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1 * 『特別販売占有権』なるもの

 


 ライアス、ごめん。

 本当にごめん。

 金物職人なのに。


 編みものさせてしまって。


 あ、いい感じだよ、さすが手先が器用だね、うんうん、順調。そのまま頑張って。


「なんで、俺まで」


 あはは。そのぼやきは聞かなかったことにします。


 あれから私たち、フィンと私は、大忙しだった。

 自警団のお偉方の一人バールスさんと今後この領地の自警団のトップになるグレイセル様とでまずは布と色、糸の素材と色を決めるところからはじまった。

 のはいいんですけど。

 グレイセル様がこの物流が滞る季節にどうやったのか想像もつきませんが、凄い量の布と糸のサンプルを馬車一台分持ち込んでくださいました。サンプルです。ええ、庶民の家に、馬車一台分ですからね。はっきりいいます。

 こんなにいらない。

 腕章本体はしっかりした素材で色は黒か紺色を指定したからすぐ絞り込めると思ったのに!!

 厚すぎて腕章に向かない、薄すぎて向かない、色が派手すぎでむかない、などなど。

「私は、父にジュリに言われたまま伝えたのだが」

 ……犯人は侯爵様かい。

 文句言えない。

 サンプル品はくれるっていうのでありがたく貰いこの微妙なストレスの代償としましょう。あとでフィンにはクッションカバーとかお願いして作ってもらおう。


 まずは使えない布を選別するところから始まり、糸も細すぎるもの、太すぎるものの選別をすることに。

 見ただけでげんなりした私とフィンが哀れに思ったのか、運んできてくれたバールスさんとグレイセル様も選別を手伝ってくれた。

 お二人の手伝いは凄く助かったのよ、選別していくなかで使いたい色があればそれを確保してもらって、私とフィンが見て素材的に適していれば候補にしていって、すべての布と糸を確認し終わると布は五枚、糸は十二本にまで絞り込まれていた。

 これには助かりました。


 そこからは早かったよ。

 布は二枚、濃い緑と私が勧めた紺色に。紺色は領地のれっきとしたお仕事として成り立っている自警団の人たちがつけて、濃い緑のものは志願で手伝ってくれる人たちへ貸し出すものとして分けることになったの。この二種類の布は地元で作られてるものでもあるので入手しやすいってのも決め手だった。あと、地元の経済の潤いにちょっとでもなればね。

 糸は基本アイボリーで統一することに。他に各地区でトップの自警団長さんと副団長さんは少し白みのある紫、バールスさんたち自警団を取りまとめる重役数人は鮮やかなコバルトブルーに近い青緑、そしてその大元となるグレイセル様は一目で誰でもわかるようにと高額な金糸が混じる、艶やかな朱色に決まった。


 この色分けにはグレイセル様とバールスさんも喜んでた。今までもそういうことはしてたらしいけど、それこそ切った布を胸に縫い付けるだけにしてたからって。それはなんというか、カッコ悪いよね (笑)。


 あとは編むだけ。

 腕章本体はそれこそ『代理』システムで近所のおばさまたちと、その近辺にも声をかけてやってもらうことにした。

 仕立て屋に頼むのがいいのかもしれないけど、長さとか幅とか、直接私とフィンがいつでも確認出来るに越したことはないし、これで少しでもいつもお世話になってる近隣の人たちの蓄えになってくれれば、という思いもあるしね。

 予備を合わせれば二万というとんでもない数でもそれにかかる経費は全て侯爵家が出資だし、私とフィンが仕上がりに問題ないものを一枚ごとに買い取るシステムにしたから腕に自信ある女性たちが年齢問わずこぞって縫ってくれてるからペースは速くて本当に助かる!!


 後は、編むだけ。

 編むだけなんですよ。


 フィンと二人は無理。死ぬ。

 絶対無理。なにが悔しくてこの世界でブラックな働きをする必要があるのよ? いくらお世話になっている侯爵家のためといってもそれは出来ませんよ、いや、したくない。


 なのでここはこの依頼を持ち込んだ侯爵家に協力を願いました。

 なんとかしてくださーいって。人材派遣お願いしまーすって。

 日替わりで使用人さん数名、そして何故か執事さんや侍女さんまで侯爵様の命令でこの家にやって来て数時間私とフィンに指導されながら編んでいく。時間はかかるけど、人手があるのは助かるし、覚えれば後で役に立てるかも。立つか? わからない。


 それと、いい仕事してくれる人たちがいましたよ!!

 侯爵家で元は働いていたけど、病気や怪我、年齢の問題で引退した元使用人さんや執事さんと侍女さんたち。この人たちが毎日通ってくれるんです!! 計八人この人たちはほぼ毎日来てくれるのよぉ。助かるー。

 お世話になった侯爵様のため、この領地のため、そんな思いで来てくれるから覚えようとする姿勢が真剣でそして丁寧な仕事。

 雪の中、いくら侯爵家が馬車で送り迎えしてくれるっていっても、ハンパな気持ちでは出来ないことだよなぁ、なんて感心。


「いや? 単に覚えたいだけですが」


 はい?


