王宮闘争 * 『殺戮の騎士』対策?
そして手短に、私は他四人の団長と改めて挨拶を交わした。一番若いラーノ団長、小柄でがっちりエディク団長、そして、大柄なジャン団長にひょろりと背の高いウェルツ団長。
この人達をどこまで信用していいのかは分からない。
ただ、自分の手がけたアクセサリーを渡さなきゃいけないと感じたその直感は信じたい。
それに一つ、私の中でちょっと怖い考えが過った。
今さらだけど……冗談抜きで『グレイ対策』の気がする。
なんでもいいから付与して、とマイケルとリンファにお願いしたら出来たの。そしてそれ自体がレアなので敢えて団長さん達には伝えなかったんだけど、運上昇までなぜか付いた。
……運上昇? 怖いな、『グレイ対策』でそれは怖い。そうしないとダメなくらいヤバいことになる?
そもそも、キリアとロディムに手伝ってもらえば良かったのに、私はあの時意地になって持ってくものは自分で!! って作っていた。
私の作った物を判別できるというあの能力。無駄すぎる、どこでそんなの役に立つと思ってきたけど、ここか? このタイミングでか?!
「いいですか、必ず身につけてください。グレイに遭遇したときに、色んな意味で保証になる可能性があるんです」
「保証?」
「まず、他の付与品では耐えられないんですよ、グレイの力が強すぎて。一回の衝突で殆どの付与品は許容量を超えます。お渡ししたものでも確実に壊れますよ」
ハルトと二人、何個破壊したことか。
『覇王』討伐以後、さらに強くなった二人は力をもて余して他の【彼方からの使い】とよく遊ぶんだけど。二人相手に危ないからって私とキリアが作ってそれにマイケルとリンファが魔法付与したアクセサリーを身につけて安全性を高めてるのはいいんだけど。
「グレイセルの剣受け流したら割れちゃった」
ってリンファはテヘペロするし、
「いやぁ、もうちよっと魔法付与強めにしないとダメだね、直ぐ砕けた。国宝や神具クラスじゃないとこんなものか」
とマイケルも楽しそうに笑う。ケイティなんて。
「面白いわよぉ? まともに食らって三つ一気に割れたわ、何個なら耐えるか実験してもいいんじゃない?」
貴重なご意見ありがとう!! って、キレた私は悪くない。
つまり、そんなことになってしまうのよ。
あの二人には魔法付与なんてその程度なのよ。
呆気に取られる六人なんてお構い無し。私は、鞄に板をはめ直しながら、話を続ける。
「とにかく、そういうことです。キレたあの男に言い訳や理屈は通用しないと思って下さい。それと……もし貴族の方で味方が欲しければアストハルア公爵様を頼って下さい。クノーマス侯爵様は今回こちらには来ません、私との繋がりが強いのはここではアストハルア公爵様になります。あとは、ツィーダム侯爵様。あのお二人ならご自身が動けなくても派閥の方か私に近い方を紹介してくださるはずなので、万が一のためにも早めにコンタクトを取っておくことをオススメします」
焦燥感。
急に不快なほど込み上げるそれに引っ張られるように、捲し立てるように伝えたいことを伝えていく。
「そして、改めて言いますが【神の守護】は人間にとって都合のいいものではないです。むしろ厄災だと認知すべきです。あれは人に益をもたらしません、絶対に。あれの発動を勘違いで望むなんてただの自殺行為です」
布を戻した鞄に、道具を詰め直す。
「恩恵だって神様次第、人間が決めることではないんです。神様の手のひらで踊らされているだけなんですよ。使う使わないじゃなく、私たちは従うだけ、それを忘れないでください」
これを何回この場所で言うことになるか分からない。
でも言わなきゃ。信じるかどうかは私には関係ないけど私のしつこいこの言葉で誰かが救われるなら、それは確かな神様からの小さな小さな恩恵だ。
信じる人を、敬う人を、自分が寵愛する【彼方からの使い】の言葉を聞く人を、神様がわざわざ気まぐれで不幸にしたり命を奪ったりしないはずだから。
道具をしまい終わり、鞄を閉めて、立たせた瞬間。
チリン
また音がした。それに続いて、扉をノックする音がした。
何かを察しウェルツ団長は私を見つめた。そして受け取った付与品をポケットに仕舞うと同じように全員がサッとポケットや腰に下げている革袋などにしまう。それを確認しニール副団長がゆっくりと扉に近づき、開いた。
