7 * 聞きたくない名前が出てきた
ダッパスさんが異動になった。本人の意向で他の貴族領にある冒険者ギルドへ。
あの騒ぎからすぐに、ダッパスさんは冒険者ギルドを休んでいたと聞いていたけど、それしか聞いていなかったから私がものつくりを再開して間もなく突然新しい冒険者ギルド地区長という人が民事ギルド地区長さんに連れられて挨拶に来たときはびっくりした。
ダッパスさんの話は私の所には届かない。あの人のことを私の前で話す人が誰もいないから。国は違えど同じギルド職員であるレフォアさんたちでさえ、話題に触れない。まるで箝口令でも敷いているような、そんな雰囲気がある。
それは多分グレイと侯爵家の力だけではなく、自然と私の前で周囲が、つまり一緒に働いてる人たちが意図的にその話題に触れない、私に聞かせない、そんな気がしている。
あえて私も触れることはしない。
あの人とは合わなかった。何もかも。
考えも、性格も、立場もなにもかも。
グレイの幼馴染ではあったけど、私にとってギルドの職員でしかなかった。初めて紹介された時、何となく、私とは関わりたくないような雰囲気を醸し出していたのを今でも覚えている。笑顔でこれからよろしく、なんて挨拶されたけど、白々しいその笑顔に私も心は冷めたまま、笑顔でこちらこそ、なんて返してたわね。
それでも、わだかまりの残ったままもう会うこともない人だと思うと、あの日喚いて騒ぎを起こした張本人として最後に冷静な状態で少しでも話をしておけば良かったのかもしれないと、今さら思ってる。ホントに今さらよね。
それすら叶わない、私とあの人はそういう巡り合わせなんだな、と時間をかけて諦めることになっていくのかもしれない。
その代わりと言っていいのか分からないけれど、グレイは何度かダッパスさんと夜に時間を見つけて会っていた。
その時に互いに今回のことはもちろん、思っていたことを素直に話し合ったみたい。その会話についても私は聞かされていない。
「終わったことだ、ジュリはもう忘れてくれ。引きずらないでくれ」
そう、グレイに言われたのよね。
グレイだけじゃない、皆がそう思ってるのかな。
皆が何を考えて私にダッパスさんの話をしないのかはっきりした理由はわからないけれど、皆がそう望んでいるから、私ももう過去のこととして引きずらないことにした。
そんなことを考えてたら心配してハルトが来てくれた。
この男は、どうやら私の何かを感じとる能力があるらしい。あの騒ぎの翌日にはグレイの所に来て、話を聞いていたんだって。
騒ぎがことのほか終息が早かったから出番はないだろうと表立っては動かず。
……表立っては。
てことは、裏では動いてたということ。
「ジュリのことだから気になってるだろうから俺が話そうと思ってさ」
「何を?」
「ダッパスのことだよ」
この男は、《ギルド・タワー》の一番偉い人であるギルド総帥なる人物とも知り合いだそうで。
大陸中に、しかも偉い人に知り合いが多いのは流石【英雄剣士】だわ。
その人にどういう処遇になるのか確認したんだって。
「えっ、侯爵家が?!」
その内容にかなり驚いた。
だって、侯爵家が『公爵家』にダッパスさんをそちらの領地のギルドに受け入れて欲しいとお願いしたっていうんだもん。
ギルドの決まりで、異動を希望する際、異動先の領地の領主の許可が必要なんだって。基本これは断られることはないことで、要するに名前を覚えて貰う意味合いが強いもの。でも、問題を起こした人物は場合によっては拒否されることもあるそう。
その拒否理由に、今回の騒ぎが当てはまっていた。侯爵領で、しかも【彼方からの使い】相手にトラブルとなれば普通他所の国だと厄介者としてたらい回しにされ、皆が行きたがらない辺鄙な土地や規律の厳しい地域の土地のギルドに飛ばされる、ようは左遷だね。
ただ、ベイフェルアはそうとも限らず、上層部に知り合いがいれば融通は聞かせてもらえるらしい。ダッパスさんもそれを利用して、知り合いや親戚がいる公爵領に異動希望をして、そして侯爵家の口添えもあって許可が出た。
出たけど。
ん? クノーマス侯爵家って。
この国の公爵家二家と仲悪くなかった?
しかも、伝があるなら侯爵家は関わらなくてもいいんじゃ?
