1 * ハルトの紹介で来た男
しばらくハルトと時間も忘れて話し込んでしまった。
八年も異世界にいる先輩、それに年も近いから気付けば話が盛り上がってた。
やっぱり、元の世界のこと話せるっていいなぁ、なんて思ってたら。
「ん?」
勢いよく工房の扉が開いて、冷たい風が吹き込んできた。
「グレイセル様が来た」
ライアスがとても驚いた顔をして言ったんだけど。
ん? 誰?
でも聞いたことあるような。
「あ、なにあいつ。来ちゃったのかよ」
え? ハルト知り合い?
私の顔を見て、察したのかハルトが急に面白おかしく笑いだす。
「そうそう、忘れてた。ちょっと頼みがあったんだよ俺」
それは最初にいってくれるかい、ハルトさんや。
あんたさっきはただ会いに来ただけって言ってたじゃないの。
なんてジロリと睨みながら考えてたら。
「突然失礼する」
礼儀正しい、落ち着いた声の男性が、慌てるライアスの横を通り抜けて工房に入ってくるとつかつかとハルトに一直線。
「いつまで待たせる!!」
「いて!!!」
びっくりしました。その人突然ハルトの頭をグーで殴った、グーですよ。
「悪かったよぉ、つい同郷だと思ったら話込んじゃってさ」
あはは、なんて笑ってる場合じゃないかもしれません。ハルトを殴った人の顔がひきつってる。
「おいおい、兄ちゃん。領主様のご子息とトラブルなんて家で起こすなよ。迷惑だ」
……思い出した。
侯爵様には二人の息子と一人の娘、がいるの。
長男である次期侯爵様と末っ子のお嬢様は何度かあったことがあるんだけど、次男だけはまだだったのよ。
何でも騎士(称号ではないけど、身体能力の突出した人がなれる)としての力が開花して、王家の直属騎士団に入団した天才さんだって話。そこで一つ団を任された団長さんだっていってたから凄い人だよね。
最近、領地の本格的な経営を任され始めた次期侯爵様の片腕になることと、この侯爵領の自警団(領直属の兵も兼ねてる)の色んな改善と発展のために引退を惜しまれつつ故郷のクノーマス領に戻って来たってフィンとライアスが教えてくれた。
立場上必ず会うことになるだろうっては言われてたけど、まさか本人が訪れるとは。
「あ、はじめまして。ジュリと申します」
取り敢えず挨拶すると、彼は穏やかに笑ってくれた。
「家族から聞いている、私は、グレイセル・クノーマス。突然押し掛けてすまなかった」
「いえいえ、おきになさらず」
「俺のダチなんだよ」
割って入ってきたよこの男。
「王都で知り合ってさ。こいつ強いんだよ、俺とやりあっても平気でさ。マジで斬りかかっても平気な数少ない憂さ晴らし仲間!!」
ずいぶん物騒なことをサラッといいやがって。
ひくわ。
「だまってろ! お前はやかましい!!」
わかるー。
ハルトっておしゃべりだなって思ったもん。
ちなみに、さすがイケおじ侯爵様の息子。
イケメンだぁ。
お兄さんもイケメンだけど、こっちの次男さんは侯爵夫人似かな?
うん、カッコいいぞ!!
「マクラメ編み、俺たちにも作って欲しいって思ってさ」
ハルトの話はこうだ。
ちなみに、落ち着いて話そうとした領主様のご子息こと、次男グレイセル様の口を塞いで話し出したんだけどね。
「俺、ククマットであのマクラメ編み見てビビったよ!! こんなんこの世界でも手に入るのかって」
あれ? ハルト、マクラメ編みを知ってる。これは驚きですね。
「よく、知ってるね。編んだものってのはわかるだろうけど、名前まで」
「俺の姉貴が一時期ハマってたんだよ。あれ、糸の色とか編みかたで男も持てるだろ? 俺は黒い石のビーズいれてもらってさ、ストラップにしてもらって学生カバンにつけてた」
ほほう、なるほどそういうことね。
さらに話を聞けば、ククマットで見かけた男性がつけていたのが偶然知ってるデザインのものだったとかで。それで誰に作ってもらったか聞いたら私のことを知ったそうな。
【彼方からの使い】が召喚されたことは知ってたみたいだけど、旅をしてればそのうち会うだろうって呑気に構えてたらしい。それが聞けばどうも日本人らしいと分かったこともここに来るきっかけを作ったみたいだね。
グレイセル様も一緒にいて、とても興味を持って見てみたいたから私に会ってみようってなったらしい。
でもね。
グレイセル様が自警団の人と会合してる席で、飽きちゃったハルトが『ちょっと行ってくる!! 俺ここに必要ないじゃん? すぐ戻る!!』って勝手に出てきたんだって。
自由人だわ、ちょっとヤッカイナオトコデシタヨー。
殴られてもしかたないですよね、うん。
それにしても、何で欲しいんだろう?
