7 * 勢いで開店、そして出世頭のキリアさん
《ハンドメイド・ジュリ》のすぐ近く、元々一階を資材置き場として借りていた借家を夜間営業所としても使えるように改装してたけど、グレイが思い切って買ってくれまして、二階建て一軒丸ごと私のものに。
いやはや、さっさとこの夜間営業所兼研修棟を作れば良かったわぁ。
一階は夜間営業所のスペースと、 《ハンドメイド・ジュリ》の第二工房。ここで私以外の人が物を作るのと、それぞれの得意分野や好きな作業の質を高めるため腕を磨いていくことになる。
そして二階は資材置き場として半分を、残りは多目的に使えるテーブルと椅子のみがあるスペースとして、打ち合わせに使ってもいいしもちろん休憩室も兼ねている。
そしてラッピング用袋の検針など作品作りだけではなくそれに付随する絶対必要な作業はこっちで出来るようになって、《ハンドメイド・ジュリ》は建物の広さに合った人数でゆとりある、安全な作業導線を確保できた。
そして、さっそく《ハンドメイド・ジュリ:夜間営業所》を試験的に開店してみた!!
勢いだけで動いたよ、うん。
そういう時もある。
通常の商品の他に、製作行程で出てしまう半端な部分を加工したり、正規品には出来ない傷物や型ずれした、いわゆる『訳あり』の値段が安く設定されたパーツや小物が 《ハンドメイド・ジュリ》よりも多く揃っていてそれが夜に買えるとあって、いきなり大好評。そしてやっぱり夜だと都合がいいという人は結構いるようで、行列とはいかないけれどそれでも開店前に六人も待ってくれてたし、店頭にお客様が絶えないのを見て驚いたわ。
そして、お店に立ってくれる自警団の若い人たちはすごく熱心に勉強して一生懸命慣れない接客をしつつも社会勉強の一環としてチャレンジ精神で挑んでくれてるからやる気に満ちていて頼もしい。任せて良かった!!
試験期間で十日に一度を予定してたけど、これならすぐにでも週一、二日にして問題なさそうよ。
「早いんだよ! お前もフライング気味だわ! 侯爵家の奴等に染まってんじゃねぇ!」
と、ハルトが怒ってた。
《本喫茶:暇潰し》はもう少し準備あるからねぇ。
それはそれ、これはこれ。出来ることをして喜んでもらえるならフライング万歳。
そして、研修棟の人員なんだけど。
レフォアさんやククマットの冒険者ギルド職員二人の計五人と、この棟を作るにあたって本格的にうちの商品を任せるに相応しいスレインとシーラの紹介で雇い入れたキリアという私と同年代の女性を中心に、そしておばちゃんたちの中にも結構いい仕事してくれる人で編み物の苦手な人も四人、一気に投入してみた。その人たちに基本研修棟のことを任せてみて、うまくいくようならまた更に人員増加と研修棟なり工房を増やしてもいいかも、とグレイと話しになった。
ちなみに、主にスイーツデコの白土の扱いがプロフェッショナルになりつつあるウェラには専用の作業台を研修棟に用意した。
「作りまくるよ! 任せておきな!」
と、頼もしい一言いただきました。彼女に続くスイーツデコが得意な人が増えるといいなと祈りつつ、新しいデザインの紙をそっと台に置いてきた。早速試作してくれるはず。
「俺も作業台……」
ローツさんも専用のスペース欲しがってたけどこれは聞かなかったことに。それよりお店の経営よろしくね!!
