王宮闘争 * 渡すべき物
「もうよい、興が反れた、下がれ」
あれだけこの場が混乱したのにそれをガン無視して私に何の説明も、指示もしないままうざったそうに吐き捨てた国王の言葉で再びロイド団長が私の隣にスッと並んだ。この謁見はこれでお開きらしい。何のための時間だったのか、無駄すぎる。
で、私は。
改めて王妃に顔を向けガン見。
まだ目を細めてこちらを見ていた。あの目を細めるのは癖なのかな、やめたほうがいいのに。
こちらに敵意やそれに近い感情を向けているつもりだろうけれど、ロイド団長のあの怒気を間近で感じた後では全く怖くない。
(どうせまた会うでしょ、会いたくないけど)
王妃のことは思考から追いやってしまおう、いまはそれどころじゃないし。
ロイド団長に促されるままに後ろへ下がり広間から退出する。扉が閉まり、ロイド団長が再び私の前を歩きだす。それに続くと、ニール副団長とさっきの四人がまた私の側にやってきて、無言で歩調を合わせて歩く。
「酷い所ですね」
あえて誰と言うわけでもなく、私は、彼らに向けてそう言葉をかけた。
「酷い、ですか」
それに応えたのはニール副団長。
「酷いですよ。国王が喋ってるのに断りもなく割り込んで、宰相が窘めてるのにそれに噛みつく。国王無視で皆が喋りだしたんですよ。そのくせ、アストハルア公爵様が怖いんですね、後で制裁されるとでも思ってるんですか? 諌められて皆で黙って。なんの為の宰相なんですかね? 国王ってなんですかね? ここ、王政ですよね? こんな酷い王宮、私は他には知りません。ついでに言いますけど私一人を連れてきて、何が出来ると? 魔法付与出来るものを作らせるためなんでしょうが私一人ですよ? それで何万、何十万の人の強化をどうやって? 私が加工してその後に魔法付与されたものが全員に行き渡るまで何年かかりますかね。その間に他所から攻められたら私が作るのが遅いからと責めるんですか? それとも、それは建前で貴族が私の作るものを搾取するのが本当の目的とか? この王宮って国の中枢として機能していません。政治に関して素人の私がそう思うんです、もっとたくさんの人にも思うところはあるはずですよ」
誰もそれに返答はくれなかった。
無言が続く。
きっとグレイだったら、誠心誠意答えを返してくれていたと思う。あの人なら、納得できる返答をくれたと思う。
ここは、そういうところだ。
騎士団という国の要になる人たちの意識さえ統一されていない。統一されていたら、誰かが答えてくれていたはず。私の王家を侮辱するような言葉を遮り訂正し、私の考えを変えようとするはず。
誰もしないのは、統一されていないし私と同じ事を心のどこかに隠し持っているからじゃないの?
でも彼等の立場では言えないのよ。貴族のように議会での投票権や発言が許されていないし、何よりそういう仕組みになっているから。
本当に想像以上に酷いところ。
こんなところで、私に何が出来るのよ。
ほんと、とんでもない試練。
【思想の変革】のためのきっかけすら、埋もれている気がしてしまう。
重苦しい空気は私が滞在する部屋だと通された中でも続いた。
ロイド団長達の顔は険しい。
私が今回『作れ』を拒否したことがきっと影響してる。彼らにとって、私の作るものに効果の高い魔法付与品が手に入ることは自分の騎士団の強化に繋がる。誰だって自分と部下の生存率を高めたい。そして楽して勝ちたいよね。
グレイが言ってたよ。
死なせるために戦場に立たせるわけじゃない。
って。
少しでも生存率を高められることを常に模索しているって。
誰も好き好んで苦痛や恐怖を受けにいくわけじゃないって。
私の作るものにはそれらを変える可能性が秘められている。
欲しいだろう。
喉から手が出るほど。
でもね。
あんたたちが生き残るってことは、誰かが死ぬんだよ。
人の命を天秤にかける、それを左右することに、お金のためだと喜んで作るような人間にはなりたくない。
戦争したければすればいい。
それが必要ならしてればいい。
でもそこに努力もせず搾取したものを持ち込んでさも自分達の功績のようにそれでもって勝つような卑怯な奴等を私は絶対英雄だのなんだのと褒め称えたり敬うことはない。そんな国を強いなんて認めない。
