46 * ひょんなことから裏話
新章です。
「どうして?! 私が欲しいと言っているのよ?!」
それは突然聞こえた若い女の子の大きな声。工房でキリアとロディム、そしてフィンと共にアクセサリーの新作に使うガラスパーツや金属パーツについてあれこれ話し合っている時だったので、私達四人は同時にピタ、と動きを止めて息を潜めるようにして互いに顔を見合わせた。
「ここにないなら出してちょうだい!」
「ですからこちらは限定生産しているものなんです。サイズもありますので在庫を抱えず、なくなり次第新しく作るもので」
「そんなっ、だって、あるって聞いてわざわざ来たのよっ……それなのに」
「あの、そのお話はどなたから伺ったのかお聞きしてもいいですか?」
「じ、実はねっ」
おや?
そう思った。
口調や雰囲気から裕福な家のお嬢様なのはすぐに分かった。対応してくれている従業員は開店して間もないころから店頭販売員や作品作りの補助などをしてくれている人で、言葉遣いも富裕層相手でもわりといける、こちらとしてもかなり頼りにしている三十代の女性。勿論、実際に対応するとなると今でも緊張するとかで、話すスピードは落ちるし途切れ途切れのぎこちないものになると本人は苦笑するんだけど、それでも他と比べればその経験の差が物を言い知人の貴族の方々も気安く挨拶をするくらいには慣れている。
で、ご令嬢の様子からすぐに私が、場合によってはロディムが出たほうがいいかなと四人が同じことを思ったと同時に従業員のその人が勇気を出して質問したわけだ。
そしてあの反応。
(単に喚いて無理矢理商品出せとか何か寄越せって言わないあたり、ちゃんと教育されてる)
問われたことに気を悪くするでもなく逆ギレするでもなく、理由をちゃんと説明しだしたのよ。
これにはロディムも『ん?』って顔をして。
「ちょっと会ってみようか」
「大丈夫そうですね……念の為私も立ち会います」
「うん、宜しく」
あまりにも喚いたり、脅迫めいた事を言いだしたらローツさんやグレイが即出動なんだけど、お店のイメージもあるのでなるべくそうしたくない私の意向もあり、可能な限り居る人たちで対応するようにしている。
たまーに位の高い王侯貴族の親戚だとかが混じってるので、そういう時のためにも今のようにロディムも付き合ってくれるんだけどね。
「まあ! 私のせいで商長のシマダ様とアストハルア公爵ご令息がっ、失礼致しました」
うん、この子、ちゃんと教育されている。
彼女はとある伯爵家のご令嬢。アストハルア公爵ご令息とは社交界で挨拶を交わした事がある程度、そして婚約者であるシャーメイン・クノーマス侯爵ご令嬢とは学園で何度かお話をさせて頂いた、という懇切丁寧な自己紹介を受けた。
そしてなんと、お家は強権派。
聞いた瞬間ビビったけど声を出さないで我慢できた事を褒めて欲しい。
騒いで呼び出す形になったことで何度も謝罪され、更にはお詫びに父親から謝罪の手紙を、なんて言われてそれは流石に断った。
とにかく謝罪の嵐を止めて話を聞けば、なるほど納得といった内容で。
「ご迷惑でなければご希望でした物が出来次第お送りします、勿論魔導通信具で送りますのでその料金も加算にはなってしまいますが、またここまで来るよりはいいと思いますし」
そんな提案をしたら是非とも! と大変喜んでくれただけでなく、その代わりに家族へのお土産を買いますと目的以外の物を買ってくれた伯爵令嬢。
その人当たりの良さは当然、何より身なりは外出に適したスッキリとした上品な訪問着だし後ろに控えている侍女さんは終始無言でご令嬢同様品行方正、主人が頭を下げれば共に頭を下げたりと、それはそれは教育が行き届いていることがわかった。
そうしてトラブルになりそうでならなかった一連の出来事は、ご令嬢の満面の笑みと同じく侍女さんの帰り際の礼儀正しい一礼を見送るという爽やかで後味の良いもので締めくくられた。
「本来はそういう令嬢や子息が多いな」
「それ前も言ってたね」
「騒いだり暴力で解決したりしようとするのはロクな教育をされずに育ったか、正しいと思い込んでいる阿呆か、もしくはそうするように指示を受けて調子に乗っているか。教育されていないとか阿呆はほんの一部だ。そんなのばかりが貴族社会を動かしていたらすぐに崩壊するだろ」
「それ正論」
