王宮闘争 * ローツ、会う
おかげさまで六年目に突入いたしました。
そして本年ESN大賞8で銀賞受賞、書籍化のお話も頂きました。
改めまして読者の皆様、感想や評価、誤字報告など様々な形で執筆の糧となる力をありがとうございます!
まだまだ頑張ります!!
ジュリを無事送り届けた後、俺はグレイセル様から話は通してあると言われていたので迷わず王都にあるクノーマス侯爵家に立ち寄る。
そこで一度魔導通信具を借り、まずはジュリを無事送り届けた事をグレイセル様に連絡、その後同じようにその連絡待ちをしている侯爵様に連絡を入れた。
「様々な可能性にかけるのなら」
侯爵から貰えた助言。
「私の友、ヒュリッセン・モーヴァの所も訪ねてみてくれ」
モーヴァ。
その名を聞きハッとする。
侯爵の友人モーヴァ伯爵の父親である前モーヴァ伯爵は先の女王陛下の、王配の最側近。
「ただその所在については確認したことがない。暇さえあればいつも夫人と静養地を巡る旅をしていると聞いているから。それでも、その顔の広さは健在であり王宮内のことにも詳しいのは確かで何らかの助言はもらえるかもしれない」
女王陛下から何度か陞爵の話をされるほど信頼されていたという。王配が祖国から連れてきた侍従や側近同様に、ベイフェルア国内での地位の確立と政治介入を容易にし王配と絶対的な信頼関係を築いていた人物。
(言われなければ危うく素通りしていたところだ!)
堪らず舌打ちをしてしまった。
(前モーヴァ伯爵と言えば、ペリーダ伯爵家とも近いじゃないかっ)
両伯爵家は他の狭い貴族領を一つ挟むだけ。物理的に近く関係も悪くない。
しかも前モーヴァ伯爵の姉はかつてその才能を活かし未婚の令嬢たちの家庭教師として近隣の貴族だけでなく噂を聞きつけた豪商からもお声がかかるほどだったと聞いている。ペリーダ伯爵家も家庭教師として招き家族ぐるみの付き合いをしていたはずだ。
その姉はペリーダ伯爵領のとある商家に嫁いでいる。
いろんな意味で、あの両家は近い。そしてそのペリーダ伯爵はジュリにわざわざ会いに来ている!!
「ああ、クソッ、俺も転移できれば良かったのに」
頭の中でひしめく情報をなんとか冷静に整理しようとしながら独り言を放った瞬間。
「やほー」
呑気過ぎる挨拶。
「今なら無料で転移をしてやるぜぃ」
ハルトが現れた。
「行ってみよーぜ」
前モーヴァ伯爵の話をした途端、表情も雰囲気も激変した。
「俺も用があるし」
「何?」
「先の女王陛下って奴にな」
「……女王陛下?」
「死んでねぇぞ」
ハルトは断言した。
「女王は死んでねぇ。【称号:女帝】は防御、防衛、耐性、そういった事に異常に特化した【称号】ってことが分かった。異常に、だぞ」
「何? それは、どういう意味だ」
「だから死ぬはずねぇんだよ、たかが毒殺で」
たかが毒殺。
凄まじい言葉だと思った。
そんな言葉を言える人間がいるのかと。
だが目の前の男は本気で言っている。
つまり、そういうことだ。そしてこいつは俺たちが知らない『事実』をどこまで知っているのか。
「昔の奴らは気まぐれなんかじゃなく明らかに神の意思で文明文化発展のために【称号】と【スキル】が与えられている。そして女王が【女帝】を与えられた。死なれちゃ困るから、与えられたと考えるのが妥当だろ」
「……」
「父がお会いになるそうです、どうぞこちらへ」
拍子抜けするほどあっさりと前モーヴァ伯爵との面会が叶った。
(待っていた、のか?)
