7 * フォンロンの人たちは面白い
二週間ほどレフォアさんたちフォンロン国のギルド職員さんがこのクノーマス領に滞在することになってて、その初日に私との大筋の契約成立の目処が立ったことで大役をこなしたと彼らはかなり胸を撫で下ろしてた。
どうやら私のことはハルトから聞かされていて、フォンロン国王が気にして下さってたらしいことも。
この国の現状を憂いる一人で、ベイフェルア王妃の相談にも密かに乗って下さってるようなお方だそう。
そして彼らが非常に友好的な態度なのにはもうひとつ訳がある。
フォンロンはベイフェルア国の南に位置する、海に面するわりと縦長な形の国で、大陸内陸部とさらに北方の国々を目指す場合、船で移動日数をかなり短縮できるそう。陸路だと必ず山越になるし、それ故魔物との遭遇率も高まるので旅の予定日数分の準備の他、腕の確かな護衛を雇うことになる。つまり、旅費がやたらと嵩むわけよ。西側に別の国があって一番近くて内陸に向かいやすい陸路は治安があまり良くない上にククマットのような中継地点であり休息がとれる宿場が少なくて、結局護衛や旅の準備でお金が嵩むとか。
国境沿いの山間部やその周辺の人でもなければ、フォンロンの人たちはクノーマス領最大の地区であるトミレアの港から内陸を目指すのが当たり前だし安全。
クノーマス領は昔からフォンロンにとってとても重要な土地だった。それをベイフェルアは当然知っている。
なので、クノーマス領で何をするにも立場のある人間が問題を起こせばフォンロンにとっては致命的なことにつながる可能性が。侯爵家が問題にしなくても、ベイフェルア国内の有力者たちはその機を逃さず問題事を公にしてフォンロンに賠償金の支払いを求めたり、問題解決の見返りに政治的取引を持ちかけたりすることに利用されかねないんだって。
フォンロンが国として私との交渉にクノーマス家をわざわざ介入させたのもそういったものの牽制と侯爵家のご機嫌を損ねないためだったんだね。
しかし、侯爵家が問題にしないのに他が口出しは理不尽じゃない? むしろそんなことして国家間に溝が出来たら戦争にならない? って思うのは政治に疎い私だから?
フォンロンの国王が心配するくらいにはこの国ってヤバイ訳でしょ? それこそ下らないイチャモンつけた見返りに簡単に侵略されそうじゃない?
だから、そんなことになったらそれを逆手に取ってフォンロンの国王はこの国を攻めたりしない? って聞いたら
「滅相もございません!! 我らの国王はそのようなことをする野蛮なお方ではございません!!」
って、激しく否定され。そしてその日はグレイに説教され。軽々しくそういうことは言うなってことね。
今更でしょ、私は。
と、思いましたが自重します。皆の心臓への負担が大きそうなので。
とまぁ、そんな話から分かるように、端的に言うとレフォアさんたちは正真正銘友好的な人たちでした。
「なるほど、今まで見向きもしませんでしたが……こんなに透明度が高いのですね」
「硝子みたいですよね、製作工程の一つにもなってますが、気泡を丁寧に取り除かないとうちでは正規商品にしないんです。そしてスライム様は内包物を完全に消化した状態からしか使いません、その見極めは簡単ですよ」
「そうなんですか?」
「目視で内包物がないと確認したら、近くに何か置くんですよ、完全に消化してるとスライム様はすぐに何かを取り込もうとするので。ちょっとでも残ってるとかなり動きが鈍いからそれで判断できるんですよね」
「なるほど!! それは確かにスライム特有の生態です。それを利用してるんですね」
レフォアさんは、興味深げに何も入っていない固めただけのスライム様を観察する。
「本当に見事なものです、そして硝子とは違い落としても割れないんですよね?」
