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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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王宮闘争 * 動く時

 



 過ぎるのは。


 ―――軍事利用―――


 嫌な汗が滲む。

 『覇王』騒ぎの終息後に起こったこと。

 無償提供した装飾品の盗難騒ぎからそのままそれが各地の闇オークションなどで転売がされているという。

 一件、二件じゃなく。数十件。それを初めて聞いた時作るのを数日躊躇った。死者も出たと聞かされたから。巡って、争いが起こったと。

 最近では『ジュリアクセ』なんて呼んで他と区別するような人までいるらしい。バカバカしい、何をどう理解してそんなことを言うのか。


 そしてマイケルから言われたこと。


「ジュリの作るものはね、影響力があるんだよ。僕たちの力となんら変わらない影響力だ。それは、軍事利用されることを意味しているから」

 って。


 怖かった。

 凄く。

 でも。


「でも、作ることを止める必要はない。君の手を離れた後のことは、君の責任ではないよ。ジュリはかわいくて安くて誰でも楽しめる物を作っている。購入した人が、その先にあるものを求めるかどうか、それは買った人の責任だ、それは忘れないでほしい」


 その言葉で怯んだ心は建て直せた。

 あの時は。


 でも、いざこうなると。

 私の恩恵を授かった人たちが、軍事利用されることになるの?

 私だけなら耐えられる。『勝手にしろ!』と怒鳴って振り向かずにいられる。そう決心したから。

 でもね。

 私を支える人たちが私の恩恵を受けて巻き込まれるの?


 憤りの後に襲う不安。ごちゃ混ぜになる二つの感情をもてまあしそうになる。


「ジュリ」

 グレイが手を握ってくれた。指の色が変わるほど、きつく、きつく握りしめていたその手をグレイは握って、そしてもう一方の手で優しく擦ってくれる。

「何度でも言う。作るのを、止めるなよ。……待ってる人がいる、ジュリの作品を待ってる人がいる。笑顔にしたいんだろう? 綺麗なもので、可愛いもので、幸せを感じてもらいたいんだろ?」

「グレイ……」

「自分のしていることを、恩恵を、誇りに思ってくれ」


 真っ直ぐ見つめられ、その瞳の強さに守られていることを思いだし。自然と手が緩む。


 うん、そうだね。

 分かってる。


 この人の声で、落ち着いた。


 そうだよね。

 大丈夫。


「大丈夫よ」

 リンファがとても綺麗な笑顔を向けてくれた。

「そんなやつらは証拠を残さず消すからね。やり方なんていくらでもあるから」

 うん、最大級に物騒な人物だったことを忘れてた。











 目的がはっきりと分かればその詳細も推測しやすくなる。

「やっぱり、どれだけ恩恵があるのか確認するためよね。固有の恩恵は個々に確認しないと分からないわ」

 リンファは頬に手をあてがい自分の考えを言葉にする。

「それって、あたしやロディムのってこと?」

「そうよ。ジュリが作るものへの魔法付与の良さはすでに知られているでしょ? ……工房には一切目もくれないってことは……キリアも除外されてるのかも。最近はジュリと作品を作ることが多かったんでしょ?」

「うん、最近は工房にいることが多かったかな」

「てことは、やっぱり、特定の恩恵の確認だよね? 加工することで起こる恩恵の程度は経験の長さから把握しやすいよね。でも、恩恵が出たことは分かっていても、それが分かる作品数が少ないとなると……ってことだもんね?」

 私の問いにハッキリとリンファが頷いて、キリアがため息を漏らしながら額に手をあてがう。

「……今研修棟の中心になってる、ロディムの恩恵を知りたいってこと、だよね」

 キリアが呆れたような声でそう呟く。


 ククマットでロディムの恩恵を知らない人はいない。公爵家の跡取りでありながらあれだけ毎日懲りずに時間さえあれば研修棟に行ってレフォアさんたちやウェラと肩を並べて作ったり素材の研究をしたり。さらに、時間を見つけては私のところへやってくる。

 元々が目立つ存在で、内容は隠せても恩恵自体を隠しようがないだろうと情報管理などはほとんどしていない。アストハルア公爵様ですら、『詳細を知ることなど身近にいなければ不可能』だからと、息子の恩恵を知った当初から公表しなければいいというスタンスは変わっていない。


