45 * 機能性を無視すると?
「ヤゼルさんとアンデルさんって、定期的に工房と弟子放置するよね」
私の一言に二人はムッとする。
「つきっきりで教えなきゃならねぇことがないならいいじゃねぇか」
と、ヤゼルさん。
「そうだぞ、時には独り立ちのためにあえて突き放すことだって必要だしな」
と、アンデルさん。
「まあそれは職人としての教育とか指導のひとつとしていいことではあるけど、今回二人はやりたいことやっただけでしょ。そもそも弟子が二人を探している時点で何らかの問題ありじゃんって思うのは私だけ?」
彫刻職人ヤゼルさんとガラス職人アンデルさん。
ここ数日お弟子さんたちが二人を探して度々 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》を訪ねてきていた。確認したいこととか特注品の納期の相談とか、お弟子さんたちが判断しかねることがそれなりにあるのにこの二人はククマット内でコソコソ隠れて何かをやっているらしい、という話が転がり込んできていた訳だけど……。
「「たまには良いだろ」」
そんな言葉でハモって欲しくないなぁと思いながら私は二人がコソコソしていた理由を前に腕を組んで唸る。
「こういうの見せられると、何も言えなくなるのよねぇ」
「「そうだろ?」」
ハモるのやめて。
先日、ヤゼルさんはネルビア首長国の文化財保護の管轄である部署の長官とクレベレール首長からグレイ宛にそれはそれは重厚かつ気品漂う封筒で手紙が届いた。
『以前そちらの彫刻師がプレタ様の顔をネルビアガーコイルの翼に彫刻したが、今一度プレタ様の顔を彫刻してもらえないか』
という、ざっくり言えばそういう内容が物凄く丁寧な内容。どうやら一番最初に彫刻した物の所在を巡りレッツィ様と文化財担当部署が揉めたらしい。それでレッツィ様を宥めるためにもう一度ヤゼルさんに彫刻してもらいたいということだった。
レッツィ様、寄越せと騒いだな……。
で、直ぐ様ヤゼルさんにそのことが伝えられ、グレイはヤゼルさんを転移で再びネルビアに連れていき、三日かけて最初の物より一回り以上大きくさらには非常に丁寧に彫られ、レッツィ様が大満足しようやく最初の彫刻を手放した、という騒ぎがあった。
その事に対する御礼としてグレイとヤゼルさんはそれぞれ御下賜品を選んで良いことになり、グレイは転移で往復しただけなのでと辞退した。……世に出せないエルフの里で見かけたものを渡されそうになったというのでね、いい判断だわ。
その代わりヤゼルさんが複数貰えることになり、そのうちの一つとして正式な輸出がまだ決まっていないネルビアガーコイルの翼を二体分、つまり畳よりもデカいあの翼を四枚もらったのよ。
そしてアンデルさんとコソコソ何かをはじめた、に繋がったわけ。
そしてこの二人が作って来たもの。
この発想はなかったのであっぱれとしかいいようがない。
以前ネルビアで提案したネルビアガーコイルの翼を使った額縁。
高級板材をあえて木の枝に彫刻し、そこに動物の躍動とグラデーションを活かした彫刻を固定し、自然感溢れるネルビアらしい新しい額縁として作ったらどうだろうと提案してきた。現在それはネルビアの『技匠』と呼ばれる国お抱えの職人さんのリーダー的なソランさんが中心となり小さなものから大きなものまでデザイン含め試行錯誤中だと報告を受けていた。
素敵な物が出来るだろうなぁ、見る機会あるかなぁ、なんて考えていた矢先。
「よくこんなこと思いついたね」
「ほら、キリアとロディムが作ってんの見てよ。ああいう風に嵌め込むのも面白そうだなと。それでアンデルに声掛けたらやってみようぜってなったわけだよ」
「凄いよ、その面白そうって感覚からこの二つを思いついたわけでしょ。出来るようで出来ないよ。そして私の依頼もそれくらい積極的に受けてよ」
「「……」」
そこ、黙らない。
それは、一辺が十二センチのキューブで所謂サイコロ状になっている。それが数十個。
そのキューブは薄いガラスを六枚張り合わせてあり、シュイジン・ガラスの唯一の技術者であるアンデルさんだからこそ出来るだろう、寸分の狂いも無いものとなっていた。
その中にはネルビアガーコイルのグラデーションを活かした彫刻品。キューブ一つに一つが入っている。その彫刻品は全て違う植物で、中で動かないようにスライム様で数カ所固定されている。
そしてこれの凄いところはこのキューブが額縁になるということ。
