7 * グレイセル、抱き締める
引き続き、グレイセルの語りです。
そしてジュリも引き続きキツい感じです。
女性のこのような姿 (言動)が苦手な方もいるかと思いますがご了承ください。
ダッパスが我に返った瞬間。
ジュリはダッパスの襟をつかみ、顔を近づけ、ダッパスがその気迫に気圧されてふたたび言葉に詰まった。
「あとさ、私が被害者ぶってるって? 文明も文化も未発達なこの世界に呼ばれて、出来ることやってくれって神様から言われてんの。人間として死ねなかった上に訳もわからず選択の余地なく来る羽目になった惨めな運命に振り回されてんの、それでも必死に生きてるんだけどね? 私を知りもしないあんたにとやかく言われる筋合いないわ。文句なら神様に言え、【スキル】も【称号】も魔力もない、生活魔法すら使えない、弱い魔物すら倒せない役立たずを召喚するなって言え、ギルドと国ならそういうこと出来るんでしょ、偉いもんね? ねぇ、出来るんでしょ? だからあんなこと言えるんでしょ? 神様に言えよ、あんた達がそんなに正しいなら。『神として役目を果たせよ、マトモな奴選べよ、道具にもならない女召喚するな』って言え」
「う、あ……すま、ない」
淡々と、けれど怒気を孕むジュリの声。ダッパスは完全に怖じ気づいている。
「何が? 何がすまない?」
「あの、だ、から、いい、すぎた」
「は?」
「俺、は、その」
「はっきり喋れ、急になんなのオドオドして。あんたが話持ってきたんだからちゃんと喋れ」
「だから、俺、ただ良かれと、思って」
「ギルドにとってでしょ。私なんてあんたらからしたら道具なんでしょ? 人間にも見てないでしょ? 何がすまないなの? ああ、道具にも思ってないか、なんだと思われてるのかなぁ私。あんたは何に謝ってんの?」
「そんなこと、ひ、ひと、ことも」
「言ったろ、あんたさ、調子に乗ってるって。私のやってることが被害者ぶってて侯爵家のパトロンあってのことって。私のやってることがあんたから見たらそう見えるってことだから、何やったって、永遠に私は認められることはないよ。分かる? あんたの言い分だと私は何やっても人間扱いされないわけ。 あんたは私を否定した。ギルドとして否定した。だから私もあんたらを否定する、汚い言葉で罵ってやる。だから殺せって言ってんの、気に入らないならあんたらにとって都合いいんでしょ、私がいない方が。今までの【技術と知識】が手に入るし。はい、それで? ギルドとして私のことをどうすんの? 手懐けられない役立たずはどうすんの? 上からどう指示されてんの?」
「ジュリ、落ち着け」
「落ち着いてる、グレイは黙ってて。グレイから口出しされたらむしろ冷静でいられなくなるからちょっと黙ってて。これは私の問題、【彼方からの使い】と呼ばれる私とこいつらの問題だから口出ししないで」
そしてジュリは再びダッパスの首を締めた。さすがに苦しくなったのか、ダッパスが身動ぎしたが、ジュリは怯むことなく更に手に力を込めたらしい。ダッパスがウッと呻き声をあげる。
「気に入らないなら私の手を振り払ってさ、床に叩きつければいいんじゃない? それとも何?グレイが見てるからできない? 店の皆が見てるから出来ない? 何なら裏に行く? 二人きりになってさ、好きなだけ私のこと殴れば? 罵れば? それでギルドに報告すればいいんじゃないの? 無力過ぎてすぐ死にました、やっぱり役に立たない人間でしたって。その方が都合いいんじゃないの? ほら、やんなさいよ、私は腕力であんたに勝てないから暴力で簡単にねじ伏せられるよ。 ほら、上からどう指示出された? どうやって私を黙らせろ従わせろって言われた? 契約してない事を勝手にやるような犯罪まがいな事が出来るギルドはどうやって逆らう人間をねじ伏せんの? やっぱり犯罪まがいなことするの? 偉いからそういうのを許されてるの? 言ってみな、皆聞いてるよ、興味あるよ、ギルドってどれくらい偉いのか、どこまで許されるのか、皆知りたいだろうからさ、ほら、言え」
