45 * この際集めてみるのもあり。
バランスとか第一印象なんてその辺にぶん投げて気持ちと想像の赴くままに作って実に面白い斬新な額縁が二つも出来る時点で恩恵も少なからず影響しているよね、なんてことを考えながら、私はキリアの恨みがましい視線をスルーし、額縁を眺める。
「さっきから何考えてるのか教えてよ!!」
我慢の限界に達したキリアが叫ぶ隣、ロディムも深く頷いている。
「え? うーん、どこに入れようかなぁと」
「は? 何を?」
「この木枠の額縁なんだけど、キューブが寄木細工のような模様になってるよね? 翼のグラデーションを上手く活用して層にして縞模様が物凄く綺麗な瑪瑙みたいにしてからそれをカットして組み合わせて更に模様にして。……ここまで出来るなら、『金継ぎ風』にしてもいいんじゃないかと」
「金継ぎ、風?……」
「うん。この層の一部に金属か見た目がその手の素材を挟んで模様にしたら高級感出せるよね金属の色味によってもたいぶ雰囲気も変えられるし」
「……」
「それと、砕いた翼を金継ぎ風にして接着、それを研磨したら面白いよ。混合素材って言えばいいかな? 異素材と混ぜ合わせて完全に接着させてそれ自体を一つの鉱石のように見立てるわけ。あえて適当に砕いたものを繋ぎ合わせることで一つとして同じ模様にはならないでしょ、しかも小さく砕いたものを繋ぎ合わせたものならアクセサリーパーツに出来るなぁってことを現在進行系で考えてた。他の石でも出来るから実験はしてみてもいいかもね。最初アイスドラゴンの鱗でやろうとしていたこととほぼ同じよ、クラックをあえて模様として活かした見た目ね」
金継ぎ。欠けたり割れたりした器を漆を使って修復する日本の伝統的な技法のことで、金継ぎと言いながらも実は修復自体はほぼ漆、金は最後の仕上げでしか使われていない。 漆は天然素材で耐久性も高く、食べ物を入れる器に使用しても安心なうえ、修復した際の金のつなぎ目が一つとして同じものは出来ない事から、物を再生させるだけでなく唯一無二のオリジナルデザインに生まれ変わらせることが可能というメリットがある。
ただし。それは漆があればの話し。
この世界で漆には未だ出会っていない。いや、どっかに生えてると思うのよ、単にこの世界ではそれに使い道があると誰も気づかず未開の地とかでボーボーに生えてるだけなんじゃなかろうか、と。私が悩んでも仕方ないので諦めてる〜。
となれば代用品を探すところから始める必要が出てくるんだけど。
この世界の長所はファンタジー素材で溢れているってこと。
「いっそのこと似た素材とか代用品なんて探す手間は省いて本物の金属で金継ぎしちゃうのもありと言えばあり。……あれ、そうなると金継ぎって言わない? 漆使ってないし。でも、最終的に金粉で仕上げていくわけだから金属使ってるもんね? じゃあ漆無しでも金継ぎって呼んでいっか」
一人、謎の思考のループにどハマりしてしまった私は気づかなかった。
キリアとロディムが物凄く不満そうな顔をしていたことを。
「あのね、私は人間なので普通に物忘れするのよ。しかも日々色んな物を作ってるんだから技法の一つや二つ、召喚されてから数年後に思い出すのは仕方ないでしょ」
何で今更そんな面白いことを言うんだと責められるのかと思って言ったんだけど。
「……本当に、ジュリのいた世界って何でもあったんだね」
「うん? まあ、そうだね。この世界と在り方そのものが違うから比べ方によっては意味はなくなるかもしれないけど、私の生まれた日本に限って言えば確かに何でもあったと言えるかな」
「それ、その世界の人達が独自に生み出したんだよね?」
ああ、なるほどと納得する。
キリアが言いたいことがわかった。
「……少なくとも【彼方からの使い】なんて存在はいなかったね。各国が、気候や文化、歴史、沢山のことを踏まえて長い年月をかけて沢山のものを開発して送り出してくれた世界だった」
「私もいつかそういうことが出来るようになるでしょうか」
まるで自分に言い聞かせるようなロディムのつぶやき。
キリアは微かに首肯した。
「いや、そんなこと考えてもしかたないって」
軽い口調で返すと二人はぎょっとしてグレイがキョトンとする。
「どうせ考えるなら『なるでしょうか?』じゃなく『どうしたらいいか?』と思考誘導すると生産的」
「「「……」」」
