6 * なぜかそっちにいったのね
ネイリストの専門学校のことは一段落ついたわ。
ついたというか……私の手を離れて独り歩きしてくれてるというか。物凄い勢いで着々と準備が進んでいて、既に学校になる建物も決定して改装開始の日程も決まってるし、爪染めの原料の輸入や栽培に向いた土地のある貴族への打診などでクノーマス侯爵家が使者を送り出したりと、非常に活発かつ順調に動いている。
いいね、お洒落の幅が広がると女としては気分がアガるよね。爪染め自体がまだまだ高級、ネイルアートに至っては貴族が中心の顧客になるかな、当分は。でもそれでも。そのうち当たり前のことになって、価格が下がって、特別な日や、気合いをいれたい日、ごほうびに。そうやって当たり前のお洒落になれば。
領民講座は私が主体となって進めることになって、専門学校程かっちりしたものは考えてないからグレイと話し合いながら順調に準備を進めてる。こちらも誰でも気軽に、ってはすぐにならないだろうけど、せめてクノーマス領ではいつか当たり前のものになったら嬉しいなぁ。
そんなことを考える余裕が出始めて数日。
グレイが実家の侯爵家に呼び出されたのよ。これはよくあることなので私はいつものことと思って、呼び出されてたことも忘れて新しいパーツのデザインについて職人さんと工房で打ち合わせしてた。そこへ戻ってきたグレイの顔がね。
何て言うのかなぁ、うんざり? 頭が痛そう? そんな顔。要するに面倒な事があったんだろうな、って顔よ。
「どうしたんですか、浮かない顔して」
職人さんもついそんな声をかけてしまう顔なのね、ホントに。
「グレイ、どうしたの? 侯爵家で何か問題でも?」
その私の問に、盛大なため息が返って来まして。
「問題……うん、問題といえば問題。なんだが」
はい?
職人さんと私が首傾げたわよ。
「いや、まさかこちらに来るとは思わず」
ん? 何が?
説明受けました。
あー、そっちかぁ。というような内容でして。私が関わってましたね。本来私がメインで悩む事なんだけど、グレイに行ってしまったというかグレイは半分とばっちり、というか。
私が新素材を探している話は、職人さん、侯爵家で働く人たち、そして 《ハンドメイド・ジュリ》に関わる人たちなら誰でも知っている。ただ、私は一から探しに行く暇はないのよ、全くないの。だって 《ハンドメイド・ジュリ》の店頭に並べる商品をメインで作ってるし、デザイン考えるし、レースについてもフィンたちの試行錯誤に付き合ってるし、他にもお店の運営を左右することには全て関わってる。それにグレイとも少ない時間を見つけてイチャイチャしてるので、新素材をわざわざ探すなんてことは今は不可能なわけで。
それでよく私がぼやくのは
「新素材、歩いて来ないかなぁ」
なのよ。
笑って女性陣は聞いてるの、それを。口癖みたいなものなの。
ところが。
それが広まったらしい。
人から人へ、侯爵家が外出するとき護衛をお願いするいくつか懇意にしてる冒険者パーティーがあるんだけど、その人たちが最近侯爵家に素材を持ち込んでいるらしい。
え? 私のところじゃないの?
「それが、ジュリは忙しいから選別する暇はないだろうっていう話が一緒に出回っているそうだ。それで、かじり貝を提案して採用された実績があるならと私、つまり侯爵家にと」
「そうきたか」
思わず唸ったわ。
「あー、なるほど。分からんわけではないですな、それは」
って、職人さんもしみじみ。
何故か毎日素材がちゃんと綺麗に包まれて、勝手に届くらしい。それらは当然侯爵様たちが見る前に執事さん使用人さん、管財人さんなど働く人たちか確認するんだけど、ここ最近毎日複数届くそうで。
しかも、どうみても向いてない素材が混じってるとかで、大変らしい。
それでグレイが
「お前が選別しろ」
と、呼び出されたそうな。
……グレイが言われても正直困るよね?
見慣れてはいる。私の側でどんなものが使われてるかを見てるし。
でも素材になるかどうかは作る私が扱えるかどうかを決めるからね。見た目がいいだけではどうにもならないものもある。それをグレイに選別しろとはなかなか難儀なことよ。
というか、選別するくらい届いてるのか。そしてあり得ないようなものまで届いてるのか。
見たい気がする。
本当に新素材が見つかるかもしれないし、他にも掘り出し物的な加工次第でなんとかなるものが見つかるかも。
「ちょっと興味ある。どんなものが届いてるのか」
グレイが安堵した様子で、時間を調整して見にいこうとその場でまとまったのよ。
ただ、ライアスとフィンが口を揃えて
「明日行って来い、侯爵家を待たせるんじゃない」
と、物凄い剣幕で言うので翌日早朝からお伺いすることになりました。
いやぁ、カオス。
侯爵家の一室がカオス。
「ケケケ、クケケケケ」
鳴き声? が絶えず出てる謎の箱。
ガタガタガタガタガタガタガタガタ。
ずっと振動してる謎の箱。
ごそごそ……ごそごそ、ごそ……。
微妙に動いてるらしい音がする謎の袋。
「キーキー!」
不規則に突然大音量の警告音みたいな音が響く謎の袋。
素材じゃない。
これは怖い。
魔物そのまま持ってくるな!!
「いや、全部死んでるな」
はい?
「殺して解体して素材にしたものしかここにはない」
「え? でも音がするよ?!」
「そういうのもある、魔物だから」
「いや、こんな怖い音のするものとか動くものなんてそもそも素材に使えない!」
「一応見てもらおうと。言っただろ? 大変なことになってるって」
本当に大変なことになってるね!!
