てくれる常連の令嬢の護衛さん見つけた。あの人も受講するのかな? お、あの人は確か民事ギルドに勤めるお姉さん、ククマット編み講座受講したいって言ってたもんね。 そしてあっちはよく行くパン屋の息子さんだ、なんの講座受けに来たんだろ。

 ……なんてちょっと現実逃避している理由。


『クノーマス領民講座名誉学長』として挨拶するためにお立ち台に立ってるからよ。

 なんでだ。

 なんでこうなった。


 それは数日前の話。

「俺が学長になるって連絡したら家族から『冗談は程々にしろ』って手紙が来たよ」

 そう笑ったのはローツさん。そう、この人に学長を一任した。経営に直接関わるのと子爵家の令息ということで顔も広いこと、何より騎士団にて国の中枢にいた経験から人を動かすことに長けている。グレイは 《ハンドメイド・ジュリ》の財産管理を一手に引き受けてるし、他にも色々、ホントに色々手広くやってくれてるので学長はさせたくなかったのよ。顔が広いのと立場的に横槍、妨害なんかの対策を考えればグレイがいいんだろうけど、もはやローツさんは社交界ではグレイとセットの扱いになってるとシルフィ様が言っていて。

「フォルテ家は現在の当主もローツの兄も評判がいいし彼らも顔が広い、うちではない侯爵家と家族ぐるみで懇意にしてる点から見ても何らかのトラブルが起きてこちらが対処に困る相手だったら手を貸してもらえるだろう。こちらとしてもこれを期に交流が増えるだろうから、ローツは適任だな」

 と、侯爵様のお墨付き。

 なので最初は戸惑っていたローツさんも、そういった貴族社会の関係や実家への色々なものの還元を考えると有益だと判断に至って、快諾してくれた。

 してくれたんだけど。


「【彼方からの使い】の提案で出来たものだからジュリが何らかの形で役職を得ておくのがいいだろうな、そうしないとネイリスト専門学校を侯爵家が一手に引き受けてる上にこちらまで貴族の名前が表に出てるとなると、ジュリを利用していると批判するついでに面倒事を持ち込んでくる輩も出てくるだろう」

 というグレイの言葉に。

「ああ、なるほど。それなら……名誉学長とかどうですか? 重要な所で出てくるけれど普段は余り表に出て来ない役職なら 《ハンドメイド・ジュリ》にも影響はないかと」

 と、ローツさん。二人の視線に、それならいいかなぁと。

「実務丸投げでいいなら。もちろんちゃんとアドバイスとかするから大丈夫」

 と返事した。

 すると。

「それなら開講の初日、開講式の最初の挨拶はジュリがしてくれ」

「そうですね、ジュリよろしく」

「え?」

「好きにしゃべっていい、私たちの紹介を軽く入れてくれれば何でもいいよ」

「え?」

「ジュリは本当に好きに話してくれていい。グレイセル様には侯爵家がどう関係するかとネイリスト専門学校の延期の簡単な説明をしてもらうから大丈夫、しゃべりたいことしゃべってくれ」

「えぇ……」


 ということがあった。

 二人で既に決めてたな、これ。


 突如、しかも開講数日前に、明らかにオマケな名誉学長が誕生した。











 遠い目をした微妙な顔してる名誉学長なんてこの世に私くらいだろうなぁ、なんてことを心でぼやきつつ。

 しょうがない、もうここに立っちゃったし。

「えー……」

 みんなの視線が。圧が。すごい。

 期待したその目が居たたまれない。

 挨拶に乗り気じゃないダメな名誉学長ですごめんなさい。

 でもやるしかないねぇ。


「領民講座開講式にお集まりの皆さま、本日はお忙しい中誠にありがとうございます」

 難しいこと、畏まったことは貴族二人に任せよう、うん。私は平常運転で。


 その代わり伝えたいことを伝えよう。私の偽りないその気持ち。


「詳しいことはこの後経営者であるグレイセル・クノーマスと、学長として皆を牽引していってくれるローツ・フォルテから説明させていただきます」

 私の手が二人を指し示す動きに合わせてグレイとローツさんが一礼した。それに対して拍手が起こり、すぐにその拍手が収まると、再び私は言葉を口にする。

「私が素直な、正直な気持ちで伝えたいことがあります」

 シン、と鎮まり返った。

「私が【彼方からの使い】であることはここに来てくださった皆さんはご存知だという前提でお話させてください。不愉快な表現もあるかと思います。それでも、言わせて下さい」

 沢山の人たちに混じり、ハルト、マイケル、そしてケイティの姿が見える。

「私が生まれ育った世界に比べ、この世界はあまりにも学ぶこと、知ることへの門戸が狭く、そして限られていることにここに来た当初から私は不満を感じていました。このクノーマス侯爵領、国有数の優良なこの領でさえ、私はそう感じ、不満だし、不安でした。この世界についてなにも知らない私が、気軽に足を運んで学ぶ場所、知識を得る場所がなかったんです。この環境が当たり前だということが、嫌でした」

 この話は、すでにハルトたちにしてある。彼らにも聞いたのよ、この世界への私の不満と不安は共通なことだったのか。


「……幸い、クノーマス侯爵家や他の【彼方からの使い】の支援で私は馴染むことができたけれど、それでもその不満だけは解消しなかったんです。そんな時、あらゆることが重なって、この『領民講座』開講に至りました。学校を卒業しても、働くようになっても、子供が出来ても、年をとっても、気になること好きなことを学ぶ機会が、場所があってもいいじゃないかって、そんな気持ちが開講への原動力になりました」

