1 *【英雄剣士】ハルトは日本人
「つまり、【スキル】【称号】なしだけど【知識と技術】があるって言われたなら……あんたがたまに存在する【変革する者】か? 」
げ。
サラッとこの人言ったよ。
しかも、笑顔で。
この男。
称号を持っている。
【英雄剣士】。
顔をみてピンときた。
日本人だって。
そして名前は『岡崎 陽翔』と名乗りましたよ、ね? 日本人でしょ?
私がなんでこんな情報を手にして、そして【変革】なんて言葉をいきなりぶつけられたのか。
約三十分前に遡る。
予測したとおり、本格的な雪の季節になって、二日に一日は雪かきをするようになって。
噂を聞き付けてレースの作成を依頼する人の数もピークの半分まで減ったの。
そんな寒いどんより空と雪の降る天気が続くとある日、お隣さん家の少年が訪ねてきた。
「ジュリ、お客さん来てるよ! 連れてきていい?」
「ん? 私に?」
「うん、【英雄剣士】のハルト。ジュリを訪ねてきたんだけど迷ったとか言ってた」
「……私そんな知り合いいないけど」
「……つれてくるね!! 同郷だって、言ってたし!!」
少年、知らない人を勝手に連れてこないでほしいんですけど。
と、私が無言で訴え渋い顔をして、フィンは心配そうに、そしてライアスが険しい顔をして。
「こんにちわー。って、やっぱり日本人じゃん!!」
【英雄剣士】とやらは、人の顔見ていきなり指差して笑顔。人を指差すなって習わなかったか、おい。
そこからは怒濤の勢いだったのよ。
【英雄剣士】ハルトは、自己紹介からはじまったわ。
「俺がここに飛ばされてきたのは八年前の十八の時でさ、受験勉強に明け暮れてた夏の夏期講習から帰った日。いきなり変なヤツが夢に出て来て、明日死ぬ運命だけど人として生き延びる恩恵を授かるに相応しい素質を持っているから、この世界に行ってくれないか? って言われたんだよ。死んでしまうと魂はそこでしか昇華されないから連れていけないとか、恩恵を授かるに相応しい素質だけじゃなく、いままでの人生で人を助けることが多くて魂が汚れてないし傷もないから別次元へ飛ばされる時も次元を越える時の強い抵抗に耐えられるから行くべきだとかいわれてさ。怪しすぎて笑っちゃったけど、死ぬとか言われて出歩けないじゃん? そしたら本当にこの世界にとばされてさ。さすがに混乱したけどな。で、俺は【英雄剣士】っていう称号なんだけど、剣士として最初からその力があって、【スキル】も色々あって。それで魔物討伐してたんだよ。魔物が急増した国で去年まで活動してて、落ち着いたから大陸回ってたりもしたけど、知ってるか? ここの領地のダンジョンにいるブル種がめっちゃうまいの。和牛だよ和牛。こっから近い所にあるダンジョンだからここもよく来てたんだけど、最近、あんたの話を聞いて会いに来てみたんだな、暇だから」
質問してないからね、私は一言も。
それと。
ハルトの所に来た『変なヤツ』、明らかに優秀だよね?