 男性で強い恩恵を授かったのは四人。

 うち一人、ロビエラム王家の王太子殿下の恩恵については機密扱いとなっていて、知る人は限られるので除外するとして。

 ライアスとローツさん、とロディムの決定的な違い。

 ライアスは道具の開発者や修理に多大な恩恵を授かっている。

 ローツさんは白土やその他一部の製作と、不自由している片腕がその時だけ動くという恩恵。


 ロディムは、作品そのもの。


 よくよく調べてみれば、スライム様などの安価で弱い素材のものならば私とキリアに追随する魔法付与が可能な加工が出来ることも分かった。

 そして最大の特徴は、『魔素が多いものであればあるほど素材本来の性質を変えずに加工ができる』というもの。

 わたしでは魔素の多い、癖の強い素材だと不活性魔素を加工で極限まで放射させてしまう共鳴を起こす。そしてキリアは『黄昏』の鱗の加工ではっきりと判明したのが、最大で私の八割に迫る、不活性魔素の放射が可能ってこと。まあ、キリアは副作用である魔素酔いを起こさないけども。


 ところが、ロディムの場合は適度に不活性魔素を残したままの加工が出来る。これはマイケルやハルトの調べでロディムの加工によって残るのは素材本来が持っている物質の自然な安定に必要な量だけ残る、というもの。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()が可能なものが作れることを示唆する。私とキリアのように、加工すると世の中に出せない『神具』『国宝』になる魔法付与が出来るものに仕上がってしまう確率が高い、というのとは明らかに違う。

 彼の作るものが、加工するものが、『大陸全土の魔法付与の基準』の指標になりうることを示す。


 あやふやだった魔法付与。今なお研究され続ける魔法付与。


 何に、どれだけの、どういう性質が向いているのか、それは各国で微妙に違いがあるのが現状。

 作り手である職人によって、得手不得手とする素材があることと、加工による魔素の放射にムラが必ず出てしまうこと、なにより魔法付与する魔導師の能力や魔力量にも左右されるから。


 けれど、恩恵があるロディム。

 あのドラゴン『黄昏』を加工できる。最高峰といわれる素材を、私やキリアのように。

 そして、今のところ、加工できない素材はない。私とキリアが加工できるものは彼も出来る、というのが私たち二人の認識。

 そして素材そのままの、有りのままの性質に近い状態を自然に保った加工が出来る。


 こんな人は、恐らくロディムだけだ。

 今後、似たような恩恵を受ける人は限られるか出てこない、と私の本能が訴えてくる程の逸材。


「ロディムの身辺を少し気を付けた方が良さそうね」

 リンファが重苦しい空気を纏ってそう告げる。

「こういうとき、貴族というのは身動き取れなくなるわよ。 曲がりなりにも次期公爵、国に逆らうことは出来ないわ」

「あ、そっか」

 キリアは納得した、そんな顔をした。


 そう。

 ロディムは次期公爵。

 王家に継ぐこの国の二大公爵家の後継者。

 そんな彼が、国に逆らうようなことはできないし、してはならない。公爵家が目に見えて反抗的な態度を取れば確実に国内は荒れる。


 それよりも。

 やっぱり、と思った。キリアも思ってる。気づいている。


 ベイフェルア王家。


 今回のこの問題は、間違いない。


 この国が絡んでいる。


 悲しいことに、友好関係が正式に結べていないのは、今いるこの国。

 ヒタンリ国を筆頭にバールスレイド、フォンロン、バミス、テルムス、ロビエラム。そしてあのネルビアや小国や自治区とさえ、 《ハンドメイド・ジュリ》は規模は違えど素材の取引で交流があるにも関わらず、この国ではかろうじてグレイを介した手紙のみで王妃様と接点がある程度。


 交流がある国がこんなことをするわけがない。

 だって私の【神の守護】を理解しているから。

【選択の自由】について重く受け止め、理解しようとしてくれているから。

 それを無視すればいつか必ず、その行いが返ってくると知っている。

 そして。

 私は無力で脆弱な人間だけどとしっかり向き合えば私もそれに応えると知ってくれている。


 私から奪って探る必要はない。

 私と親しくしてくれる人たちは知っている。

 ちゃんとルールを守るなら私がいくらでも売ること、作ることを。出し惜しみなんてせず、作って、作って、買って下さい! と世に送り出すと。

 一緒に豊かになりましょうと、『小金持ちババア量産しましょう』と笑ってふざけて、本当にそこを目指している事を、皆理解してくれている。


「なんで、こんなことに」

 つい、そう愚痴を漏らしてしまった。

 どうして、ただ物を作るだけでは許されないんだろう。

 綺麗で、可愛くて、キラキラしてて。そんなものが身の回りにあったらいいな、それを売って稼いで、将来安定した生活を得られたらいいな、今でもその思いは変わらないのに。


 セラスーン様には好きに生きなさいと言われている。私の人生は私のためのもの、私も好きに生きたい。

 でも。

 好きに生きれば生きるほど、自分と誰かをおかしな流れに、巻き込んでいる。


 だからといって、立ち止まる訳にはいかない。

 ここまでやって来たんだから。


「対策を話し合ってもらうべきだろうけど……グレイセルたちはどこにいったのかしら?」

「侯爵家に。多分グレイとハルトのことだから今話したこと思い付いてる。その事で話し合うんじゃないかな。ロディムのことになると、侯爵家の一存では決められないから、すぐ公爵家にも連絡して協議すると思う」