そう思わずにはいられない程にスムーズに案内され、俺はもちろんハルトも少し呆気に取られる。
「ちなみに私は何も聞かされておりませんよ」
何の前振りもなく、モーヴァ伯爵が俺たちの前を歩きながらそう言った。
「今更ですが、父と母が旅行に行ったり静養に出たりと、社交から遠ざかる理由がこの家にはあるのだろうと息子ながらに感じてはいました」
何を指しているのかはまだ分からないが、モーヴァ伯爵は漠然とした答えを言っているように思えた。
「先の女王陛下の王配、その最側近として……。当時両親が酷く憔悴し体調も崩して王都はおろか社交界からも遠ざかったのは事実です。しかし……都合が良かったのかもしれません」
(つまり……体調不良を利用し、意図的に中心から遠ざかった?)
「さあ、どうぞ。……父さん、お連れしましたよ」
前モーヴァ伯爵は、挨拶しようとした俺に手を前に出して制止させ、そのままもう一方の手で座る椅子のすぐ横の書斎机の引き出しを開けた。
「これを探しているんだろう」
薄くて長方形の箱らしき物をいきなり俺たちに対して突き出してきた。
「なんで、そう思う?」
ハルトの不躾な問いかけにも動じず、何故か前伯爵がため息をつき少しだけ不満げに眉を寄せた。
「ロビエラム王家から渡すよう言われていたからだ」
「「は?」」
「王配ライジール殿下が暗殺未遂前にダルジー国王陛下にそのように手配したそうだ。家に置いておくには重要過ぎるものではあったが、だからといって出かける度に持ち出すのも怖くてな、気苦労の絶えない日々だった……。そしてようやくだ。ペリーダ伯爵が【彼方からの使い】に会ったと聞かされて悟ったよ。この時のためか、と」
何も返せない俺たちに対し、淡々とした口調でこちらをまっすぐ見つめ前伯爵は続けた。
「これはその時まで預かって欲しい、と。来たるべきその時、全ての【称号】も【スキル】も通用しない、『全てを突破する者』が来る。その者にこれが渡るように、と言われて預かった」
そして一息ついて前伯爵は付け加えた。
「この中に入っている物が何なのか、私にも分からない。開けるのはその者だから、と。……持って行くがいい、『全てを突破する者』」
「……俺のことかよ」
ハルトの消えそうな呟きは、少しだけ呆れたような声に聞こえたのは気のせいか。
中身を確認し、それが一枚の紙でそこに書かれていた事にハルトが頭を掻きむしりながら『くそったれぇ! ふざけんなぁ!!』と叫んだ後急にスンとしたのはかなり怖かった。が。
「こっちはまかせてくれ、責任持つ。ジュリの審問会に間に合うかどうかは分かんねえけどな。ただ、必ず連れて行く、何が何でもな」
と言ってくれたので完全に信頼し任せることにした。オレにはまだやる事があるからだ。
(次は……トルファ家、か)
トルファ侯爵は既に大騒ぎの様相を呈している王宮に詰めているので王都にある屋敷に夫人もいるとの情報は得ている。ハルトにはトルファ侯爵家へ一報を入れてから訪問するまでの空き時間を潰すためにも手前の地区まで転移で送り届けてもらった。互いの用事が済み次第再び合流する約束をして久しぶりに王都の地に降り立った俺は自分の足で賑やかな道を進む。
まともに歩くのは本当に久しぶりだ。
そして気づく。
王宮内の今の話が伝わっているのか噂や人伝の内容に一喜一憂し、人々が踊らされていることに。活気ある賑やかさとはほど遠い、緊張と不安が徐々に広まり浸透する騒がしさと言えばいいかもしれない。
それに。
(随分、汚れたものだ)
貴族や限られた者だけが屋敷を持つことが許されている王宮を取り囲むようにある中央地区のずっと手前、それでも富裕層が店や屋敷を構えている場所も多い区画のはずなのに、散乱したゴミや馬車の車輪で抉られたままの道路、何があったのか崩れたレンガ造りの塀や錆びた門が放置されたままの空き家、他にも以前には気にならなかった物が目に付く。何より時折風に乗って届く悪臭が、今の王都を如実に晒していた。
