王宮闘争 * 王都に向かう道中で
「ローツさん、この状況って一体」
「俺に聞くな」
「だよね」
私とローツさんは二人で遠い目をした。
あのあと、グレイに抱擁されたのはいいんだけど、離してくれなくて大変だった。一緒について来そうな勢いになって、顔面正面叩いて何とか引き離したわ。
それはもう不服そうな顔でね。ウケた。皆はドン引きしてたけど。
侯爵様が用意してくれて、グレイがこれならと納得した馬車は……凄い。乗り心地最高、良い香り。あ、これデッドマムの葉っぱディフューザーだ、一番好きな蜜柑香を用意してくれてたんだね。そして禍々しいあの代用綿 (仮)のクッション、これもいい、お尻が痛くならない……快適。
ローツさんによる御者で、騎士団に囲まれてその速度ならおよそ二週間前後で到着するだろうって話から早六日。
異常に警戒されて囲まれていた筈の私とローツさんは立ち寄ったどこかの貴族領の宿場地区で何故か二人きり自由にしている。
「やっぱり、あれかな」
「なんだ?」
「恩恵」
「……だろうな」
ローツさんは少しだけ顔を歪ませてから、力を抜きため息を吐き出した。
初日から私の近くには騎士たちが群がっていた。それは別に何をするでもなく、ただ何となく距離が近くて、って状態よ。私を探るような目で見ているだけ。団長のロイドさんの命令で、私に話しかけることは禁止をされていたのよ。それはグレイからの要求でもあったんだけど、今の状況を利用して私と親しくなるなんて絶対認めないってことね。それなら近くにいても意味はない。そもそも私の近くにはローツさんと団長さんが常にいるから、護衛として近くにいる必要もないし。
でも、それが三日目から変化した。
少しずつ、距離が出来ていって、それでも探る目は変わらなくて、そして、離れた所で剣の素振りとか数人で模擬戦らしきことを始め、そしてまた私に視線を向ける。
それが繰り返し行われるように。
「魔法付与からも分かるけど……攻撃系の恩恵ないけどね、私は」
「ようやくそれに気づき始めたんだろ」
「だから言ったのにねえ? 恩恵授からないよって」
「グレイセル様のことが関係してるんじゃないか?」
「あれは特殊過ぎるでしょ?」
「そんなの、外からわからないだろ。目に見えてグレイセル様は強くなった。あの強さは訓練じゃ得られないし、人間離れしてる。言い方が悪いが非常識な強さに後天的に【称号】と【スキル】を授かったんだ、それは間違いなく【彼方からの使い】に匹敵する」
「そうだけど。……でもさぁ、そういうのって普通ちゃんと調べてから、調べたことが正しいか精査してから来ない? 往復で約一ヶ月無駄よ、私ならその無駄に気づいたら発狂する 」
「俺に言うな」
舌打ちでもしそうな顔。
「……ローツさん、イライラしてるよね、最近は。セティアさんとリード君心配だよね」
私の問いに、一瞬固まってから、ローツさんは苦笑した。
「それは当然のことだが、ククマットにいるなら安心だ。……それより、こんなんじゃなかったからな」
そう言って伏し目がちに、ローツさんは自分の手を見つめる。
「俺が居たとき、ロイドの前の団長の時に俺が直属の近衛騎士団に所属してたのは知ってるだろう?」
「うん、その時に、ケガして引退することになったんだよね?」
「……あの頃から、もう、国軍として騎士団全体が滅茶苦茶で機能してなかった」
「そうなの?」
「前団長は酒に飲まれやすくてな。保養地に向かう王族を護衛する任務の朝、来なかった」
「はっ?」
「二日酔いで、しかも記憶なくして、城下の酒場が並ぶ路地裏でひっくり返ってる所を発見されて。何をやらかしたのか、上半身裸だし、靴は片方無くしてるし、城下を警備する騎士団が見つけたときいびきをかいて寝てたらしい」
「最悪なんですけど」
「はははっ、最悪だろ? ……それで、別の個人任務を請け負うはずだった副団長が急遽呼ばれた。それがロイドだ、当時団長候補としてすでに責任を負わされていたな」
「あ、そうなんだ。てことは、ローツさんって元部下?」
「そうだな。けど、所属自体は俺が先だったからあんまり上下関係はなかった。……それから全部、狂った」
「何が?」
「前団長は酒に溺れる。それを利用されて、王族が保養地に向かうルートを喋らされてたんだ」
「えっ?」
