王宮闘争 * 暗殺者、仕事中。
暗殺者視点。レア回です。
こちらとしてはジュリさんが無事に解放されククマットに戻るなら何も文句はない。
さっさと解放してくれないかなぁ。ククマットの 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》、そして夜間営業所の入る建物は一部屋根が破損したり壁が崩れた所もあるらしいけれど大きな被害はなく、ククマットの復興がある程度済めば直ぐに営業再開するとの情報で。最近は夜間営業にも限定品が置かれるから、常連仲間に先を越されて自慢される程屈辱的なことはないんだよ、だからなるべく早く帰りたい。
「兄さん」
「ああ、どうした?」
「国王たちが騎士団の塔に移されたよ」
「おや、地下牢じゃなく?」
「うん、外部との接触を一切絶つにはそっちが良いって判断」
「そっかぁ。……うーん、騎士団の塔、ねぇ」
「どうする? 私行って見てこようか?」
「潜伏出来る場所があそこは限られるし、気づく者も多そうだな、ここで問題を起こしてジュリさんの迷惑にはなりたくないから……」
「ああ、それでしたら私がご案内しましょうか?」
妹と会話をしているとそこにスッと入って来たのはアストハルア公爵家のスパイだ。彼はスパイ兼公爵の見えない護衛としての役割もあるが、今はジュリさんの護衛をするように命令されている。
「主に確認してまいります。あそこには捕らえた者を閉じ込めておく部屋の隣に隠し部屋があるのはご存知で?」
「ええ、一応は」
「あそこへの入室許可を得ましょう」
「出来るんですか、そんなこと」
「あの塔は昔アストハルア公爵家が資金提供し建てられたものなので可能かと」
私と妹が黙ったのを見て彼は笑った。
ちなみにここはジュリさんが寝食し物を作っている部屋の真上。ここでこうして会話するのも慣れたなぁ。
『騎士団に話を通して貰いましたので行きましょう』と本当にあっさりと私たちはその隠し部屋へと向かうことになった。
隠し部屋と言うだけあって、とても細長い、窓のない部屋だった。ただ、ところどころに極小さな穴があり、いくつかの穴や切れ目からは光が漏れている。そこから覗けるようだ。そこからは置物や額縁の端が見え隠れし、絶妙にその穴が見立たないようになっている。
「間もなく来ます」
それ以降私たちは言葉を交わさないことにし、事の成り行きを見守ることにした。
近衛騎士団団長が先頭で入ってくる。するとこちらにチラッと視線を送ってきたのが確認できた。
(様子が、おかしいな。……薬か、それとも魔法か)
国王、王妃、そして王太子。妙に大人しく、表情は感情が欠落しているように見える。だが突然振り返ったり、不自然に顔が強張ったりと挙動がおかしい。逃亡したり暴れたりしないよう何らかの制限がかけられているようだ。
そんな事に気づいてから数分は騎士団団長達がソファに腰掛けてもなお挙動不審な三人を黙って見守るという奇妙な時間が続いたが、ある時王太子の手が目の前のテーブルにぶつかって。
「あ?」
それがきっかけだった。無防備で気の抜けるような、声が出た瞬間がばりとソファから立ち上がる。
「父上母上! お祖母様は亡くなったのではなかったのですか!!」
その王太子の叫び声が、親子の醜い言い争いの始まりとなった。三人は自我が戻ったかのように互いに互いの顔をまじまじと見て、そして距離を取りあった。
「今、今はそれどころではない! なんで母上が、母上がいるんだ?!」
「陛下っ、どうするのです?!」
「う、煩い!! 元はと言えば、お前だ、お前が母上が怖いと言い出したから!!」
「なっ。陛下、貴方が厳しすぎて何もさせてもらえないと! もう老いてきたから交代すべきだと!そうおっしゃっていたのを忘れてはいませんよ!!」
「そんな事は言ってない!」
「おっしゃいましたよ! それで私はなんとか譲位していただけるように説得なさったらと助言したじゃありませんか」
