王宮闘争 * 侍女が侍女じゃない問題
「……」
侍女として失格でしょ、その態度。と言葉にしてしまいそうになったのをぐっと堪える。そもそもまだ審問会前なので私は犯罪者と確定したわけではなく、単にその容疑があり連行されても異議を唱えず来たんだから、作れよ逆らうなよ、ってのに従ってるだけの状態。この手のことに詳しいローツさんから教えられたんだから確かな情報なわけ。だからこそあの宰相補佐官と名乗った顎なしも必要以上の嫌がらせとか命令ができなかったわけで。
それを知らないからこの態度ってことよね?
侍女が?
この人たち、それなりの出身なんじゃないの?
貴族の子女なら学園なり家で家庭教師なりに、一般教養として教えられている内容だってこともローツさんが言っていたから全く知らないなんてありえない。
どうなってんのよここは。本当に滅茶苦茶だわ。
私が何も反応しないことに気まずそうにする数名、それやめてほしい。こっちが悪いことしたみたいになるから。
そこから微妙に居た堪れない空気になって、沈黙に支配され数分後。
これまた礼儀も何もなく扉を力任せに叩く音で侍女全員がビビったのを合図に次にやってきたのはこの城で働く文官と呼ばれる公務員的な人たち。その人たちの責任者がぶっきらぼうに
「素材だ、大事に扱いたまえ」
と言って次々部屋に運び込まれる箱や袋。その数に圧倒される侍女など無視で、むしろ邪魔そうにしているのをみると彼らは今ここにいる侍女達とはそりが合わなそう。
王宮内は派閥や地位とは別の面でも人間関係が複雑で面倒なんだとこれで察してしまったわ。
さて、運び込まれたものを確認することにしましょうか。
「……ええぇぇぇ」
誰よ、これを用意したのは。
私のこと全く知らない人だよね?
素材の半分以上は扱ったことのないもの。そもそも見たことがないものも入ってる。しかもこれみよがしに貴重な魔物の糸を使っていると紙が差し込まれた主張激しい反物まである。私裁縫しないけど? 魔法付与目的でこれを選ぶのマニアック過ぎるから。
あとね、天然石。たしかにこれにも魔法は付与できる。
でも目の前にあるのは昔から魔法付与出来ないから宝飾品や美術品にしか使われていないという天然石。その手の天然石は私が加工しても付与出来ない。
私が扱ってる素材を知らないのか、スライム様はいないしかじり貝様の螺鈿もどきもない。リザード様の鱗は少しあったけど皮についたままだし廃棄部分じゃないし、ゴーレム様の白土もない。そしてね、道具が一つもない。
作らせる気があるのかないのか疑問。
思わずため息よ。
「さっさと作りなさいよノロマ」
そしてこれ。
無視され続けて苛立ったのか、ある時から小声で離れたところから侍女が時々毒を吐く。それを他の侍女がクスクス笑って見ている。
明らかに未婚の貴族令嬢たち。となると行儀見習いと結婚相手探しを兼ねることも多いという王宮の侍女……のはず。
仕事をする気がない。
私や団長さんたちが飲み終わったカップを下げるわけでもなく、外が暗くなって来たのにランプに火を入れるでもカーテンを閉めるでもなく、何にもしない。姿勢も崩れてて、ずっと離れた所で小声でお喋り兼私の悪口。中には勝手にソファーで寛ぎ出したのもいる。
駄目すぎる、この人たち。いいよ、私は自分のことは自分でしますよ。
「あんなの伯爵に離婚されて当たり前よ」
ん?
「ホントにね、どうやって取り入ったのかしらね?」
おお?
「貴族の家系でもなければ、伝もないくせに。よく結婚できたわよ」
ほほう。
敵意のようなものを感じてはいたけど、なるほどそれも絡んでるっぽい。敵か? 私の敵なの?
