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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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お花見スペシャル ◇ハルトの見る桜◇

季節ものです。


本編の時系列には関係してませんが、ハルトとジュリのこの世界での関係性が伺える内容です。ということで通常サイクルの更新で投稿しました。


ちょっといつもと違う雰囲気になってます。

 

 意外な顔をされた。まぁ、普段の俺からしたらこんな提案をグレイの目の前でジュリにすることはないからな。

 グレイが嫌な顔をするのも分かってて、あえて言ったんだ。


「なあ、桜の木にそっくりな花があるの知ってるか?」

「そうなの?」

「ああ、だから花見しようぜ」

「お!! いいね!! じゃあ皆誘って行こうよ、賑やかにやりたいね」

「いや、俺と二人で行かないか? ていうか、二人で行きたいんだけど」

「……私と、ハルト?」

「そう」


 俺が知っているソメイヨシノより、色が濃い。花びらは同じような形で、真っ直ぐ伸びるというより一本一本が自由に広がるように枝を伸ばしているのも、桜によく似ている。

 クノーマス侯爵領にはない種類で、見るには少し北の他の貴族の領地に行く必要がある。その貴族は俺の知り合いだから、花見の説明をしてジュリと二人で少しだけ滞在させて欲しいと言ったら自由にしていいと許可をもらった。

 小高い山の裾野一帯をその木が占める土地がある。俺たちはその一角にやって来た。日本のように川沿いに沿って植えたりする地域もあって、この木も人々の観賞用としての意味合いが強いらしい。

「これがラシャナの木?」

「ああ」

「ほんと、桜にそっくり。色が濃いかな? 色は八重桜に近いよね。この世界でこういうの見れると思わなかった」

 ジュリはそう言った後、暫く無言でただラシャナを見つめる。


 その木はラシャナという。

 由来は大昔に実在したとある国のお姫様の名前そのままに付けられた。ラシャナ姫が他所の国へ嫁ぐ際、花言葉『調和』を意味するその木の名前を姫の名前に変更し、両国の繁栄と平和への願いが込められた木として持ち込まれたものである。姫が王に愛され幸せな生涯を送ったこと、両国の関係が良好だったことからその木は縁起物として大陸の至るところで植えられ、環境が適した土地はこんな風に見事な風景を作り出している。


「凄いなぁ……」

 ポツリ、ジュリが呟いた。

「『桜』って、見るだけでこんなに感動するものだった? 凄いよ、うん、凄い……綺麗だね」

 艶やかなピンク色に囲まれている中で、ジュリはどことなくぼんやりとした様子でゆっくりとした動きで回りながらラシャナを見つめる。

「俺さぁ」

「うん」

「この木、初めて見たとき……やっぱ俺って日本人だわ、ってしみじみ思った」

「うん、わかるよ。……今さ、私も『私日本人だなぁ』って。『桜』を見ると春だなって、思うよね」

「ああ、理由はよく分からねぇんだけど日本人だって実感して、『桜』で春を感じるんだよな」

「……懐かしいって、思った?」

「思わないでいられたら、楽だな」

 俺のその言葉に、ジュリが笑った。

「確かに」

 笑ったけどさ。

 苦笑ってやつだ。


 ただぼんやりと二人で並んで眺めた。

 シートを敷いて、その上に並んで寝そべって。

 二人で、特に話で盛り上がることもなく、食べ物で腹を満たすでもなく、ただ、ぼんやりとラシャナを眺めた。

「ハルトが私と二人が良いって言った意味が分かる気がする。……グレイと来たら、心配されるかも。こんな状態じゃね」

「今まで、何回かルフィナと行こうと思ったりもしたんだけど。……いざ下見で『桜』みるとさ、踏ん切りつかなくて、一度も誘えたことねえんだよなぁ」

「そっか……そうかもね。これ見たら、私もグレイと二人では来れないかな」


 俺とジュリは今。

 心が同調している。

 二度と戻れない故郷を思って、失った故郷を懐かしんで、そして、そこに存在したことを無かったことにされた虚しさがそれらの思い出を塗りつぶす。『未練』というものが込み上げる心を、互いに感じ取ってそれを互いに言葉にせず受け止めている。