 ケイティと目が合った。親指立てて、『良いわよ!』って口が言ってたのを見て嬉しくてそして笑いそうになった。


「私のエゴだと思います。満たされない部分を埋めるための。それでも、それが他の人に、沢山の人に知られて広まって定着して、いつか、誰でもいつでも気軽に学びたいことを学ぶ環境の足掛かりになればと思います。出来る限りの努力を、尽力を、します。この足掛かりが無駄にならないように。そして、私一人ではなし得ないことです。だから、皆さんの力もお借りしたい。これから、このクノーマス領からあらゆるものを発信して、この地を発展させるために、力をかしてください」


 ふと、『やっとここまで来たな』なんて思った。なんでそう思ったのか、見当はすぐについた。

 私は、認められたかった。

 一人でも多くの人に。

 自分のしていることを、認められたかった。

 そして、ここにいる存在意義を、得たかった。

 異世界から来た女。

【スキル】も【称号】もましてや魔力もない。そんな私が人として認められるために、出来ることをするしかない。全力でするしかなかった。だから、今そんな気持ちになったんだと思う。そしてこれからも何度もそう思うんだと確信している。

 その思いをこうして不特定多数の人に聞いてもらえるまでになった。やってきたことに、目を向けてくれる人がこれだけいると自覚できた。

 この自覚はとても大きい。

 私の力になる。

 そしてこれがゴールなんてあり得ない。私は、止まるわけにはいかない。出来ることを全力でやるのは一生続くかもしれない。


 それでも、楽しく、自由に出来たならきっと幸せだよね。


「楽しんで学ぶ、それが必ず力になります。この土地を強くします。人を強くします。そう信じてます。だから、楽しんでください!! 講座はこれからもっと色んな分野を取り入れて、目移りしてもっと通いたいと思えるようにしていきます、だから全員おもいっきり学びましょう! 貪欲に生きましょう! 人生一度きりですよ、楽しみましょう! 皆さん講座いっぱい受講してね!! 以上!!」


 え? そういう終わり方? って言いたげなグレイとローツさんの肩をポンと笑顔で叩く。

 いいじゃない、皆わぁぁって歓声上げて拍手してくれてるし。

 真面目なお話を考えてたであろう二人が同時にため息ついてたよ。

 後は任せた!










「凄い人数だねぇ、こんなに毎回来たら大変じゃないかい?」

 ハルト、マイケル、そしてケイティと共に早速開講となった講座を廊下を歩きながら覗いていく。マイケルは最大二十名どころかその後ろに立って受講している人がいる教室を見てびっくりしてる。

「後ろに立ってる人たちは視察の人よ、侯爵家とフォルテ子爵家から講座の話を聞いた人たちの使者。立ってても問題ないなら実際に見て貰ってもいいですよって伝えたらかなりの申し込みがあってね。おかげでククマットと港地区の宿屋が軒並み満室らしいよ」

「こんだけいればな。……授業参観思い出すな、受講生緊張してんじゃん」

 ハルトがニヤニヤしながら扉の小窓を覗いて静かに笑ってる。

「それでやたらと人が多いのねぇ。専門学校として使う教室の出入りも許可してるの?」

「ついでに見てもらってもいいだろって話で纏まって。案内はクノーマス家の管財人さんたちにお願いしてるのよ、講師二人出しちゃったら質問攻めどころかまだ出してない情報を聞き出そうとする人もいるんじゃないかって侯爵家がすっごい警戒してるんだよね、まぁ、延期になってしまったせめてもの償いというか。基本情報と教室の公開位はしないとね。ケイティのことも直前までは伏せるみたいだよ?」

「そうなの? 私はどっちでもいいわよぉ? こんなに派手にネイルアートしてもらってるから関係があるのバレバレだと思うし」

 朱色にラメが入った爪染めの上に、最近開発された白色の爪染めで細かな花柄が施され、しかも金色の蝶のパーツも乗っけたネイルアートはかなり目を引く。うん、この世界では派手だわ。

「どういう関係? って憶測が流れた方が宣伝効果が高いだろうってエイジェリン様の判断だからね。別にケイティが言うには問題にしてないよ、ククマットの人なら知ってる人も多いし秘匿情報って訳ではないし、むしろ貴族社会以外の冒険者とか他の職業の人たちとケイティは付き合いが多いからそっちに情報流すのもありじゃない? 貴族としては最新の情報を欲しがるんだからククマットや貴族と縁遠いところで話をした方が結構影響でそうよね」

「それ面白そうじゃん」

 ハルトはのんびりと歩きながら、適当に答えてるわよ。


 そして。

「僕、さっきのジュリの言葉結構いいなぁ、と思ったよ」

 マイケルが不意にそんなことを。

「ん? どの部分?」

「貪欲に生きましょう!! ってところ。人はさ、貪欲な生き物だろう? その性質あってこそ生き長らえてるんだと思うよ種としてね。でも僕らとこの世界の人たちは根本的な部分が違ってて、どうしてもすれ違うし、文化も文明も停滞したまま。だから、違う角度からその欲を少しでも満たして、そして更に高みを目指す、そんな人がもっと増えたら、この世界ももう少し僕らが生きやすい世界に発展するかもね。その一端を、ここで見れる気がするよ」

 楽しそうに、嬉しそうに、マイケルがそう言った。

 ちょっと難しいことを言ってるよ、精神論的な。でも、何となく分かるよ。

「変わると良いわねぇ」

「変わるんじゃね? ゆっくりとだけどさ」

 二人も笑った。

 うん、変わるといいよね。

 そして、とても、とても小さなきっかけに過ぎないけど『領民講座』が変化の種になってると嬉しいかな。



ブクマ、評価、誤字報告、そしてコメントありがとうござます。

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