7 * 魔物素材はいつでも理不尽
お待たせいたしました。七章に入ります。
一話目なので平和なお話です。
更新は火曜日と土曜日を継続していければと思っています。
素材が届いた。
それを届けてくれたのはグレイの友人だという若い伯爵様で、私が素材に常に飢えているという話を手紙で書いたことから『これはどうだろう?』とわざわざ送ってくれたもの。
物はグレイの屋敷ではなくクノーマス侯爵家に届けられていて、中身が安全だと確認が取れてから侍女さんの一人が持ってきてくれた。
今日は朝からグレイが侯爵領の自警団の集まりがあるのでそちらに行っていて不在。私はライアスとフィンとお店の二階で打ち合わせしていたおばちゃんトリオの一人であるナオと共に、それを箱から出して包みをあけると『おおっ』と明るい声をあげた。
その理由はその見た目。
「面白いねぇ、荒砂糖に色をつけたみたいだ」
「粒も揃ってるな」
「色んな素材があるもんだね」
ナオがそれを手にとってサラサラと溢し、ライアスは指で摘まんだ物を手に乗せて間近で観察。フィンは手紙とは別に入っていた説明が書かれた紙を見ている。
それはスタンラビットという、麻痺性の攻撃ができる魔物素材。
スタンラビット自体がこのクノーマス領にはいないから知らなかったんだけど、このスタンラビットはなかなかに強い魔物なんだって。
毛皮は防寒具として、肉は結構美味しいらしい。そして魔石は利用価値が高い汎用性のあるもの、内臓の一部も薬として活用されるとか。
強くて利用価値の高い魔物であるスタンラビットだけど、特徴としてその角がある。
麻痺性の攻撃はこの角が行うそうで、ここから麻痺を引き起こす魔法 (電気ショック的なものらしい)を放つ。いわば攻撃の要。なのでこの角は利用価値がありそうなものだけど。
『スタンラビットは死ぬと角が非常に脆くなるため、全く利用価値がない。成熟した個体ほど脆くなるため、そのまま捨て置かれる』
ということ。
死んだ瞬間から質が変わる魔物というのは珍しくなくて、それが理由で素材として価値が下がるものも多いし、逆にいいものに変化するものもある。
魔物って不思議だわぁ。
そしてこのスタンラビットも例に漏れず、角は変質することで価値がなくなり使えなくなるとのこと。
しかも、相当変質してしまうことは届いた物をみれば一目瞭然。
だってさぁ、角の面影全くなし。
この世界には調味料の一つとして当然砂糖があるんだけど、その一つに荒砂糖ってのがあるのよ。とある植物の蜜から水分を抜くと、勝手に粒の大きい砂糖になるファンタジー食材。一粒が元の世界であったザラメくらい? それをこちらでは料理はもちろん飴の代わりにそのまま食べたりお菓子にまぶしたりもする。
それにそっくり。
しかもこのスタンラビットの角だったものは色がついてる。パステルカラーの薄い感じの色がいい。スタンラビットは個体によって角の色が違うんだって。それでカラフルに。
そしてその脆さ。
『大変脆いのでおそらく手元に届くまでに大半は原型を留めていないはずです』
と記されていたけど、うん、原型がわからない。だってほぼザラメ状。塊があっても小指の先くらいの欠片ばかり。あとは塊と言ってもかなり小さい。それもほぼヒビが入っていて、おそらく手で潰すだけで砕けるんじゃないかな。
手紙では青、緑、黄色、ピンクの四種を入れてくれたとあるけど、みーんな見事に混じってるよ、粒になって。
「でも、これ綺麗。これそのまま擬似レジンで固めてもアクセサリーにできるね。白土にまぶしてから擬似レジンで塗装したらポップなアクセサリーにもなりそう」
スイーツデコにもこれは使えるよね。
実際、元の世界でカラフルなザラメ状の砂糖のトッピング見たことあるし。それにそっくりだからこれはいい素材。
色は他にもあって、中には二色、三色の角もあるって書いてある。
いやぁ、なかなか有用そうな素材が!!
と、思った。
本当に、この透明でパステルカラーのお砂糖菓子みたいなこれは使えると確信した。
したのよ、ホントに。
事件よ。
いや、事故。
参った。
「ん?」
それは、スタンラビットのザラメ状の粒を擬似レジンに投入して一分経過した頃。固まるまで他の作業をと在庫表とにらめっこを始めた矢先のこと。
ポコ。
音がした。
ポコ。ポコ。
ん?!