 とある初老のダンディーな元執事様。

「ジュリはこれを『特別販売占有権』で登録してるんだろう? 登録者本人に直接技術を習い商品を仕上げられるようになってジュリから許可が貰えれば私たちでも販売出来る」

とグレイセル様まで。


 ん?

 なに???

 聞いたことない言葉が出てきたよ?


「えっと、『特別販売占有権』ってなに?」








 怒られた。

 ものすごい怒られた。

 ダンディーな元執事さんと侯爵家の使用人さんとフィンとライアスに。グレイセル様は苦笑してるけど。

「いやいやいやいや!! 私は悪くないでしょ!! 知らなかったんだから! 言っとくけど異世界人だからね、知らないこと多いからね、てかフィンとライアスも知ってるでしょ、今の私にそんなこと知って登録する時間はなかったことくらい!!」

 取り敢えず理不尽な説教は黙らせました。


 ようは特許みたいなもの。

 この世界でそんな事出来るの? と思ったけど魔石で情報を記録できる不思議な魔道具があるのでそれで各地の情報を共有できる冒険者ギルドと民事ギルド(いわゆる商人ギルドみたいなところ)が管理できるんだって。

 そこにこのマクラメ編みの技術(図面とか編み方)を私の名前で登録するでしょ、すると、それを商品として売買して利益を出せるのは私だけになる。でも、その登録したレシピを購入した人は版権や取得ということで販売が可能、もしくは私がそれを教えてその製法とかが基準を満たしていて商品として扱っても問題ないものを作れると認められた人は、私の許可があれば『同意販売権』っていうのに登録できる。私に不利益を与えない、粗悪品を販売しないなどの条件付きで収入を得られる仕組みだった。


 なるほど。

 これでひとつ、わかったことがある。

『代理』システムよ。

 あれって、商売人を守るシステムでもあったわけね。

 あれのおかげで、物をつくることで収入を得る人たちが仕事を依頼した人たちに「技術を認めて下さい、許可ください」ってむやみに言われることは少なくなる。だって「規定に達していない」「不出来だ」って言ってしまえば『代理』をする人たちはそれを受け入れるしかない。全ては依頼側次第のことだから。


 でもねえ、何となく、釈然としない。

 だから、とりあえず私の持ち込んだこのマクラメ編みに関しては、基本の複数ある結び方、図案を正確に仕上げられるなら、その結びかたと図案の許可は出すことにする。

 その前に私が登録してこないと皆が販売できないけどね!!!

「明日行ってこい! 現物あるだろ、それ何本かと、お前が書いた手順の説明文と図案、あれちゃんとしてるもんだからすぐできるはずだからな」

 って、ライアスに言われたので行ってきます。まさかの強制。

 あと許可するのにいちいち確認してあげないといけないけどね!!

 面倒くさいけどやるしかないわ!!


 それを言ったら皆が喜んでくれた。

 冬の期間は当然、何かしらの事情があって仕事を辞めた人たちなんかはこういう副業的なことが一つでもあれば心強いだろうね。

 私がこうして編み方を分け隔てなく教えてるのをみて、登録させてもらえるかもって期待もあったんだろうね。うん、したらいいよ、別に隠すことでもない。すでに隠せる状態じゃないし (笑)。


 で、ここで思うことがある。

 うーん、編みもの。

 このマクラメ編みとカギ針を使ったレースが作れる知識が少しはある。

 そろそろ検討する時期に入ったかも。


 なにがって?

 収入ですよ。

 将来の蓄えのために、収入を得ることです!!

 定期的な収入のための。


【お店】ですよ。








「いいじゃない!! やりなさい、あなたならきっとうまくいくだろうね!」

 フィンとライアスに相談したら、あっさり賛成してくれたわ。

「それでね、フィンとライアスに相談なんだけど」

「なんだ?」

「フィンには、これからもマクラメ編みを手伝って欲しいの。それと、カギ編みも上達したから、小物なんかはお願い出来ればと思ってる」

「あらら、私でいいのかい?」

「もちろん。それと、ライアス。いずれは、カギ編みのカギ針を売り出そうと思う。それから他のことも始めるつもりだから、道具を作ってもらって、それを世に広めたい。その道具作りを依頼したいの。収入を得るためだから、かなり細かい基準を私が設けると思うよ、安全性の高い長持ちするものを世に出したいからね。それに、私の我が儘に、付き合ってほしいの」

「……好きにしろ。依頼っていうなら、受けるのが職人だ。おれは武具は作らねぇが、それ以外はちゃんと仕事をこなすつもりだからな」

「ありがと!!」


 こうして、私たちの環境が少しずつ変化しようとしていた。









「ところでよ」

「うん?」

「俺はいつまで編み続けるんだ」

「あはは」

「おい、ジュリ」

「あはは」

「……」

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― 新着の感想 ―
まだ読み始めですが面白いです。 登録して楽しみに読ませて頂きます 物作り出来る人羨ましい 手芸全般苦手なもので 自分だったら絶望しか無い
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