45 * 挟むのは髪でも紙でもなく
加工技術の向上で沢山の石や魔石が大粒のビーズやルースとしてククマットでは売り出され始めている。
「そうだ、クリップを作ろう」
色々と書き留めているノートを久しぶりに開いて見つけたそれ。
「クリップなら今沢山作ってるよね?」
キリアが今更何言ってんだみたいな顔をした。
「紙を挟むクリップに、髪の毛用のヘアクリップとか」
ジュエリークリップ。
これはアクセサリー作り初心者でも簡単に扱えるパーツ。
どう簡単かというと、挟むだけ。
天然石のルースを自分好みにアクセサリーに仕上げたいと考えて、必要なものを揃えていざ製作! となった時の最大の難問があることをご存知?
それは留める為の爪による固定。分けると二つの難問が。
一つは爪部分の細かな作業。これ、実はパーツを扱うお店で気軽に買える加工しやすいものでも結構気を遣う。何故なら曲ってしまったとかズレてしまった等で爪をヤットコ等で挟んで動かすうちに鍍金なら剥がれてくるし鍍金じゃなくても傷がついてしまったり歪んだりする。一発で理想の位置に留められないとせっかくの新品の台座の爪だけ傷が目立つなんてことになりかねない。
二つ目がさらに問題。力加減を間違うとルースが欠けたりヒビが入ったり傷が付く。取れたら嫌だなと思ってつい爪を少しでもルースに被せようとして必要以上に圧を掛けちゃうのが原因。特に硬度の低い石は注意が必要だけど、その力加減なんて一回二回の経験で分かるはずもなく。
接着タイプとワイヤーアクセサリーはこの二点を気にする必要がなく、それこそ自由に気兼ねなくアクセサリーを楽しめるのが利点といえる。
でもせっかくなら。
「へえー、なるほど、これは確かに簡単」
ルースを挟むだけ。
それだけでチャームが完成するのがジュエリークリップ。
当然ルースのサイズは無数に存在するのでそれに合わせてクリップも作るというのは無理な話。でもある程度今までの貴金属の販売実績から人気のサイズや形が分かっている。それに合わせてデザインしそしていくつかのサイズを規格化すればいい。そしてお手軽に買えるルースもそのサイズに対応可能な物を増やせばいい。既にウッドビーズや天然石ビーズもうちで販売しているものは変わった形の物以外は規格が殆ど決まっているので規格を定めることで生まれるリスクは殆どないと分かっている。
だったらね、これだけ種類が増えてきたんだからビーズではない、穴の空いていない天然石や魔石も気軽に買えて自作できるようにしてもいい時期に入ったはず。
「ということで、ついでに専門店も開店できるといいよね」
「話が飛んでるよ」
キリアに睨まれた。
「ライアス、お弟子さんでパーツ専門店やりたい人いないかなぁ」
「……」
「……」
「……話はちゃんと順序立ててしやがれ」
「うん、後でね。開発と並行して店主やってくれるとありがたいんだけど」
「ちゃんと説明しろって言ってんだろうが!!」
知ってる方も多いかと。アクセサリー作りに欠かせないビーズは勿論ピンとか丸カンとか台座、テグスに革紐、レースにチェーンに留め具にそれを加工するための工具などなど。ついでに完成品のアクセサリーや販売するためにあるといい備品なんかも扱っている専門店。
クラフトパーツ専門店。
ガラスビーズの開発も順調で、シードビーズの完成も間近と言っていい。
金属の細かなパーツを専門に作る職人さんがついでにビーズやルースを売ってくれたら。
それは立派なクラフトパーツ専門店と言えるはず。
その開店時の目玉として、ジュエリークリップを売り出したらどうだろう?
