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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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7 * グレイセル、幼馴染が理解できない

今回から数話、グレイセル視点となります。




 最近、平和だった。

 大きな問題事は一つもなく、忙しいけれど実に順調な日々。

 それが当然のことのようになっていた。


 数日前のこと。

 ジュリが呟いた。


『帰りたいなぁ』


 今住んでいるライアスとフィンの家でもなく、度々訪れて共に過ごす私の屋敷でもなく。


 どこか遠くを見るようなそんな目をして、とても穏やかなやさしい顔をして見ていたのは、両親に連れられて市場で買い物をする兄と妹。賑やかに、時折母親に(いさ)められながら、父親に笑われながら手を繋いではしゃぐその光景を。

 好物の菓子が食べれる茶屋で、お茶もその菓子にも手を付けずただぼんやりと。

「どうした?」

「えっ? あ、何でもないよ」

 そう答えるだけで、そのあとは彼女から別の会話を振ってきた。私もそれで正直助かった。

『帰りたい』とはどういう意味か? と、問うだけの覚悟が今の私にはない。


 彼女のすべてを受け止める。

 その気持ちは変わらない。


 けれど。

 過去を聞くことに、どうしても私は、躊躇いがある。私が存在しない世界での彼女の事を知ることに、躊躇いがある。高度な文明の中で当たり前に育ったというハルトはここに来て十年たったというのに未だこの世界の習慣や未発達の文明に驚き戸惑うことがあるという。

「馴染むのに、諦めが肝心な時があるな」

 と笑っていたことがある。

 きっとそれはジュリも同じだろう。

 諦め。

 つまり、この世界はジュリを満足させていない。その世界で育った私もまた。そんなことを言えば彼女はきっと怒るだろう、本気で怒ってくれるだろう。



 それでも聞けないのだ。いつも。怖くて。

「帰りたい?」

 と。

 何もかもが劣っているこの世界に選択の余地もなく召喚された彼女は『仕方ない』という言葉で諦めざるを得ないのだ。

 そんなことを、言わせたくない。

 私は、ジュリが幸せであってほしい。孤独も後悔もない幸せな人生を送って欲しい、そのためになら何でもしてやりたい。けれど限界があるだろう。私一人の力などたかが知れているのだから。

 そんな思いのせいで、私は、彼女の最も根本的な問題であろう質問を出来ずにいる。


 あの呟きを聞いて、ますます私は、その言葉を避けるようになって。

 いつか聞ける日がくるのだろうか?

 そんな事を一人の時間に考えるようになったある日。

 あいつが 《ハンドメイド・ジュリ》に来た。










 幼なじみとしてはっきり言わせてもらうと、この男はジュリを相手にするととにかく要領が悪いし、空回りする。

 ジュリの作品を無償提供してくれとお願いに来た時も感じたが、彼女の気の強さやはっきりと何でも言葉にするその性質にどうしても圧されてしまう。冒険者ギルドの地区長をやっているのだから荒くれ者等いくらでも相手にしている。本来誰に対しても毅然とした態度を貫けるはずなのだが、ジュリだけは駄目なのだ。

「まあ、相性がとことん悪いんだろう」

 と兄が言っていた。世の中理屈ではどうにもならないものがあるが、ジュリとこの男、ダッパスの相性の悪さもそれだろう。理屈では解決できない相性の悪さ、なのである。


「グレイの幼なじみだからって言われてもダメなものはダメ、あの人とは馴れ合いは出来ないからよろしくね」

 とジュリに以前笑顔できっぱりバッサリ私は宣言されている。それで私個人は別に問題ない。私も幼なじみだからと馴れ合うつもりはないし、無駄に干渉もしない。幼なじみではあるが互いに友人と呼べる者たちは別々に存在するし、私が学院時代と騎士団に所属していた王都で過ごした期間もほとんど連絡を取っていなかった。

 こうして私が帰って来たからこそ時折二人で飲んだりするが、割りきった関係であるためにジュリの宣言は特に問題になるものでもなかった。それこそ、お互い別の道を歩んでいるのだからいずれは酒を酌み交わす回数も減って、ギルドの上層部を目指すダッパスのことだからククマットを出ていくだろう。そうなれば自然と関係が薄れていく予感はしている。

 そして、そういう関係なのだろうとダッパスも思っていることだろう。


 もしかすると、そういう『希薄さ』を感じる仲だと思っているからこそ、ジュリが苦手だからこそ、そしてなにより、【彼方からの使い】をあまり好ましく思っていないからこそ、こんなことになったのかもしれない。

