7 * 奮起
やっとジュリの語りに戻ります。
あの後、契約をし直そうとしたんだけどね。侯爵家に不利にならないように、万が一私に何かあっても絶対問題を引きずることがないように今増えつつある利益や、今後増やしていければと思っている資産全ての権利を侯爵家とグレイに分散して、って。そうしてしまえば私が得るものはない。何も持っていなければ、都合の良いときだけ【彼方からの使い】として周囲から利用されることもなくなる。
でも。
侯爵家の人たちは誰も契約書に触れようとしなかった。
「これは、君じゃなきゃ誰がやったって必ず失敗する。君じゃなきゃ意味がない。君が全ての権利を所有し自分のものだと主張できるものだからこそ、成功していてこれからも成功するんだ」
「でも、このまま続けてもいずれまた同じことが起きると思います。だからせめて対策として」
「ジュリ、グレイセルだけではないよ。君には私たちがいる。必ず、何があっても君の味方だ。それを忘れないでくれ。そして……戦いなさい、あらゆるものと。その時必ず、君の側にはこのクノーマス家がいる。共に戦うのだから安心してあらゆるものと対峙するといい。私は次期当主として、この領地を繁栄させるために、君を利用する。だが君も私を利用するんだ。とことん、利用してくれ。そうして互いに支え共闘しよう。互いに強くなろう。力を手に入れよう。その力は必ず、私たちの武器となり、防具となり、生涯を支えるものとなる。だから、今のまま、店を続けなさい。……あえて、続けろと言わせてもらう。正しいことをしている君は決して折れてはならない。ジュリ、君は正しく、人を幸せにしようとしてくれている。その力を絶やさないでくれ。君の力は、私の知るなかで最も脆弱かもしれない。しかし、最も幸福をもたらすものだと信じている」
「エイジェリン様……」
エイジェリン様の言葉に、心が動いた。
なんて強い言葉をかけてくれるのか。
そして、私の行いを認めてくれる。
やっぱり、グレイのお兄さんだ。
心から、尊敬出来る人。
私は改めて、この恵まれた出会いに感謝することになった。
その日の夜、夢にセラスーン様が出てきた。
「どうしてあの時私を止めたの?」
「どうしてでしょう、自分でもよくわかりません」
「【選択の自由】を発動するのは怖い?」
「怖いです。でも、そういうんじゃなくて」
「どういうこと?」
「……なんて、いうか。あの人にはあの人の言い分があるよね、って、心のどこかで納得してる私がいて」
「……理不尽な思いをさせられたのに?」
「私とこの世界はまだ、噛み合ってないと思うんですよ。だから、一方的に、圧倒的な力が働くのは、それこそ理不尽じゃないのかなって」
「……そう。あなたは、そんな風に思うのね」
「ダメでしょうか」
「いいのよ。好きになさい。でもね……あなたは【彼方からの使い】、私が選んだただ一人。私の想いを背負うあなたを、この世界が傷つけることは許されないわ。それだけは、忘れないでいてね」
「はい」
セラスーン様は、とても綺麗で、荘厳で、触れてはならない高潔な、そんな姿だった。正しく神様、そんな方だった。
その方は微笑んだ。
「恐れないでね。前に、進むこと。大丈夫よ、私がいるのだから」
目覚めたその時、心も体も軽くなっていた。
エイジェリン様からの後押しもあって、私は侯爵家の皆さんのそんな気持ちに応えるべく店は今までと変わらず私が全ての権限を持ったまま継続することになった。
不安がないわけではないし、まだ、自分には相応しくないのかも、と考えることもある。それでも再びやると決めたからには、頑張りたい。
そして。
女性陣皆が、私が店をダッパスさんに譲ると大騒ぎした話を知っていて。
「あんたが店をやらないならあたしらもやらないからね!!」
「ギルドなんてくそくらえだよ!! あいつら偉くも何ともないくせに面だけはデカイんだ!」
「ジュリ、何かあったらうちらに言うんだよ。あんたのお陰で最近農機具新しいものに買い換えたんだ、そいつでギルドの奴らぶん殴ってやるからさ」
みんなが、私の味方をしてくれることにホッとして、気持ちは一気に浮上する。
「暴行で連行とか勘弁だから。作品を作ってくれる人員が減るのだけは困るわ」
それくらいの返しが笑顔で出来るくらい、周囲の人に私は守られて助けられて生きてるんだなぁ、恵まれてるなぁ、って実感。