「すっ、すまない! ごめ、ごめん! 悪かったよぉ!!」
すがって許しを請うような、情けなく震える声だった。
目一杯に涙を溜めて、ジュリに謝罪をする姿は情けなくて、私は直視出来なかった。
「グレイ」
不意に、名を呼ばれて、血の気が引いた。その声が凛としていて、何か重さを感じたからだ。
「私が交わしている契約書、全部持ってきて」
「急に、なんだ」
「所有権、占有権、個人資産、店の商業資産、全部放棄する。私個人じゃダメ、これからもこんなことになる。侯爵家に迷惑かけちゃう。だから全部放棄して、侯爵家とグレイに譲渡したい」
彼女の発言に、ずっと裏で黙っていたフィンが飛び出してきた。
「だめ、ダメだよ、そんなことあたしが許さないからねジュリ!」
ポロポロ涙をこぼしながら、悲壮感漂う様子のフィンに、ジュリは笑顔で答えた。
「ごめん、もう無理かも。所詮ただの庶民と変わらないから、権力に立ち向かうには限界があるからね。その限界に達する前に、理不尽に奪われる前に、自分で手放したい、全部」
酷く、清々しい笑顔だった。
「ジュリ、私も認めない。お前がいなくて誰がこの店をやっていく?」
「グレイ、この店ならある程度基盤が出来てるから、今のメンバーでも続けられるし、発展もしていくから大丈夫よ」
「そういうことじゃない!!」
「じゃあ、これからもこんなこと繰り返せっていうの?」
本当に、迷いのない笑顔で、イライラした。
なんだ、それ。
なんなんだ。
「私が二度とこんなことのないようにお前を守るから」
「グレイなら、そうしてくれるよね。信じてるよ」
「だったら」
「でもね、無理」
「何が」
そして、ダッパスから手を離したジュリは、私に向き直る。
「もう、作りたくない」
「ジュリ……」
「私は、今の気持ちのまま、作れない。だって楽しくない。この世界で一生懸命生きてたつもり。人の役に立つ、喜んで貰えるものを必死で作ってたつもり。そこから、お金を得て、私も楽しく生活出来ることが嬉しかった。でも、違ったんだよ、何もかも。【技術と知識】しかないから、搾取されるだけの存在なんだよ、私は。【彼方からの使い】なんて大層なものじゃないんだよ、私。そう、世の中から思われてるんだよ? 今、そう気づいたら……何が楽しいの? 作る意味、ないじゃない、こんなことなら、世の中に埋もれてなにもしないで生きてた方がマシだった」
「だからそれは違う!!」
「もう、作れないよ」
急に、ジュリの顔が歪んだ。
ポロポロと、止めどなく溢れる涙。
勝手に体が反応した。
両手で、きつく、きつく、抱き寄せる。
「ごめん、もう、作れない、作りたくない。奪われるなら、二度と、何も作らない」
それきり、何も発しなくなった。ただ、涙を流すばかりで、わめきもせず、腕の中、無言で涙を流す。
「う、ううっダメだよぉジュリ……」
後ろで、泣き崩れるフィンの声がした。
「ダッパス、出ていけ」
「グレイ、あの、俺は」
「出ていけ、そして、二度とジュリの前に、現れないでくれ。頼む、頼むから。……そうでなければ、私は、今、お前を殺したいほど憎んでしまいそうだ……」
殺伐とした雰囲気の中、ダッパスは店を出た。いたたまれずというより、もうどうしていいのかわからず混乱していて立ち去るしかないという様子だった。
その場に居合わせた従業員たちは、最早ギルドに乗り込みそうな勢いで怒りを抑えきれず、宥めるのに苦労した。
隙をみて、父に至急来てくれるようローツに伝言するよう従業員に頼んだり、知人の職人のところに行っているライアスを呼びに行ってもらったり、とにかく、急いだ。
理由は一つ。
ジュリがまるでうわ言のように
「お願い、全部放棄させて。私じゃだめだから」
と口を開く度に言うからだ。
もう、誰の話も聞かない、私の声すら届かない。ただただ、全てを捨てる覚悟が彼女を支配しているようだった。
そう思った瞬間。
恐怖が私を襲う。
全部放棄?
