王宮闘争 * 向き合って話し合う
「伯爵は、ジュリ殿の恩恵ではない?」
うん、やっぱり勘違いしてたわぁ。
あ、ロイド団長から少し離れた所で様子を伺ってたニール副団長もついでに呼んで座って貰う。ちゃんと聞いておくべき一人だよね。
「はい、あの人のは別のものですね。まあ、全然受けてないと言ったら嘘になりますけど、恩恵なら、算盤を弾く速さとか正確さとか学問的なことばっかりなので」
そう、グレイの授かった恩恵はある意味誰よりも特殊。物を作ることに関して一つも授かってないんだよね。しかもそれだって元々地頭が良いだけで恩恵じゃない、って気もするし。
「しかし、噂では【称号】と【スキル】を得たと……」
「事情は詳しく話せませんけど、私を守護して下さってる神様とは違う神様による干渉も加わって起こったことなんですよね、私との関連はある反面グレイのは間違いなく私の恩恵じゃないし、かなり特殊な事例なんですよ」
「そんな、まさか」
副団長が険しい顔をした。
「ジュリの恩恵なら俺の方が授かったしな」
「「は?」」
団長と副団長の声がハモった。
「そうそう、白土で作るスイーツデコって知ってます?」
「あ、あぁ、一応。妻が一つ持っている。友人が土産にと私にはカフスボタンで妻に『食べたくなる小物入れ』を。それにスイーツデコとも言うと書いてあって覚えたんだ」
「それ俺が作ったやつだったりして」
「「は?」」
うん、二人は息ピッタリだね!!
「ローツさんはうちの白土商品制作部門の副主任も兼任してます」
最近はまた上達したからね、ウェラと二人で楽しそうに白土捏ねて創るもの考えてるよ。しかも最近は別のものも作れるものが増えてるしね。
「で、その恩恵のおまけで、物を作ってる時だけ麻痺した手が動く」
ローツさんがニコニコしながら、細かい作業となると不自由するという腕をテーブルに乗せて右手で擦った。
「それなら、あなたの側にいて、共に物作りをしたら」
ロイド団長が何か期待を込めた目をした。
それを私は、首を横に振り否定する。
「治りませんよ、ローツさんは、治った訳じゃありません。あくまで恩恵の範囲内です」
「あ……」
「てゆーかですね。神様は人間に優しくないですよ」
私の言葉に、ロイド団長とニール副団長は目を大きく見開いた。
セラスーン様は言ってた。
【彼方からの使い】一人を守護するだけで、他への干渉が難しくなるって。それは力が弱まるとか使いにくくなるとかそういう意味じゃなく単純に一人に執着することで他の人間への興味が極端に薄れるから、と。元々希薄な興味が薄れるということは、人間の存在は空気に近いものになる。
それだけ、神様と人間には精神的にも物理的にも隔たりがある。
私たちが神様に直接干渉され、守られるのは必要とされ、その使命を背負っているから。力や恩恵を受けられるのは元いた世界で確かにあった、生きていた証を消してしまったことへの罪滅ぼしの意味も含まれているはず。
確かにハルトは次元が違う、神の領域に達する能力を与えられた。それでも不完全なのよ。
だって、寿命がある。不老長寿でも不老不死でもない。私たちと変わらない。
大陸中の争いを一人で沈静化させられるハルトですら、神には届かない。
神がそれを、許さない。
使命を与えられた人間ですら不完全。
なら、この世界の人たちは?