「ジュリを誘うのも、躊躇った。それでも誘ったのはさ、俺、お前しかいないから。自分のいた世界、日本のことを話せる奴が、ジュリしかいない。だからこれ見ながら喋りたくなったんだよ。……恐いんだ、記憶が薄れてくのが。このままここにいて、日本のこと、少しずつ忘れていくのが、恐い」

「うん、恐い」

 そしてジュリは、大きく息を吸い込んだ。

「恐いよ……私も。……遠くなったね、日本」

 吐き出す息に乗ったその言葉が、今この瞬間の俺たちそのものだった。


 遠い。

 果てしなく、遠い。

 どんなに足掻いても、手の届かない世界になった。

 もう、見ることも触れることもない世界。

『未練』。

 届かぬ世界に向けられるのはただ一つ、未練だけ。

 わずかな希望すら、失せた世界。


「帰りたい、な」

「帰りたいよな」

「うん、一度でいいから、帰りたい」

「俺も、帰りたい」


 日本に。

 生まれた故郷に。

 育った故郷に。

 思い出だらけのあの世界に。









 帰りたい










 ラシャナが風に吹かれて花びらを散らした。

 まさに桜吹雪そのもので。

「ああ、綺麗……『桜』」

 ジュリが、呟いた。

「ねぇ」

「うん?」

「来年も、二人で来ようよ」

「そうだな、二人でまた」

「その次も」

「十年後も」

「二十年後も」

「それなら、どっちか死ぬまで」

「毎年二人で花見をしよう」

「ああ、『桜』の花で」

「……そうだね、『桜』で」


 恋人でも親兄弟でもない俺たちは、それでも強固な繋がりを持っている。それはもしかすると俺とルフィナ、ジュリとグレイの繋がりよりも強固なもので、たぶん俺はそこに誰かが踏み込むことを決して許すことは出来ないと思う。

