王宮闘争 * 国と国王と王妃
「陛下の謁見許可が出た、我々と共に来てもらう」
ロイド団長に気圧されてすっかり萎縮してしまったものの、私の若干余裕ある言葉に反応した騎士団団長のその命令に、私はだだ一度頷き立ち上がる。あんまりにも素直だったことが彼らを驚かせてしまったらしい。近づいた瞬間、彼らは一歩後退して。
「……」
何か物言いたげな顔をしたロイド団長がため息をついたけれど、そのため息が呆れて出たものだというのは私でなくとも理解できたと思う。まあね、ロイド団長がいないとちょっとそれはどうなの? という行動をしていることがわかる一連の流れだったから。先日グレイに自分達が指摘されたばかりで余計に気になるだろうね。
「威風堂々。それを心がけろ、気を抜かず、隙を見せず、顔をあげていろ。それだけでジュリを守る力になる」
ハルトの言葉。
自分が【彼方からの使い】である、選ばれた人間であることを今回ばかりは絶対忘れるなと言われた。
金や権力を得ようと王宮で好き放題する貴族には、それが一番効くからと。
所詮、金と権力に翻弄されて踊らされているだけの愚かで可哀想な人たちなんだな、と思う。
爵位を守るため、地位を落とさぬようにと、必死で、必死過ぎて見逃しているんだから。
国が疲弊して、資金が枯渇寸前で、欲するものにすがればすがるほど、いざという時巻き込まれて共倒れすることに。
「先ほどご説明した通りです」
ニール副団長は、私の隣を歩きながら教えてくれる。
「強制仕官は国王勅命となりますので身の安全やその他生活面は保証されますが、国王陛下からの指示や命令は原則断れませんし変更も難しいと思って下さい」
「分かりました。でも、もし私が必要なものがあって、それがなければ作れない、不都合だというような意見は?」
「それははっきりと申し上げて結構です。仕官に必要なものは優先されます」
「それなら……そういうものを用意してくれる人を、指名できますか? 私の使っている道具はオリジナルか私に合わせたものばかりなんです。道具一つ変わるだけで仕上がりに影響するものもあるので」
「それは大丈夫だろう。念のため私もできる範囲で協力する。あなたの護衛の責任者が私だ、なるべく希望は叶えたい。私が不在ならばニールや部下に伝えてくれ」
ロイド団長がはっきりとそう言ってくれて一安心。
「ありがとうございます」
そんな会話のあと、僅かな間があった。
「……自分がなぜ、呼ばれたのか、本当によく理解されているんですね」
ニール副団長の、なぜか寂しそうな声。
「そうですね、私にあるのは【技術と知識】だけですから」
すると前を歩いていた、一番若いだろう一人の団長が立ち止まり勢いよく振り向いた。
「恩恵と【神の守護】があるよね?」
その目は、私の好きではない目だ。私利私欲を隠しきれない、時々 《ハンドメイド・ジュリ》を訪れる商人や貴族と同じ。
こっちの都合や話なんて聞くつもりがなくて、自分の富が増えることだけを想像しているだけの。
「ああ、あなたも欲しいんですか? そういう人、多いんですよ」
私の直球の問いかけに、その人は明らかに動揺して、ぎこちない笑顔を向けてきた。
「恩恵と【神の守護】は、人間の意思でどうこうできませんよ。この私でもね。全ては神様次第。神様が認めた時だけ、認めた人だけ。欲しいからと望んで得られたら誰も苦労しないし、世の中もっと発展してますよ」
他三人の騎士団団長も振り向いた。
「本当にその勘違い、正して下さいね。与えられはしましたが、人間が扱えるものじゃないんです、神様がすべて操っている。私が自由に使えていると思ったら大間違いですよ」
こんな話、もしかしなくても何度もすることになりそうだわ……。
ロイド団長達、話してみたらとてもいい人たちでさえ間違った知識を植え付けられていたり嘘を吹き込まれていて、私と数日過ごしてようやく私が話したことが本当だと理解した。
一見だけの、最初から私を道具と思う人たちに伝わる?
伝わらないよ。
今だって、四人は私に懐疑的な目を向けている。ロイド団長とニール副団長に確認するような目を向ける。
こんな状況下で本当に【思想の変革】なんて起こるものなの?
大変な、試練になりそうだわ。
『その人たち』は、当然、玉座にいた。
不思議だ、私は今全然緊張していない。広い王の広間と呼ばれるそこにひしめくように集まる人々の視線を一身に浴びているのに、品定めするような失礼な視線を向けられているのに、この国の頂点に立つ二人が玉座から私が中央にロイド団長に導かれて到達するのをじっと見ているのに、私は何も感じない。
(もしかして、セラスーン様の力?)