「……ねえ、ジュリ。気泡が」
共にそれを適当に擬似レジンに沈める作業を終わらせて、そのまま作品集作りを手伝ってくれることになったフィンは私と同じ反応をしたわよ。
二人して眉間にシワを寄せてそれを凝視。
だって、ポコポコ。と気泡が発生してるんだから。
ボコッ。
え?
ボコッボコッボコボコボコッ! ボコォ!!
「うええっ?!」
次第に、急速に大量の気泡が発生。瞬く間に沸騰するように激しく気泡が弾けて粘性のある擬似レジンが飛び散る。しかも、スタンラビットの角の粒が変形して大きくなってる?! ついでにそいつがものすごい勢いで飛び出してきたぁ!!
「うわ、うわぁ! なにこれ!」
私とフィンは抱き合って後退り。
「どうした?! なんじゃこりゃ!!」
「なんだい! 何かあったかい? はぁぁ?! 一体どうしたんだよこれは!!」
二階にいたライアスとナオがかけ降りてきて叫んだのと、そして他の女性陣も続いて降りてきて当然驚愕、店頭で接客中のおばちゃん二人も工房に顔を出して悲鳴。その頃には大惨事。
凄かった。
なんと、ザラメ状のあいつは、擬似レジンの中でポップコーンのように弾けて膨れて歪になりしかも全部薄い茶色に変色。スッゴい勢いで弾けたもんだからポップコーン状の角の成れの果てと擬似レジンがそこら一帯を汚染。結構な量を入れてしまったから、弾けるのが収まるまでおよそ二分にも満たなかった時間にも関わらず大惨事よ、ホント。
救いはその場に作品を置いていなかったのと、作業途中の物もなかったので商品への被害がなかったことね。
しかし、これは。
「大惨事!!」
叫んでしまった。
「……どうした?」
工房に続く裏口から汚染された道具や素材を次々外に出す私たちと遭遇したのはグレイ。ちょっと離れたところから真顔で固まるように立ち止まってこちらを見てる。
「あ、お疲れー。いやぁ、魔物素材侮れないわぁ」
私の乾いた笑いに、グレイは怪訝そうに。
「スタンラビットの角の欠片が……ほう? これが疑似レジンに入れると弾ける?」
それを数粒摘まんで、興味深げにグレイは見てる。ちなみに今皆で擬似レジンことスライム様が硬化する前に道具たちを、店頭に立って接客しているメンバーを除いて総出で外で洗浄中よ。
「やってみても?」
「離れたとこでね!! 物に付かないようにね!! 想像以上だと思うから!」
私の鬼気迫る様子に黙ってグレイは頷いて、擬似レジンの入ったバケツを手に誰もいない路地のど真ん中に向かうと、そのバケツを置いた。
私たちの必死な洗浄作業を尻目に、グレイは黙って自ら用意して投入したそれを観察してるらしい。そして。
「ん?」
たぶん、気泡が出てきたんだね。妙な声を出したよ彼氏が。うんうんそうなるよねぇ、と私たち全員が無言で離れたところで思ったその時。
ボッ!!!
……え?