それについてはグレイセル様が話してくれた。
「役職を判別するためのプレートの代わりに、ですか」
「ああ、これをみてくれ」
グレイセル様が見せてくれたのは、とても綺麗な、磨かれた銀製だろうか、細かい紋様が精巧に刻まれた一辺三センチくらいの正方形のピンバッチだった。
「綺麗な細工……手が込んでますね」
「ああ、これは私が王家直属の騎士団に所属していた証なのだが、騎士団や各地の自警団にはこういった『剣を携えている証、もしくは防衛のための攻撃を許可されている証』を必ず身につける義務があるんだ」
「そうなんですね」
「どういうものかをちゃんと申請し、統一されていれば素材や形は自由なんだ。ただ、この手のものには欠点があって」
「金属性は手入れが大変だし、高くつきますよね。……おまけに領全体を守る自警団となると、広域だから顔の知らない同僚も多いでしょうねぇ。こういうバッチは重くなるからきっとこの大きさが限度でしょうし、服装で判断できるのも一部の上層部だけですよね? 不特定多数が立場の確認のために身につけるには向いてないですね」
「あ、ああ」
言い淀むグレイセル様ときょとんとするハルトはこの際無視。
言われて、見て、ピンと来た。きっと何かしら良い案がないか聞きに来たんだろう。だから一気に提案してしまいます。
「と、なると。それなりに目について、それなりの大きさがあるもの、そして類似するものが既存のものにあっても色や模様がかぶらないこと、そして軽くて安価なもの。……腕章でどうですか?」
「腕章か!!いいじゃん!!」
ハルトが前のめりに賛成してくれた。
「『わんしょう』?」
あ、知らないってことはないんだね。
では説明を。
「腕章ってのはさ、二の腕の外側につける印だな。俺たちのいた世界だと、ピンで留めるか服に縫い付けられてるやつとか、色んな種類あってまさしくそれが目印になるから広い会場の案内人とかすぐ解るようになってんの」
ほんとうにしゃべるね、この人。
「ハルトが言った通りです。ワッペンっていうものもあって、形は様々なんですよね。私としては……筒状の、腕に巻き付けるものでピンで留めるもの、がおすすめですね」
「ほう、巻き付けるのか」
「ええ、それだと幅の広いものなので目立つし、何より取り外しが出来れば制服が用意できなくても自前の服の上から付けられます。布製になるので消耗しやすいけど、厚手の布で腕章本体を作り、そのうえにマクラメ編みの飾りを縫い付ければそれなりに使えるかと。何より糸の色を変えられるから、役職なり所属なりはっきりわけられると思いますよ」
あれから三日。
ククマット中央市場にある大きな建物の中、貸部屋の一つに私とフィン、ライアス、そして侯爵様とグレイセル様、侯爵領で自警団の取り纏めをしている上層部三人、そしてなぜかハルトもいる。
「暇だったから」
この男は放置。
フィンは既に複数のパターンが編めるようになって、完成までの時間も私とほぼ変わらない。優秀なので間違いなく今回の主軸のひとり。ライアスは? と思うかもしれないけど、実はライアスが用意してくれたマクラメ編み用の台が大変重宝している。釘が打ってあって、そこに糸を引っ掻けて編んでいけるので網目が綺麗で正確に仕上がる。私の口頭での説明で道具を作ってくれる上に想像に違わぬものが出来上がってくるので今回もその場で幅や素材に合わせた釘を適度な幅に打った台を頭の中で即座に組み立て、家の工房で作ってくれると期待してる。
そしてちょっと……。
実は侯爵様の至って真剣な目付きに私は、ビクビクしてる。
本来はピンバッチが主流らしいから、もしかすると腕章って、ちょっと貧相に見えるかな?しかも刺繍じゃない見たことないものをいきなり付けろと言われても納得できないのかも。
「これは」
「はい」
「凄いね」
その一言にきょとんとしてしまった。
「見たことのないものだ、そして画期的、何より、この領地独自のものとして非常に今後重要になる」
どうやらお気に召していただけたらしい。
うん、よかった。
自警団のお三方も興味深い目付きで、試作してきた腕章を着けて眺めて驚きが滲むいい笑顔をしてくれてる。
今までは金属などで用意していたピンバッチにくらべて、価格は恐ろしく下がる。消耗品としての扱いを覚悟だが、私服で取り外しが出来るため、志願して自警団の手伝いや補佐をしてくれる人の分まで制服を用意する必要がない。今までもそういう人たちには制服は支給していなかったから、今後規模を拡大していくときの対策に頭を悩ませていたとか。
反応をみて、提案したことが受け入れられほっと胸を撫で下ろしたのは内緒だ。
そして、自分の出来ることがまた、ぼんやりとしたままでもそこに形が見え隠れしてきたように思えた。