6 * 簡易休憩施設
「ヤバい、超楽しい。店の経営!!」
と、ウキウキしながら活動中のハルト。
勢いで任せた 《本喫茶:暇潰し》のオーナーなんだけど、これでハルトのとんでもない行動力を垣間見た。
凄かったんだから。
話した翌日に、侯爵家に行っていきなり『管財人二人貸して?』って交渉したり、エンザさんたちパーティー取っ捕まえて『ちょっと手伝ってくれるよな?』って連れ回し。
三日後には 《ハンドメイド・ジュリ》から徒歩二分の、酒場の裏手にあった古い空き家が建つ広い土地を買い取って建物の解体と建築依頼を職人さんにして、転移魔法を駆使して大陸中にいる知り合いも活用して家具集めたり本を集めたりするのに協力しろよと宣伝したとか。
なんだその行動力。
そして新築の図面だという、自分が設計したというそれを見せられびっくり。プロじゃん! 何この設計図!!
「俺元々こういうの得意」
「え? でもハルトって高校の時にこっちに召喚されたんだよね?」
「趣味でやってた」
「これ、趣味でやるレベルじゃないでしょ、建築家でも目指してたの? こういうの本で見たことあるけど」
「いや、俺数学者なりたかったけど?」
「……ん? 数学者?」
「そう、素数の研究したかったんだよ」
「ちょっと待とうか? え、ハルトってさ? 受験生だったよね? ここに来た頃」
「そうそう、結構勉強頑張ってたな」
「……ちなみに、どこ狙ってたの」
「うん? ○大」
「……高校どこにいってたの」
「■■高校」
「……え、ちょっと待って? すんごい進学校、そして日本の頂点目指してたの?」
「ああ、まぁ。でもそこは通過点、いずれは海外に行って専門の研究してる大学に行ければと」
チートだ。
元の世界でもチート候補だった。
しかも聞けば超進学校で成績常に上位三位内だったとか、高校二年の時に国際的なコミュニケーション英語能力を試すための試験で七百点越えたとか、世界的に有名なサイエンス論文誌が愛読書で辞書片手に翻訳するのが趣味だったとか。
怖い、この常に子供みたいにはしゃいで人生楽しんでるような、普段はお馬鹿発言ばっかりのこいつが、天才とか、マジで怖い。
数学者になれなかった時のために一級建築士の資格と公認会計士の資格くらいは取るつもりだったと笑ってるよ。
「いつかのためにその勉強してたしな。最短ルートで資格を取る計画も立ててたんだぞ? そのうち面白くなってあれこれやりだしちゃってさ、流石に親に『お前はどこに向かっている』って呆れられたな」
「あんた受験生だったんでしょ、頑張ってたんでしょ。塾とか行っててそんな時間ないでしょ!」
「え、俺塾とか嫌いで行ってねえよ?」
「はい?」
「学校の授業と家で問題集やり潰して参考書読み込めばそんなん必要ないだろ」
「はあ?……それで、志望大学の模試判定って、やっぱり」
「A」
「だよね! そうなるよね!! なんか無性に腹立つ!!」
「なんでだよ?!」
ハルト。この男はどこに行ってもチート。うん、それがこの男の運命ってことだね。
だからもういいや、放置。任せた。女性の気配りが必要な部分以外は丸投げ。
そして
「 《ハンドメイド・ジュリ》の経理関連書類全部みして?」
というから貸したら、一日で返却されてきて。
「うちも 《ハンドメイド・ジュリ》のやり方でいくわ。やっぱ振替伝票は使いこなせると便利な。貸借対照表だけどさ、あれちょっと改良出来る。こっち独自の専門用語も使えるのあるからジュリも使えよ、もっと便利になる。あと棚卸し表、あれはいい、参考になった!」
って、一日で全部把握した。
修正はここと……なんて色々とアドバイスされたけど有り難いやら悔しいやらで、複雑な気分よ。
恐ろしいわ、【英雄剣士】。
内装はまだ大まかにしか決まってないけど、間取りはほぼ決まりってことで、設計図を広げて説明してもらった。
建物は三階建。一階には受付、調理施設、大型の荷物預り室、洗面所、浴室、従業員の休憩所、そして本の一部が並ぶ本棚が置かれる予定。
「宿じゃないだろ? だからあえて食堂にはしなかった。注文を受けて作った料理は届ける仕組み」
「うん、それでいいね」
「あと、風呂も必要かと思ったけど洗い流せればいいよな、シャワーだけでいこうかと」
「そうだね、連泊出来ない施設にするから問題ないんじゃない? シャワーで十分。あ、でも女性側は出来れば内装は明るい色で」
「おう、了解。で、大型荷物は部屋に持ち込み不可にする。そのための場所を確保すると部屋数が減るんだよ」
「なるほど。でもさ、追加で料金払えば持ち込み出来るようにしてもいいかと思うけど」
「追加料金か。……うん、検討してみる。有料になる大型のサイズは明確にすべきだよな?」
「だろうね、受付と入り口に看板で告知だね」
「それでいこう。一階の本棚だけど、ここには新刊とかベストセラーを並べるのどう?」
「それいい!! ついでに『オーナーハルトの今月のオススメ』とかあっても面白いよ!」
「それ採用! それならさ、『今月の冒険者○○のオススメ』とかもあり?」
「あり! 魔導師、学者、貴族もありじゃない?」
「よし、この本棚は『新刊・オススメコーナー』で決まり」
二階と三階は、本棚と簡易休憩室、トイレ、そしてバックヤードのみ。