「侯爵が頭を下げた。そうしないとダッパスに居場所が無くなってたからな」
「え、なんで?!」
「近々、ベイフェルアの冒険者ギルドの上層部が粛清される」
「……それって」
「フォンロンが動いたことで、《ギルド・タワー》がそれに乗っかった形だ。わざと、今回の件で上層部はお咎めなし、口頭注意だけになった。ベイフェルアの上層部の動きはどんどん派手になって目立つ、お咎めなしになればさらに拍車がかかる。そこを叩くつもりだ。上層部が一新されれば、誰もダッパスを庇えないし、むしろ邪魔だと、足手まといと思って見捨てる。そうなる前に侯爵が離れた場所で、自分より地位の高い公爵の土地に事情を把握した上で受け入れて貰えば、そう酷い扱いにもならないだろうってな」
そっか。
侯爵様が。
ダッパスさんのことを。
「ベリアス公爵家はジュリの保護を放棄したし元々がいい噂がない。けど、もうひとつの公爵家、『アストハルア』は侯爵家との溝はあっても今のところ圧力をかけてくる気配もなければ、ジュリにどうこうしてくる様子もない。何より現当主が 《ギルド・タワー》に巨額の資金提供をしていることもあって意見が言える人だ。ダッパスを任せられると判断したんだろう」
「え、でも影響力があるなら、あんまりいい影響はない気がするけど?」
「その点は大丈夫だ、影響力って言ってもいい意味でだ。生真面目で神経質な感じの男だよ、侯爵家との確執は、お国柄仕方ねぇんじゃねえの?」
「あれ? ……ハルトはその『アストハルア』公爵って、知ってるの?」
「知ってるさ、侯爵家が隣国と領土争いの続く伯爵領に資金やら兵士やら出せって国から命令されたのは公爵家二家が関わってたって知ったときに文句言ってやるつもりで乗り込んだからな」
「乗り込んだ?!」
なにしてんのこの男は!!
「その時に、ちょっと話をした。それで、まあ、何て言うの? 『由緒正しい品行方正な貴族らしい貴族』ってのがわかった。溝ができる事をしたのもそれぞれに事情がある、ってことさ。ベリアス公爵と違って、話の通じる頭のいいおっさん。そもそも【彼方からの使い】に対して保有する【スキル】や【称号】なんかで価値を決めない、本質を見抜こうとする男。侯爵もそれはわかってるんじゃねぇの? だから、あえて頭を下げる形でアストハルア公爵にお願いしたんだと思うぜ?」
「……それは、わかった。でもね、一言、言わせて」
「おう、なんだよ?」
「あんたが怖い。何なのその顔の広さと乗り込むとかいう行動力」
「そうか? 」
自分の行動力に無自覚なハルトのお陰でダッパスさんの現状と今後はなんとか大丈夫そうだとわかってホッとした。
上層部が入れ替わればダッパスさんを擁護するなり利用するなりする人はいなくなって、肩身の狭いこともあるだろうけれど、それでも、公爵家が彼を受け入れてもいいと認めたならギルドが無理矢理解雇したり他所に追い出したりなんてとこはなさそうね。
私と喧嘩したことで解雇なんてなったらさすがに寝覚めが悪いし、引きずってしまう。
「……で、本題、というかなんというか」
「え?」
「ギルドが今回、ダッパスを使って強硬手段に出れたのは、なんでか。って考えたか?」
その問いに、私は、首を傾げる。
「その言い方だと、ギルドが私の作品を欲しがったから、ってだけじゃなさそうよね?」
「……ベリアス公爵だ」
「え?」
「お前をさ、放逐した、価値なしと判断した公爵が、今さら噂になり始めたジュリの作品を手に入れるために動いてた」
「ちょっと待って? なんでそこでベリアス公爵が出てくるの? 」
ダッパスさんの言っていた事と、今までの経緯を合わせると、ダッパスさんの知り合いであり有名な冒険者がダッパスさんと協力したものだと思ってた。それに便乗する形で、上層部は権力でもって私からさらに搾取出来ればと動くつもりだった、と。
違うの?