ここにあるもの?
このクノーマスにあるもの全てを?
つまり。
私も?
嫌だ。
そんなのは、絶対、認めない。
「ジュリ」
「……なに?」
「私のことは、捨てないでくれ」
椅子に座ったまま、ずっとうつ向いていたジュリは、ふと、顔を上げる。
「頼む、他のものは捨ててもいい。それでも私だけは捨てないでくれるか?」
「……グレイの、こと?」
「ああ、私は、お前に捨てられたくない、ジュリのものでいたい。小金持ちババアになって私を養ってくれるんだろう?」
瞬きしたジュリが、ふと、その顔を綻ばせた。
「ヒモ発言だぁ」
「ああ、ヒモだな」
「じゃあ、また、何か出来ること探さないと」
ほんの少しでもいい、『帰りたい』という気持ちが大きくならないように、私の腕の中から去ってしまわないように、彼女に与えられるもの全てを私は与えなくてはならない。
彼女の代わりなどこの世に存在しないのだから。
彼女を守るために、出来ることをすべてしてみせる。
今回の事はククマット中に知れ渡っているだろう。言い訳がましいが私も相当焦っていたのだ、従業員に口止めすることを忘れていた。怒りをぶつける場所のない従業員、特によく口の回るデリアを口止め出来なかったことは後から気づいて頭を抱えてため息を漏らしてしまった程には後悔した。
ギルドの職員が問題を起こすのはマズい。 《ギルド・タワー》というのはどこからともなく情報を集める、もし民間人とのトラブルがあったと発覚すれば間違いないなくダッパスは良くて役職の降格、最悪強制解雇だろう。民間人の中では最も扱いに注意しなければならない【彼方からの使い】相手ならなおのこと。
私はダッパスを陥れたいわけではないので、なるべく水面下でことを進めるためにも父を呼び出したのだが。
「来る途中、至るところで人の輪が出来ていた。相当な早さで話が広まってしまったな、もう抑えるのは無理だろう」
と、父が肩を竦めたのには、私も竦め返すしかなかった。
「それで、ジュリは?」
「二階でフィンとライアスと共に過ごしています。今はあの二人が側にいるのがいいでしょう」
「そうか。……で、詳しく聞かせてもらおうか」
屋敷の客間、父は一人掛けのソファーにゆったりと体を任せ目を閉じた。
事の次第を詳細に話して聞かせた父は考えを巡らせてから一言。
「 《タワー》ではないな」
だった。
それには私も同意見だった。
「やはり、ギルドといってもこの国の上層部の判断でしょうね?」
「今回のやり方をするのはこの国のギルドだけだからな。バミス、フォンロンあたりなら真っ向から反対するやり方だ。……なぁ、グレイセル」
「はい」
「お前は、いざという時ジュリを連れて外国に移住する覚悟は出来ているか?」
「はい、出来ていますが」
「あ、そう」
なんだ、その気が抜けるような相づちは。
「そうか、うん、まぁ、お前だからな」
気に入らない言い方をされたが今はそれどころではない。
「なぜ、そんなことを?」
「うん? ……ジュリにとって、ここより生きやすい土地があるならばそこへいく方が幸せだろう。私は【彼方からの使い】というだけでなくジュリを気に入っているんだよ、ただそれだけだ。幸せになって欲しいじゃないか、これだけ私たちに恩恵を授けてくれている彼女なのだから。誰よりも幸せになる権利はあると思うがな」
「そうですね……」
「守ってやりなさい、幸いお前にはその力があるのだし、ジュリが側にいることを許したただ一人の男なのだから。たとえそれがこの土地でないとしても、ジュリを頼むよ」
「ええ。ですが、あまり心配には及ばないかと」
「そうかな?」
「ジュリは、この地が好きなんだそうですよ。この土地で生きていきたいと言っていました。……だからここで守るつもりです、好きだと言ってくれるこの土地ごと、ジュリを。今の彼女の心さえ立て直せれば、ここにいてくれますよ」
「そうか」
父は穏やかに微笑む。
「では、我々は守ろう。この地に住む人々に幸せを与えてくれるジュリを、これからもずっと変わらず」
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