王宮闘争 * それは使命らしい
リンファとキリアと話し合って決めたことは、直ぐ様私の経営権をリンファが買い取ること、キリアの代理経営権が一日の空白もないように手続きしてしまうこと、そしてロディムの恩恵のことは知られていてもどういったものかは今後も決して口外しないこと、キリアの恩恵を考えると彼女も何らかの形で狙われる可能性があるので使える伝全てを利用して身辺警護をお願いすること、そして何より、《ハンドメイド・ジュリ》で窃盗によって特定条件のものだけが盗まれた事実を交流のある国全てに密書にて伝え、万が一の事があった場合、冷静に対処・対応して欲しいことも付け加えること。それらが三人で決めた事だと知ったグレイやハルト達がその妙に具体的な内容に顔を強ばらせた。
「避けられません」
私は、とにかく冷静に、いつも通りを装う。
「だから出来ることを今全部やっておきたいんです」
不安で一人何度も深呼吸をしたことは絶対言わない。
「《ハンドメイド・ジュリ》のオーナーとして、【彼方からの使い】の言葉として聞いてください」
セラスーン様が私の意識の中に出てきた。
「セラスーン様と話しました」
その言葉に、緊張が走るのがわかった。
「近々、私の周りが混乱する。不可避の混乱だと、言われました」
『いい? ジュリ。私が解決することは簡単なの。けれど、これはあなたを悩ます国に変化をもたらす【種】の発芽も起こっているわ。あなた自身が触れて育てることで【変革する力】の最も至高なる 【思想の変革】を開花させられる。国が、根本から変わらなければならない時が来ているの。このままでは、ベイフェルアは消滅するわ。十年どころか、数年で。見る影もなく、数多の力に吸収され消えてしまう。あなたが起こした【変革】も、伝えた技術も知識も、風化し、いつかそれらに飲まれて消えてしまう。何より、苦しめられてきた、罪なき国民が不満を爆発させてしまえば……王族殺しという罪を背負いかねない。民が、あなたが、そんな物を背負ってはダメ。それは法を司る国が正しく裁かねばならないのだから』
「これは、最終的にどう転んでも、逃げても、私に必ず降りかかることらしいので。なので、私のやり方で、切り抜けてみようと思います」
シン、と静まり返る。
侯爵家の一室に今、沢山の人がいる。
グレイと侯爵家の皆さん、ロディムと、公爵様。ツィーダム侯爵様ご夫妻に、ローツさんに御隠居。キリアとお店の皆に、もちろんライアスとフィンも。カイ君に管財人の人たち、領民講座やネイリスト専門学校の人達。職人のアンデルさんやヤゼルさん、ククマット市場の組合長、自警団の上層部。そして、レフォアさんたちもいるし、【彼方からの使い】であるハルト、マイケル、ケイティ、そしてリンファも。
神様からのお告げとも言える私の言葉に、皆どう返せばいいのか分からず、言葉を選んでいるのが分かる。
でもその中で一人、いつもと変わらない様子の人がいた。
「それなら、私に」
突然、ケイティが手を挙げて喋りだす。
「ククマットを中心とした防衛任せてくれない?」
何を突然、と思ったのを見透かして、ケイティはウインクをして、『話させて』と合図をしてきた。
「ジュリの言う万が一、って。最悪の事態って、ジュリが連行されてククマットが物理的に身動き取れない状況になる、そういうことよね?」
ザワッとどよめきが起こり、ロディムが立ち上がる。
「私では、なく?」
「ロディムが何らかの形で連れていかれる可能性は高いままだけどね……連れて行かれたら最後、あなた妻帯者になるわよ? だから行かせるわけにはいかないわ」
「は?」
眉間にシワを寄せ、不快そうにロディムが低い声を漏らし、後ろにいるシイちゃんは動揺し瞳を揺らす。
「王女がいるでしょベイフェルア王女。未成年だけど問答無用であなたはその日に結婚証明書に書かれた王女の名前の下に書く羽目になる、自分の名前をね」
「!!」
ケイティはマイケルとはまた違う、独自の情報源を持っている。そこから仕入れた情報を元に推測したのよ、と前置きをして、続けた。
「ちょっと厄介なんだけど、そもそもベリアス家と王家の思惑は一致しているわけではないのよ。ベリアス家は影の支配者になりたいから力を欲して王権の簒奪を目論んでいるけど、王家は国庫の枯渇による破綻を目前に王家存続のためにお金と軍事力を欲してる。……ベリアス家はしかも公爵と息子で思惑は全然違うんじゃないの? って思わせる動きをしているから、あの家のことは一度置いとくとして」