「大筋はそれで合ってる。けどな、強硬手段に出たのは、万が一クノーマス侯爵家から抗議されてもそれに対抗できる権力が国内にあって、そこから協力してもらえる約束を取り付けていたからなんだよ。それが公爵」
「……なに、それ。つまり、今さらベリアス公爵は」
「ああ、ジュリを取り込もうとした。ジュリを、というより、作るものを都合よく手に入れられないか動き出そうとしてた。失敗したけどな」
呆れた。
本当に今さらだよ。
なんなの?
散々私を蔑ろにして、役立たずのレッテルを貼ったくせに。
「もしかしなくても、ダッパスさんて、利用された?」
「ああ。ベリアス公爵家がベイフェルアギルドの上層部からジュリの作品が欲しいからなんとかならないかと相談された時点で、ダッパスは身辺を公爵に調べられてた。有名な冒険者と知り合いなことも、その冒険者がジュリの作品で魔法付与出来るものを欲しがってることも。その冒険者も利用されてるんだよ、ベリアス公爵に。ダッパスと交換条件でジュリの作品を手に入れられるように入れ知恵したんだ」
「……言ってた、珍しい鉱石を、直接納めて貰えるって。私の作品と交換する形で、ククマットのギルドに貰える、みたいなこと」
「持ってなかったし、採取にも行ってなかったよ、そいつらは。ジュリの作品が手に入っていればどうなってたかわからねぇけど、少なくとも、俺が調べた時点では、希少な鉱石なんて所有してなかった、しかも……今のベリアス公爵家は借金だらけだ」
「え?」
「もうな、滅茶苦茶なんだよ。あそこの家。ジュリのものは欲しがるけど、それがどういうものなのか理解してるわけじゃねえんだよ」
「は?」
「しかも、ジュリ自身のことは受け入れたくない。保護するのに金がかかると思ってる。ジュリの今を全く把握してねぇの」
「なにそれ」
「それでもギルドに協力したのは、そうすればギルドが自分のいいなりになるかもしれないから、って理由らしい。そっちが目的だったのかもな。そんなんだから、《ギルド・タワー》の動きすら、全く把握してねぇの」
「なにそれ?!」
思わず、叫んだ。
無計画だし、無責任、そんな事に私は巻き込まれたの? ダッパスさんは、利用されたの?
馬鹿馬鹿しい。
本当に馬鹿馬鹿しいし、腹が立つ。
なんだと思ってるの、私たちを。
「あの公爵が当主を名乗り続けるなら、勝手に自滅する」
自滅してしまえ!!
「けどな、ちょっと気を付けろ」
なによ?!
「息子はそこまで馬鹿じゃない。けど、強欲さは、父親譲りだ」
「え? どういうこと?」
「家の現状見れば、馬鹿なことはしない、そんな暇もないとは思うけど……父親の無能さに耐えかねて、爵位を奪うようなら、気を付けろ。少なくとも【彼方からの使い】の知識は父親の公爵よりもある。何らかの手で、侯爵家に余計なことをして、ジュリを引き離して、手にいれる画策をするかもしれない」
不愉快。
その一言に尽きる。
ハルトはグレイも侯爵家も、その動きはすでに把握してるだろって言ってた。
警戒もしているだろうって。だからこそ、ダッパスさんをもう一家の公爵家に受け入れる許可をお願いした。ベリアス公爵家から遠ざけられるならと。ダッパスさんとグレイは幼なじみ、それがどう影響するかわからない。そのグレイは、私の恋人。何をどう、利用されるかわからない。
ベリアス公爵家。
ここに来て、嫌な名前を聞いてしまった。
嫌な形で。
ハルトは、私がここにいたいと言うかぎり、フォンロンが直接接触してきて良好な関係を続けるかぎり、表立っては何かしてくることはないだろうと言っていた。でも、警戒だけはしておけ、と。不審な人物、気になる動きをする人がいれば、グレイと侯爵家はもちろん、自分にも教えてくれと最後に言ってハルトは帰って行った。
「……平和に、生きたいんだけどねぇ」
思わずそんな呟きをしてしまった。
自分のこと、ダッパスさんのこと、今回のこと。
綺麗サッパリ、とはいかない結末だった。
あとね、警戒しろと言われても。
分かるかぁ! そんなの!!
警戒してる暇なんてないわぁ!!
ああ、嫌な気分。
明日は職人さんの所にいこう。
うん、そうしよう。
滞ってたパーツの新作作り、お願いに行こう。
こういう時は、やりたいことやって気分を変えてとことん楽しむに限る。