この人たちの苦労は計り知れない。
私には考えもつかないことで苦労して、理不尽な思いをしているんだろう。それでも私は、同情するつもりはない。だって望んで戦いに身を投じる人達で、それでお金を得て、地位を得ている人達だから。
「……ニールから聞いた」
一番体の大きな、いかにも強そうな顔の団長さんが重い空気を纏って口を開いた。この人はさっき私利私欲を滲ませた目で私を見ていた若い団長さんの隣で分かりやすくしかめっ面をしていたはずだけど、今は落ち着いて見える。
「何をですか?」
「我々の聞かされていた話とは、事実が異なることを。それと、扉の外であなたの話も聞いた」
広間の外側で待機している時に話したんです、とニール副団長が付け加えた。
「ただ、信じていいのかどうか、正直にいえば迷っている」
「それは人によりますからね」
私の発言が予想外だったらしい。団長さんは目を見開く。
「いいと思いますよ。それで。自分の目で見たものを信じることって大事ですから。私たちの判断基準って実は他人から聞かされる話がほとんどだと思いませんか? まあ、それがないと日常って回らないんですけど」
弾かれたような顔をした団長さんに笑顔を向けた時。
チリン
微かな、鈴の音が聞こえた気がした。
それと同時に、その音に促されるように思考を遮るように突然あるものが思い浮かぶ。
そういえば。
持ち込んだ荷物は三つ。どれも衣服や持ち運び出来る小さな道具ばかりが入っている。事前に連行されることは予測していたから最低限の準備として身の回りに必要なものは持ち込めていた。
その一つ、一番小さい、小さいと言っても私の太ももの高さがある旅行にも使えるという四角い革張りの鞄に私は向かい、それを床に倒した。突然の行動に、全員が不思議そうに私を見ている。
刃物やハンマーなど、見方によれば物騒だろう、私の手に馴染んだ道具のほんの一部も入っていたその鞄をひっくり返したらさすがにびっくりされたけどそれは無視。
散らばった道具を寄せて、私は、その鞄に向き合う。
一見、空になった鞄。
でも、実は仕掛けがついている。
グレイがライアスにお願いして急遽改造したこのカバンには隠しポケットがある。
いや、片面全部そうだからポケットとは言い難い。むしろ面だわ、この大きさ。
布を剥がせるようになっていて、それを取り払うと、真新しい板がお目見えする。それを私が外した途端。
団長さん達の驚愕する息が伝わってきた。引き寄せられるように皆が私の後ろに集まる。
私が作ったアクセサリー。
それが、鞄の片面一部にいくつか縫い付けられている。
実は、ここは本来的違う用途としてグレイが提案していた。ここに魔方陣を描いた板を入れる。万が一の場合、その上に立てばそこから脱出できる転移の魔方陣として。私の身の安全のためにとマイケルが用意してくれたその魔方陣の描かれた板は、持ってこなかった。その場で断ったの。
なんとなく、違うと思ったから。
理屈はわからないのよね、自分でも。
とにかく、それを断った私は、そこを別のことに使うことにした。
マイケルとリンファにお願いして、私が作ったパーツ達に魔法付与が施された物を使ったアクセサリー。
それを持って来ていた。
そうしなきゃならない気がしたのよ、なぜか。
素材は使い慣れたもので、品質はいいのよ当然。ここに連れてこられるだろうとわかった時から死ぬ気で作ったからね。
「綺麗、ですね」
「ああ、この色は……初めて見る」
団長さん二人が後ろでそんな言葉を交わしてた。
私は、ぴったり六本のネックレスを縫い付けていた糸を切って手に取る。
スライム様の核にあたる部分だけを擬似レジンとして使って、そこに黒かじり貝様のダークグレーのオーロラカラーが綺麗なラメでグラデーションをかけた雫型のペンダントトップのネックレス。乳白色の擬似レジンに黒ラメのグラデーションは、作ってみて女性よりも男性向きだな、というシックな仕上がりになったから、チェーンも太めのものにして、台座もシンプルなものにしていた。
六本。
私の後ろで覗き込んでる人たちの人数だ。
セラスーン様?