「そしてその点に関して私に答えを求められても答えられないわ。私は既に出来上がった世界で生まれ育ったからその過程の先人たちの苦労なんて正しく理解していないしそれこそその事について語るなんて烏滸がましいこと出来ないし。だからどうしたらいいか考えるしかないのよ、まるで違う世界のことだし、私の知ってること全てがハマるわけでもないし」
物凄く何か言いたげな顔を三人にされつつも私はスルーし考える。
今キリアとロディムが製作中のティターニア様への賄賂額縁はカットし研磨した鱗にかじり貝様を透けるほど物凄く薄く剥いだものを張り合わせ、それを更にパズルのように組み立てて作られている。これは鱗、アイスドラゴンの実に爽やかで涼やかな透明度の高い薄水色の鱗を活かすため、宝石のクラック部分に金属質の物が入り込んだ時のメタリックさを表現できたらなぁ、というところから派生して生まれた。
そして今回の金継ぎ風は不透明な翼を意図的に不揃いに砕いてそれを金属質の色合いのもので合わせカットすることで独特な風合いを持たせられる。
どちらにも共通するのはつなぎ合わせるということ。
「……並べて見たいよね」
グレイには聞こえていたらしい。少し不思議そうな顔をする。そのことにはあえて触れず私は更に考える。
つなぎ合わせるという手法を使っていながら雰囲気がまるで違う二つのデザイン。
それを言えば更に侯爵家の額縁とロビエラム国王女ヒティカ様依頼の額縁にも共通点がある。透明なスライム様の中に金属のオブジェクトを入れるという、でもそのオブジェクトの扱い方が違う二つの額縁。
(職人さん達が意欲的で試作品は完成してる、って言ってたっけ。それも可能なら並べてみたいよね)
自分が提案し手がけた物が完成に至ったら、それらを並べて見てみたい。
……ダメ元で頼んでみるか。
そしてその場でネルビアガーコイルの素材の紹介、そして活用法などを説明するのもいい。ついでに言えばベニトアイトを使ったセラスーン様をイメージした聖杯、あれも金細工職人のノルスさんがかなり気合が入っていて既に作り始めてくれているからそれのお披露目もありかもしれない。
あれ、まてよ?
そうすると声をかける人たち、色々な意味で凄い面子だわ。しかも絶対に来るって言う人たちばっかり。
伯爵家の迎賓館で事足りるかな。
……。
………。
…………。
侯爵様に即相談。
「ジュリ」
「はい」
「そうなるとネルビア大首長にも招待状を出さないとマズイな」
「あ、やっぱり」
「そして停戦協定の仲介国でありジュリの後ろ盾でもあるからヒタンリ国第二王子殿下もお招きした方がいい、殿下による顔つなぎが必要だ。ヒティカ様は継承権も持っておられるしティターニア様は皇国の皇族出身、ネルビア大首長へ紹介をする立場となると侯爵家ではかなり弱い。アストハルア公爵家でも少々、な」
「そういうものなんですか?」
「公的な晩餐会や夜会ではないから本来ならそこまで気にする必要はないが……相手はベイフェルア国と国境線を巡る争いをしている国、今回のジュリの計画を聞く限りお忍びは無理だろう、そうなるとどこから横槍が入るか分からない。であればジュリの保身に絶対的効力が発揮されるヒタンリ国から王族を招きヒタンリ国が顔つなぎをする、と最初から組み込んだ方がいい」
「な、なるほど」
「更に言えば」
「まだあるんですか」
「ジュリのセラスーン様のための聖杯だが……」
言い淀む侯爵様をじっと見つめると何とも困り顔を返される。
「今までの聖杯とかなり『意味』が違う。恐らくジュリに対して同じ意味で作って欲しいと依頼が入る可能性が極めて高い。理由としては神様キーホルダーだ、それこそ『神様のためのデザイン』の走りといえるからな。色やイメージから高価な素材、希少性の高い素材を必要としない場合の相談が入ったらジュリの負担は想像以上のものではないか? デザインや相応の素材への吟味に相当な時間を要する気がするが」
「あー」
つい、だらしない声が出た。
「思った以上の大事に……。全部断るしかないですね」
きっと私の顔はスンとしていた。侯爵様が苦笑する。
全員の希望を聞いてデザインしてそれに合う素材も見繕う。恐らく納得してもらうための説明も懇切丁寧にする必要も考えられる。何より誰のものから作るかで配慮することも必要になりとてもじゃないけれど勢いで何とかするのは無理。
「聖杯は、ベイフェルア国内のジュリからヒントを得て同じように作ることにした家のみに絞った方がいい。そうすれば複数の見本が出来た状態になるから後日集めてお見せする場を設けることも出来るのではないか?」
「ですね、そうします」
こういう時の侯爵様はやっぱり頼りになります!
