端午の節句スペシャル ◇ハルト、鯉のぼりに喜ぶ◇
季節のイベントもの、単話です。
本編とは繋がっていませんのでご注意ください。
ほのぼの回です。
ちょうど更新予定の日に当たったので今回はこの一話のみの更新にさせていただきます。
桃の節句、ジュリは今年のイベントに盛り込むのを止めていた。
うん、あれはやらなくてよかった。
不気味だったから。
……怖いんだぞ、本物を知らないヤツが聞いた話だけで再現するのって。本当に、怖い。
フランス人形みたいな造りが精巧な人形を、しかもドレスを着せられたそれを、真っ赤な絨毯を敷いた階段状の棚にずらりと並べて、ピンク色の花をこれ見よがしに飾ったクノーマス侯爵家。お雛様とお内裏様どこですか? これ、何の展示会ですか? みたいな。
「良い布が見つからないんだよね。人形の顔は何とか作れるとしても」
なんて悩みと共にジュリがもしかすると雛祭りは当分無理かなぁとぼやいていたけど、一応聞いてみた。
「侯爵家のやつアレンジで何とかならねぇの?」
「なるか!!」
キレられた。
なので雛祭りの話は俺も当分しないことにした。
なんてやり取りから程なく、ジュリの所にあそびに行って見せられたデザイン画。
思わぬものを見せられて大興奮だよ。
「うおっ?! これって!! 鯉のぼりじゃん、マジで?!」
「これなら、やれそうかなって。それでハルトの意見も聞かせてよ」
「うおおおおっ! すげぇ!」
「落ち着け、ニートチート」
ニートでチートだからとジュリが俺のこと最近そう言うんだけど、俺ニートじゃないのに……。
「定職ついてないでやりたいことだけしてる人をこの世界の言葉でなんて言うかわからないのよ、適切な言葉がないわけ。だから便利な言葉でしょ今のあんたを表現するには」
否定のしようがなかった。
それはおいといて。
「鯉のぼりって現代でこそ印刷で大量生産してたけど、本当は一枚一枚手書きで色合いとか微妙な違いで実は全く同じものって無いに等しかったと思うのよ」
「ああ、まぁそうだよな。てか、それがどうしたっていうんだよ?」
「今度市場で大市があるのよ、そこで 《ハンドメイド・ジュリ》でもなにか出してもらえないか? って組合長さんから言われてて。正規の作品を出す余裕はないんだよね、製作を一部委託したもので他のことを出来ないかと」
「んん? それで鯉のぼり?」
「そう、これって子供の健やかな成長を祝ったり願ったりする象徴でしょ? どうせ異世界なんだから男の子だけじゃなく女の子にもそのめでたい感じを一緒に味わってもらってもいいんじゃないかなぁ、と」
「それは全然いいと思うけど、だからさっきの手書きとどう関係してるんだよ?」
「ふふふ、それはねぇ」
ジュリが出してきたもの。
それは、白い筒状の布に細い黒の鯉のぼりだとわかる線だけが描かれているものだった。長さは三十センチあるだろうか? 筒も俺の腕は入らなそうな細さだ。
「これにさ、子供たちには好きな色を塗ってもらって、そして紐を結んで棒に括ってあげるの。自分で作る鯉のぼりだね。鯉のぼりの意味も教えてあげれば、この世界にも縁起のいい生物とか強い魔物には土地神様みたいに崇められてるのがいるんだから来年からは家で子供達が好きなのを作ったりしてもいいと思うのよ。ドラゴンとかシーサーペントとか、強そうな鯉のぼりが飾られてたら面白くない?」
ちょっと感動してしまった。
そういう柔軟な発想ありかよ、って。
そうやってこの世界に馴染ませる方法もあったのか、って。
「おまえ、すげぇな」
「ん? 何が?」
「その発想がさ」
「んー、でも受け入れられるかどうかは別よ。それでもイベントとしては面白いし、日本の国の文化を知ってもらうには手っ取り早いでしょ、人の集まるイベントで子供を巻き込んで賑やかに人集め出来たら参加者としては勝ち組じゃない?」
「ははっ! 確かに!!」
なんかさ、こういう時なんでもこなせる男って腹立つの、俺だけ?