研修棟から戻ってきたローツさんに起きたことを話せばそんな答えが返ってきた。
そうなのよねぇ。
強権派だから全部の家がダメってわけじゃないし、逆に中立派と穏健派でもダメな家がある。
そこまで納得して、更に思う事が。
「あとさ、悪意で嘘の話を流して今回みたいな被害に遭わせてトラブルにさせようとするところもあるよね」
「そっちの方が厄介だな。世間知らずや阿呆は追い出せばいいし関わらずにいればいいからな。今回のは令嬢が欲しがっているものだと知って必ず手に入ると嘘を教え込んで、あわよくばうちとトラブルになり伯爵家が困ればいいとやっているからタチが悪い」
そう、今回の問題はそこ。
伯爵令嬢の話では、未婚の令嬢達が集まる大きなお茶会でうちのお店の話になり、令嬢が欲しいものがあると言ったら『いつでも売ってる定番品』と教えた令嬢がいたこと。
それがなんと同じ強権派の令嬢っていうんだからシャレにならないと思ったわ。
令嬢本人に恥をかかせたかったのか、うちにトラブルを持ち込んで困らせたかったのか、それとも何か他の意図があったのかわからないけれど、少なくともそれは確実に『悪意』なわけで、それを未婚の成人してたった数年の令嬢が同じ派閥の令嬢にやってる時点でその家の黒い部分が伺い知れる。
一方で、強権派と言えども品行方正、淑女としてしっかり教育されてきたご令嬢もいる。中立派筆頭家の後ろ盾のある私と大っぴらにお付き合いは出来ずとも、お店の商品の売買を通してのお付き合い程度なら問題はない、というご令嬢がいるこの事実。
この各家の教育の『成功と失敗』って、どこに違いがあるのかな、と疑問が浮かぶ。
「それこそ声を大にして言うことではないが……王家やベリアス家に近いかどうか、今はそれが要因の気がするなぁ」
「え、そういうものなの?」
「王宮がベリアス家の支配下に置かれ始めたのが先の女王陛下に代わって王位に就いた現王の頃からだ。十五年以上前の話しでそのうち数年もあれば様々な点で要因となる根幹が変わることもあるだろ?」
「確かに」
「先の女王陛下は派閥に偏りが出るのを嫌う方だった。逆に現王はベリアス家とそれに連なる強権派、そして自分を立ててくれる奴だけを側において権力を維持している。それがそのまま貴族社会にも伝染したわけだ」
「怖い世界だよね」
「今更だがな」
そう言ってローツさんは肩を竦めた。
その会話で出てきた『先の女王陛下』。
最近の王家の妙な動きとか王妃の今更な感情の件とか、気になる存在になってきた王家。
だからかも知れない。
その『先の女王陛下』について興味が湧いた。
今まであまり興味を持たずにいたけれど。
「そういえば……王位を譲位したんじゃなく、代わったて話し。あれってどういうことなの?」
ローツさんがビシッ!! と固まった。
なにその反応。
怖いよ……。
『ベイフェルア王家の現王は女王陛下に代わり議会の承認を得て王位に就いた』
私が召喚されて間もない頃に知ったのはそこまでだった。
でもそこには『表向きは』という言葉が付随すると知ったのは割と最近。ベイフェルア王家の妙な動きが気になってそういう話をすることが多くなって少しずつ自然に情報が蓄積されていってのこと。
そもそもさ、よく考えるとおかしな話なわけだ。
『女王陛下に代わり』って、王位継承というとんでもなく重要で歴史や国民の命すら左右する継承でなにその曖昧な感じってなる。ざっくりしすぎだろ、って。
これが『女王陛下から譲位の意向があり』とか、『女王陛下の崩御により』とか、明確な理由があれば『議会の承認を得て』が続くと思うのよ。
それが表に出ていない。正確には『崩御』と言葉にする人が極端に少ない。
国民の大半を占める平民は、今の国王が『王位に就いた』としか知らない。
そんな事を考えるくらいには王家に対して私の不信感が募っていて、だから以前グレイに聞いてみた。そしたらローツさんと同じ反応されたのよ。
見事に固まって、それ以上話をしてくれず。
ということで、こういう時のお助けマンに聞いてみよう!!
「あー、その話な」
ハルトです。
そして質問してみればなんとこの男はとんでもねぇ爆弾投下しやがった。
「内部クーデター。現国王の計画で暗殺されたって話だから」
……。
つまり?
「え、それ、今の国王によるもの?」
「おう」
なんて軽い『おう』だ!!
「ってことになってる」
……。
ん?
