七夕スペシャル ◇ハルト、短冊を飾る◇
本日二話目になります。季節の単話になってますので本編とは連動していません。
前半はゆるーい感じ、後半七夕らしい、そんな話です。
※本編はこの前に更新していますのでご注意下さいませ。
「笹がない」
物凄い不機嫌な顔をしてジュリが分厚い本を見ながら呟いた。
笹。
ああ、七夕か。
ないな、俺も笹はベイフェルアでは見たことない。
ジュリの見ている本はベイフェルア国の植物と魔性植物の図鑑だ。魔性植物ってのは魔素を必要とする魔物の特性を持つ植物で、わりと物騒な攻撃性のある植物だ。
植物系魔物と魔性植物の違いは定着せず動き回れる、土にちゃんと根付いて動かない、それで区別されてる。
わりと魔性植物は多くてククマット周辺でも見かける。ここら辺のは危険がほとんどないものだからもしかすると魔性植物と気付かないやつもいるかもな。
「……その本の後ろの方」
「うん?」
「『その他』に各地の主な危険魔性植物って所見てみろよ」
「『その他』ね、えーっと……はいはい、ここか。各地の主な危険魔性植物。……ここに何が? ……あれ?」
数ページ捲ってジュリの手がかりピタリと止まる
「笹だ」
そう。
そっくりなのがいる。
けどな。
「えっ、まるっきりこれ、竹だよね?! 笹の葉だよこれ!!」
「説明を読めよ」
「説明?!……最大十メートルまで育つ株もある。攻撃性が高い。警戒能力が高く、近づくものに幹の柔軟性と葉の固く薄く鋭い特性を活かし幹を激しくしならせて体当たりしてくる。一度動き始めると止まるまで数日間かかるので、なるべく若く背の低いうちに伐採すべき。……恐いこれ」
「魔性植物だからな」
大陸各地には、それぞれの土地に強い魔物が発生しやすいポイントがあったりするけど、魔性植物にも危険なのが発生しやすいポイントがあって、この『鞭の木』もそうだ。
名前さぁ、自動翻訳どうにかならないのかよ?! これもバグか?! とツッコミたくなる安直な名前でちょっと嫌なんだよな。
ただ、その見た目は七夕に使えそうな立派な笹竹そのもので、色も良い緑だ。
「これ、一本欲しいけど……魔性って切ったりすると変質したりするよね? 色が変わったりとか嫌だけど」
「それは大丈夫だな。……生息地は知ってる。取りに行ってくるか? それ教えた責任と七夕イベントやるなら参加したいし」
「もちろん手に入るならやるよ!そして、私も行きたい」
「んっ?!」
「動く木、見たいんだけど」
……マジかぁ。
おまえ、その発言で面倒くさいヤツが騒ぐぞ?
「なんでジュリがそんな危ない魔性植物を直接取りに行く必要がある?」
ほら出た!! キングオブ面倒くさい男、グレイセル・クノーマス!!
「見たいから」
「行かなくていい、私がハルトと行ってくる」
「動く木みたいけど」
「『鞭の木』は本当に厄介なんだぞ? しなるときに葉っぱが飛んでくることもあって、皮膚をざっくり裂く威力があるんだ。近づかなければいいってわけじゃない」
「グレイは見たことあるんだ? 私も見たいんだけど?」
「だから、危ないんだよ。怪我なんてしたくないだろ?」
「切り傷くらいならオッケー」
「気にしてくれ!」
長いんだ、このやり取り。
言い出したら聞かないジュリを相手によくもまぁグレイも懲りずに食い下がる。グレイの溺愛っぷりは病気の域だからな、面倒くさいんだ、ホントに。そしてそれをものともせず我を通そうとするジュリも懲りずによくやる。
「よし」
「ん?」
「行こう!」
「私の話はどこに投げた?!」
ジュリのゴリ押しで決着した。
さて、早速転移で来てみた。面白いことするのかと何故かマイケルとケイティもついてきたよ。
こいつら最近ククマットに部屋借りて普通にいるんだよなぁ。土地開発してる地区の一区画を買うとか言ってたし、本格的に拠点をククマットにするつもりだぞ。息子のジェイルなんてククマットの学校に通い始めたしな。ジュリが面白いことする時はこれからこうやって当たり前に一緒にいる気がしてきた。
「うーわ、激しい」
ジュリが面白そうに明るく軽い声で言った理由。
『鞭の木』が動いてる。
ブオン! ブオン! と。
立派な十メートル超えの一本を中心に生えたばかりの一メートルにも満たないのから五メートル超えのものと、合計八本。全部。
なんでこんなに激しくしなってるんだよ?!