「どこの国かいまとなっては分からずだが、言葉巧みに酒の力を利用して、前団長を酔わせて、潰して、情報を聞き出し護衛から外した。暗殺計画に利用されてたわけだ」
衝撃の真実に、私は、思わず息を圧し殺す。
「遅刻の上に、酒でまともに動けない団長なんて連れて行けるわけがないだろ?」
「確かに」
「しかも急遽副団長が任されたってすぐに出発出来るはずもない、守りの要になる副団長がそもそも準備出来てないんだから。……それに国王陛下が苛立って、先に出発してしまった」
「……いや、それ、ダメでしょ」
「国王陛下の命令だ、権限のない俺たちが逆らえると思うか?」
その問いに、私は言葉を返せない。
「王妃殿下は止めたんだ、一応な。でも、まだ幼かった王太子も機嫌が悪くなってそれで手を焼いて説得どころじゃなくなって。とにかくゆっくりでいいから出発しろという強引な国王の命令で、御者が従って馬車を走らせた。俺たちはそれを護衛するしかない」
「それで、どうなったの」
「結果は、知っての通りだ。団長の不在と準備不足で副団長が後を追ってくるという情報が暗殺計画を早めたんだろう、その日の夕方、一泊する予定のあった地区に入る手前で襲われた。俺たちは三十二人、相手は十人。人数が多くても、こちらは王族を守る使命があるし約二十人は暗殺者を相手に出来る程じゃなくて次々やられてな。……防戦一方になった。何とか持ちこたえて後から追ってきたロイドが加勢したときには、騎士団でまともに動けたのは俺一人、暗殺集団は二人になってたよ。無傷でそこに加勢したロイドが二人を始末したときには、多分俺の腕は使いものにならなくなっていた。感覚が麻痺してなにも感じなくなっていたし」
「ローツさん……」
「あのときからもう、騎士団は本当に滅茶苦茶だった。規律もなにも、上が守ってないから表面上は取り繕っていても、裏では皆気が緩んでいたし、騎士団に所属してる傲りで権力振りかざして、貴族に取り入ったりなんてしてたな。そんな中でグレイセル様は異質だった。絶対妥協を許さなくて、二十そこそこで自分より一回りも二回りも年上の自分の騎士団の団員を纏めていた」
「うわ、さすが化け物」
私が真顔で言うと面白おかしくローツさんは肩を揺らして笑う。
「あと少し、異動願いを早く出していたら、あんな事にはならなかったのかな、なんて考えたこともある」
「異動って、どこに?」
「グレイセル様の騎士団に」
「あ、そうなんだ」
「飛び抜けて強いグレイセル様だからな、歳なんて関係なく皆が憧れた。実力のある人間なら誰でも掬い上げて育てた。今の王宮でまともに役に立ってる奴はみんなグレイセル様仕込みだ」
「それはそれで、恐い」
「はははっ! そんなこと言うのはジュリだけだな」
また、ローツさんは笑った。
「俺がイライラする理由がわかるだろ? ロイド」
その言葉に私は振り向いた。そこにはロイド団長がいて、感情が読み取れない顔をしてこちらを見つめていた。
「しばらく見ないうちに、どうなってるのかねぇ、騎士団は」
ローツさんは皮肉めいた少し明るい、軽々しい声になる。
「恐ろしい最強の『殺戮の騎士』がいなくなって、さらに規律が乱れてるんじゃないのか?」
「努力はしている」
「努力? 求められるのは結果だ。そんなものはどうでもいい、誰もそんな見えざるものに期待などしない」
……うん? ローツさんのキャラが変わったぞ。
「まずグレイセル様が言ったように躾がなってない。どんな身分であっても必ず品行方正を強いろ、強制仕官はそもそも国のためという名目で人を仕えさせる、国王の命令でだ。その人物に対し無礼もクソもあるか? まして【彼方からの使い】だぞ、国が認めていないなんて通用しないぞ。大陸中が認めているジュリはお前たちよりずっと立場が優先される人間だってことを教育し直せ。そこら中にスパイがいることを一秒たりとも忘れるなと習っただろうが。お前たちの失態や無様な姿なんて機密扱いでもなんでもない、他所の国の酒のつまみにされて広められるだけだ。それに、一般人相手に剣に手をかける? それも副団長が? 無力かどうかの判断も出来ない、会話を軽くあしらうことも出来ないヤツが副団長だと? ふざけてるのか? お前たち。どれだけ報酬を貰っていると思ってる。血税だぞ、国民の血だぞ、それに恥じない行いが出来ない人間を騎士団に入れるな」
うーん、と。
私はここにいていいのかな?