神様は、この世界の今の在り方を変えたいから私たちを召喚した。
この世界のために。
人間一人一人のためじゃない。
そんな世界へ、どれだけ神様が慈愛だけで力を与えるだろう。
グレイが力を与えられたのは、私のため。非力な私のため。
自ら使命を背負ったため。
それをサフォーニ様が掬い上げた。そしてそのサフォーニ様はグレイの行い全てを赦す程に執着した。
神様は『すべての人』に力を与えたりしない。
神様は、平等。
今ならすごくわかる。
【彼方からの使い】が守られるのはそれだけ大きな犠牲を払ったから。
犠牲を払わない人を、理由もなく守ったり力を与えたりしない。
その犠牲すら、私たちが決めることではなくて神様が思う、決める、一方通行な犠牲。
この世界の人でも与えられる【称号】【スキル】は、あくまでも神様の気まぐれと一瞬の期待。それでどうなるのか、何が変わるのか、それを見ている。
優しくないよ、神様は。
大局の中で平等なだけ。
全体像を観察するだけ。
時々気まぐれと期待で手を出してしまうだけ。
その理からはずれた私たち【彼方からの使い】に守るためや強くするため干渉出来るのは神様自らが望んだ干渉だから。
それ以外の人間に強く干渉するとしたらこの世界の神様たちは『裁きを与える』だけだと、ハルトも言っていた。
神様の考える慈悲や平等と私たちの考える慈悲や平等はまるで違うと私は思う。
一通り、そんなことを話した。
ローツさんは優雅に我関せずでお茶を飲んでいる。
一方、ロイド団長とニール副団長は、話しかけられる雰囲気ではなくなってた。
だから、独り言。
私の独り言よ。そんな気分で話すわ。
「だから、【彼方からの使い】に過度な期待はしちゃいけない。私たちは神様の思惑でここで生きているんですから。神様が認めない限り、何も起こらないんですよ。そもそも、私の力は戦闘には一切影響を与えません。確かに作るものに魔法付与が出来ますけど、そんなの私が望んだわけじゃないし、魔法付与なんて元々存在してたものですよね? それを単に新しい素材を見いだして、その過程で魔法付与が出来ると判明、ってなっただけじゃないですか。それを見つけられなかったこの世界の人は無知を晒しただけですよ。……神様は、優しくないですよ。私がどんなにローツさんの腕を治してほしいと願っても治らないし、戦争を無くしてと願ってもなくならない。神様が言いますよ、そんなのは人間の都合でしょって」
「確かにな」
ローツさんは面白そうに頷く。
「でしょ? 戦争なんて、まさにそう。人間の都合。しかも、それを神様に図々しく押し付けてる。『神様お願いします、勝たせてください、加護をください』って。私が神様なら『知らんわ!!』って叫ぶ」
「ジュリなら叫ぶ、俺なら殴る」
「殴りそう!」
この人たちは、どう聞かされてこの任務を受けたのかとふと考える。
可哀想だな、と思う。都合の良いことだけ吹き込まれて、国のためという名誉を被せた嘘を背負わされて。
だから、知ってもらわなきゃ。
それを信じるかどうかは関係ない。
それでもね。
「私は、まあ、どう転んでも軍事利用されるために連れていかれるんでしょうけど」
思い詰めた顔をした二人が、反応した。
「欲や期待で私に関わってはダメです」
「……どういう、ことだ」
「私もどう言えばいいのかわからないんですけど、何となく、ロクなことにならないと思うんですよ関わった人は。人間に備わった危機への勘なんでしょうかね? これは。とにかく、自分のことだから分かります。今回、利益や権力のために私に関わる人は、ロクなことにならない、そんな予感がします。私の持つ【神の守護】である【選択の自由】は、私が自由を奪われるだけ、それが相手に跳ね返る。それを、忘れないでください。そして、お二人が巻き込みたくない人には、それをちゃんと伝えてください。神様が、セラスーン様が本気になったら私の願いや頼みなんて聞き入れてくれない、絶対に。もう一回、しつこいかもしれませんが言わせてもらいます。神様が人間に都合のいい恩恵を与えるのは思し召しや気まぐれです、人間の願いを叶えてくれる都合のいい存在ってわけではありませんよ」
私の恩恵を授かれないと確信し、そして団長と副団長から話を聞かされた団員たちは、翌日には誰も私に近づかなくなって。
そもそも、グレイに脅されたからね。恩恵を授かれないなら近くにいても意味ないし、万が一擦り傷でも負わせたらグレイが現れそう、ご自慢の家宝の剣を握って。
そりゃ近づかないでしょ。
「申し訳ない、王都に入る前に窓に幕をはらせてもらう」
王都目前、馬車が止まって何事かと思ったら。ロイド団長は本当に申し訳ない顔をして目礼してきた。
「なんでですか?」
「これも、命令です」
ニール副団長なんて頭を下げてきて、さすがにちょっと引いてしまうわ。
「逃走防止だろ」
ローツさんサラッと暴露。