なに今の音。
全員が、グレイに視線を向けた。
後ろ姿の彼は、微動だにしない。
「ちょ、ちょっとグレイ! 大丈夫?!」
駆け寄って顔を覗きこんだ私。
引いたわぁ。
体の前面、ボタボタと擬似レジンを滴らせるグレイが目を閉じたまま固まってて。ちらりとバケツを見たら、半分くらいまであったはずの擬似レジン液がほぼなくなってて。
「……グレイ? この状況はなに。どれくらい、入れたの?」
「塊があったんだ、それを入れたらこうなった」
顔を手でぬぐい、そして淡々と彼は言った。
ああ。
そう。
爆散したんだね。
教訓。
スライム様にスタンラビットの角を入れてはならない。
「ひどい目にあった」
予定外の入浴を済ませて出てきたグレイはそれでも笑っていたわよ。
「笑える?」
「面白いじゃないか。子供の頃に知りたかったよ」
「それ、ろくなことにならないやつね」
「ははは」
やる。この男なら子供のころに絶対実験とかなんとか言ってエイジェリン様と二人で侯爵様相手に絶対やってたと思う。
擬似レジンは固まると剥がすのに苦労するけど液状なら水で簡単に流せるからよかった。でもこれがそういう液じゃない、付いたら色が落ちない物だったら本当にシャレにならない。
あのあと、グレイがやらかした路地に隣接する、裏口のある壁と正面壁のそれぞれの民家に飛び散ったスライム様たちについての謝罪と洗い流すのとでバタバタして、スライム様を正面からモロに被ったグレイに女性陣が大騒ぎしながらバケツで水を何度もぶっかけたりと、とんでもない騒ぎ……。
そして、水も滴るいい男なんていうけども。屋敷に帰るためとはいえ、ずぶ濡れのまま愛馬に揺られてククマットの道を進むグレイのシュールさといったら。侯爵家の息子に何があった?! って皆がガン見してたわよ。
「何でジュリは一緒に乗らないんだ?」
って不思議そうにしたグレイに
「ずぶ濡れと一緒に乗りたくないからね!」
と、半ギレになった私は悪くない。
「それにしても、不和反応など久しぶりに見たな」
「不和反応?」
「素材同士を合わせたとき、目に見えて明確な反応はするがそれが全く利用価値のないものに変質したり、今日のような迷惑な事例を引き起こすものに変質することを不和反応と言う。生命を脅かす危険な不和反応もある、それらは全て辞典に掲載されていて広く知られているから珍しいことではないんだ」
「……ちょっと待って? 今サラッと言ってるけど『生命を脅かす』って言った?」
「ああ、基本ジュリは扱うことがない素材だ、武具になる素材で一般には出回ることが殆どない珍しいものや、使い道に偏りがある希少な薬草だからな」
それならいいんだけど、でもさ?
「ちなみに、それらってどういうことになるの?」
「そうだな……有名な物だと、塗布材として呪詛耐性をかなり向上させる『ワイバーンの血液』と、同じく呪詛耐性を向上させる『カースバタフライの鱗粉』を混ぜると瞬時に致死性の毒ガスが発生する。だがそういった危険な不和反応素材は販売自体がとても厳重に管理されているから安心してくれ」
やっぱり魔物素材ヤバい! ファンタジー怖い!
……そしてグレイ、笑顔で言わないで怖いから。
「まあ、万が一試したいと言うなら人のいないところで風向きさえ気を付ければ大丈夫じゃないか? 我が家なら信用度も高いから入手は難しくない、欲しくなったら言ってくれ」
そういう問題じゃない。ていうかいらないよそんな素材は。
魔物素材は理屈の通用しない理不尽な物と再認識させられた。
これから新素材は用心して扱うことにしようと心に刻んだ出来事になったわ。
翌日、グレイが民事ギルドに行った。
スライム様とスタンラビットの角は不和反応を起こすと報告に。不和反応は新しいものが見つかり次第報告するのが義務とのこと。勉強になったわね。
ちなみに後日、この不和反応は正式に登録されて、毎年発行される専門の辞書に掲載されることになった。
不和反応にはランクもあるそうで。極めて危険な『災害』級から、『重』『中』『小』『軽』そして『軽微』と六段階に分けられる。スライム様とスタンラビットの角、その危険度は『軽微』。処理法さえ知っていれば人間に無害である、という判断が下された。
渡された不和反応の登録完了の書類を見つめながら、工房や道具の汚染、グレイのやらかしと後処理を思い返し。
……そうか? あれが? 軽微? んなバカな。
と心のなかで呟いた。
ブラックホーンブル様の肉を持ってきてくれたハルトに、こそこそとグレイがスライム様とスタンラビットの不和反応について教えていた。
「グレイ、ふざけて爆散させたら一ヶ月の禁欲生活だからね」
子供のように二人の目が楽しそうに輝いていたけど、あの後始末はもうしたくないのでグレイにだけでも釘を刺しておく。
私の発言に真顔になって両手で顔を覆ったグレイはそのまま天を仰ぐ。
「それは、キツい……」
ハルトが
「平和だな、お前ら。バカップルじゃん」
と、乾いた笑いで冷やかしてきたよ。あんたもふざけて人様に迷惑かけたらルフィナに連絡して禁欲だから、と脅しておいた。
ハルトも天を仰いでた。
うん、平和だ。