私は、そのネックレスを見つめてから、一つロイド団長に差し出した。
「え?」
「持っていて下さい」
「え?!」
「差し上げます。どうか、この一件が落ち着くまで肌身離さず身につけていて下さい」
口が滑るようにそんな事を言ったので、自分でもちょっとびっくりする。
呆気にとられるロイド団長の手に握らせ、ニール副団長、そして順に四人の団長の手に握らせる。
「それは、【彼方からの使い】マイケルとリンファが魔法付与したものです」
「!!」
驚愕が見てとれる視線を全て受け止めて、私は続ける。
「攻撃性のある付与は一切ありません、そのかわり、魔法耐性、物理耐性の二つ、どちらも中レベルが付与された防御力特化のものです。その辺で一万リクル以上で売られているようなものより品質は保障しますよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
一番背の高いヒョロっとした団長さんは凄く困った顔をする。
「いきなりこんな貴重なものを渡されても困る!! こんなことバレたらそれこそ王宮が荒れる!!」
「なら、隠してください」
「ええっ?!」
「でも、それ。必要になりますから」
「な、なんで」
「グレイセル・クノーマスが必ず私を迎えに来ます」
「……え?」
「私を迎えにあの人は必ず来ます。そう約束したんです、それがどういうことか、分かりますか?」
そうか。
そういうことよ。
これは必然だったのよ。
「あの人の暴走を止められるの、私だけです。その私がここにいるんです。いない間、誰が止められますか?」
「あ……」
「今はまだ、私はこうして地上の光を浴びられる所にいます……遮断された時、それをあの男が知った時は覚悟してください。来ます、ここに。予定を変更して、周りに止められようと、全部壊してでも、全員殺してでも、私を連れ戻しにあの人は来ます」
だれかがぐっと息を飲み込んだ。
「それは、身分証明のようなものだと思ってください。グレイセル・クノーマスは私一人で加工した物と他の物を見分けられるんですよ。それがあれば、多少理性があればちゃんと冷静に判断してあの人に敵とは見なされないはずです。だから、しばらくは身につけたままでいて下さい。差し上げます、必ずこの一件が終息するまで、お守りと思って身につけて欲しいです」
戸惑いを隠せないロイド団長の瞳を真っ直ぐみつめる。ややあって、彼は頷いた。
「……ありがたく、頂く」
重苦しい空気をまとって、ロイド団長はネックレスを握りしめて私の目を見てそうはっきりと言葉にした。他の五人も真剣な目をして、同じ気持ちだと頷いて示してくれた。
チリン
軽やかで心地よい音。
(セラスーン様、これでいいんですよね?)
ある時から全く意思疎通ができなくなったセラスーン様。でもその代わりその存在を感じる。私がククマットで馬車に乗った瞬間から確かに、何かに包まれているような感覚を時々感じるようになっていた。
きっとセラスーン様だ。
今、ネックレスを渡したことは間違いじゃない。
そうすることが正しい選択だと自信がある。
(こうして選択する場面が来るんですね)
声が届かなくてもいい。
セラスーン様に問いかけるように、心の中で宣言する。
(やってみます、未来の自分のために)
読者の皆様、評価、イイネや感想、そして誤字報告いつもありがとうございます。助かってます!!
今後ともよろしくお願い致します。
只今王宮闘争編を執筆中ですが、終わる気配がなく書き溜めている分を含めて数えたら恐怖を飛び越え失笑しました。
なのでどこかのタイミングで連日更新などで一気に読み進められるようにしようと思っております。
ただそれでもまだまだ続く王宮闘争。
ハンドメイドしてねぇじゃねぇか!と作者が一番理解しております。
それでも頑張りますのでこの後も引き続き読んで下さると幸いです。
ジュリの応援よろしくお願い致します。