だから、私も守ろうと思う。
引き留めてくれた侯爵家の人たちのためにも、こうして私を優しく迎えてくれる人たちのためにも。
守る。
自分で。
自分の居場所を。
今をなかったことにされないために、二度と、私は心折れたりしない。
で。
立て直した心を見計らったのか? というタイミングで、いらっしゃいました。
王都からギルドのお偉いさんが五人も来たわよ。そしてこのククマットの冒険者ギルド地区長ダッパスさんも。六人揃って私の前に並んで、こりゃ圧力かけてきてるなぁと、冷静に思ったり。てか、店狭いのにこんな人数でいきなり押し掛けてくるなよ非常識だよ、って言ってやった。
言われて固まって、顔がひきつってたわ。
そして。
ダッパスさんは縮こまってるけど心なしかギルドの上層部が来てホッとしてるような気がしなくもない。
イラッとするわ。
なら、こっちはこっちで、抗ってみましょうかね? さて、どんな反応するかな。
「え? これ、は? ……フォンロン国のギルド印ですか? え? なぜ」
「読んでください。分かりますよそれで」
気持ちが浮上した理由がもう一つある。
先日侯爵家に届いた手紙。それはクノーマス侯爵家へ改めて私と会いたい、紹介してほしい、私が作るスライム様とかじり貝様のペンダントトップなどを言い値で構わないので買い取りさせて欲しい、作り方を伝授してくれるなら職員を送るので『特別販売占有権』の版権購入代とは別にその技術と知識の一部を直接習得させてもらう報酬額の相談がしたい……などが書かれている。
それを送ってきたのは隣国フォンロンの冒険者ギルドのトップ。上層部じゃないよ、事実トップからのサインが入ってるから。ちなみに、もし私と話がまとまればいずれ民事ギルドからも人を派遣するので会ってもらえないかって。
クノーマス侯爵領から他の領を跨いで港から船で南下した先にフォンロンという国があるのよ。
実はその国の多くの港町ではククマット編みがすでに流行、この国の中枢よりも行き来しやすいゆえの速さね。今は 《ハンドメイド・ジュリ》の作品もどんどん広まってるらしい。その話はされてたの。港で降りる旅人が凄い勢いでククマットに流れてて、それがうちの店や露店を目指していたってことも。だから最近の開店前に並んでる人の半分はフォンロンの人たちなんだよね。せっかく来たのに買えないのは悲惨だと、ククマットに到着したらまずお店の休業日を確認してそして早朝に並んで開店すぐに買ってくれてるのよ。
その中に、女性のベテラン魔導師さんがいたそうで。その人がスライム様とかじり貝様だけで出来ているイヤリングに着目。フォンロンのギルドに持ち込んで金具を外して試したそう。
魔法付与を。
そして、出来たと。
しかも簡単に。
魔物以外の素材を使わない、アクセサリーとしてのデザイン性が高いそのキラキラした物体に目をつけたと。
そして、フォンロンとこの国の違い。
国王様が私に注目したってことね。
【彼方からの使い】だから。【スキル】【称号】がなくても、必ず何か影響を与えるだろうって、監視していたみたい。【変革】のことを知らなくても、【彼方からの使い】が現れたと知れば当然の行動らしい。ただ、監視といっても途中からは主にこの国の冒険者ギルドをしてたって話。
「読んで貰えました?」
「そんな、フォンロンの、両ギルドと王家が」
「正式な依頼です。フォンロンの王家がギルドにこのように取り計らうようにと指示をして、冒険者ギルドが私に依頼をしてきたんです。分かりますよね? ククマットは当然、この国の冒険者ギルドにだけタダで私の作品を渡せない環境が出来つつあるのが」
見計らったタイミングで来た手紙に、グレイが苦笑してたわ。
「この国のギルドの動向を見てたんだろう。上手くジュリに接触してこの国のギルドよりも優先的に作品を手に入れるために」
凄いよねぇ、計画的 (笑)。
でも、嬉しかった。
フォンロンは、そのギルドは、私の出方を見ていたし、そして作品の重要性に気づいて、それを安定的に入手するための手段を私を長期に観察して模索していたってこと。
私にはギルドの慣例とか、暗黙のルールを使うべきではないって、判断したの。
見てくれてるんだな、って思えたんだよね。単純に監視されてるだけなんだけど、それでもこっちにちゃんと歩調を合わせてくれて。
【彼方からの使い】への理解が非常にあるのかもしれない。