「忠告、しかと受け取った」
「受けとるだけじゃ意味はないからな」
「わかっている」
「他所の国にナメられるような騎士団にするなよ、グレイセル様がいなくなったせいにするなよ、全部、お前らの責任だ。何もかも、今ある騎士団すべての団長それぞれの責任だ。役立たずの参謀長の代わりをお前がやっているんだろ? ならば尚更、お前の騎士団団員は厳しく躾けろ、近衛騎士団が腐っているなど絶対に許されない」
「……分かっている」
空気重っ!!
なんでこうなる!!
「……で? 用件は?」
お、ローツさんが自分から切り替えてくれた。
「恩恵の話ならしないからな。どうあがいたってジュリの恩恵は騎士が授かったりしないから」
言い当てられて、少し驚いたのかな。ロイド団長は目を見開いた。
「どうせ、それを試すためにも騎士団全員連れてきたんだろ? 強制仕官が【彼方からの使い】だとしても、この人数は多すぎる」
「……教えては、くれないか」
「いいですよ、どうぞ席に座って下さい」
「おいおい、ジュリ」
ローツさんは呆れた顔をするけどね、この人にはちゃんと話しておくべきだ。なんか、そんな気がするんだよね。
―――その頃、ククマット・クノーマス伯爵領:ロディムの語り―――
「カイさん」
ずっと気になっていたことがあって呼び止めた。
「うん?」
振り向いたカイさんの目は、いつもの柔和さが半減し鋭利で攻撃的な刃のような危険な輝き混ぜ合わせたものになっていた。
「その剣は、何ですか」
その質問をした瞬間。
弾かれたように驚きで瞬きを繰り返してから、カイさんはそのまま腰にある剣に視線を移した。
「あ、これ? グレイセル様から借りてるやつ」
「伯爵から……つまり、伯爵の持つクノーマス家の宝剣と同じ類のものですか」
「ああ、そうそう。グレイセル様の持つあの黒いやつと対の剣らしいよ」
「対……」
なるほど、そういうことかと納得した。
白い鞘の剣自体が珍しいので、カイさんがこれを持っているのを初めて見かけた時、好奇心が湧き上がり本能的に【スキル:解析】を使っていた。
そして驚いた。
何も分からなかったから。
ハルトさんが言う文字化けという現象すら起きず、全く何も見えなかった。
なのに、その剣は異質な気配のようなものを放っている。その気配も魔力や魔素とも違い何なのかが分からなかった。
しかしあの伯爵の持つ剣と対というなら話は別だ。
あの剣は【スキル】を弾く。見る見ないの前に、【スキル】すら受け付けない。
そしてカイさんの持つ剣よりも遥かに異質で奇妙な気配を放っている。
父ですら『未知なる存在』だと断言するあの剣。
「だから、なんですね」
「え?」
「カイさんの剣、伯爵の持つクノーマス家の宝剣と同じ気配を今放っています。それ、あの黒い剣がこの地を離れると真価を発揮するんじゃないですか?」
カイさんがバッと顔を上げる。その目は見開かれ、真っすぐ私に向けられたら。
「え、それ、どういう意味?!」
ジュリさんがククマットを離れた六日前から、伯爵はほとんどククマットにいない。超長距離転移を活用して各地を飛び回っているからだ。
あの日から、カイさんの剣が伯爵の剣に匹敵する気配を放つようになっている。
その異質さ奇妙さは、間違いなく六日前から。
そう説明したら。
「あー、そうかも」
ガラリと雰囲気が変わり、気の抜けるおっとりとした口調でそう返された。
「グレイセル様からククマットのこと頼むって任されてるからねぇ。こいつもやる気に満ちてるし」
そして笑った。
「ケイティさんと僕でククマットは何とかするよ、大丈夫」
不安や恐怖を微塵も感じていないそんな笑顔だ。
「ロディムはロディムにしか出来ない事をしてくれると助かるなぁ」
「分かりました、そうします。私にしか出来ない事もあるでしょう、なので……ククマットの土地を、領民を守って下さい」
「ああ、任された!! いやぁ、ロディムにそう言われると頑張らなきゃって思うね! 公爵家の人間に頼りにされるなんてそうそうないから張り切っちゃおっかな!」
屈託のないその笑顔に陰りはない。
そして目に浮かぶ鋭利さが、僅かに増した気がした。
この漠然とした安堵感はどこから来るのか自分でも分からない。この人の独特の笑顔からか、それとも剣から放たれる気配からか。自分が何から影響を受けているのか判断するのは難しい。
ただ言えることは。
あのクノーマス伯爵に認められたこの人の底しれぬ、ベールに隠された強さが間違いなく、今回このククマットの守りの要となることだけは確信した。
◆お知らせ◆
10月28日は更新お休み致します。次回更新は11月1日です、ご了承下さい。
※先に書き込みしていた日付が間違っておりました、申し訳ございません。