「道を覚えられて逃走計画を立てさせないためだ」
「なるほど」
「多分、城の中も目隠しされて移動になるぞ」
「えぇぇぇ、逃げないのに?」
「ジュリは普通の人と変わらないからな。俺も必要ないと思うけど我慢してくれ、二人の面子もあるしやらなきゃジュリの立場が悪くなる」
「仕方ないかぁ」
ため息をつくと、意を決した顔をしてニールさんが顔をあげた。
「聞かせてください」
「はい?」
「なぜ、あなたはそんなに落ち着いていられるんですか」
「……ああ、不自然ですか?」
「いえ、そういうことではなく。なにか、自信のようなものを感じるのです」
「グレイが言ってたの覚えてます?」
「え?」
「迎えに行く、って。あの人、来ますよ。私を迎えに。その時が来たら必ず。だからです」
「しかし、陛下の勅命では……」
「来ますよ」
私の迷いのないその言葉に、ニール副団長は目を見開いて、ロイド団長は眉を顰めた。
「来ます、必ず。だから、関わってはダメですよ。神様より恐い男ですから。私の目の届かないところで何をするかわからないので。私の前と隣にいる時はいいんですよ、でも目の届かない後ろや離れた所にいるときはダメ。その時のグレイに関わっていいのは、ハルトくらいです。痛い目に合わせるだけならまだしもそれじゃ済まないことを平気でする人なので」
そして何故かニール副団長は、拳を握る。
「……何が、出来るかわかりません。けれど、あなたの言葉が正しいのなら、私は……あなたの味方です」
「え?」
「私は、知らないことが多すぎる。だから、これを機に知りたいと、思います」
ローツさんがとても驚いた顔をしている。
「改めて、ククマットでの無礼、謝罪させてください。剣に手をかけたこと、部下の暴言、何もかも。大変、申し訳なかった」
頭を下げたニールさんの顔はなにか憑き物が落ちてすっきりして見える。
彼なりに、何か腑に落ちないものを抱えて任務にあたっていたのかも。
「その謝罪は、グレイにもうしてますよね、だからいいです」
「ジュリ殿……」
「でも、ありがとうございます。気持ちだけ貰っておきます。王宮に入ったら、あなたはあなたのすべきことをしてくださいね。私のために出来ること、それはお話した通りです」
「……わかりました」
「我々に出来ることは、他には?」
ロイド団長までそんな事を言い出すとは。
「じゃあ、一つ……。お二人は、貴族の誰かに贔屓されたりしたり、そういう人はいますか?」
「いや、特には」
「私もいません」
「それなら、私の後を追うように、アストハルア公爵や私が交流のある貴族の方々が王宮に来ると思います。ローツさんから教えてもらいましたが、私が強制仕官としてどういう扱いになるのか、どういう環視下におくのか、そう言ったことを決めるのに主だった貴族が呼ばれるんですよね?」
「ああ、ほとんど陛下の一存だが、形式は必要だ。そのために議会が開催される」
「その時、アストハルア公爵側についてください」
「「!!」」
「それが、私の望みです。騎士団の代表として意見を求められた場合で結構です。規則や法律に則った、正しい判断でもって、アストハルア公爵様に賛同してください。クノーマス侯爵家はおそらく、妨害にあって来ることは出来ません。そのかわり、アストハルア公爵様が動きます、私のために、この国のために」
「国の、ため……?」
「ロイド団長、今回は危険です。私の知る限り、今の王宮はとても荒れていると聞いています。誰がどう裏切るか、わからない状態だと。だから、もし私のために出来ることをと言ってくれるなら、アストハルア公爵を信じてください。味方になってください。あの人なら、お金や権力に惑わされることなく、公正かつ公平な判断をします」
「……俺からも、頼む」
ローツさんが、静かに二人を見つめた。
「俺はジュリを送り届けたらすることが山ほどある、側にいてやれない。唯一、アストハルア公爵ならジュリに近づけるだろう。公爵側についてくれ、あの人なら信頼できる。そして、間接的にジュリのことを頼む。王宮を知り尽くしている二人なら、アストハルア公爵の力にもなれるはずだ」
「任せてくれ」
「必ず、そのように」
二人が、強い眼差しでそう答えてくれた。
「ジュリ」
「うん?」
「ニールだけじゃなく、近衛騎士団ごと味方に出来るならしておけ」
「無茶言うね!」
「俺から先にアストハルア公爵に連絡は入れておく。あの方も動いて下さればなお味方にしやすい。情報を得たり万が一の逃亡手段の一つとしてできる限りのことはすべきだろうからな」
「……分かった、でもあんまり期待はしないで」
「無理はしなくていい、ただ距離を詰めるだけでもいいしな」
できることは限られている。
それでも何もせず不安な日々をただ過ごすよりはローツさんの言う通り、出来ることはしておくべき時だよね。
敵だらけのベイフェルア王宮まで、あと少し。