まず二階は、衝立で仕切られるだけだけど一人用の寛げるゆったりした椅子が並ぶ三等室と呼ぶ大広間が一室、一人用の寛ぎソファーと小さなテーブルがあり、ちゃんと壁で仕切られ扉のある個室タイプの準二等室が十室、そして本棚がずらりとあるスペースが。
三階は、二階にある準二等室と全く同じ造りの二等室が十室、そして仮眠が取りやすい大きめソファーがある二等室より広めの一等室が四室と、据え付けの2段ベッドが一つと、追加で簡易ベッドを入れれば四人まで同室利用可能な広い特等室が一室、そして当然本棚がずらりのスペース。
同じ造りなのに二階の準二等、三階の二等と分けたのは二階は大広間タイプの三等室があるため。間違いなく三階よりも声や気配は気になるだろうとハルトがあえて呼び方も価格も変えて設定。これは良い案だね。
本棚の並ぶスペースには、その場でも読めるようにゆったり座れる椅子をいくつか用意。狭いけどバックヤードを確保してそこに定期的に入れ換える本や貸し出し可能な毛布、そして簡易ベッドを置くことにするらしい。
「ここはハルトの構想に文句なし。これ以上何か追加したら『簡易』の意味がなくなるよね」
「そうそう。ホントはもっと色々組み込んでもいいかと思ったりしたんだけどさ、やり過ぎると結局宿になっちゃうわけだ。あくまでマンガ喫茶を目指すとこれくらいでちょうどいいんだよな、と自制したわけだ」
そう、宿をやりたい訳じゃない。
あくまで休憩がしやすい場所、時間潰しがしやすい場所を目指すから、設備が整い過ぎてると意味ないんだよね。
だから提供する料理もしっかりお腹に溜まる麺料理と米料理を一種類ずつ、おつまみの盛り合わせ、軽食としてサンドイッチ二種、そして日替わりのスープだけにハルトが絞り込んでたのも正解だと思う。メニュー増やせばそれだけ経費も手間もかかるわけ、それでは意味がない。どうせ随時変更したり増やしたり出来るから、慣れるまでは少なくて問題はないよね。それに周辺には食堂や酒場もあるんだから夜中でなければそうそう困ることもない、わざわざ食事に力を入れなくてもいい環境を活かせればククマットの経済の多少の潤いにも貢献できるし。
「……《暇潰し》さぁ」
「うん?」
「俺の所属国でもやっていい?」
「あんたがオーナーなんだから好きにすれば?」
そうそう、ハルトが召喚されたのはロビエラムという国。大陸一のダンジョン数を誇る通称『魔物の国』。弱いのからバカみたいに強いのまで様々な魔物が生息しているらしいの。そんなところでよく国が成り立つなぁと思えば、そんな環境なので住む人たちも自ずと屈強な男や肝の据わった女が揃うわけで、小さな国で人口も少ないけど軍事力はなかなかのものらしい。
まあ、ハルトが召喚されるような国だからね。特殊な環境下であることは予測してた。
「絶対 《暇潰し》はロビエラムでウケる。そして『ダルちゃん』食い付く」
……ちなみに、『ダルちゃん』とは。
ロビエラムの国王、『ダルジー七世』のことを指す。グレイにも散々注意されているから確かなことよ。
「国王をちゃん付けで呼ぶのはよせ」
って物凄い剣幕で注意されるんだけどハルトは
「本人それで良いって言ってるしな!」
って……。
『ダルジー七世』、国王だし五十過ぎたおじさまと聞いてるけどハルトには些末なことだと。
突っ込み入れるだけ無駄なので、スルーする。
「まあ、ククマットの《本喫茶:暇潰し》を試金石にしてみたら?」
「だな。上手くいったら趣の違うのをやってみてもいいかもな」
「好きにやってちょうだいな。ククマットの《本喫茶:暇潰し》の経営を蔑ろにしないでくれるなら文句なんて言わないよ」
「おう、任せろ」
今後結構重要な位置付けになりそうなこの 《本喫茶:暇潰し》。
数時間の休憩や仮眠だけでいいという人たちが気軽に利用出来ること、そして暇潰しの為の本が大きな都市や優良な貴族領にある図書館並みに多彩に揃うということで、口コミが口コミを呼んで数年後には大陸に二十店舗を越える規模に発展、そしてその影響を受けた宿を経営する人たちがそれぞれ工夫を凝らして 《本喫茶》を開店させて、十年もかからず定着するなんて、このときの私たちには知るよしもない。
そして、ハルトの所属国ロビエラム国では本の作れる商家が増えるよう国が支援してやれ!! というハルトの無茶振りで製本技術が向上することになるけど、面白い小説書く奴育てろ!! 雑誌種類増やせ!! というもっとひどい無茶振りまで言い出した為に
「そなたは余をなんだと思うておる?!」
「友達。てゆーか国益になるからやってみ?」
「国益になると言えば許されると思うでないぞ?!」
「えぇ? 国力は軍事力だけが全てじゃないだろ? 世の中平和が一番」
「山を消し飛ばしダンジョンの地形を変える男の台詞ではないわぁ!」
なんて酷い言い争いを国王という貴き人とやってのけたらしい。
まあ、その代償に 《本喫茶:暇潰し》を大成功に導いて経営者としても名を馳せるハルトは親愛半分嫌がらせ半分で『暇潰し王』という微妙に不名誉な二つ名をダルジー七世によって広められるのは当然のことだと思う。
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