ククマットを出てからずっと感じていた気配のようなものはこの王宮に踏み入った瞬間、体を一瞬覆ったように感じて、それがなんなのか分からなかった。でも、はっきりした。なんの違和感も不快感もないこの私を覆う気配はセラスーン様の力だと。
だからなお、私は心が落ち着いていた。
周囲に意識を向けられる程に。
玉座のあるすぐ下、そこには両脇に数名ずつ立っている。
顔ぶれはアストハルア公爵様がいることから、
その立ち位置は地位が高いか重要なポジションだと予測させる。
あ、久々にみたな!! ベリアス公爵!! 顔見ただけでなんか腹立つよ!!
というか、公爵様。もう王宮で待ち構えてくれてたんだね。心強いです。
なんてことを考えてたらロイド団長が私から離れた。所定の位置に到着したらしい。
そこで私は、伯爵夫人だったことを活かして貴族や身分の高い人にするカーテシーで声がかかるのを待つ。
「【彼方からの使い】ジュリで間違いないか?」
見た目よりその声が若く感じるなと、何気なく思った男性の声。
「はい、ジュリです」
「面を上げよ」
ベイフェルア国王と王妃。
正面から、真っすぐ目をそらさず。
この国の頂点に立つ二人をこの目に映す。
……。
…………。
しかし……私も大概酷いなあ。
二人を見た第一印象。
(ゴテゴテしたもの着てる)
だった。
顔とか雰囲気とか、そこに意識がいかなかったのよ、マジで目が完全に服に持ってかれたのよ。よく言えば古典的な格式高いものなんだろうけど、うーん、あんなの間違ってもシルフィ様やルリアナ様達は着ないし、悪く言えば流行や最新とは無縁すぎる豪奢に見えてギラギラさせているだけの衣装は社交界では影で笑われてるんじゃなかろうか?
(あれ、好きで着てるのかどうか気になるわ)
「強制仕官としてここに呼ばれたことを、理解しているか?」
あ、やばい意識をこっちに戻さないと。
「はい」
「今からお前は我が命令に従い仕えよ」
「できません」
その、瞬間だった。
「無礼者が!! 国王陛下になんたる態度!!」
「不敬だ! あやまれ!!」
「陛下からの誉れを貶すとはお前は無能か!!」
あちこちから罵声が飛んできた。
……んん?
ちょっと待ってね?
色々、色々記憶を確認してるからね。
あのさ。
王政だよね?
ベイフェルアって、王政だよね?
あれ? 私が行ったことのある国も王政とかそういうとこばかりだけど……。
国王が話してる時、会話に無関係の人が割って入って会話を遮るのって、国王を侮辱することになっちゃうから必ず許可を得るって聞いたんだけども。
え、これ、いいの?
チラッと公爵様に視線を向ければ。
すんごい顔が恐い。怒ってる。
うん、ダメだよねやっぱり!!
「静粛に!! 陛下の御前である!!」
恐らく、そう叫んだ人が宰相と呼ばれる人。国王のすぐそばに控えているから。
それでようやく静かになったと思ったら。
「全く、平民とは恐ろしいものですな! 教養一つ備わっていないのだから」
って、大声で嬉しそうにベリアス公爵が。
今、黙れって言われたよね?
そして教養とは別問題でしょ、これは。
「ベリアス公爵、あなたも控えよ」
「ふん、成り上がりが偉そうに」
「そのようなことは後でいくらでも聞いて差し上げます、陛下の御前です、控えなさい」
そんなやり取りが宰相とベリアス公爵の間で始まった。
そして、呆れた。
国王はそれをつまらなそうな顔して眺めるだけでため息ついたんだけど。
王妃は一瞬唇を噛んで、宰相とベリアス公爵を一瞥するだけ。諌めないの?
そして、周囲。
身なりの良さから貴族やここで働く人たち。その人たちもこそこそと会話を始めて、なんと私のことではなく宰相と公爵のやり取りについて小バカにし始めた。
なに、ここ。
本当に、国の中枢?
なんだろう。
血の気が引く感覚。
これが、大国と自負する国なの?
嘘でしょ?信じられない。 覚悟はしていた。秩序が乱れていて、きっと居心地の悪い場所だろうって。私の扱いも統一されてなくてしかも杜撰で悲惨で困ることになるだろうって。
これはそんな話じゃない。それよりも前の、根本的な話。
無秩序。
この国で最も統制が取れていて規律で成り立つべき場所と瞬間が。
なんてこと。
想像以上に酷い。
劣悪だ。
私は、こんな国で生きていたの?