「ほら、あれじゃない?」
ケイティがのほほんと緊張感皆無で指差す方向に。
走ってどんどん遠ざかる若い男数人。身なりから冒険者だ。
たまにいるんだよ。度胸試しに、本当に危ないのか興味本位に、危険魔性植物に近付くやつ。
「そういう趣味なのかしらね?」
何が?
「打たれたいとか、そういう」
ケイティ、違うと思うぞ。
「ああ、こっちの世界にもいるんだ? そういう趣味の人」
「そりゃいるでしょ」
ジュリもそんな話に乗っかるんじゃねぇよ!!
「どこをやってもらったのかな?」
「そこはジュリ、やっぱりお尻でしょ」
「背中は?」
「アリね。頬を打たれるのが好きなのもいるわよ」
やめんかい!! 無意味におケツが痛い錯覚に陥る!!
「そういう趣味とはなんだ?」
「痛みに快感や多幸感を感じる人の、それを味わう趣味だね」
「意味がわからない。楽しいのか?」
「人それぞれだね」
そこ、男二人。頼むから話を広げるな。
そういう趣味があるかどうかは別にして、余計なことをしてくれたであろう冒険者たちの背中を見送ってから、再び俺たちは『鞭の木』に向き合う。
二十メートルは離れてるんだけど、風圧がスゲーな。
「これ、こうなる前に誰も伐採しなかったんだね、こういうこと珍しいなぁ」
マイケルが興味深い目で眺めている。
「人が住んでいない地域だからな、あ、もしかしてさっきの奴ら討伐依頼受けてたのか?」
「ああ、そうかもね。でも実力に見合わない依頼を受けちゃったのかな? あの様子だと戻って来ないだろうし、立て直して戻ってきても全部育ちきってそれこそ手がつけられなくなってるだろうね」
「あー、依頼失敗か。昇格が遠退いたな」
憐れ、冒険者。地道にやり直せよぉ。
「このままじゃいくら人が住んでいなくても地元民は嫌でしょ、伐採してあげましょうよ」
ってケイティが良いこと言ったと思ったら。
「はい、いくわよー」
って。
いきなり弓矢を構えて。ズドン。
「……なにその破壊力」
ジュリが顔をひきつらせた。
うん、矢が『鞭の木』の手前に刺さった瞬間地面が吹き飛んで、一緒に『鞭の木』も吹き飛んだ。そして見事にバラバラに木屑と化して散っていった。
「本来の来た意味まで消し飛んだわ」
「え? なに? 欲しかったの? 言ってよ」
「言う間もなく、消し飛ばした人は誰よ」
気を取り直して別の場所で見つけた『鞭の木』は俺が切ったよ。一本切った後ケイティが嬉々としてまた残りをふっ飛ばしたけど。
「そう、ケイティはああいう人なのね」
ジュリが何かを察してた。うん、それは正解。グレイも『そういえばそうだな……』って、ちょっと遠い目してたよ。
「願い事かぁ、何にしようか?」
「『おりひめ』と『ひこぼし』の話は切ないよね」
「でも該当する星がないってジュリが笑ってたよ」
「いいんじゃないの? 笑ってるなら」
「あ、字間違った。書き直していい?」
「だいぶ人が集まって来てるよ、『たんざく』たりる?」
「その主導のジュリは何してるんだい?」
「『たなばた飾り』の仕上げしてくるって」
「たんざくの紐が足りなくなるわね、使えそうなの買ってきた方がいい?」
「たんざくも切らないと足りないよきっと」
「おーい、願い事って何書いてもいいのか?」
「こういう時字が綺麗な奴らが羨ましいよな」