「わぁ、グレイ上手! 色の組み合わせとかセンスあるし、これ見本に使える!」
「そうか? ジュリにそう言われると素直に嬉しいな」
「冗談抜きでこれすごくいいよ、白地を適度に残してるし黒目も綺麗な丸だし」
俺より綺麗に仕上げてるグレイセル・クノーマス、お前は何者!!
「私の彼氏。超ハイスペック彼氏よ」
偉そうに言うな!!
「ハルトのもいい感じよ!」
お、マジで?
「何て言うか、あじがある」
解せぬ。
試し塗りが終わって、グレイのを見て俺が一人悔しがっているそば、グレイがじっとその完成した鯉のぼりを見つめている。
「どした?」
「いや……兄にも、やらせてあげたい気がしてな」
「エイジェリンに?」
「こういう、物を作るのが本来好きな人なんだが、立場上そういうことに時間をさいて没頭することはできないからな。イベントに顔を出す予定だし、声をかけてみるのもいいかもしれない」
「おお、いいんじゃねぇの? 子どもに混じって色塗りする次期侯爵、なかなかいい絵になりそうだな」
「ああ、そうだな」
ジュリが俺たちの話を聞いていて、なんだか嬉しそうに笑ってた。
大市の朝、ジュリたちのスペースには平台の質素なテーブルと椅子が並べられた。それもかなり大きなものが三台、大市のメイン広場内で一番場所をとっている。
テーブルには赤や青といったはっきりした色合いの乾きが速い絵の具と、筆やパレット、水差しが大量に用意されている。白地の小さな鯉のぼりは一日百枚用意したらしい。大市は三日間あるから全部で三百枚だ。多いのか少ないのか判断は不可能だけど、ジュリが笑ってたな。
「今回のは赤字でいいのよ、余ったとしても大市の客寄せにはなれば文句なし。 《ハンドメイド・ジュリ》の企画だってことはがっつり宣伝するから広告宣伝費だと思うことにしてる」
だって。めっちゃ楽しそうに準備してたよ。
楽しそうで何より。
そして、朝からまさかの人たちがいる。
それはエイジェリンと奥さんのルリアナ。
この二人本当は途中から来て飛び入り参加でやってもらうつもりだったのに、何故か
「「おはよう、ジュリ」」
って、荷物の搬入時にやってきた。早いよ。
しかも何なんだ、そのやる気満々な格好は。
次期侯爵夫妻とは思えない質素な服に、既にエプロンして。ルリアナなんてめずらしく髪の毛をかっちり束ねて。
「やるからには全力で」
とエイジェリンが真顔で言ってたけど、何を全力でやるつもりなんだ。
「鯉のぼりの由来は諸説ありますが、大昔とある国に激流が連なる川があって、その川でも特に大変な難所を登りきった魚だけ竜というとても神聖な存在になれる、という言い伝えが有力です。激流のような困難にも立ち向かい、そして大成するようにと出世の象徴として飾られるようになったらしいですよ。そしてそれが成長を願う、という意味合いも含まれるようになって、端午の節句という男の子の成長祈願の行事に飾られるようになったそうです。ちなみにですが、外に飾ると鯉のぼり、家の中だとのぼり鯉というそうです。理由は分かりませーん」
ジュリが集まった大人たちに聞こえるように鯉のぼりの説明をしている。この説明は俺がアドバイスをしたんだよ、役に立つんだぞ俺でも。大人たちは『なるほど』とか『出世の象徴かぁ面白いね』と感心して聞いてくれている。その側では子供達がそんな話を全く聞かず、いや、聞こえてない位真剣に、楽しそうに白地の鯉のぼりに色を塗って、隣の子供と比べたり色をどうするか話したり楽しそうだ。
そして、次期侯爵夫妻だけども。
……色が塗り終わった子供の鯉のぼりに紐をつけて棒に括ってあげてるよ。
大人たちがビビってるからな。
この人たちにやらせていいのかって。
「あ! 鯉のぼりに紐をつけるのにちょっとコツが必要なのでお二人にやってもらって下さいね!!」
って企画の主催者が平然と二人のところに子供達を流すからいいんだな、うん、大丈夫だ。
「エッジ様ありがとう!」
「ルリアナ様、つけて下さい!」