なんてことをしみじみ思っていたら。
「その代わり……少し前から初めている無料の作業場、ミシンなどを自由に使えるあの事業について説明してみてはどうだろう」
「え?」
「実はな」
侯爵様から聞かされた話に私はちょっと気持ちがふわっと浮上する。
それは、有料でもいいので貴族の女性でも気兼ねなく出入り出来るそういう場所がないかとシルフィ様や嗜み品専門店 《タファン》の店長オリヴィアさんに対して知人友人からそんな相談が何件か来ていた、ということ。
「屋敷の中で一人でしていてもつまらない、相談したくても出来ない、そういう御婦人が多いと」
「そうなんですね、私てっきり富裕層の方たちって静かに優雅に、と思ってました」
「そういう雰囲気を好ましく思う人だけではないようでな。特に子供たちが成人し時間も精神的にも余裕が出来たりすると一人の時間を持て余す事が多いと聞いている。それと刺繍など得意な御婦人は新しい事にも挑戦してみたいと思うようだ。ククマットの領民講座がきっかけになっていると」
「それはうれしいですね!!」
素直に喜んでおく。領民講座にきたことはなくても、どんな事が学べるか、出来るか、そのくらいの情報は社交界なら幾らでも入手出来るから。それを聞いて『やってみたい』『作ってみたい』『学びたい』と思ってくれたってことだもんね。
でも富裕層の女性となるとそう簡単に出歩けるものではない。貴族だと結婚し女主人ともなれば屋敷の管理を任され、社交界での活動も疎かに出来ない。案外自由時間はその二つだけで潰される。
でも社交のついでに出来たなら。
「要するに富裕層の御婦人たちが気兼ねなく集まり刺繍したり絵を描いたり、それを教えてくれる人と必要な物がそろった場所があれば、ってことですね」
「シルフィ達も独自に今事業化に向けて構想をねっているんだ。そこに君も加わって貰えると助かるんだがどうだろう? そしてそれを額縁をお披露目する時にでもしてくれれば、ベイフェルアだけでなく他の国でも検討されるかもしれない」
「そうなると、活動環境がまた少し広がりますね」
物を作ったり学んだり。
そんなの身分は関係ない。
関係ないけどどうしても付き纏う。
面倒くさい建前とか矜持とかいろいろ。
だったらまずは『やってみる』。
大事な一歩だよね。
「ぜひ協力させて下さい。そして額縁のお披露目会だけでなく楽しくお話できたらと思います」
「へえー、ジュリが考えた額縁を所有する人たちを集めてお披露目会、そりゃ大層な集まりになるね」
侯爵様に相談し、クノーマス侯爵家全面協力の下行うことになった額縁お披露目会。その時に必要になりそうな物の発注をするため 《レースのフィン》に行くといつものメンバーが迎えてくれる。デリアは興味津々、そんな様子で言ってから少しだけ首をかしげる。
「でも聖杯のお披露目は止められたんだね、そりゃ何で?」
「今までの聖杯とは意味が違うからってことだった」
そう、神様のためにデザインした聖杯を今後こういう風に作るのもありだと思いますよと説明しようと思ったけれど、それについても侯爵様から止められた。なんでもすでに広まっているその話を噂で聞いて一部の貴族が批判的な考えであることを仄めかしてきたらしい。隠してはいなかったのでアストハルア家、ツィーダム家の他にも数家がすでに私にどんなものか問い合わせしてきてそのまま相談に乗っているし、そこからお茶会などで徐々に広まっているようなので今更その流れを止めようとは考えていないけれど。
「要するに、神様に捧げる物なのに安い素材を使うなんて失礼だろうって批判」
「失礼なのかい?」
メルサもその貴族の批判が理解できない、そんな顔をしている。
「失礼じゃないよ、『気持ちの問題』だから。だってそれが失礼になるならとっくに神様キーホルダーやブレスレットは神様の力で自然に静かに淘汰されてるはず」
「そうだよねぇ」
しみじみと頷いたのはナオ。そんな彼女はそのまま言葉を続けた。
「それなら今までだってあたしたち平民は神様から罰を与えられていなきゃおかしなことになるもんねぇ」
ナオの言う通り。もし高価なもの、希少なものを使わなければ失礼になるというのならとっくに平民はみんな罰を与えられている。ま、答えは一目瞭然。
「まあ、とにかく」
貴族には色々面倒な事があるわけで。
僅かな期間そこに足を突っ込んでいた身としてはわからなくもない感覚なのであえて話を広げることも逆に批判するなんてこともしない。
「こっちはこっちで、騒がずやるわ。どうせ聖杯は大量に作るものでもないしね」
そんなことより、私はそのお披露目会までやることが一気に増えたのでそっちに集中するだけよ。
あー、自分で仕事を増やしてる……。
なんとかなる!
「なんとかなるなる!!」
おばちゃんトリオのデリアのお墨付き、頂き!!
寄木細工に金継ぎ。
調べて見るとなかなか奥が深いので、ご興味ある方はぜひ。
大分前に感想で寄木細工に触れて下さった方がいたと思います。あの頃は作者そこまで寄木細工について調べておらず、でも作品を執筆する過程で何度か目にしまして。今更ですが手間のかかる技術ですよね、凄いですよね。
それが言いたかっただけです、要するに今更共感です、すみませんwww
まだまだ知らないものがあるなぁとしみじみ思います。