「失礼するぞ」
丸々と太った、顎が見当たらない男。服装から貴族かな。
「騎士団の者たちは直ちに退出したまえ。これよりジュリ・シマダは仕官としてこの王宮にて魔法付与用の素材加工をするように」
「はい」
ここで抵抗しても意味がないし団長さん達に迷惑をかけてしまうので素直に返事だけはしておく。
「原則この部屋から出ることを禁じる。重要な製作ゆえ、外部に流出するのを防ぐためである」
「はい。他には?」
私が素直に返事をすることが顎なしには想定外らしい。真顔で固まったわよ。
「他には?」
返答がないので再度こっちから問いかける。
「は? あ、えと、他はだな」
私に促されて慌てたのか、話さなくてはならないことを忘れたらしい。モタモタしながら手にしていた紙を広げて咳払い。
「素材はこちらで全て用意した。貴重なものばかりだ、それで存分に作るがいい。感謝しろ、陛下はお前の為にと用意してくださったのだ」
「扱えない素材もあるし、そもそも貴重な素材自体そんなに扱ったことないのに感謝しろと言われても困ります。感謝するかどうかは見てからにしますし扱えないものは戻しますのでそちらで処分なり売却なりしてください」
「な……」
「あと、素材だけ用意されても作れませんけど? 道具は? 一応持ってきましたが、最低限のものだけだし、時間もなかったので大型のものは持ってきてないんですけど、それはどうなってるんですか?」
「それはっ、用意してないお前が悪―――」
「突然来て突然連行しておいてなんで私が悪いんですか? 用意できない状況だったことをまさか王宮が把握してない? そんな杜撰な話ってあります?」
把握してたけどね。でも王家に都合のいいことをこっちがしてやる理由なんてないから持ってこなかっただけよ。
「うっ、それは」
「それこそ念の為と一部持ってきていたことに感謝しろって感じです。私が使ってる道具は私専用のものが多いので出来映えに影響します。それを短時間で用意した私は、誉められていいと思いますけど」
「いいからお前は黙って我々に従っていろ!」
……イラッとさせるなぁ、この顎なし。
「だったら道具を用意しろよ、扱える素材持ってこいよ、国王代理で喋ってるなら矛盾したこと言うな」
「わ、私は、宰相補佐官だそ!」
「だったら尚更ちゃんとしろやボケ!!」
「ひいっ!」
「従えというなら従わせるための責任を持て! 黙って従わせたいならそれ相応の準備しろ! 国王に言っとけ! 杜撰過ぎて話にならないって!! 以上です、下品で粗暴な態度失礼致しました」
顔をひきつらせて逃げるように出ていった顎なしを見送り、私は、振り向く。
「それでは、よろしくお願いします」
その一言で、六人は察してくれた。ちなみに私が怒鳴ったことに微塵も動揺していないところを見るとこの人たちもあの顎なしに不満はあったのかもしれない。
顎なしが出ていったあと入ってきたのは明らかに敵意のようなものを滲ませる目をした数人の統一された服を着た女性、つまりは侍女。
この侍女たちは私の身の周りの世話役というより監視の意味があるはず。鞄を戻して置いてよかった。
「では失礼する」
ロイド団長は侍女達に一切目もくれずザッと足音を立てて歩き出し扉に向かう。その威圧的態度に侍女達が怯んで小さく悲鳴を上げた人もいた。
「お疲れ様でした」
最後尾のニール副団長が扉を閉める直前にそう声をかけた。
無表情ながらも目が合って、僅かに頷いてくれて。
(これで、全員が味方になるなんては思ってないけどね……)
で。
団長さん達が出ていった途端に起こったこと。
「なぜ犯罪者の世話をしなければならないの」
おお、いきなり。
犯罪者か、要するに『強制士官』の事を言っているんだろうと思われる。
強制士官とは。
ここに来るまでにローツさんからいろいろ教えられて覚えましたよ一応。
昔は『強制』ではなかったらしい。じゃあ何だったのかというと『招集士官』。