「見た目がそれなり、もしくは何とかしてくれるかも? という安易な気持ちで持ち込まれるわけだ。これが毎日」
嫌だねそれ!!
ただし。
確かに見てみたい。
私のその好奇心をグレイは理解してくれていたのよね。
だからこのカオスな状態をとりあえず維持してくれていたのだろうと。
ならば、見るしかない!!
とりあえず、笑い声の発生してる謎の箱オープン。
「光ってる。なに、これ」
「鳥系魔物のくちばし。殺してもくちばしにも極小の魔石があるから一ヶ月このまま。抜けば鳴き声が止まるのと光も消える」
「……魔石なくなったらただのくちばし。不要」
次、ずっとガタガタしてる箱オープン。
「七色! 派手! これなに?!」
「海洋系魔物の心臓、と手紙が付いていた。元々とてつもない生命力があって、魔石を抜いても一週間はこうして激しく脈打つらしい。止まれば石のように固くなるが、七色なのは表面だけ」
「加工のしようがない、色のついた石はいらないわ」
さて次。ごそごそしてる袋オープン。
「ん? んん? これは、綺麗、なのかな?」
「私に聞かれてもな。見ようによっては面白いが」
「ずっと、模様が渦巻いてる、マーブル模様っていうのかな?……。てか、これなに」
「植物系魔物の葉だ。栄養が行き届いているものはこうしてずっと模様を変えて蠢いている。枯れると茶色に変色し模様は消える」
「変色するうえにマーブル消えたら意味ないですよ、魔物さん……」
そして心臓に悪い警告音を出す袋をびくびくしながらオープン。
「……目が、合った」
そしてすぐさまクローズ。
「これ、なに」
「猫系魔物の目。この魔物は心臓と目に魔石が入っている。そのせいで目が」
「なんで目から音がする!! 理屈がわからない!! 怖い!! あなたは無理ですごめんなさい魔物さん!!」
カオス改め、恐怖でした。
そのあと、びくびくしながら確認したわ。
グレイは飄々とした顔で開けてたけど、数が多いからうんざりしてたわね。
とにかく、手当たり次第に持ち込まれた感じで、綺麗でもなんでもないものまで混じってた。それなりに綺麗だけどダイヤモンド並みに硬質な石とか、真っ白で艶々に見えるけど毛質が異常に硬い毛皮とか。
ありがたいですよ? 私が素材探してるのを知って探して持ってきてくれるんだから。
でもね。
限度がある。
それにしても。
「これ、全部使い道のない魔物素材かぁ」
「ああ、これでもごく一部だ」
「……一部」
「大昔からありとあらゆる工夫で素材として見いだされた魔物はいるが、その反対どうにもならずに廃棄されるだけの物も未だに多い」
「素材として、とは言うけど基本は武具がメインよね?」
「そうだな、大陸の発展には戦争が付き物だった。そのせいだろう、狩っても涌き出る魔物は資源としては魅力的、希少な種でなければ探す手間は必要としなかったからな。試行錯誤の中で武具に向いている素材が次々見つかって、魔物は武具になる、という認識が根付いたんじゃないか?」
「……魔石の活用も近年、なんだよね?」
「ああ、そうだが?」
「発展途上だね」
「うん?」
「まだまだ、魔物の素材は発展途上だな、って思うのよ。歴史上戦争の道具として見なされただけで、他の活用法をまだほとんど見いだしてない。ただそれだけのことね。この中に、私が素材として扱えなくても、今度は日用品として見なされる、活用できる素材があるかもしれないわよ?」
グレイは少し、弾かれたような驚いた顔をして、私を見つめる。
「あのゴワゴワした毛とか、上手く纏められればブラシになりそう。私のいた世界では動物の毛を使ったブラシってあったのよ、髪に優しいとか艶が出るとか。それこそ先人の知恵から生まれたものよ。だから価格が安い日用品として、役に立つものもまだあるんじゃない? それを探求する余裕と根性は求められるけど」
何気なく言っただけなんだけどね。
グレイは衝撃を受けたみたい。
「そんなこと、考えもしなかった……常に、武具になることを優先して、それが魔物素材の価値だと言われてきたせいか……」
「変わると、いいよね?」
私の問いかけに、目を細めて。
「ああ、そうだな。本当に、我々の価値観も少しずつでいいから、変われたらと思う」
彼氏の嬉しそうな顔。
嬉しいわね、こっちも。
ちなみに、白くて艶々にみえるけど妙に硬い毛、なんとかウルフって魔物なんだけど。毛先を切り揃え、加工してブラシにしてみたら、それで髪をとかしてみたら、元いた世界でもあった『とかしただけで艶々の髪に!!』って謳い文句が付くようないい感じのブラシになった。数ヶ月後侯爵家が出資で『光沢艶ブラシ』として売り出されて爆発的な人気商品に。素材が格安なので、庶民の間でもものすごい速さで流行して、これには侯爵家とブラシを作る工房が嬉しい悲鳴をあげることに。
さらにその後、《ハンドメイド・ジュリ》で私たちが装飾を手掛けたそのブラシは、ちょっとお高めだけどプレゼントとして、自分へのご褒美として、人気商品の一つとなるなんて、この時全く予期せず、私はのほほんと、『もっと面白い素材がないかなぁ』と、侯爵家の一室を占拠する怪しい素材を漁っていた。
たぶん本気を出せば日用品もたくさん世に送り出せる知識のあるジュリですが、『興味が湧かない』『面倒くさい』などの理由で手を出さない性格かと。
そしてブラシのようにテキトーに言ったことを侯爵家の面々は聞き逃すような間抜けは一人もいないので、物語の裏ではジュリの無責任テキトー発言から数多の商品開発と販売をしてがっぽり儲けてそうです。