子供達はまぁ大人の気持ちなど察するはずもなく無邪気に二人を囲んで順番待ちしてるよ。ちなみにエイジェリンのことを小さな子供はエッジって呼ぶ。子供の頃の愛称で、その方が呼びやすいだろうって自ら許可してる呼び名だ。
この二人、結婚して結構なるけどまだ子供はいない。立場上社交界じゃ影で色々言われてるのを俺も知ってるから、今日のこの企画、俺的には参加させるのどうなんだろう? って後から不安になってジュリに言ったんだけど。
「二人が是非って言ってくれたし。そういうことで躊躇ったりするような人達じゃないわよ。それに、子供と接するいい機会じゃない? 出来ないって決まった訳じゃないんだから、イベントを子供と一緒に楽しむ経験をしていて損はないと思うわよ。私がこのククマットにいる限り、やれることはとことんやるつもりなんだから、否応なしにあの二人は巻き込まれちゃうわけ。私は二人が許す限り、これからも参加してもらうつもり」
そういう考えもあるんだな、とまたジュリに感心してしまった。
とはいえ。
紐をつけてやる他に色塗りのアドバイスをしたり、少なくなった絵の具を補充してあげたり、絵の具で服を汚した子供の汚れを拭く布を用意してあげたり、ずっと動いてて、一日の目標百枚が明るいうちに全部ハケた瞬間、二人が互いに肩を寄せあってヘロヘロになってるのを見たときは、これでいいのか? と疑問が。
「あは!! 調子乗って手伝ってもらっちゃったわ!!」
ジュリ、やっぱりお前は大物だ……。
それになんだか楽しかったらしい。二人も珍しく人前でカラカラと楽しげに笑ってる。結果オーライ。
「え、これは」
「エイジェリン様用、特別仕様ですよ」
「兄上が来てくれると決まってすぐ、ジュリが用意したんだ」
「まあ、大きいわ!!」
ルリアナが顔をほころばせ、ジュリが差し出したものを受け取り広げた。
それは約一メートルサイズの、子供たちが色塗りしたものより遥かに大きな白無地の鯉のぼりだった。
細い黒い線で描かれているそれは、明らかに鯉ではないけれど。
「シーサーペントにも伝説的な存在がいたんですね。海の守り神とまで言われたのが。グレイに教えてもらって、これは使える!! とつくっちゃいました」
「ああ、それは……」
なんだかエイジェリンはぼんやりしているように見える。
「大昔、嵐で難破した船が出会った古代種というものに分類される長寿のシーサーペントのことで……人間を襲うことなく、嵐の中を港まで船ごと送り届けたという逸話が。それで、古代種のシーサーペントは船乗りの守り神として崇められているんだ……」
「大きな港を、国最大級の港を持つ侯爵家に相応しい鯉のぼりになるかと思いまして。子供の成長を願うだけじゃなく、大成の意味があるんですから港や海の安全と発展も願うものにしちゃっていいんじゃないでしょうか、だって異世界だし!」
「ジュリ……」
「それ、是非エイジェリン様が色を入れて下さいね。それをお屋敷に飾ったらアンバランスさが面白いかもしれないですよ!」
半分ふざけてジュリは笑っていたけれど、エイジェリンはなんだか感極まった顔をして。
「ありがとう」
その一言が精一杯な顔をした。ルリアナが代わりにその鯉のぼりを抱きしめてにこやかに笑ってた。
「ありがとうジュリ。大事にするわ」
「いえいえ! それは初期作品と思ってください、来年までに特大の、飾ったらクノーマス領の名所になりそうなの作って献上しちゃいますからね。背の高い丈夫で立派な支柱と大量の絵の具を用意しておいてください」
「ふふふっ、楽しみが増えるわね」
「絵や工作など貴族の令息が嗜む趣味として認める者が少ないからな。兄はそういうことをもっとしたいと思っているはずだ。ただ、十代のころ、父にその事を酷く咎められた事があって」
「マジか」
一日目の大市が終わって、三人で酒場で飲んでいるとき、グレイがエイジェリンについて話してくれた。グレイは苦笑して肩を竦める。