芸術家、音楽家、工芸品の職人など様々な分野で優れた技術を持つ人たちを王家が囲い込む為に作られた役職のようなものだった、と。ここで注目すべきは呼び名ではなく『囲い込む』ってこと。階級制度ががっつりと根付いているベイフェルア国、王都と王領と呼ばれる土地と一部を除き貴族が領地という形で各地を治めている。で、その貴族達が抱える技術者を王家が問答無用で囲い込む為に作られた王家の都合のいい役職ってことになる。
それが時代と共に上手くいかなくなった、と。そりゃそうだわ。領の税収を左右しかねない技術者を連れて行かれたらたまったもんじゃないから領主達も頭を使ったわけ。技術者を優遇し、そして王家に見つからぬように匿い、物だけを世に送り出す。つまり、隠すようになったってこと。それも無駄に技術を秘匿するのに傾倒させた要因でありギルドの専売特許とも言える 《特別販売占有権》が誕生した所以なのかもね。
そこで王家も考えた。
何らかの犯罪を犯したらその技術者を刑罰の一環として禁固刑とし、王宮に監禁してしまえ、と。
これによって招集士官は強制士官となり、数年の期間限定の軟禁が禁固刑となってさらに時代を経て生涯幽閉して死ぬまで王家の利益になるよう働かせることも可能な内容に変化していったと。
なんて理不尽な。
これ、似たような法律が他国にもあるけど、ベイフェルア国の場合法律ではなく王家の特権みたいな扱いでずっと曖昧なまま使われているってところも腹が立つ。
しかもその犯罪だって本当に犯罪といえる事をしたならまだしも、過去には夫婦喧嘩でカッとなって物を投げて家の扉を壊したのを理由に強制士官になった人もいるって聞かされ。
その前に私の罪状なんですかね。なんにも言われてないんですが?
まあ、十中八九ネルビア絡みの事で無理矢理でっち上げられるんだろうなとは思っている。なのであまり驚きも動揺もしていない。予想の範疇内ってやつだわ。
それにしても本当何のための謁見だったのかと呆れてしまう。本来あの場で今言われたことを命令されたと思うのよね、だってそうすることで一度に国王の意向が直接伝わるし、主だった貴族が揃っているから意思の統一もしやすいしそんな貴族に余計なことをされたくなければ私に言うように見せかけて牽制する言葉だって入れられる。
どんなに変な国だとしてもそんな事ある?
……ベリアス公爵の息子、ベリアス卿。
【スキル】でベリアス家が王宮を掌握したのに多大に貢献しているらしい。
その影響だとしたら、かなり厄介だよね。
しかも強制士官と絡んでもう一つ厄介な事がある。それが『審問会』。これは強制士官の犯した罪がどれだけ重いか、どの程度の刑罰を科すか議会に参加できる権利をもつ貴族たちによる話し合いのあと、当事者にその罪状が告げられ、その場で有罪確定と刑期を宣言されるという審問という言葉はどこに? という会。この審問会も王家にとって都合のいいように歪められたことの一つ。
もし、私の罪が『ネルビアへの技術流出』などの国家絡みとなると、国家反逆罪になる可能性が極めて高い。
そうなると王宮の今回与えられた部屋ではなく、面会も手紙のやり取りも一切禁止された状態で地下の独房への幽閉で強制労働になる可能性も。
(そうなると、流石にちょっとねぇ……)
バン!!
その音に思考が遮られた。
「無視するとはいい度胸だわ」
侍女の一人がテーブルを叩いて私にそう言葉をぶつけて来た。
……ごめん、これは素直にそう思った。考え事すると自分の世界に入り込んでしまうんでね。
【選択の自由】。
目に見えて発動している感じはしない。
でも、それは私の感覚で、実際に見て聞いて体感して全体的にはどうだろうと考えた時。
(……侍女ですら、この有様。貴族や富裕層の娘が全く【彼方からの使い】について知らないなんてこと、ある?)
意図的な情報の遮断。
しかも大規模に。
限定的な内容で。
例えば……情報を生業とするトルファ家なら、こんな事が出来るのかな、と頭を過ぎるけれど。
ベリアス卿が持つとされる【スキル:誘導】がもし、【選択の自由】と『相性がいい』なら。
(だって、考え方を曲げられるってことは、楽な考え方に逃げやすい。都合の悪い情報を、頭の中から追いやっちゃうくらいの事は……)
王宮内で、『自分にとって都合の良いことしか考えない、聞かない』人が圧倒的に量産され占めているとしたら。
「【スキル:誘導】……ちょっと、弱いとは思えないけど?」
堪らずそう呟いていた。