「意図的に叩きつけたり、何回も落とせば流石に割れますよ。ただ弾力性があるというか、柔軟性があるというか。小さいものなら少々のことでは割れないです。金槌で強めに叩くと砕けるように割れますが天然石よりはずっと割れにくいはずですよ、ちゃんと試したことがないので強度がどれくらいとか経年劣化がどれくらいで始まるかとか、その辺は詳細を知りたいというギルドで試していただければ」
「なるほど、その実験についてはこちらで作り方を教わり次第我々は試す価値がありますね」
「ちなみにその実験の結果は我が侯爵家にも教えてもらえるだろうか? 興味ある」
「ええもちろんです、大半のそういう判断は国とギルドから一存してもらえたので提供させていただきます。間近でジュリ様の作業を見られるのであればそれくらいお安いことです」
「助かるよ」
こんな感じで、レフォアさん筆頭にフォンロンの職員さんたちとは話が弾むんだけど。
ククマットの冒険者ギルドから来てる職員さんは肩身狭そうだわ……。
でもレフォアさんとかぐいぐい行くんだよね、その人たちにも。どれくらいでそこまで作れるようになったのか? 素人からするとどの作業が一番大変か? とか。質問攻めよ。
昨日の夜も二人を誘って酒場で親睦会したらしいし、グレイも誘われたとかで顔出しだけしてきたけど、とにかく三人共よく喋ってたって。なかなかアグレッシブな人たちよ。
話は飛ぶけど……この工房、手狭だなぁ。
私一人の工房のつもりだったから考えもしなかったけど、近くにもう一軒借りるべきか。
じゃないと集中して進めたい作業も気持ち好く出来ないよねえ。これだけ人数増えると。
最近は色々お願いしてる職人さんたちもちょくちょく訪れて話をしたりするから、そういう話になると二階のレース編みにも使ってる多目的な部屋を使うけどやっぱり狭くなる。
《レースのフィン》にはフィンの工房はあえて作らないことにしたの。どうせいたら作業なんて出来ないだろって。習いにくる人もいるし、商品のチェックにくる人もいるし。
だからこの二階はフィンのためにも確保しておきたい。
「借りている資材置き場の一軒家を買おう」
「えっ?! 買うの?!」
「ああ、そこでやればいい」
「何を!!」
「休憩室、資材置き場、ジュリ以外の者の工房、何より夜間営業の為に改築しているんだ、我が家の管理する借家だ、手続きは簡単に出来る二階部分も借りるくらいなら買ってしまうのが早い、あそこは売買契約も可能な場所だ、手続きも面倒はない」
「……そういえば、そんな話し前もしてたけど、気のせいかな? このタイミングでの空き家を買え発言は、既にグレイの中では決定事項だったんじゃないかと思うんだけど」
「この現状を見ればな。狭いだろう、明らかに。建物の大きさに合わない人口密度になっている」
「ですよねー」
私とグレイ、遠い目です。
ホントに人口密度が凄いのよ……。
で。
お金はグレイが出してくれました!!
侯爵家への借金じゃないのよ、プレゼントですって、私への。
家を一軒プレゼント出来る男、それがグレイ。
「お返し出来るものがない!!」
「そういうものは特に求めていないが、夜の私の相手を頑張って貰おうか」
「今以上に?! 死ぬから!!」
「ジュリなら色々大丈夫だ」
「なにが?!」
すみません、下世話なお話になりました。
「ダッパスさんに食ってかかれないよ、これは。しっかり貢がせてることになる」
「プレゼントでいちいちそんなことを気にするのか。たかが家一軒だろう? 何をそんなに気に病むんだ」
……こういう人なので、暴走を止めるのがいかに大変か察して頂きたい。
契約書に家主として私の名前が書き込まれた直後。
あれよあれよと新しい道具を職人さんたちに注文したり、買った一軒家の夜間営業所部分の他にさらに追加での改築が突貫工事で行われてバタバタしたのが二週間ほど。
「あのー、帰らなくていいんですか?」
私のその質問。なぜかというと。
レフォアさんたちが荷物の運び込みとか手伝ってくれてるのよ。
あんた明日帰るとか行ってなかったか?