「実は俺も調べてたことの一つ」
「え?」
「多分グレイもローツも隠してるとか話せないとかじゃなく、真実が何なのか分からなくて説明に困るから固まったんじゃないか? だってお前王家と仲悪いし」
「仲悪いというか長らくほぼ放置されてる」
問題はそこではなく。
「俺も最近ベイフェルア王家のことは調べてたんだ。調べると面白いことがわかった」
「面白いこと?」
「現王が即位することになった経緯がな、とにかく曖昧なんだよ、見えてこなくて曖昧」
「はっ?」
「変だろ?」
「へ、変もなにも、異常でしょ……王位継承だよ、曖昧って、あっちゃいけないでしょ」
「それでも、議会が承認せざるを得なかった。即位の経緯が現王の内部クーデターだとしても、それを隠蔽してでも即位させるしか選択肢はなかったってことだろうな」
『嘘でしょ』とつぶやいたけれど、ハルトはちょっとだけ諦めの滲む笑顔で肩を竦める。
「内部クーデター、つまり王族の王位継承問題はどの国でも起こるって。そのいい例がカッセル国だ。あそこの現王は継承権の高い兄貴たちを引き摺り下ろして王になってる。目に見える、分かりやすくそういうことをする国は少なくなっただけだろ」
「う、そういわれちゃうと……」
『ただし』と、ハルトは私の納得いかない顔を見ながら続ける。
「それでも当時のベイフェルア王家のその王位継承の経緯はあまりにも闇に包まれてるわけだ。だいたいな、クーデター後女王がどうなったか、暫くの間公にされなかった」
「……それはおかしいね?!!」
「変だろ? 死んだのか、幽閉されたのか、市井に下ったのか、追放されたのか、一切情報がねぇの。しかも王配も一緒にその生存も所在も不明になってる。王配はロビエラム国の侯爵家出身だぜ? その侯爵家が当時かなり大騒ぎしたのに一切情報が回ってこなかったって話だ。だから今でも侯爵家は王配の死亡を認めていないし、ことあるごとにロビエラム王家もその件での情報開示をベイフェルア王家に求めてるけど一切取り合わねぇんだと。しかも当時散々騒ぎになったのに葬儀が執り行われたのが相当後だし」
マジか。
興味なくて今まで知ろうともしなかったけど。
改めて聞くと、本当に変な話だわ!
「それで俺も最近本腰入れて調べてみるかなと思ってさ。俺が召喚される前のことだからなかなか難しいんだけど」
「そうなんだ……」
「今の段階で信憑性がある話をすれば、そのクーデターは現王主導で、王妃も知ってて止めなかったんじゃねえかってこと」
「ええ……」
「そして女王は毒殺か、呪殺かの線が濃厚なこと。物理的な争いの形跡が王宮内で一切なかったことは証明されてるってさ」
「そうなんだ……」
「で、王位継承の承認には高位貴族が開く大議会での三分の二以上の可決が必要不可欠な中で、それよりも数年前に現王の姉である王位継承のある王女が病死していて直系が当時王太子だった現王のみ。議会は国主不在を良しとせず、現王その取り巻きたちの思惑通りに即位を認めるしかなかった可能性がある」
「え、普通に嫌なんだけど。そんな理由でお馬鹿な人が国王になるのは」
「そんなこと俺にいわれてもな? 女王陛下一強でしかも王族に相応しいレアな【称号:女帝】を持ってたし国政も極めて安定した状態だったから当時王太子だったアホ国王は重要な議会への出席もしなくて良かっただろうし重要な案件を預けられることもなかっただろ。周りのサポートがあればそんなの隠せる。国王やらせてみたらまさかのポンコツってのは案外あとから発覚したかもしれねーな」
「あー……なるほど……」
「あと、もう一つ……」
「え、なに?」
「一応、国葬で女王の葬儀が行われたんだけどな」
そこでハルトは一拍挟んだ。
「ダルちゃん (ロビエラム国王)は見てねぇんだよ」
「ん? なにを?」
「女王陛下の顔を」
「……え?」
「女王陛下の葬儀だからな、当然ダルちゃんも参列した。けど、顔を見てねぇって。正確には、棺が完全に閉じられていて中が見えなかったって。腐敗を遅らせる魔法とか特殊だから掛けられてれば直ぐわかる、能力の高い魔導師ならいつからその手の魔法が掛けられたか一発で判断可能だ、だから余計な細工が出来ない状態、つまり棺は別人の死体が入っていた可能性が俺は濃厚だと思ってる」
なるほど。
よーく考えてみると、確かにグレイもローツさんも説明出来ない事だと思った。当時グレイはまだ王宮に入ったかどうかの時期、ローツさんも中枢に近いとはいえまだ若く地位も低くて内部事情には疎かった。
と、そこまで思い至って、生まれた疑問。
「え、侯爵様たちはある程度知ってる?」
侯爵様は中立派筆頭家の当主。
てゆーか。
アストハルア公爵様とベリアス公爵は、多分全容までいかなくともある程度知ってるよね?
特にベリアス公爵。
知ってるっていうか、手を貸した可能性、あるよね?
しかももう一つ。
ペリーダ伯爵家の備忘録にあった 《紛い物》。
あれはベイフェルア王家のことを言っている。
なのにハルトは女王陛下についてこんなことを言ったよね、王族にピッタリな【称号】を持っているって。
つまり、女王陛下は 《紛い物》じゃない?
現王が、 《紛い物》?
でも、そうなると現王は女王陛下の実の子ではないか、実の子だとしても、何らかの理由でそう呼ばれることになってしまった? それとも、現王の子、王太子や王女のことを指している?
……分かんねぇぇぇ。
駄目だぁ。
これ、考え過ぎると負のスパイラルに陥るやつ。
これ以上考えるのはやめる!!
……今は、ね。
一体どういう事でしょうね。
そして、ジュリはどうベイフェルア王家と関わることになって行くんでしょう。