 そして何より、ジュリの気持ちが少し不安定なこんな時にくるなんてやっぱりダッパスはとことんジュリとは合わないのだと思い知らされることにもなった。










「今、何て言いました?」

 ジュリの声が低くなった。それでもダッパスは、気づかぬのかそれとも無視したのか分からないが笑顔で言ったのだ。

「二つでいいんだよ、ベイフェルアで有名な冒険者がさ、あんたの作るネックレス欲しいって」

「そこじゃなくて。私のネックレス二つを譲ると、稀少な鉱石がギルドに納品されるってところです」

「え? ああ、そうなんだよ、物凄く稀少なものでさ。本来なら 《ギルド・タワー》に直接納品されてもおかしくない。それをこっちに入れてくれるんだ」

「勝手にそんな契約を?」

「だから、二つでいいんだよ。色つきのスライムので、黒かじり貝のやつ。あれが魔法付与いいのが付くんだろ?」

「私は、そんな話を一切聞いてませんけど? いつあなたとそんな約束しましたか?」

「あのさぁ、相手は有名な冒険者なわけ。あんたも懇意にしておけばきっと後で役に立つこともあるから。たかが二つだろ?」


 その態度に呆れた。

 一体その自信はどこから来るのかと思うふてぶてしさがあって。

 しかも鼻につく余裕のある笑みだ。ジュリが怒っていることを楽しんでいるかのような。

「勝手によくそんな約束しますね? そんなの私は認めませんのでお引き取りを。さよなら」

 それでもジュリがなんとか冷静に、穏便に済ませようとした態度が意外だったのか、ダッパスがその笑顔を一瞬ひきつらせた。

「ダッパス、それはお前個人の判断か? 上からの指示か?」

 私が質問をすると、ダッパスが何を勘違いしたか、私に対してほっとしたような笑顔を向けてきた。

「もちろん上からの指示だ、ジュリにとっても悪い話じゃないだろ、って。王家にもちゃんとその旨を伝えてあるんだよ、だから」

「やめておけ」

「え?」

「ダッパス、やめておけ。おまえの手に負える相手じゃないぞ 《ギルド・タワー》も国も」

「え、なにが? こっちはその上からの指示で動いてるんだぜ?」

「……この国の上層部と、《ギルド・タワー》では全く意味が違うぞ」

「なんだよ、グレイ。お前がギルドについて語るとか、ちょっと意外だな」

 業とらしく肩を竦めて、ダッパスは笑った。

 困ったな、本当にギルドというのは一筋縄ではいかないのだが。

「……お前、まさか今回のことが上手くいったら昇格、なんて言われてないだろうな?」

 その言葉に、一瞬の間があった。

「そんなのどうでもいいだろ?」

 ああ。そうか。

 そういうことか。

 まずいな、このままではダッパスは蜥蜴の尻尾だ。どうするべきだろうか?


「お引き取りを」

 ジュリだった。私たちの会話で、私が考えている事を察したらしい。

「今なら、聞かなかったことにします」

 笑顔で。

 ダッパスには、それが気に入らなかったのだろうか。


「あんたさぁ」


 ダッパスはとことんジュリと合わない。


「ちょっと調子に乗りすぎだよな」

「……は?」

 ジュリの声が裏返った。私の心もそんな感じだ。こいつは何を言っているのか。

「グレイの恋人の座に収まってさ、侯爵家がパトロンでさ、その二つがなかったらなんの旨味もない【彼方からの使い】だろ」


 何を言っているのか。


「【スキル】と【称号】なし? おまけに魔力の一欠片もなくて種火も出せないって? なのに【技術と知識】があるからって侯爵家に保護されて、あんた一人じゃこんな店すら持てなかっただろ? それがさぁ、この大陸に影響力のあるギルドに逆らってどうするんだよ? それでも侯爵家に保護されるか? 公爵に放置されて国にも無視されてるだろ? その辺理解してるか? いい加減さ、異世界から召喚された被害者ぶって楽してるその姿が滑稽なこと気づいたら?」


 何を言っているんだ、誰の事を言っているんだ。

 そう、思ったその時だった。


「だったらそのギルドと国で私を殺せ!」










 道具は勿論、パーツ一つであっても大事にするジュリが、自分専用の作業机の上の物を手で凪ぎ払った。

「そんなに私のやることが気に入らないならさっさと殺せ!!」

「え、あの、え?」

「殺してこの店ごと奪えばいい!! 邪魔なんでしょ、私は。言うこと聞かない、役に立たない女はあんたたちにとってゴミ同然なんでしょ!! 特別販売占有権に全部登録してるんだから、私が死ねばそれらの権利はギルドも望めば貰えるんだから、殺せばいいのよ。そんなに欲しいならさっさと殺せ!」

「ちょ、っと待ってくれ、そういうことじゃなくてさ」

「あんたが言ってることはそういうことだよ。自分で言っててわからない? あんたは私がやってること、私のやり方、私がどういう人間か、全部否定した。ここにいる私を全否定したんだよ、ギルドと国って集団を代表して。それでも私の物だけは欲しがる、でも私は、私が生きている間は絶対に屈したりしない、だから殺せって言ってるの」

「そ、そんな話をしてる訳じゃ」

「あんたが始めた話だろ、いまさらだわ。ほら、店から持って行きなよ、欲しいもの全部。もう、私作らないから。これで終わり」

「ジュリ?」


 様子が、おかしかった。

「これから先も理由を付けて丹精込めて作ったものを奪われるなら二度と作らない。死んだほうがマシ」

 声は酷く怒りが籠っているのに、顔は、全くの無表情。まるで別人だった。私の声が届かない、そんな気がした。

「クノーマス領も出ていってやる。あんたたちと関わらなくていいなら野垂れ死んでもいい。こんな惨めな思いさせられるなら、あんたらギルドや国を恨んで死んでやる。私の命はあんたらからしたら意味も重みもないんでしょ」

 そして。

「それに、死ねば、帰れるかもしれない。魂が霧散するんだって。次元を通る時、衝撃に耐えられなくて消えるんだって。それもアリでしょ、だって、故郷に少しでも近づけるし、万が一にも、ほんのちょっとでも帰れたら、幸せだし」

 そして。

「ギルドなんて滅べばいい。そう恨みながら私が死んでもあんたたちは痛くも痒くもないんだから、心底恨んで死んでやる。その怨みが元の世界へ帰るための気力になるかもしれない」


 こんなことで、聞きたくなかった。

 彼女の心の底にあるものを。







ジュリの言葉使いや話している内容が乱暴だな、ちぐはぐだな、と思うかもしれません。


もう少し分かりやすくジュリの怒りを表現できたかもしれませんが、怒ってる人の言葉って、そんなに理路整然としていないし、丁寧でもないと思い、今回のような表現になりました。

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