研修棟といっても作品は作る。というか人数が工房より圧倒的に多いので作り方が確立されてる立ち上げ初期からの作品と製作行程が比較的簡単なものはこちらに任せることに。量産品とは言えないけれどそれでもそれなりに数を用意できるものは人材確保と共に順次こちらに移行していくつもり。
それと、一日一回夕方にそれぞれが作ったものを私が確認に行くようにして、私がいないときはフィン、そして随時キリアが出来上がったものをその場で必ず確認する体制を整えたわよ。どんな格安作品だとしても不良品だけは出さないようチェックを入れる。
私の中では『訳あり』と『不良品』は全く違うもの。それを明確にして、私の関わる全ての商品を売りたい。日本の安心安全が当たり前の日常には程遠いけど、それに近づける努力はしていくつもり。
『手作りだから仕方ない』なんて言葉で妥協してたらいつまで経ってもこの世界のものつくりは変わらない気がするしね。
これにはレフォアさんたちがとても驚いていてた。私が作り手を信用できていないと思ったらしい。
「最終確認は、出来不出来を見るんじゃなく、不良品が混じっていないかの確認ですね。どんなに見た目が良くてもすぐ壊れる、そんなの欲しくないじゃないですか? それに当たってしまった人が不運なんて言葉で済ませたくないし。《ハンドメイド・ジュリ》の作品は安全だ、という付加価値をつけるためだと思ってください」
身を守る防具以外で、こんな売り方をする商品はあまり見かけない世界。せめて私だけでも日本では当たり前だった『安心安全という付加価値』を提供する側で頑張りたい。
レフォアさんがそれを真剣に紙に書き留めてたのには笑ったわ。フォンロン国でも、いつかレフォアさんたちを中心にこの価値観が広がってくれたら嬉しいね。
「うーん、ちょっと、大きさにばらつきありますね。カットも丁寧にしないと、形を揃えようとして削ったりするからどうしても仕上がりで差がでるんですよ」
「カットですね、気をつけます」
「こっちは綺麗な仕上がりですね、あ、でもちょっと気泡が気になる。ラメ入れると気泡が見つけにくくなるから気をつけないと」
「わかりました」
こんなやりとりをする中で、群を抜いてるのが一人。
友人の紹介で働くようになった彼女、キリア。
「お、さすがキリア。もう私の指導必要がないね」
実は、レースを除いたほぼ全ての作品を一度作って、ほぼ失敗無しというすごい逸材。
「え、そう? いい線行ってる?」
「うん、私のと変わらない。というかオリジナルの作品とか作りたかったら作ってよし!!」
「やったね!」
「てことで、キリアはここの責任者ね」
「うん?」
「よろしくね、勤務は今までどおりでいいからさ。あなたは明日から『管理職』、そうだなぁ、役職は『制作主任』というのを与えまーす」
「ちょっと待ちなさいよジュリ」
「責任者の役職手当てつけるから。ここで今後は新人相手に簡単な作品の基礎講習会するときの講師とかの手当てもつけるよ。当然 《ハンドメイド・ジュリ》で一点物を作ればその売り上げ手数料も入るからね。キリアは私と一緒に工房で試作とか特殊な物を作ることもこれから増えるだろうから役職もどんどん変わっていくと思うけど随時昇給もあるからよろしく!」
「……それは、要検討だわ。昇給、いい響き」
はい、一人重役確保です (笑)。
キリアは人当たりもいいし、何よりグレイ相手に臆することがなくて意思の疎通がしやすいのよね。
うれしいなぁ、と。
こうして私のやってることが、他の人に伝わって、それがさらに他にも伝わっていくのって。
レースだって私からフィンに、フィンから周囲の人に、今では私の会ったことのない人もククマット編みやレースを作ってくれてる。
スライム様の確保もお金になるからってだけじゃなく、それが結局駆除になってるでしょ? 農地や希少な植物がダメにされる前に見つける確率がぐんと上がって面倒な処理も減った。螺鈿もどきのかじり貝様だって、元は廃棄に困ってたものが、今では特産になる可能性があるって色んな職人さんたちが試行錯誤してくれて。
「楽しくなってきた」
「なにが?」
「やってることの結果が、見えてきたかなぁって思ったの。私結構いい仕事してるかもって」
「してるよ、ジュリはいつでも。この土地はもっと変わる。いい方向に、ジュリのお陰でこれからもっと変わる」
「そう? グレイが言ってくれるならそうなのかもね」
「ああ、自信を持っていい」
「うん」
自然に笑顔が溢れるっていいわぁ。
充実してる。