「申請してた長期滞在の許可が 《ギルド・タワー》から出たんですよ。ギリギリ間に合いましたよ!」
「えっ?!」
「改めてよろしくお願いいたします、フォンロン国冒険者ギルドの派遣員としてしばらくこのクノーマス領に滞在いたしますので、ジュリ様には私も徹底的に御指導お願いいたします。その予定を組みましょう! 勿論ジュリ様のご都合に合わせます!」
グレイが頭抱えてる。レフォアさんと視線を合わせない。
あー、これ、このククマットのギルドと揉めたパターンだぁ。
実はレフォアさんたちが来て二日目にもグレイが頭抱えてたからどうしたのと聞いたのよ。
そしたらね。
「同じギルド職員だからとギルド内でフォンロンの奴等が部屋一つにいきなり机とか書類持ち込んで事務所にした、せめてこれからは事前に話をしてくれと、レフォアたちにお小言を伝える役目を押し付けられた」
ここのギルドが私の店に近いからって、レフォアさんの部下で私に擬似レジンの扱いを習い始めたティアズさんて人が『あそこ空いてる部屋ありました』って密かに偵察してレフォアさんに報告したそうで。
「《ギルド・タワー》の許可がある正式な滞在だからな、たかが一地区のギルドが否を唱えられる訳がない」
「グレイなんとかしてあげたら?」
「さすがにギルドは私の管轄外だぞ。話を通すことくらいは出来るが、正直面倒だ」
「まぁねぇ……」
ということで、ククマットのギルドにフォンロン冒険者ギルド出張所が強引に開設されてたわけね。
部下のティアズさんと、もう一人のマノアさんも何事もなかったようにニコニコして手伝ってくれてるのよ。
凄いな、この人たち。フォンロンの国民性なんだろうか?
「タダでは我々も動きませんよ。国もギルドのトップもジュリ様の仰る事業全てに非常に興味がありまして、ぜひにその仕組みを詳細に纏めて持ち帰れとの命令ですから」
「なるほど、そういうことでしたか」
「それに、正直ジュリ様のようにアクセサリーとしての品質を目指すとなると、そう簡単には出来るものではないと判断しました」
「そうですか? 馴れればなんてことない作業だと思いますけどね」
それに対してレフォアさん苦笑。
「あなたはご自身の【技術と知識】の評価が低すぎますね」
「そうですかね?」
「ええ、そうですよ。ですから私自身も実験台となり、どれくらいの期間があれば基本的なアクセサリーパーツを作る技術が身に付くか確認すべきと思ったんです。そうすれば今後こちらにお願いする実習生のおよその期間を出せますからね」
「ははぁ、大変ですねレフォアさんだっていい役職なのにそんなこと」
「いえいえ、楽しんでますよ凄くよい経験をしています。これが我国のギルドの利益を生む可能性を秘めているわけですから、まずギルドの人間が経験をすべきでしょう」
「確かにそうですね」
「ええ、それに長期間経験した人間が書く報告書と、ただ数日視察しただけの人間が書く報告書ではその質は全く異なります。まして今回我々が知りたいことは新しい素材、その扱い、そして働き方や事業展開など多岐に渡ります、経験をせず書いた報告書では国王もきっと理解が深まりませんし、我々も伝えたいことを正しく伝えられないでしょうから」
出来る人間がここにいる!!
上司にしたい人がいた!!
すごいぞレフォアさん。日本でもこの人やっていけるような気がする (笑)。
そして他の二人はスライム様が固まってカットして艶出しして仕上げる作業をさせたらキャッキャッして喜んでたわ、どっちも三十代の男性だけど。
面白いよね、国が違うだけでこんなにもギルドの方針が違うんだから。
てゆーか、ギルドって大陸共通って聞いてるけど、なんでこんなに違うのかしらね?
まぁ、私には関係のない話。
のちに、このレフォアさんたちと絆を深め、生涯の友となるなんてこのときは知るよしもなく。
「ジュリさん、グレイセル様!! 飲みに行きませんか! 仕事の後の酒は最高ですよ!!」
「行きまーーーす! グレイいこー!!」
「ああ、行こうか」
「どこがおすすめですか? 我々まだよく分からなくてとりあえず大通りをよく利用してるんですが」
「それならこの近くにも良いところがある」
「狭いけど料理も美味しいんですよ、お酒が進む味付けで」
「おお、それはいいですね!!」
とりあえず、フォンロンの人たちとは飲み友達になりました。
レフォアは実はフォンロンのギルドの上層部の一人で魔物素材の研究者です。
研究を主にする人はなかなか上層部には食い込んで来ないのですが、その辺レフォアは若い(三十代後半)にもかかわらず賢く強かでうまく世渡りしてきたようです。
ジュリが上司にしたいと言ってますが、実際彼は出世し、しかも下に慕われるタイプかと。
レフォア視点のお話もそのうち書けたらな、と思ってます。