(宅配の兄ちゃん? は、今度もし会う機会があったら絶対……問い詰めるそして説教すること決定)
それはまあ、いいとして。
とにかく、怒濤の自己紹介に圧されて私も自分のことをポツポツ話したわけです。
ここに来る前と直後のことをわりと詳細に、そして今のこの生活のことを数ヶ月分まとめて簡潔に。
そうしたら、言ったわけよ。
【変革】のこと。
そうか、もしかすると『変なヤツ』がそういうことを詳細にハルトに教えていたのかも。
許すまじ、宅配の兄ちゃん? あんたは必ず一回シメる。ちゃんと役割果たせよ。
「えーっと、うん、そうなんだけど」
「なんだよ?」
「そのこと、言ってない」
「……なんで」
ものすごい、変な顔されました。
「【変革】とか、キーワードとしては、重い気がしない?」
「あー、なるほど。……過度な期待されてもな」
ハルトは思い当たる節があるらしいわね。
苦笑して肩を竦める。
今この場にはフィンもライアスもいない。【彼方からの使い】同士で話がしたいってハルトが半ば強引に二人を遠ざけた感じ。だから私はハルトを連れてライアスの工房にいる。ここなら炉の熱でとても暖かいし、ライアスはいつも整理整頓しているから人が突然訪ねてきたとしても場所がなくて困るなんてことはない。
「俺も最初けっこう大変だったな」
ハルトがこの世界には来たのは十八才。今二十六歳って言ってたからおよそ八年ここで生きている。
きっと色々なことがあったはず。
称号が【英雄剣士】って、やっぱりそれなりに強いだろうし召喚された場所も……
「隣の国の城の玉座のある所でさ」
やっぱり。
侯爵様が言ってたよね、召喚場所にも意味があるらしいこと。
「その場で神官に鑑定されて……訳もわからずって感じでしばらく城で世話になってたら俺のことが外部に漏れててさ。魔物、知ってるだろ? ダンジョンから溢れてとんでもないことになってる時期だったらしい。【英雄剣士】を出せ、魔物を討伐させろ、今すぐ人の役に立てって毎日毎日城に人が押し寄せて騒がれて」
なんとなく、想像はついてしまった。
十八才の多感な時期、馴れないどころか混乱と不安しかない生活が始まっていきなり魔物を討伐しろとか、重責だし、なんでそんなことしなきゃならない? って自問自答したはず。
「まぁ、保護してくれた王様が良いやつでさ、何とかこっちに慣れるまで俺のこと庇ってくれて、そのうち友達なんかも出来て。討伐してやろうって気持ちが湧くのに一年かかったけどな。まぁ、今となりゃ死ぬはずだった人生から新しい人生貰えたのは幸運だったって思えるけどな」
「そう、だね……たしかに」
死ぬ運命だった。
それがこうして生きてる。
死ぬその瞬間を回避したからいまいちピンとこないけど、確かに幸運なのよね。
きっと、神様がいるんだと思う。
私にチャンスをくれた、そんな風に私も思えるようにはなってきたから。
それにしても。
「本当に、何しにきたの? 世間話しに来ただけなの?」
「え? それじゃだめなのかよ」
あ、うん、この人わりと単純でしょ、能天気な性質かも。
「……そう、ならいいけど」
「【変革】のことなら誰にも言わねえよ」
「え?」
「大陸の最北の国があるんだけど、そこに【変革】、お前と同じやついるんだよ」
「えっ、そうなの?」
まさかの同類いました。いつか会いたいぞ!!
「そいつ、【スキル】も【称号】もなくて放逐されて気ままに生きてたらしいけど、三年前かな、【変革】のことをその国の変な貴族に知られちまってしばらく求婚されまくって逃げまくってた」
「ちなみに、どんな【変革】なわけ?」
「【人の苦痛を和らげる】知識と技術っていってたな」
「それって」
「『整体師』の資格と『鍼灸師』の資格もってるんだよ」
なるほど。
この世界は異世界らしく、怪我や病苦の治療は魔法やポーションといったもので行われてる。
でも、半年いて気づいたのよ、魔法もポーションも、人体にとって効果的な良いものほど高額ってこと。
ライアスも座りっぱなしだったり重いものをもつ職人だから、よく腰が痛いっていってる。それを緩和するのがポーション。ポーションには四段階あって、上級、中級、低級、そして素級。素級っていうのはポーションの一番基本のもので、小さな切り傷の出血を止めたり、捻挫の一時的な痛み止めの代わりにしたり、効能が限られてるのよ。それが魔力を込める量とかさらに薬草や効果のあるものを加えていくことでクラスが上がっていくんだって。ちなみに、上級ともなると、家が一軒立つ価格で、このククマットでは取り扱いしている店もない。
「そっかぁ、それは確かに、囲い込みたい技術だわ」
「だろ? ポーションとか魔法なしで古傷の痛みとか事故の後遺症の痛みとか緩和できるんだからな」
素級ポーションって、いかにもお手軽な感じがするけど、それでもククマットでは一本平硬貨 七枚、七リクル(七百円くらい)する。これって私の知る栄養ドリンク剤のけっこういいやつと同じくらいするでしょ? 最低でもそれくらいするのよ、庶民なら毎日は飲めない。それはこの世界でも一緒だし、お金の価値がさらに違うから、素級でも悩んで買う人が圧倒的に多い、それくらいの収入のひとが圧倒的に多いと思う。
「だから言わなくていいと思うぞ」
「ん、ありがと」
なんだか、やっぱり面倒なことはすぐ側に、いつもあることを肝に命じておくべきだなと、思わされました。
異世界、まだまだ奥が深い。
ハルトは正真正銘チートです。
ジュリ、チートになれるか?
がんばれ!!