店の外は近所の店や住人を巻き込んで賑やかだ。どデカイ『鞭の木』がそんなに広くない道にドンと横倒しにされていて、その周囲では短冊を配ったり筆を貸し出したり、紐を切ったりと忙しく準備に追われる 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員たちがいる。店が休みなのにわざわざ出向いてジュリの思いつきイベントに付き合うんだから物好きばっかりだよ。
その周辺では近所から借りたテーブルに人が集まって短冊に願い事を書いてる。テーブルが足りなくて近くの壁を使って書いてるヤツもいるな。
事前にこういうことするよ、と周知してたせいかかなりの人数が短冊に願い事を書いてて、こりゃ凄い数になるぞ。
「ハルトー、ヘルプー」
呼ばれて俺は研修棟に向かう。
そしてびっくりだ。
七夕飾りがそこにあった。
こんなに本格的だと思ってなかったぞ。
東北地方の有名な七夕まつりをテレビで何度か見たことがある。俺の両親は旅行で直接見に行ってたな。
商店街を繋ぐアーケードにずらりと飾られる七夕飾りは全部違って、しかもデカいんだ。テレビで見てもそのデカさは伝わってたから、実物はもっとデカく見えるだろう。
「私のは明らかに小さいけどね。私もおばあちゃんおじいちゃんに連れられて行ったことがあって子供ながらにびっくりしたのよ、『これ落ちてきたらやだ!!』って。それくらい本場のは大きいよ」
「いや、これもすげえよ」
グレイとローツが長い棒に吊った三本の七夕飾りを肩の高さまで持ち上げてギリギリ床に擦らない長さだ。軽く百五十センチはある。
「これどこで作ったんだよ?!」
「グレイの屋敷」
「ああ、広いしな」
「そう、広いの」
研修棟にある飾りはなんと、十八。三本ずつ長い棒に吊られて六セット。
「気合いが凄いな」
「当然。竹が見つからなくてもこれだけはやるつもりだったから地道に作ってたのよ。紙で花を作ったり千羽鶴を折るのは断念したけどね、そこは工夫を凝らしたわけよ」
大きな紙で折ったのかそれとも型どったのか、デカい折り鶴や立体的になるよう折り紙を上手く折って貼り合わせたらしい花を思わせるものなど一番上にくるくす玉部分はかなり工夫がされている。これはデザインから苦労しただろうな。なんせ柔らかくて薄い花が作れる紙がないから市販の普通の紙を使うんだし。
吹き流しも真っ直ぐ均等の幅でカットされてて、そこには和柄の模様が丁寧に他の紙で貼り付けられていたり、手書きで入れられている。
折り紙の手法が多用してあって、由来に沿った細かい七夕飾りを再現してるものも所々に吊るされている。
「そういえば、願い事はなるべく上達したいことや勉強に関連したものがいいって言ってたよね? あれなんで?」
キリアにそう問いかけられたジュリは最終仕上げにとグレイとローツが持ち上げている飾りの紐の長さを調整しながら答える。
「ああ、それね。元々貴族が習い事が上達しますようにって願っていたことが起源らしいのよ」
するとグレイとローツがぴくりと反応した。
「貴族?」
「そう、大昔だけどね。もとは貴族のためのお祭り。乞巧奠 (きっこうでん)ていうのが始まりで、詩歌や文字、手芸や管弦楽が上達しますようにって梶の葉っていう葉っぱに書いて願ったのよ。だよね?」
俺に振ってきたぞ?
「喋れってか?」
「知ってるくせにー」
その言い方!!