「ねえ」
おもいっきり声をかけてみる。
うわ、凄い!! のけ反ってびっくりしたよ? マンガみたいだわ (笑)。うん、可愛い反応だね、敵じゃないね。
「誰か偉い人呼んでくれる?」
そう声をかけたら。
「はあ?」
だって。こっちがはぁ? だよ。
「なぜあなたの命令をきかなけらばならないの?」
おや、この子がこの侍女の中では偉いのかな? 皆がわざとらしく大袈裟に頷いて賛同してるし。そしてソファーで勝手に寛いでた子。
「作れないんだけど」
「は?」
「道具がないから作れないんだけど。しかも使えない素材ばっかり。さっき来た宰相補佐には言ったんだけど、全然伝わってないみたいだから」
「そんなの知らないわよ」
「あ、そう……」
なんだろう、ホントにこの人たち何しに来てるんだろうね? 監視、だよね? でもそのと役割も果たしてない気がするけど、いいのかな。ここまで酷いとちょっと心配になるけど。
「この状況は一体何だ」
超ビックリ。いや、知り合い来たらいいなと思ってたけど。
アストハルア公爵様が来た!! 何人か貴族の人を連れて。皆さん見知った顔だわ、アストハルア家、つまり穏健派の人たち。いつも夫人、令嬢様たちのお買い上げありがとうございますぅ。
でも目の保養になる人がいない。中年以上のおじさんばっかり。綺麗、可愛い私の栄養素がいない。ちょっと、悲しい……。
そして。
公爵様のこの冷たい人を寄せ付けない顔は久しぶりに見る。
うーん、迫力。そして相変わらずのインテリ系イケオジ。今度片眼鏡のチェーンで格好いいのプレゼントしよう。この前あげたら喜んでくれてたしね。
「あのー、研磨機とか大型の必要最低限の工具がありませんので作れないんですがどうしたら?」
「なに?」
「しかも素材も私の扱ったことの無いものが圧倒的に多いですね。使いなれてるスライム様、かじり貝様、ゴーレム様なんかは見当たらず。まず使えるか確認しないと無理なものばかりです。それでもいいならカットや研磨しますけど……」
「ならば、なぜそれをこちらに報告しない」
「しましたよ、宰相補佐官って名乗った顎なしに」
んんっ! と公爵様の後ろで咳払いした人。うん、トルファ侯爵様だー。顎無し呼びがツボに入ったらしい。
「あと、後ろにいる侍女にもいいました」
「ほう?」
公爵様の鋭い視線が彼女達に向けられる。振り向いてみたら皆が怯えてる。さすが。
「偉い人呼んでって言ったんですけど、知らないわよって言われました。そういうの誰に言えばいいですかね?」
「ならば定期的に私が直接ここに来る」
「公爵様! 先ほどまではどうしていいか分からなかっただけでございます、今後はしっかりお務めさせていただ―――」
「誰が話していいと言った」
リーダーっぽい侍女は、ピシャリと遮られて一瞬で怯え顔を青くした。
「初めから務める努力を怠るならば王宮から下がれ。真面目に行儀見習いをしたい者は数多いる、その者達にその場を譲ったらどうだ」
「も、申し訳ございませっ……」
公爵様、容赦なし。そもそもそういう方なのよね、この人の家に行けばわかる。凄いんだからホントに。軍隊並みに規律が厳しい上に、常に最高の品行方正を求めて、妥協なんて絶対許さないのが仕える人たちから見るだけで伝わるくらい。今あえて私と距離感のある対応をしているのは一応は王家に従ってますよと見せる必要があるからだけど、本来不特定多数に対してこんな感じで取っつきにくい人なのよ。
「あのクノーマス伯爵とクノーマス侯爵家が保護し後ろ盾となっている【彼方からの使い】だ。そしてその侯爵家とツィーダム侯爵家が纏める中立派全体への侮辱となるが、そう捉えていいのだな?」
そうなんだよね。
クノーマス姓は出たけど、グレイが妻は後にも先にも私一人と正式に声明を出している。私に伯爵夫人を名乗る権利や社交界に出る権利はないけど、いわゆるこの世界で『副妻』と呼ばれる、条件ありきで同等であるとパートナーが認める立場があって私はそれに近い。それもあり中立派は未だ私を伯爵夫人と同じ扱いをする家が多く、つまり私を侮辱するとクノーマス家を侮辱する事に繋がると考えるのが当たり前というわけよ。
あと、国で最も位の高い貴族の家が友好関係にある。その人目の前にいるし……。
おそらくここにいる侍女、貴族の令嬢たちより私の後ろ盾は強い、強すぎる。この人たちが侯爵クラス以上の、爵位継承男性と婚約でもしてなければ……。あ、いないからここで見習いしてるのか。
……そういうの、王宮で常に最新の教育をしてないのかな、情報として与えないのかな。
こういうの隠しきれるものじゃないよ。貴族の見習いのお嬢様たちだからこそ、誰の前でも気品や優雅さが求められるのに。ナメてたら必ずいつかボロを出す。一番の目的である優良な結婚相手として狙う男の前で。