この世界に来て、私のやり方が通用しないジレンマが少しだけ解消された。
ああ、こういうところもあるんだって。
もちろん一筋縄ではいかないだろうけど、少なくとも礼儀はわきまえてる。そういうのは嫌いじゃない、こっちも誠意を持って答えようって思うよね。
「この通りフォンロンのギルドとは作品の売買と、見た目を考慮した素材選びやそれを使ったアクセサリー類の作り方を教える契約の話があります。まだ会ってはいませんが、契約は成立すると思います」
「待ってくれませんか、その契約は我々この国のギルドを是非優先して」
「それは出来ませんね。私は一応商売人です。ちゃんと正式な書面で面会や交渉を段取りしてくれる礼儀ある人を後回しにするつもりはありません。わざわざ侯爵家を介して交渉を望んでくれています。日程も調整して、私の仕事の妨げにはならないようにと配慮もしてくださってます。恐らく、【彼方からの使い】への理解が非常にあるんです。私は日本と言う国で働く人間でした。些細なことでも礼儀や手順があって、それは身分関係なく働く者なら誰でも身につけておくべきビジネスマナーという一種の社交術のようなものがあって、日本は特にそれに拘っていたと思うし、私自身それが当然の環境で働いていました。フォンロンはそういう知識を今までの【彼方からの使い】から学んだんでしょうね」
そう。
フォンロンは私が『日本人』と知っている。そして『日本人』が好みそうな対応も知っている。
この丁寧な、少し窮屈にも思える手紙でのやり取りは電話やメールに置き換えれば日本人には馴染みがあること。
しっかりアポイントを取って、約束の日、時間に伺って、挨拶と名刺交換して、そして交渉する。それが当たり前だった。
そういうことを未だに忘れられない、染み付いたまま抜けきらない私という人間を理解しようと努力しているのがフォンロン。
ベイフェルアではない。
「ギルドは偉いんでしょうね。冒険者を管理して、魔物討伐や色んな依頼をこなす人たちを派遣する、大陸中にある組織ですから。そして私が【彼方からの使い】でも、あなた方からすれば【スキル】【称号】がないから価値がないんでしょう。それでもフォンロンのギルドは私と交渉したいと申し出た。あなた方と同じ立場のはずなのに。あなた方のように、ギルドだから許されるなんて態度はこの手紙からは感じません。あなた方がもし私の立場なら、フォンロンのギルドと、自分たちギルドどっちと交渉しますか? ……人が作品を作ってるのに突然押し掛けて、商品の品定めしてるのかジロジロ見てるだけで私と挨拶もしないヤツもいた、あげく大事な作業だって言ったのにため息ついて『こちらにも都合があるんですよ』だって。うちの商品欲しいヤツが言う言葉? 急いで作った不良品でいいならいくらでも売るよ。しかもさ? グレイがそれに対して『失礼ではないか?』って言ったのに誰だっけ?『次男のくせに』って舌打ちしたヤツ。私の彼氏なんだけどね。彼氏に対してそんな態度をとるやつ、私の敵」
ギルドの人たち冷や汗出はじめた。
ごめんねー、私そんなに優しくないよー。
このギルドへの鬱憤、せっかくなのでぶちまけます。
「フォンロンのギルドが最優先、あなた方とは当面交渉しませんのでよろしく」
有無を言わせなかったわよ。
とにかく捲し立てるように言ってやった。
タダで貰えて当たり前だと思う価値観がわからないとか、勝手に人の作品売る約束して強引に奪おうってのは犯罪と一緒だとか、スライム様とかじり貝様なんて選り好みしなければ簡単に入手できるんだから自分たちでテキトーにやれよ、とか。
あとは。
これを言っておく。
「奪われる悲しみとか辛さを味わうくらいなら全部捨てる。この店も捨てる。あんたたちにくれてやる。そのかわり他所で私が這い上がって成功したら覚悟しろ。やられたらやり返す、絶対、徹底的に同じ思いさせてやるから」
私の覚悟をナメるなよ。
そしてお帰り頂きました。
塩撒いたら、おばちゃんたちに意味を聞かれて。
「よし! 盛大に撒いてやろうじゃないの!!」
って、皆でお金出し合って大きな麻袋一つ、買ってきた。
「頼むから全部撒くなよ。一人一掴みに留めてくれ」
と、グレイがなんとか店前が塩で真っ白になるのを阻止してくれた。
しかし、おばちゃんたちの気持ちは理解できる。
当面来るな、というか二度と会いたくないから来ないで欲しい。