福祉事業の大幅な削減。
貧困地区の放置。
圧倒的に増えた目的もなく道に屯する大人たち。
物乞いする子供たち。
ククマット領とクノーマス領の生活環境に慣れているからなおその格差を肌で感じる。
十数人の小さな小さな村でもクノーマス領は助成金や補助金で修繕と改築がされた雨風凌げて安心して眠れる家がある。定期的に巡回馬車が走り人の集まるところへいつでも仕事に行ける。貧しくとも目的もなく屯する大人など殆どおらず、貧困地区すら今はゴミも殆ど落ちていない位に管理され生活環境維持がされている。子供たちは立場関係なく手厚い保護を受けられるかわりに必ず教育を受ける義務と慈善・福祉事業の参加・学習義務があり、物乞いする必要も無ければする暇もない豊かな日々を送っている。それらが行き届いていないところもまだあり改善は今後も必要だが、数年内には領民に浸透するだろう。
窮屈に見える数々の条例が、ククマットとクノーマス領を支え、大小様々なトラブルが日々起こり続けながらも発展へと繋がっている。
次々と発令される領令はある種領主による強い権力施行と言っていい。独裁だ。
だが、その独裁によって目まぐるしく変わる時代の変化をいとも容易く乗りこなし皆で前に進めているのは。
(ジュリなんだよなぁ)
あの何でも勢いで口任せにあれやろうこれやろうと言う、人をこれでもかと巻き込んで可愛げ一つない笑い声で颯爽と歩くジュリがいるからだ。
「それディスってる」
と、聞かれていたら本人から言われそうなことを考えているうちに辿りついた。
王都のトルファ侯爵邸。
(ここはジュリ方式だな)
腹を括る。
ここまで来たらジュリに頼まれたから、なんて理由じゃなく俺自身の意思でトルファ侯爵家も巻き込んでやろうじゃないか。
こっちに、とことん巻き込んでやる。
「お待たせ致しました。奥様がお会いになるとのことです。ご案内致します」
凡そ二十分。俺が単独でしかも自分に会いに来た理由を考えていたか探していたか。
それでも先んじて一報は入れていたとは言え通常なら急に来た格下の貴族なんて数時間またせても文句を言われない侯爵夫人がたった二十分で俺の面会を許可した。
(さて、何を要求されるか。……まあ、対策としてジュリからはいくつか案を預かっているから)
それに、もう一つ。アストハルア公爵夫人からも『いざとなれば当家が抑えます』とも言ってもらえた。アストハルア家にも思うところがあるし、今回の件で何かをするつもりだ。あっちは巻き込まれて本望ということだ。
その前に、すでに穏健派はジュリに散々巻き込まれている。
今更だな。
よし、遠慮はいらない。
不安と不満が日々増大する王都にあるとは思えない落ち着いた侯爵家らしい空気が漂う。王都の情報なら貧困地区にある裏社会の末端の個人まで把握していると言われるだけあって、このお方も侯爵同様同じだけの情報を日々手にしているからこそのこの余裕だろう。当主夫妻がドンと構えているから使用人たちも安心して働ける。一抹の不安も隙すらも感じないこの侯爵家は今の王都の中では異質にも感じる。
「情報を集めるのに随分駆け回っているとか」
社交辞令な挨拶もそこそこに、実に落ち着いた語り口調の夫人は俺の目の前、テーブルに積み重ねられた膨大な紙の山をゆっくりとした視線で眺めている。
「モーヴァ家では必要な情報を得られた? あそこはさすがに当家でも情報を得るのは難しいから直接あなたが出向いたのは正しい判断よ」
(もう知っていてるのか。早すぎるだろう)
一体どうやって、と問いたい気持ちを抑え、肯定の意味で黙礼する。