「それならいいけど、他にも出来ることはしておくべきよね」

「何かある? あたしはそういうのわかんないからね? 庶民の意見でならいくらでも出せるけど」


 迷っている暇はない。


 守るために。


 決断を。


「……リンファ、私のすべての経営権、買わない?」


「「はっ?」」

 二人の目が見開かれた。

 何度か考えてたこと。

 万が一、私が不在で、それが原因で 《ハンドメイド・ジュリ》が身動きとれなくなったら、働いてる人たちも身動きとれなくなる。

 収入が得られなくなる。

 それを防ぐために、経営権事業内容に沿って分割し、今私を筆頭にグレイとローツさん、そしてつい最近はロディムにも分散してある。公爵家、侯爵家を入れなかったのは私よりも国の影響を受ける可能性が高いからという侯爵様のその言葉と助言から。

「……そっか、リンファはこの国の人じゃないし、バールスレイドの重鎮、この国が手は出せないもんね?」

「なるほど、そうね。でも買い取る必要はないんじゃない?」

 私はここで首を振る。

「正式に手続きすべきだと思うのよ。これが偽装だなんてことになったら万が一の時に調べられた時リンファの立場も悪くなる」

「確かに。ならば皇帝陛下にも話を通していいかしら。どうせなら金額は大きい方がいいでしょ? 下手な金額は疑いの目を強めるわ。経営権はグレイセルたちはいくらで購入してるの?」

「グレイは二百万リクル(約二億円)、ローツさんとロディムは百万リクル」

「なら、私は、二千万リクル出すわ」

 キリアがギョッとするのも当然。グレイの十倍、現実味のない額だからね。

「ジュリそのものの経営権ならそれだけ出してでも欲しがる人は欲しがるわよ」

「高く評価されるのはうれしいけど」

 呆気に取られるキリアの隣、私は苦笑して肩を竦める。

「ごめんね、こんなお願い」

「大丈夫よ、お金は皇帝陛下に出させるから。契約書もとんでもなく物騒なもので私と契約しましょうよ、そうしたら皇宮の最も厳重な保管庫の奥に突っ込んでくれるわ」


 ……うん、なんか、こういうとこ好きだわ。


 そしてキリアは契約という単語で何かを思い出しハッと息を漏らす。

「ねぇ、もしかして私の『代理経営権』も更新しておいた方がいい? あれ、近々更新日なんだけど」

「それ大事!! ロディムだけじゃなく私まで身動きとれなくなったら、多分グレイもローツさんも手一杯だわ。うん、それ大事だわ」

「あれって、一カ月から更新できるよね? うちの旦那が私の身元保障で承認サインしてるから、旦那もいないとダメなんだっけ?」

「そうそう。あと保障にサインしたの誰だっけ?」

「ケイティ。あの場にちょうどいて【彼方からの使い】なら貴族並みの信用あるからってその場でお願いしたんだよね」











 私の少し細かい決め事や早め早めの行動を危機管理、察知能力が高い、とグレイやローツさんなど沢山の人に言われてきた。

 もしかすると、それは本当なのかも、と今さらだけど実感している。


 ざわざわする。

 不安が拭えない。


 この先何も起こらないなんて暢気なことが冗談でも今口から出せなくなっている。


 きっと起こる。

 《ハンドメイド・ジュリ》を襲う何かが。













 そして、ベイフェルア王家直属の近衛騎士団が極秘任務を受けその準備に入ったとトルファ侯爵家から情報が齎された。

 その準備は『連行』するためのものだ、と。

『誰を連行するのか』までは分からないとのことだった。ごく限られた、本当に数名での密談でのことだと。

 そしてこうも書かれていた。


『このような決定自体、秘密裏しかも少人数というのはあってはならないことであり、法を無視した王宮と一部の特権階級の暴走といえる。今後の王宮の動向には最大限注意するように』







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― 新着の感想 ―
どうなるかねぇ
うん、ベイフェリア王家はもう正当な血統は残ってないんだから これを機に滅ぼしてしまおうw ベリアスも血統の継承は不可能になってるし、国の後始末後に消えていただくのがよろしい でもこの情報を知ってるのっ…
防衛的先制攻撃、では駄目なのかな。攻撃してくるのが分かっているのに待っている必要はあんまりなさそうだけどな。どうせ王族がいたところで仕事なんてしていないのだから、国の運営に影響なんてでないだろうし
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