専用の木枠があり、そこにそのカメオ風彫刻が入ったガラスキューブを入れるようになっている。つまり、棚にオブジェを並べるようにキューブを好きな位置に入れられるという、額縁でありながらその額縁の模様? デザイン? が自由に変えられるなんとも不思議なものになっていた。
これ、額縁なのか? なんて愚問よ。木枠の内側はちゃんとキャンバスが入れられるようになってるんだから額縁。
もう一つはガラスの枠で、サイズは木枠の物と全く一緒。
そしてこちらはそのガラスの枠にガーコイルの翼を層に沿って薄くカット、さらに厚みを調整しそれを何枚も重ねて接着し、美しい瑪瑙に見られる縞模様にした物をカットして組み合わせ、寄木細工のようにその模様を活かしキューブに仕上げたものを自由に入れ替えられるようにしたという額縁。
あの青灰色と白を上手く活かし瑪瑙の縞模様や木目のような層になったものを何種類も用意し、更にカットして接着する時の角度や向きで様々なデザインになったそれは二十種あり、並べ方によっては幾何学模様にもなる不可思議な額縁となっていた。
この二つを作って私を驚かせたくてコソコソしていたと言われると、うん、怒れないしお小言も言い難くなるわ (笑)。
「キリアとロディムの作ってるのを見てインスピレーションを受けてここに辿り着ける人なんてそう多くないからね」
お小言は出なくても苦笑は出る。
この二人、凄くサラッと、かる~いノリで『見に来い』って声をかけてきたの。
私の言った意味が分かってなくてキョトンとしてるよ。
「これはさ……デザインの時点で『徹底的に額縁である』ことが定められたものなわけ」
私の個人的意見を二人に伝える。
「そりゃお前、額縁作ったんだからよ、当たり前だろ」
ヤゼルさんは眉毛を寄せて当たり前の事を言ってるよって顔。
「そう、当たり前の事をしているんだけど、その当たり前の事をするために要素が完全に殺された状態なのよね」
「要素が殺された?」
「この外側の木枠といいガラス枠といい……中に嵌め込むキューブさえなければ、サイズさえ変えれば、飾り棚としての役割も果たすでしょ。でもその追加出来る役割が完全に殺されてる」
例えば、キューブのサイズが指先が僅かに引っかかる程度枠の内側よりも小さければ、それは本当の意味で自由に取り出せて、取り出したそこへ他のもの、つまり自分が集めた置物、コレクション等を置くことも出来るようになる。
でも二人が作ったこの額縁は、木枠とキューブの隙間はほぼ皆無。爪すら入らずその隙間は紙一枚入るかどうか分からない精密さ。
「この額縁、木枠裏に裏板がないよね? つまり私が作った侯爵家の額縁や今キリアたちが作っている額縁みたいに壁の模様や色がその見た目を左右する可能性があるデザイン。でもあえてそれにしてあるし、なにより……壁に設置して、一度キューブを嵌め込むと取り出すのは困難、自由に入れ替えは出来るけど入れ替えには壁から額縁そのものを取り外して裏もしくは表から押し出すしかない」
私は現在は大きな作業台の上に平置きされているその額縁を手で撫でる。
「木枠とキューブをこうして撫でても、殆ど凹凸が感じられないくらい一体感が追求されてる。つまり、飾り棚としての要素は全くなくて『機能性』が取り除かれている。機能性を頭の中から完全に追い出して物を作るのって結構難しいものだよ」
するとアンデルさんが『あ』と声を出した。
「そうか、確かに……」
「アンデルさんはガラス、特に食器とか花瓶とか、そういう日常に当たり前に存在するものを作るでしょ? そうなると考えちゃうでしょ、売るための商品だから使いやすい大きさ、重さ、形を」
「ああ、考える。そうしないと売れねぇからな」
「私もそう、普段の考えは必ずそっちに引っ張られるのよ。でも芸術品にその要素が含まれると、芸術品としての個性や癖が消えたり減ったりする可能性が高い。自然とね、無意識にやってることを抑えて別の感覚に置き換えて物を作れる人って、そう多くないと思う。少なくとも私は意識しないと出来ないことだから」
その場が静まり返ってしまった。
「おい」
「うん?」
居た堪れない雰囲気が漂いかけたその時。
「お前、そんな事考えながら物を作ってんのか。そのうち禿げるぞ」
ヤゼルさんの言葉に膝から崩れそうになった。
何なの、それ……。
キリアとロディムは食い入るようにその二つの額縁を隅々まで観察している。
『後は頼んだぜ!!』と、帰った職人二人。いや、頼むって何を? そしてここの建物は職人仲間のだって言ってたけど、鍵は? 何より使用許可は? という私の問いなど無視して酒でも飲むかと和気藹々と遠ざかるのを見送る羽目になった。