 愛とか恋とは全く違う『引力』で俺たちは引き寄せられていて、その『引力』に俺たちは逆らうことはなくて、一生俺たちは身を委ねる。

 そう、一生。

 どちらか片方が死ぬまで。

 死が二人を分かつまで。


 生まれた筈の世界で得られなかった 《死という終わり》をこの世界で受け入れるその時まで。


 日本での思い出をジュリは沢山の人に話すことが多々あるけど、そこには『親しい人』があまり含まれない。

 特に家族については、グレイにすら、あまり話さない。

 俺もそうだった。

『思い出』にしてしまうには、あまりにも未練が強いから。

『思い出』として語り、褪せていく記憶にしたくないから。


 ポツポツと、ジュリは家族について話し出した。『桜』の花びらが舞う中で。俺も家族について話し出した。『桜』の花が揺れる中で。

 まるで今でも側にいるかのように現在進行形で、語り合う。


 家族を語る。

 友を語る。

 そして。

 幼い頃の純粋な思い出を語る。

 思春期の不安定に揺れる思い出を語る。

 そしてジュリは大人になって得た思い出を語る。


 結局、思い出にしたくないと言いながら、お互いに思い出を語っていて、苦笑した。

 そう、過去は思い出。

 それ以外にはなり得ない。なり得ないし、今後少しずつ薄れていくかもしれない恐怖が永遠にこびりついたままだ。

 その強烈なジレンマを、絶望を、恐怖をただただ、諦めが滲む笑いで誤魔化すしかない。


 強烈に自分を縛るあらゆることを、俺とジュリはこれから毎年こうして二人で語るんだろう。

 互いが結婚して子供が生まれても、孫が生まれても、二人で。


「綺麗だね、『桜』」

 またジュリが言った。

「ああ、ホントに『桜』綺麗だな」

 いつのまにか、桜と呼んでいた。それでいいと思った。二人きりだから。











「遅かったな」

 転移で 《ハンドメイド・ジュリ》に戻った瞬間、グレイが詰め寄るようにして俺に向かってそう言った。

 おお恐い。

「たっだいまぁー!!」

 ジュリはそんなグレイに向かって俺の後ろから顔を出す。声がデカいよ。

 すかさずグレイは手をジュリに向けて、ジュリの手を握って自分の方へと引き寄せる。そのままジュリの体を俺に向かい合わせにすると肩を両手で包み込むようにして抱きしめてた。

「人の恋人を長時間連れ回すな」

「いいじゃん別に。てか、来年も、二人で行く約束してるし」

「はっ?」

「な? 二人で行くよな?」

「うんそうだね。来年は酒を持ってくわよ」

「お、いいね!!」

 グレイが困惑してるなぁ。

 まさか来年の約束をすでにして、そしてそこにまた自分がいないことが信じられない、そんな顔をしてる。

「『桜』が咲いたらまた誘うよ、来年」

「うん、待ってる。……『桜』、見ようね」

 グレイを傷つけたいわけじゃない。それでもさ、譲れないものがある。

 俺とジュリの間に作用している『引力』の間には誰も入って欲しくないんだ。


「じゃあ、まだ暫く見頃が続くみたいだから皆で行こうよ」

「おお、そうだな! 花見は何回やってもいいしな! 豪華な花見弁当は外せない」

「お酒とお菓子もねぇ。その場で簡単に炭火焼きもアリだよねぇ」

「おう、アリだな。『ラシャナ』で皆で花見、いいねぇ!!」


 ごめんな、グレイ。

 ごめんな、ルフィナ。


『桜』はジュリと。

 それが例え偽物でも、俺たちが二人で見るならば『桜』になるんだから。


 桜。


 春の訪れを感じさせてくれる。


 思い出を色鮮やかにしてくれる。


 孤独ではないことを教えてくれる。


「グレイ、ごめんな。二人で行くの止めないでくれるか? 必要なことだからさ」

 俺の言葉で何を察したのだろう。

 グレイは一瞬目を閉じ、そして再び俺を見たその目はとても穏やかだった。

「その時は、ジュリを頼む……お前ならいい」

 そしてジュリが笑う。幸せそうに。

「ありがと」

 グレイも微笑む。幸せそうに。

「どういたしまして」


 桜。


 この花があるならこの世界も悪くない所なんだろう。


 桜。


 この花がある限り思い出が褪せない気がする。


 桜。


 風に舞う散りゆく花びらは、視界が歪むものを目に溜めさせる。


 桜。


 これから、未練の象徴になっていくだろう。


 桜。


 二度と見ることのない花。


 俺たちは、これからそれを『桜』と呼ぶ。偽りの名前で。記憶を辿るために、残すために、たった二人のちっぽけなエゴのために。


 二度と戻れない故郷を想って。








この二人の感情や記憶が今後どう物語に影響するのか、進むにつれて分かるようになるはずです。作者次第なので頑張ります。


元の世界への強烈な未練は、『心の闇』として【彼方からの使い】なら大小問わず持っているかもしれません。

その辺もいつか、描きたいと思います。




そしてブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます。

先日、恋愛 異世界転生/転移部門のランキングの百位内に入っていて驚きました。

読者様のおかげです、ほんとうにありがとうございます。

まだまだ続きますので引き続きよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
 梅とか椿とか『日本』を想起させる花って色々あるけど、やっぱり桜は別格ですよね。
[一言] 例え死から逃れるためとはいえ、今まで自分の生きてきた全てから引き離されてしまった。 今の生活がいやな訳でもないし、充実感を覚えていても、やはり思い出すのは辛いですよね。 ジュリにとってもハル…
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