なんなの、この国。
「そりゃ、滅びるなんて言われちゃうよ」
口から自然と漏れていた。
「恥を知らぬのですかな?」
その一言でその場が鎮まる。アストハルア公爵様だった。
「陛下の御前である。そしてこの場に相応しい振る舞いをこの王家に仕えるすべての者に求める」
その場が鎮まり、緊張感が戻る。ベリアス公爵は恥をかかされたと思っているらしく、顔を真っ赤にして公爵様を睨んでいて、宰相はホッとした顔をして。
……公爵様が国王でいいんじゃない?
その前に、私、言いたいこと一言も喋れてないんだけど。
場の雰囲気が戻ってようやく、宰相に促され国王が私に視線を戻す。
「なぜ、出来ぬ?」
明らかに不愉快そうな顔をした。私が知る各国の頂点に立つ人たちとは雲泥の差があった。私が見てきた人たちは、『笑顔なのに掴み所のない、何を考えているのかわからない、油断が出来ない』そんな人ばかり。初対面、【彼方からの使い】、その【彼方からの使い】でも特殊な立ち位置にいる私を、言葉や雰囲気から一瞬でどんな人間なのかを見抜いていたような人たちばかりだ。こちらからは笑顔の下に隠した感情一つ読み取れない、そんな怖さがあった。
でも、目の前の人は。この国の国王は。
私の言葉を真に受けて、理由を考察することもなく、それが気に入らないことを全面に出して私に明らかにその感情を晒している。
「軍事利用されたくないからです」
私の迷いないはっきりとした喋り口調も気に入らないのか、微かに身を引く仕草をする。それとも、まさか『軍事利用』という言葉が私から出るとは思わなかったのか。どちらにせよ、その反応も私の心を一気に冷めさせる。
これでも多少は期待したのよ。
周りの貴族が酷すぎるだけかもって。そのせいで苦労してて、どうにもならないのかも、って。
でも、違う。
この国王は、そういうのじゃない。
「他所の土地を侵略するため、人を傷つけ殺めるため、そんなことのためになんて絶対に作りません。私は、ただ、誰かが私の作るものでお洒落したりプレゼントされて喜ぶものを作りたいだけです。魔法付与出来る物をご所望のようですがそんな物を安定して作れる技術なんて持ってません」
余程気に入らないらしい。口に力を込め、口角を下げ、不貞腐れたような顔をした。
幻滅した。
この人がこんなだから、貴族にいいように使われる。少しでも食えない性格なら違っていた。
なんて単純。
なんて稚拙。
こんな風に育てた周囲が悪いのか、本人が悪いのか、それは分からないけれど。
この無秩序な王宮の主は、私から同情や憐れみを奪った。
そして王妃。
なんだその目は。
(ずっと私の顔見てるんだけど。まあ、嫌われてるのは確定だしね)
品定めでもしてるのか、目を細めてずっと見てくる。そんなに目を細めたら目つき悪くなるよ、やめとけ。
……まあ、美人ではある。
うん、美人と言っていい。綺麗な金髪で明るい青い目、整った鼻筋と口元。でもね、間近に美人がわんさかいる、知ってる私の目が肥えすぎているのかも知れない。
印象的かどうかと問われたら否。そして今着ているドレスが似合わなすぎる。もっと清楚でスッキリしたものの方が絶対に似合うよこの人。
私がこんな事を言ったらブチ切れるかも知れないけれど、友好的な態度を装って交流してくれていれば、夫人たちを通してドレスや小物の最新のものが届いたはず。
でも明らかに私を敬遠する動きを見せたから、皆が私と王妃の間に入ろうとしなかった。それは話題と言う点でも同じで私の提案したもの、デザインしたものは機嫌を損ねると考えていつの間にか避けることに繋がってしまった。
せめてそこくらい、仕方ないと笑顔を貼り付けて受け入れる姿勢を見せていたらよかったのにね。仲介役の立場だったクノーマス家ですら私の話題は避けるようになったみたいだし。ドレスやアクセサリーのデザインに手を出し始めた頃には疎遠になりつつあったけど、まあ本人が今身に着けているドレスが好みだというならもう触れません。
そしてグレイがこの王妃について欠片も興味を持っていない原因は、私を無視、遠ざける態度だからだと気づいているかな。この先の展開でこの人の立ち位置はその気づきで確実に変わる気がしてならない。
でも今そんなことを言ってももう遅い。
この人に同情する理由もない。
言葉を交わすこともなく、ただ目を合わせるだけ。
(構ってる暇、ないしね)
とりあえず、なんかまた周りが混沌としていてしまい完全に放置されてるので黙って時間が過ぎるのを待っておこーっと。もう知らん。