王家はこの状況をどう思ってるんだろう。
私がどんなに気に入らないにしても、侍女としてここにいる限り侍女でなければならない。
王宮に務める、人に仕える義務がある。
そう、義務よ。
それが根底から崩れていることをどう思っているのか。
令嬢もとい侍女たちは、公爵様の注意からちゃんとその辺汲み取ってくれてるかなぁ。
あ、駄目だ。公爵様の視線が逸れた瞬間睨んで来たわ。
こんな人たちに囲まれてこれから作業? いやぁ、良いものなんて作れる気がしない (笑)。そういうことも、王宮は分かってないんだね。
王宮にだって専属の職人さんが分野ごとにいるはずだけど、皆がこんな窮屈で嫌な思いをしてるとは思わないけど、環境は良くないよ絶対に。
『配慮』や『気遣い』、そんな言葉が廃れた王宮に品質のいい安全なものを作る場所なんてないよね。
(だからか……)
私が注目されたのは。
この王宮で作られるものの品質が落ちている。
ここで働くことに誇りを持てない職人が増えている。
そして去っていく人が後を絶たない。
廃退。荒廃。
どんな言葉が正しいかわからないけれど。
ここは、今あるものを維持する事すら難しい程に、荒れて衰え続けているのかもしれない。ベリアス家が唆したのは事実、でも遅かれ早かれ王家は私をターゲットにしなければならないほどにはその道を突き進んでいた。
本当に腹が立つ。
まともな環境を用意してやれないくせに作ることを強要するなんて。
作れないその裏に、下に、不備や不足を当たり前に放置する奴らが権力者。
そんな奴らに手にマメを作り、切り傷や擦り傷を重ねて固くなった手で時間と心と技術を沢山掛けて作られた物を渡したくない。
チリン
「え?」
「なんだ?」
「あ、いえ、なんでも」
今のは、何で?
今のタイミングで何かを知らせるあの音が鳴る要素はないよね? ここで持ってきたまだ残っている魔法付与のアクセサリーを出す訳にはいかないし、公爵様がいるんだから必要以上に私から言うこともないし。
セラスーン様?
いつもなら『神様、そんなんでいいの?』ってくらい簡単に呼び掛けに応えて気安くお喋りするセラスーン様の声が本当に全く聞こえない。
これはどういうことなんだろう?
もしかして、私の呼び掛けが届いていないのかな?
でも、あの鈴の音。何かを知らせる音はセラスーン様以外に考えられない。
とにかく、この意思疎通が出来ない状況もちょっと気にしておかなきゃいけないかも。
公爵様は、私の様子を見て何か聞きたかったかもしれない。でも、それはここでは危険な行為。この侍女たちが誰とどう繋がっているのかわからないから。まあ、王妃は確実だろうけど。
公爵様としては、私をこんな目に合わせている貴族や有力者を炙りだしたいだろうし、侍女たちには有益そうな情報も渡す気はないだろう。
だから私の要望をもう一度確認して、侍女たちにもお小言を言ってから他の人を従えてすんなり出ていった。最後視線が合ったとき、『後で聞かせてくれ』と言っている気がした。
「あー、もう、いやんなる」
おう、公爵様達が出ていった瞬間、侍女たちはこの態度ね。
「さっさと休憩したいわ」
「本当に」
「こんなこと、なぜ私たちがさせられてるんでしょうね?」
侍女だからね。行儀見習いして恥ずかしくない誰かの未来の夫人になるためだからね。
「そんなに嫌なら帰っていいわよ、うるさくてデザインも考えられないし」
「な、なんですって?!」
リーダーっぽい侍女さん、声が高い。もう少し静かに話してほしい。
「うるさいの。そんなに後ろで騒ぎ立てられて物が作れると思ってる?」
「作れないの?! それはあなたが悪いんでしょ!」
勝ち誇ったような顔されても。
「はぁ……」
「私の父は大臣なのよ! お父様に言い付けてろくに仕事も出来ないあなたなんてさっさと追い出してもらうわ!」
……ううん? 大丈夫かなぁ、この子。
広間にはベリアス公爵以外、アストハルア公爵様に誰一人逆らえない、目を合わせない、そんな人しかいなかったけど。それで私を追い出せるのかなぁ。追い出してくれたら最高に嬉しいけど。その前に父親や家を頼るのは止めるべき。こんな無秩序な王宮ではいつ誰が蹴落とされるか分からないから。
相手にするのも面倒なこの侍女たちをどうやって部屋から追い出そうかと頭を悩ませていた時。
私は、知らなかった。
この人たちいると完成度が下がりそう、と軽く嘲笑混じりで思った事。
(てゆーか、品質の良いものなんて作れるわけがない)
と心のなかで断言したことが、この後私を悩ませるあげく、セラスーン様の人間への『裁き』に一気に傾倒させるきっかけになるなんて。