「いいや、そんな事は言われていないぞ、王妃お前はあの頃母上と会うことも嫌がって避けて茶会にすら顔を出さなかった。母上の相手をしていたのは私だけだ、説得は私が自分からしたんだ」
「いいえ、私ですよ! 助言したのはこの私です!」
「いい加減にしてください、お二人とも! それよりも説明してください!」
王太子が割って入った事で事態は更に悪化した。聞くに堪えない言葉で互いを罵り合い出した。
三人とも本当に王族なのかと疑うような、下品極まりない言葉まで出てくる始末。私たちがあ然としていると、きっと同じように聞くに堪えないと思った団長が今にも取っ組み合いになりそうになっていた国王と王太子の間に割って入る。
「なんだ?! 無礼だぞ!!」
「そうだぞ、不敬罪で裁かれたいのか!」
国王と王太子がそう喚いた。
「お静かに」
ただ一言。しかし、殺気付き。
怒気ならまだしも、殺気をあえてぶつける団長。
もろに食らって三人は絶句し腰砕けになってその場に座り込んでしまった。
「ラヴィリエ様のご指示があるまで個室にてお過ごしになるのが良いでしょう、ご用意致します」
静かに語った団長に、三人は震えながら見上げてただ頷いて返すしか出来ずにいた。
この覗き部屋の隣に残されたのは王太子だった。
落ち着きなく一人ただウロウロと部屋中を歩き回る。不安と苛立ちで表情は強張っている。
「失礼致します」
そこへやってきたのはトルファ侯爵だった。女王とアストハルア公爵から様子を見てくるようにとお願いされここに来たことを告げれば、間髪入れずに王太子はトルファ侯爵に縋りつき肩を揺さぶる。
「私は何もしていない! ここに入れられる理由はない!! 出してくれ、侯なら出来るだろ? 私は王太子だ、ここに閉じ込められるような人間ではない。それにお祖母様にご挨拶がしたいんだ、連れて行ってくれ、父上と母上では役に立ちそうにない。私の将来の為にもお祖母様に会わなければならない」
驚いた。
『何もしていない』という発言に。
それにはトルファ侯爵も同じ気持ちになったのだろう、目を丸くした。
「……殿下、本気でそう仰っていらっしゃいますか?」
トルファ侯爵の声が一段階低くなり、雰囲気が重くなる。焦燥感に駆られているせいか、侯爵の変化に気づかず王太子は少し明るい声で返した。
「私は、私は悪くない。まだ王太子で、王位を継承したわけではないから。巻き込まれただけだろう、それなのになんでこんな扱いをされなければならない、おかしいだろ?」
早口になって僅かに上擦る声は、やはり焦り。だとしても。
「殿下、違います、我々が言っているのはそういう事ではありません」
そう、そこだ。
侯爵が言いたいことはそうじゃない。
「何故父と母の尻拭いを私にさせようとするんだ、おかしいだろう、私は悪くないのに! それに何故お前たちに従わなければならない?!」
「ですから殿下、ちゃんと話を聞いてくださいっ。私がここに来たのは貴方が会いたいと仰られた女王陛下からの命令です」
「そうか、そうか! 私の早とちりだったすまない!」
「命令で来ましたが、殿下をここから出すためではございません」
「えぇ?」
よほどその返答が信じられなかったのか奇妙な声を出し、王太子の顔に突然溢れるように浮かんだ期待が籠もった笑顔が、今度は一瞬でこそげ落ちた。
「あなたはベイフェルア国の王太子です、すでにあなたの強い望みで一年前から議会での発言も許されています。あなた自身が議会に、後の王として政治に関与することを望んだ。悪いとか悪くないの話ではないんです。……女王陛下からの伝言です。『お前のしたことについても既に聞いている。今までの行いを悔い改めるのであれば、今後について多少の配慮はするが、責任は負ってもらう』とのことです」
説得するための侯爵の声も僅かに上擦り、じれったい、そんな声だ。
聞き終えた王太子の体は震え、握り拳を作った。
「分かった、分かったぞ! お前たちは権力のない王太子一人に責任を負わすつもりだろう!! お祖母様もこの私を利用するつもりだ!!」
また驚いた。
何がどうなって急に王太子一人に責任を負わせるなんてことに繋がる?