ケイティはそこで一旦区切った。
「王家にとってすぐ様立て直しに使えるのはどっちか、って考えるとね。神の恩恵を授かった公爵家の子供を選ぶに決まってる。未だに誤解でもって評価の低いジュリとあなたを比べたら、常識的に考えるとあなたを選ぶ。だって大陸屈指の莫大な資産を有するこの国最高爵位をもつ家よ、国民もその家の息子が王家に入るなら歓迎するはずだと思うだろうし、なによりあなたを取り込めば、人質同然に縛り付ければ、アストハルアのお金だって自由に動かせると思うんじゃないの? 本気でそう思うなら浅はか過ぎて笑えるけどね。でも、その『まさかそんな』と言いたくなるような事を実際に考えて行動する人がいることは絶対に忘れちゃいけないのよ」
グッとロディムが息を飲むのが見て取れた。
「恐らく、ギリギリまでその線で動くと思うわよ。……でもね、ジュリの話を聞く限り、これはジュリの使命なのよ。【変革する力】をもつ故の。だから必ずジュリだわ、王宮に行くことになるのはジュリのはずなのよ」
「……キリアさんに向く可能性は?」
「無いわね」
「何故ですか?」
「言い方が失礼になるから先に謝っておくわキリア」
ケイティは振り向いてキリアにそう声をかける。キリアは『平気よ』とだけ、落ち着いた顔をして答えた。
「人質としての重みの違いよ」
そう。
ロディムを人質にされたら、公爵家という巨大な権力が王家の支配下に置かれてしまう。そうなるともう、クノーマス侯爵家やツィーダム家ではお手上げ。手出しは出来ない。クノーマス家とアストハルア家は争いなんてもうするつもりはないの、シイちゃんとロディムの恋をきっかけに、協力していく道を模索して、そして既にその道を歩き出した。アストハルア家が呑まれたら、間違いなくクノーマス侯爵家も呑まれる。今さらこの改善して共に成長しはじめた関係を壊すほど、愚かな人たちではないんだから。各領の発展の先には国の発展があることを、知っている人たちだから。
ベリアス家はそれを理解している。
だからこそ。
私だ。
クノーマス姓から外れた、平民になった私。
権力はないけれど、私を手に入れれば【神の守護】を得られる。【技術と知識】、【変革する力】も得られる。不安定な王宮では情報すらまともに正しく伝わっておらず今でもそう思っている人は少なくないという。
そして私を得られれば、クノーマス家は動けなくなる。
何より、グレイが。
私に価値がなくても私に執着するグレイが動けなくなるということは、操ることができる、と。『殺戮の騎士』の力が手に入るも同然と考えるだろう。そこに、王妃もきっと絡んでくる、絶対に避けては通れない。
正直に言えば今話している内容を、本気でそんなこと思ってる!? と聞き返してやりたいけれど、未だこの世界では残念ながら【神の守護】含めて神様が起こす、与える力や恩恵についてちゃんと理解している人がどれくらいいるのか未知数。
そしてどんなに私が真実を叫んでも、その叫びを真摯に受け止めてくれる人は、残念ながら今の国の中枢には殆どいない。
そして今更ながら強権派が大人しく王家の言いなりになったふりをしてきた理由がはっきりした。
このために、このときのために国王の言いなりになったふりをして、そして恐らく時折『このようにしたらどうでしょう?』と囁いてきた。
私のことを【彼方からの使い】として認めてしまえば本来大陸全土で通用する大陸法で定められた【彼方からの使い】は保護される立場である、というその法が適用されてしまう。だから、侯爵様たちが私を認めろと掛け合ってものらりくらりと躱してきた。無視してきた。
私に【彼方からの使い】という特殊な身分を与え無いために。
地位すらない私を平民として扱えば、実際に手を出せるかどうかは別としても、簡単に罪を着せることはできてしまう。貴族ならば連盟責任となり、もし私が伯爵夫人のままだったらグレイが、そして内容によっては侯爵家までもが責任を問われることになり、共に潰れることになる。
この豊かなククマット、クノーマスに潰れてもらうのが目的ではない、あくまでお金を生み出す土地でいてもらわなければならないと思っている王家とそれを利用したいベリアス家にしたら、私を平民として扱い罪を着せまず私を使い潰し、グレイと侯爵家を傀儡にするのが一番いい。