「次期侯爵として色々詰めていた頃だと思う。気晴らしに絵を描いていたんだが……没頭してしまって、期限があった父からの宿題を忘れたらしい。その時何を言われたか私は聞いていないが、以降兄はしばらく絵を描かなくなった程には咎められたんだろう。ルリアナと結婚してからは、ルリアナのために描いているらしいが、父には見せたりしないし、話題にもしない。やり過ぎなければ父も静観するだけだが。それでも家では兄のそういう趣味の話は禁句になっている」
「それはちょっと、寂しいよねぇ」
「だな。分からなくもないけどな、立場があるからさ、絵なんて描いてる暇あるなら他のことしろって言われても仕方ないんだろうけど。息抜きって大事じゃん? あと仕事以外に没頭できることって、精神安定の重要な要素だと思うけど」
「だから、素直に嬉しかったんだよ。ジュリに色を入れて下さいと言われて。ルリアナ以外にあんな風にいう人はもう兄上の周りには誰もいない。私も正直、その一人だ。父には父の、兄には兄の思うものがあるだろう? そこに後継ぎではない私が口出しするのはな……」
「そっか。じゃあ、私とハルトは良いことしたかな? 侯爵家専用があってもいいってアイデアはハルトだもんね?」
「そう俺。俺偉い!」
「偉くはない」
「マジか」
「当たり前よ」
俺とジュリのやり取りをみて、グレイは笑う。
「とにかく、二人には感謝してるよ。俺もルリアナも。これで兄上ももっとやりたいことを我慢せずやれる機会を増やしていけるかもしれない」
貴族の、しかも侯爵家ともなると、色々あるんだな、ってしみじみ実感した日になった。
鯉のぼり。
出世、大成のシンボル。
それを聞けば侯爵もエイジェリンが没頭して色を入れる姿を見ても咎めることはないかもしれない。
あいつが本気で色を入れたら、きっと凄いのが出来るんだろうな。
子供用の鯉のぼりに色を入れてるの見たけど、暈し具合とか職人レベルだったからぶっちゃけドン引きしたよ(笑)
後日見せられたエイジェリンが色を入れた鯉のぼりならぬシーサーペントのぼり。
めっちゃかっこ良くて、俺の分も色塗って!!ってお願いしてしまった。侯爵に笑顔で睨まれたけどそんなの知らん!!
エイジェリンが喜んでたからいいんだよ。
そして翌年。
三メートルオーバーのシーサーペントのぼりと水生種のドラゴンがデザインされたドラゴンのぼりがエイジェリンの所へ届けられて、もちろんエイジェリンが色を入れた。
のぼりはその年からクノーマス侯爵家の中世のお城のような屋敷の庭にドドーンと飾られ、半端ない違和感を放ちながら、侯爵領の春の風物詩の一つになっていく。
なぜか、庶民の間ではドラゴンのぼりは広まる様子がなかったから聞いてみたら、古代種のシーサーペントよりもドラゴンは崇高な存在として崇められてる種が多いのでこれは侯爵家だけが使うのを許されるようにと、わざわざ職人や領民たちが使わないよう決めたらしい。
クノーマス侯爵家がこの地で愛され親しまれ、そして尊敬されていることがわかる一端を見た気がした。
そして侯爵領のククマットから徐々に領内に広まりを見せ、数年後には子供がいる家では毎年白無地に黒線で描かれたシーサーペントに各家庭で好きに色を入れたのぼりを入り口の扉横に飾ったり、金に余裕があれば職人が色を入れたのぼりが飾られて、
「煉瓦造りの街並みに鯉のぼりがズラッと、かぁ」
「異様だよねぇ。広めておいてなんだけど、違和感すごい。そして鯉のぼりじゃないよ」
「ああ、シーサーペントのぼりか」
と、俺とジュリが毎年同じ会話をしていくことになる。
「鯉でもよかったじゃん、なんで改良版はみんなシーサーペントなんだよ?」
「そっちの方が格好いい、見た目が強そう、という理由で下書きする職人が全員シーサーペントを選んだからな」
「ああ、だからジュリがあの状態か」
「『どうせ異世界だし!』とやさぐれた。鯉は諦めて卓上シーサーペントのぼりを考案している」
「それで不満が解消されるならいいんじゃねぇの?」
「だからといって、プライベートな私と過ごす時間が減るのはどうかと思う」
というグレイセルとハルトの後日談があったと思います(笑)。