「知ってるけどさぁ。……ジュリが言ったのが本来の意味で、それから長い時間をかけて一般に親しまれてったわけだ。庶民の間でも習い事が広まって、庶民も勉強や習い事が上達するようにって願うようになって七夕が定着したわけ。ちなみに笹竹に願い事を飾るのは笹竹には神様が寄りつく、依り代って言われてるから、だからそれに短冊を飾って天に向かって掲げる。神様になるべく近くなるようにな。そのうち無病息災や家内安全、そう言った祈りも加わったんだよ。織姫と彦星の伝説も融合して現代じゃちょっと祭りの意味は変わってるのかもしれないけど、基本は何かの上達を願う、そして祈る為のものだな」
「そういうこと」
手抜きしたな、おい。
「 《ハンドメイド・ジュリ》には合ってる祭りかな、って思うんだよね。織姫だって機織りをするし、ものつくりをする人にはうってつけのお祭りよ」
「なるほど」
ローツが物凄く感心した顔してるなぁ。
「じゃあ俺もなにか上達したいことを書けば良いんだな?」
「そうそう、しかもグレイとローツさんは貴族だから基本に沿ってるといえば沿ってるのよ、異世界だけど (笑)。そう言われると真面目に書きたくなるでしょ?」
「書きたくなる。うん、俺は真面目に書く」
「上達を願う、か。何を書こうか?」
グレイも真剣だな (笑)。
「はい、ではこれを外に飾りましょう!!」
せっかくためになる話をしてたのに唐突にジュリが宣言した。
夕方、風に揺れる七夕飾りを皆が歓声を上げて見上げている。
近くの店にお願いして、飾りがついた棒を支える頑丈な金具を事前に取り付けさせてもらっていた。そこに俺とグレイが脚立に登って取り付ける度に歓声が上がるから意味もなく得意気になったよ。
犇めくように集まって大市さながらの賑わいだ。あの飾りが綺麗だ、面白い形だ、名前なんだっけ? なんて声が六本の棒に吊るされて風に揺れる七夕飾りの下あちこちで聞こえる。
「せーの!!」
そして今や運輸部門も馭者とか馬車の整備係や護衛と、男の従業員も増えた《ハンドメイド・ジュリ》。そいつらが笹竹ならぬ鞭の木を息を合わせて一気に立たせた。
ざぁぁぁっ! と、葉と短冊が揺れて擦れる音が響く。
大量の短冊は、願い事を書くというざっくりとした説明しかしていなかったから皆けっこうしょうもない願いを書いてて、それを見て笑ったり笑われたり。
それが今、天に向けて立てられた。
いい眺めだなぁ。
賑やかに飾りを見て楽しんで、願い事は何を書いたかと盛り上がる。
風にゆれる笹竹と七夕飾りを皆が見上げている。
懐かしいなぁ。
「何を考えていた?」
「ん? 懐かしいなぁってな」
「……そうか」
グレイが何か言いたそうだ。分かってるよ、言いたいことは。
「帰りたいか?」
「願うだけならいいだろ?」
「そうだな」
「心配するなよ」
「何がだ?」
「ジュリも俺も、知ってるよ。帰れないことは。それは無理なことだと知ってる」
「……そうか」
「だから俺とジュリも帰りたいなんて書いてないさ。……ま、それでも願いは一緒だったな」
俺は書いた。
――家族が幸せでありますように――
と。
日本語で。
ジュリもそうだった。
――どうか健やかに過ごしていますように―――
そう、日本語で。
「帰りたいなんて、書いてないよ」
「……ああ、そうだな」
楽しそうだな、みんな。
七夕。
この世界でも悪くない。
好きなこと願えばいいんだよ。
願うだけなら、自由だ。
来年は、何を願おうか。
ジュリ的には和紙が欲しかっただろうなぁ、と思いつつ書きました。
和紙独特の質感や千代紙の華やかな和柄の七夕らしい飾りになんとか近づけるため、グレイセルの屋敷の広い部屋を占拠して黙々と作業したでしょう。
「和紙、和紙、誰か作れ。製紙技術をなんとかしろ。誰か私に和紙を与えろ」
と、呪詛を唱えるようにブツブツと独り言を漏らしながら作るジュリが平気なのは多分グレイセルだけかと思います。