そんなことを、淡々とした口調でケイティが説明した。公爵様と侯爵様は、分かっていたんだろうね。ただ静かにそれを聞いていたし、リンファと共に話し合ったキリアには私から既にその話をしてあったから彼女もなんの反応もしない。
「だからね、私に任せてくれない?」
そしてケイティは自分の最も言いたいことをようやく話し出した。
「ロディムが駄目なら、必ずジュリに何らかの形で負荷がかかる。そうなったとき、怖いのはね。……混乱するククマットを占拠しようとするバカが国以外にも出てくる可能性があるってこと」
「ばかな!! ここは伯爵領ですよ?! 国が認めた貴族領です、それがどうして」
「関係ないわそんなの。この世界って日常茶飯事じゃない、人の土地や命を奪うことが」
ケイティの少し冷ややかな、ひどく落ち着いた声での発言に、ロディムが押し黙る。
「そうだな」
御隠居だった。
「どこにでも馬鹿はいる。もし、ジュリが強制的に連行なんてことになれば、間違いなく伯爵は奪還のために奔走することになる。そして【彼方からの使い】も。だとすると、ククマットは手薄になる。それすら想定して動いてくるやもしれんしな」
「そういうこと。だから、任せてくれない? マイケルとリンファとハルトは、各国の中枢に知り合いが多いわ、三人はそことの水面下での交渉に動くべきだし、アストハルア公爵や御隠居は、出来れば王宮で王家の動きを抑えて欲しいのよね。そして、グレイセルが自由に動くには彼のサポートが必要だわ。それはローツにまかせる。じゃあククマットはだれが? 私が適任。いいわよね? ジュリ、グレイセル」
グレイは迷わず頷いた。
「……ありがと、ケイティ」
私は、彼女が汚れ役を買って出てくれたことに泣きそうになりつつ、頷いた。
「確認なんだが」
公爵様が誰かが話始める前に、すかさず一瞬の間を突いてきた。
「国が滅ぶかもしれないと言ったな。つまりそれは、神の先見で間違いないか?」
「おそらくは。予言ではなく、セラスーン様の話し方はそれでしたね。選択肢を間違えたら必ず国は滅ぶかと」
誰だろう。声にならない悲鳴に似た音を出した。
「では、それを陛下に進言する」
「あ、それはダメです」
「なに?」
「ダメです、絶対。それでは問題の先送りになるだけだそうです。これからベイフェルア王家は『選択の時』を迎え、どうしていくのか決める時間になると。もし、助言によって今回のことを回避しても、必ず同じ事が起こるようになってしまっているんだそうです。いわゆる『因果』というもので……。ベイフェルアは過去【彼方からの使い】という神の干渉が強い人間と得るべきではない負の縁を紡いでいますから避けられないと」
「……ペリーダ伯爵領、『音の都』を作った【彼方からの使い】のことだな」
「はい。あれ以来ベイフェルア王家は負の縁という因果を得てしまった。彼との軋轢から始まった負の縁。それが、大きくなっていき形をかえて、人種差別や階級制度への悪影響、王家の王族としての偏った教育に繋がった、と。それを国は自浄しなくてはならないそうです。王家が自ら、学ばなくてはならないそうです。セラスーン様は……何か変化を得なければ、ベイフェルアは次の【彼方からの使い】の召喚まで持ちこたえることは不可能だと。そして、一人の【彼方からの使い】が関わる【種】は一粒だけ、私の【種】は既に誰かによって蒔かれています。もう、止まれません、止まることは許されません」
のんびり構えてる暇は、ない。
「だから、出来ることを全力でするんです。私にこの国を変える力はない、その代わり、そのきっかけは作れることはわかりました。そのきっかけを、一度きり、失敗の許されないきっかけを、万全の態勢で作らなくてはなりません」
貴族社会に馴染めなくていい。そんなの自分でわかってる。だからグレイと離婚することになったし、離婚して心のつかえが取れてむしろ今のほうがグレイと上手くいっている。
それを利用する。
貴族でなければ王族でもない、ただの平民。それでも【彼方からの使い】で、そしてセラスーン様から使命が与えられた。
平民であれば、グレイや侯爵家をいざというとき『私から』切り離せる。私一人が咎を受ければいいだけ。
たとえ咎を受けても、その先にあるのは私の使命だ。
死ぬ訳でも、皆と今生の別れをするわけでもない。
その先にあるものを私は手にいれたい。
私の中にある不平、不満を、この世界にずっと感じているそんな負の感情を踏み潰せる、心の強さを手にしたい。