「それで、何を頼まれたんだ」
ちょっと変態じみた動きで額縁を観察する二人の後ろ姿をグレイは見つめながら、堪えきれない笑いを何とか手で抑えるために頬をぐっと指で掴んで私に聞いてきたけど、私は真面目に返す気もなくて項垂れる。
「何なんだろね、本当に。でもあの潔ぎよさはおそらく、売るなり譲渡するなり、任せるってことなんだと思う。デザインや作り方を含めてね」
「作って終わりか、本当にその先の事を考えずに作ったんだな」
「そりゃそうでしょう。この徹底的に『額縁であること』に拘った作りを見ればね」
私の言葉に疑問を持ったのはグレイだけではなかった。
だからヤゼルさんとアンデルさんに話したことを三人にも説明した。
説明してまたも沈黙が。
「目から鱗ぉ」
キリアの素っ頓狂な声に別の意味で膝から崩れそうになった。
でもまあ、キリアとロディムは物凄く納得した顔をしているので私の言いたいことが理解出来ているらしい。
「言われて見ればね、そうだよね、あたしたちの作ってるものって殆どが『商品』であって『芸術品』じゃない」
「そういうこと。でもヤゼルさんやアンデルさんだって基本的には『商品』を作ってるわけよ、だってそうしないと工房は成り立たないしお弟子さんだって育てられない。もっと言えば生活そのものが危険に晒される。利益を出すため商品を売るのが仕事なんだよね。でもあの二人の凄いところは、その部分を意図的に自分から切り離せるってこと。ライアスですら、素材の価値とか希少性を意識してしまうことがあるのにあの二人は切り替えられるんだよね、完璧に。作りたいものを作る、誰に何と言われようとやりたいからやる、受け入れられるかどうかなんて考えるだけ無駄、自分が納得出来るものを、理想のものを、手の動くそのままに作る。芸術家に近いんじゃないかなぁ、その感覚は」
ううーん、と唸るうちの作り手二人。
対してグレイは実に愉快そうに口角を上げ目を細めている。
「なにその含み笑い」
「うん? 面白いな、と。ヤゼルもアンデルもこれほどのものを作り上げておいて、完成した途端こちらに丸投げ。それこそ普通は愛着が湧いて手放せないなんてことにもなりそうだが……そうならないということは、作ることに意義があり抱えることに頓着しないだけなのか、それとも既に他のことが頭の中にあるからなのか。どちらにせよ、凡人には理解し難いが興味深いな、と」
「あの二人はどっちもよ、そして儲けられるなら尚良しと思ってる」
「ははは」
楽しそうに笑うけどね。
今回は偶然とかタイミングとか、色んなことが重なったから出来たこと。
本来ならヤゼルさんはネルビアに行くことはなかったし、こんな風に自由に使えるほど翼を貰えることもなかった。例えば私があの時人の顔を彫刻することを提案していたとしても私がするわけではなかったし、ククマットのように勢いで何でも試すという環境ではないネルビアならカメオ風の使い方の試行錯誤が始まるだけで、何かが数日で完成していたとは言い難い。そして例え私が翼を貰っていたとしてもそれは私への御下賜品となるわけで、それを私が加工し作品にしてからならまだしも素材の状態で帰国後すぐさまククマットにいる人たちに自由に好きに使ってみて、とはならなかったと考えるべき。
だから面白いと言うのは簡単、新しいものが生まれると笑うのも簡単、でも毎回こういう風にうまくいくとは限らないし偶然の重なりは偶然でしかなく、安易に喜ぶことになると新しい素材が見つからない期間が長く続き最新や流行といった面で低迷期に入った場合、見つからないことへの不満を人のせいにし始める危険を覚えておかなければならない。その時の『誰か』はきっと私たちになる。
そのことを諭すように伝えた。
グレイだけではなく、キリアとロディムも神妙な面持ちになった。
これでいい。
私は何回でも言う。
私は人間だ。
必ず限界はくる。
その限界をどう乗り切るか、今後はみんなで考えなくてはならない。
少なくとも三人は私が本気で言っていることを理解してくれたようなので良しとする。
「さて、そんな窮屈で重い話ばかりじゃつまらないよね」
切り替えも大事。
「せっかくだからこの額縁に別バージョンも追加しようか」
「「「え?」」」
「え?」
「今さっき、限界がどうのこうの言ってたよね?」
キリアが口端をヒクヒクさせた。
「言ったけど、それとこれは別でしょ。今が限界ってわけじゃなく未来の話。ネルビアガーコイルの翼はポテンシャル高いよ」
三人から物凄く納得いかないと言わんばかりの顔を向けられた。
解せぬ。