「誰もそんな事を言っていません、我々にも多大なる重い責任があるんです! でもだからといってすでに議会での発言権を持ってしまった殿下も責任はありそして逃れられられないんですっ」
トルファ侯爵様の声は聞いたことのない力強い芯のあるものに聞こえた。感情を抑えながらも何とか説得しようとしているのがひしひしと伝わって来た。
「ベイフェルア王家の一員としてどうかっ、どうか、今を、この王宮の現状を正しく理解してくださいっ! ご自身の今までの行いを、なかったことにはできません!」
理解して下さい。
なんて言葉だ、と驚いてしまった。
確かに子供。そんな事百も承知。
でもトルファ侯爵様が言った通り。
王太子として私が連れてこられてからの短い期間でも王太子は数々の発言、命令で人を動かしていた。
そしてトルファ侯爵様が言うように形だけの出席ではなくちゃんとした発言権を持って議会に出ていた。それこそ王太子なのだから、と。
責任は負わなければならない。
議会で発言し公共事業を自身の実績、王になる前に経歴に厚みを持たせるための慣例めいたこと以外にもこの王太子が口出ししていたことはかなりあるらしいし、それよりももっと、『あの件』は重い。それこそジュリさんを巻き込もうとしたのだから尚の事。
加工済の魔物素材を不正入手しようとしたあの件。国王やベリアス公爵を飛び越えて直接 《ギルド・タワー》に魔法付与を依頼する伝手がある。獣人奴隷、魔力を周りから吸収する魔道具、全てが繋がるそこに、王太子自身が関わっている。ギルドとテルムス公国の汚れた部分に完全に足を突っ込んでしまっている。
「何を言っている、私は神に誓って疚しい事はしていない!!」
軽々しく『神に誓って』なんて言うものではない。その前に、自身の行いをこの王太子は正当化してしまっているのか。
恐ろしい。
なんて恐ろしい。
隠し部屋を出る。
もう見ていられない。
それよりも。
気になった。
「あのーすみませーん」
声を掛ければかなり驚かれた。
「お前は先ほどあの部屋にいた者だな」
「あ、お気付きでしたか」
「アストハルア家の間者か」
「いえいえ、私はどこにも属しておりませんよ。今回はたまたま利害の一致がありまして、お世話になった次第です」
「……それで? 顔を出した理由は? 用件を聞こう」
「用件なんてありません、ただ気になりまして」
「なんだ」
「ここの騎士団、相当バラバラに見えたんですよね。最初に見た時はジュリさんに対してそれぞれ思惑があって初顔合わせをしていたように感じます。でも……変わりましたよね?」
「……」
「揃いも揃って騎士団団長全員、いや、一人はグレイセル様に真っ二つにされましたので全員ではありませんが、生きている騎士団団長が一様にジュリさんの味方のような動きというのが少々気になりまして。もしかして私が調べられない見えない所で何か企んでいたりするんでしょうか? 場合によってはグレイセル様の反感を買いかねませんよ」
「……はー」
近衛騎士団団長がとんでもなく深いため息をついた。これはかなり珍しい物を見れたんじゃないか?
「そのことか」
「ん?」
なんだその反応。
「ジュリ殿と話し、直接あの人を見て皆思う所があった。自分たちの信じていたものが揺らいだ。……それがきっかけで会う貴族から、もれなくあんなことを言われたら、味方になるのは当然だろう」
「何を言われたのか聞いても?」
『ジュリに巻き込まれておけ。巻き込まれた者は基本振り回されるかわりに不幸は引き寄せない』
「アストハルア公だけでなく、ツィーダム、トルファ、ペリーダに穏健派と中立派の重鎮たちまで口を揃えてそんな事を言うんだ」
ええ……。
「終いにはあのアストハルア公の末息子にまで、な」
「はい?」
『ジュリさんは人を幸せに出来る素晴らしい方です、あの方を恨んだり妬んだり疑ったりする人は所詮その程度の人間です。そんな方とは縁を切ることをお勧めします。そしてそんな愚か者がいるなら教えて下さい。……え、知ってどうする、ですか。そんなの決まってます、始末します!』
「純真そうな笑顔で子供からそんな事を言われてみろ」
「……ああ、説得力、ありますか、ね?」
「怖いだろうが」
あ、そっちか。
「もう、何といえば良いのか分からないが、とにかく今まで背を向けてきた人々といざ向き合ったら、な。信じるしかあるまい。……いや、信じたくなったよ」
近衛騎士団団長の最後の薄っすらとした笑みは、楽しげに見えた。
(……あれ、もしかして)
一人になって、立ち止まり考える。
ジュリさんと接点を持つだけでそこまで気持ちどころか考えまで一気に傾くだろうか?
何らかの力が働いているんじゃないか?
力……。
(……【選択の自由】か!!)
答えにたどり着く。
王宮の腐敗の原因となっている者たちはずっと前から【選択の自由】による制限を受けていたんじゃないのか? 人間は気づかない、薄く浅く、そして広く。ずっと監視されていたんじゃないのか。
いつから?
とこまで?
どの程度?
監視されていた。既に神の定めた篩という【選択の自由】の中に我々は投げ込まれていたと言うこと。この王宮が余りにも嘘や噂で翻弄され、統制もまともに取れない状況に陥っていたのはそういうことではないのか?
そして今まさに、その篩が一気に振るわれているんじゃなかろうか。
「ジュリさんが召喚されたその瞬間から……我々ベイフェルア国の人間は篩の中に入れられたのか?」
だとすると。
「……未来は、絶たれたな」
可哀想だが王太子に未来はないだろう。あれでは国を任せられるかどうかの前に、王族としての素質が……。
その一方で。
(ベリアス卿……)
あの男。何故この状況下でまだ自由でいられるのか。
ジュリさんも気にしていた人物。
(神の干渉があるということか)
調べようと思っても何故かうまくいかないのも今となっては頷ける。
さて。
女王陛下の復権で事態は大きく動く。
不謹慎ではあるけれど。
「……ちょっと面白くなってきましたね」