「ペリーダ家との繋がりと先の女王陛下から絶大な信頼を寄せられていた前モーヴァ伯爵から有益なお話をしてもらえたならば、当家からはさほど重要となる事は出て来ないと思うのよ……ジュリさんを合法的に解放させられる手段、もしくは、王家がそうせざるを得ない切り札となる情報、どのあたりをお望み?」
王家がこの家を下手に突かない理由がこの会話だけでよくわかる。
そしてこちらから何も要求していないのに出してくるのはそれだけジュリの存在をこのお方も重要視しているということ。
王家存続に関わりそうな情報とジュリの解放を簡単に天秤にかけて、そしてどちらが重いのか既にこのお方、いやトルファ家では判断して動いている恐ろしさ。
(大きな事業をせずとも情報だけで繁栄と維持が可能な家か。敵にしたくはない)
身震いしそうになる体を抑え込み、俺は首を横に振る。
「無礼を承知でトルファ侯爵家にお願いがあり参りましたが、情報が欲しいのではありません」
「……なんですって?」
眉を顰めた夫人。
「トルファ侯爵家へのお願い、これはジュリから以前『可能性の話』としてされたことが関係しています。万が一自分に何かあった時、最終手段となるのでなるべく手を出したくはないと前置きされて聞かされました」
「『可能性の話』……ジュリさんはこうなる予感はあったということね?」
「はい。それを踏まえ……自分が王家と対立する事になった場合、それが可能な有力貴族に対価を渡す代わりにやって欲しい事がある、そのことを覚えておいて欲しいと私が預かっておりました」
「何を?」
そして俺はジュリが最終手段と考えていることを、以前聞かされたままに夫人へと伝える。
夫人は目を閉じ思考を巡らせているようだった。
沈黙が続く。
長い沈黙だった。
「……やって頂けますか」
その質問にゆっくり瞼が開かれるまで凡そ数秒の僅かな時間。
「ええ、いいでしょう。請け負います」
俺はまっすぐ俺を見つめるその迷いない夫人の視線に安堵の息を漏らすのを抑えられなかった。
すかさず胸元の内ポケットからジュリから託されていた対価の書かれたメッセージカードを取り出し、それを夫人に差し出す。
「これは……」
手に取り開いたメッセージカードの内容に夫人が首を傾げた。
「お好きな物をお選び下さい、承諾頂いた際の対価として渡せるものを一覧として預かっていました。一つでも、全てでも構いません」
目を見開き、そのままその目が俺に向けられた。
「お待ちなさい、これは」
「ジュリ自身が分かっているんです、お願いしたことの責任の重さを理解しています。それを実行して頂くのはトルファ家なら簡単なことでしょう。しかし、実行後に起こる変化や責任はとてつもなく大きく重い。実行したのがトルファ家と周囲に知られた時、火消しも後始末もジュリは手助けどころか手を貸すことすら出来ない。背負わせる罪悪感を少しでも軽減する、ジュリなりのやり方だと思って下さい」
再び訪れた沈黙。
「はぁ」
夫人の何とも気の抜けるため息に俺まで気が抜けそうになった。
「ジュリさんのこの徹底的に打てる手は打つやり方……【選択の自由】より怖いと思うのは私だけかしら」
大きな仕事を一つ成し遂げてホッと息をついてから。
(そういえば……)
ジュリが渡せる物一覧に書き込んでいた一つに、妙な物があった。あそこに目がいった侯爵夫人も一瞬『これは何?』って顔をしていた気がする。
『物理攻撃ゼロの武器』。
(思い当たるのはあるんだ。でもその話はされていないな……)
まあいい、いずれわかることだろう。まずはハルトと合流しククマットへ戻ろう。
ローツに語らせると文字数が増える傾向にあり、今回も削りに削って何とか6000は超えないようにと頑張りました。
『語らせたい考えさせたい!!』それが作者の文字数、頁数が増える原因です。ここまでくると諦めといいますか悟りといいますか、こういう書き方しか出来ないんだな、と思いながら書いてます(笑)。
ということで王宮闘争まだまだ、しつこく続きます!