《レースのフィン》も開店を待つばかり、商品はせっせとおばちゃんたちが競って作っている。フィンのは最早芸術品の域なので、侯爵夫人のシルフィ様と息子の嫁ルリアナ様がそれぞれすでに予約済み、店頭に出すことなく近々侯爵家に納品されるし、今後作られる物もお店の看板代わりにどーんとガラス越しに飾られるだろうねぇ。
いやはや、こちらもどうなることやら。品薄ですぐに休業なんて二の舞は避けたいところだけどね。
「ただいま戻りました」
「あ、お疲れ様ローツさん。どうだった?」
「思いの外手応えあったよ」
このローツさんもすでに重役ですね。
商品の運搬や働く人たちの送り迎えの手配、それから今はお店の警備やそれに必要なものの手配を一手に引き受けてもらっている。ついでに経理関係も。すでに送り迎えの馬車係は卒業してもらって、今はグレイと共に店全体を支える仕事をしてもらっている。運輸関連も人が増えてるよ。
「何人か馬車を使う仕事をしたいという者がいて、ククマットと港を往復する仕事なら都合がいいという声もあったな。調整がつけば週に店の専用として三日は直通の馬車が用意できそうだ。侯爵家もからめられるなら毎日運行もできるかもな」
「それだといい! 港からお客さんダイレクトに運べたらいいし、ルリアナ様のご実家の革製品もそれに合わせて出荷してもらえば輸送料抑えられる!!」
「ああ、かじり貝も定期的に仕入れてはいるが数はまだ多くないしそれも馬車に乗せれば」
「その分も浮くか! よし、そっちも本格的に進めてもらっていい?!」
「了解、それに合わせた護衛も必要だけど人数とか依頼先はどうする? 専属で雇うってのもアリだな、事情があって冒険者辞めた奴とかなら実績ありつつ定住してるからお互いに条件の擦り合わせもしやすいし」
「その手のことはグレイと決めちゃって。私ではわからないことだらけだから。今その分野は多少の赤字覚悟、とにかくしっかり安定した輸送手段の模索お願いしますよぉぉ!」
「了解、なんとかしてみるよ」
最近、ただ 《ハンドメイド》をしていればいいって感じではなくなった。
経営とか、人付き合いとか、色んなことに深く関わるようになって、正直ものつくりに没頭できない日もある。
でも。
それでいいと思う。
これも《ハンドメイド》を持ち込んだ私の責任。店を始めた責任。
楽しいことだけしていたいけど、生きていくには働く必要がある。私は楽しいことを、働く手段にした。それは恵まれてることだと思う。
だからちょっと、がんばるよ。
やりたくないこともね (笑)。
「ねえジュリー、こんなの作ってみた」
「うおっ?!」
なんてことない顔してキリアが持ってきたもの。
「めっちゃ可愛い! どしたこれ?!」
「え、だから作ってみたのよ。ほらあたし息子いるじゃん? 息子がさ、近所の子がここで買ったブローチ着けてるの見て、羨ましそうにしてたから、男の子でもつけられそうなブローチあればなぁって思ってたんだよね」
それは、ゴーレム様の白土を気に入ったフォンロン国の冒険者ギルドから来ているレフォアさんの部下の一人、ティアズさんが作ってるもの。最近の趣味として作りまくってる。
コインより大きな、平たく丸いものや四角にした白土に、染料で細かい絵を描くのよ。これが結構可愛い絵でね、昆虫とか魔物、動物、色んな国の国旗とか、何をするわけでもなくただ描いてて、宝の持ち腐れだ、なんて同僚のマノアさんに言われたりしてたのよ。わたしもこれ、勿体無い才能だなぁと思ってたんだけど。
キリアはそれに疑似レジンを塗って、艶良く仕上げて、そして裏にブローチの金具を接着していた。
「……キリア、これ、ティアズさん何個くらい作ってたっけ?」
「さっき数えたら八十近くあったわね」
「いつの間にそんなに作ったティアズさん。これ、どうするって言ってたっけ?」
「ただ作ってるだけでしょ」
「あー、じゃあうちで買い取ろう」
「そだね、てかブローチになるよ! って煽てたらもっと作るんじゃない?」
「よし、煽てよう」
「あ、ちなみにこれ勝手に使ったからちゃんと謝るのが先だわ」
「……その辺、キリアは凄いと思う」
「いいじゃん、目的もなく作業台に積んであるんだから。あんたの素材に対する執着より可愛いわよ」
頼もしい重役、それがキリアという女。
うん、頼りになる。
ようやく登場のキリア。ジュリの右腕となるキャラとしてずっと待機してもらってました。これからちょくちょく出てきます。
恩恵をモロに受ける、【技術と知識】の恩恵パターンの見本みたいな設定がされたキャラなので、それを今後上手く表現出来ればと思ってます。