ちょっと不器用でも簡単に自分でもアクセサリーが作れるの。
お金のかかる領民講座に来なくてもいいし、周りから不器用だと笑われる事なく作れるのよ。
そうやって手作りの回数を重ねて自信がついたら他のに挑戦できる。新しいアクセサリーを安く手に入れられる。
「今まで溜めに溜めたこのスライム様の魔石、これを来店購入特典にする」
小豆サイズの透明なスライム様の魔石。いつかまとめて使うだろうと殆ど使わずにいたらとんでもない量になってたわ。
「来店購入特典?」
「そう。十リクル以上買ってくれたら一個プレゼントするの。そして会計テーブルにジュエリークリップを新商品として使い方の説明付きで並べたら?」
「……あ!! 直ぐにルースでチャームが作れるってことね!!」
「そういうこと」
スライム様の魔石は小さいし魔法付与も出来ないんだけど、透明で小さくてころっとしていてローズカットされた水晶みたいで綺麗なんだよね。中には薄っすら色がついているのもあるし、カボションカットのようなものもある。ジュエリークリップがあればそんなスライム様の魔石も穴を開けずに簡単にアクセサリーに出来る。
「こういうものが買えますよって宣伝になるからいい手だと思うのよ。あともう一つ重要な事が」
「なに」
「流石にうちのお店、手狭になってきたから天然石とか革とかそういうのを他で専門で扱ってくれると助かる」
「ああ……」
「お前ら俺の話を聞けよ」
ライアスに強めのツッコミいただきました。
今までも作るタイミングはあったけれど作らなかったのはルースの販売体制が整っていなかったこととジュエリークリップのその独特の形。横から見るとU字型になっていて、さらには正面から見た時にルースを挟んで可愛く、綺麗に見えるデザインが施されているため。製造工程というより、そのデザインを落とし込み更にUの形に加工するその過程が今まで再現・開発して来た丸カンや留め具とは違う難問と向き合わなければなからなかったため。
それは、適度な硬度と靭性をもつ金属で作らないと『気軽に』が出来ないから。
硬度と靭性を高めるとヤットコでの加工自体が難しいし、何より力加減を間違えてルースを破損しかねない。だからと言って扱いやすさ優先の柔らかい金属にしてしまうとちょっとした衝撃で歪んでやっぱりルースの破損に繋がったり、何よりルースが外れ紛失してしまう。
エンドパーツのように挟んで更に接着剤で固定してしまうというなら別に構わないけれど、ジュエリークリップはそれを想定していない。ルースの良さを最大限に活かす、ルースの取り換えを自由に楽しむ、その二点に重点を置くならば接着剤で、なんて話は愚問ってこと。
そんな話で盛り上がって開発に着手というタイミングで、ロディムから連絡が来た。
「納得のいく仕上がりになったのでサンプルをジュリさんに見てもらいたいと実家から届きました」
それは道具の開発から躓いていたロケットペンダントの大小様々形も様々なたくさんの試作品だった。
これもある意味ジュエリークリップだよな、と一人思いながらずらりと並ぶロケットペンダントの一つを手に取る。
キリアとライアスは流石は作り手、隅々までその出来を見るために虫眼鏡を持ち出して来た。ロディムは自信半分不安半分という何とも複雑な苦笑に近い笑みを浮かべてそんな二人を見つめる。
「道具の開発に成功した証だよね」
「分かるんですか?」
「見れば分かるよ、魔法付与されたものではここまで細かな事は出来ないから。職人の完全なる手作業だからこそ」
機械化と量産。これを妨げるのが便利な魔法や魔法付与。いや、実際には魔力を利用して動かせている物はたくさんあるのよ、お皿を作る時に必要な轆轤を回転させるためとか簡単な動きに対する動力としての魔力は既に活用されている。
でもその為に色んな要因が重なって小型化出来ないのが魔法付与。しかも使う人の魔力や属性に影響されがちなので偏りのあるピーキーな物と言わざるを得ない。
だったらね、どうせ手作り、つまりハンドメイドが主流の世界ならそのハンドメイドの技術を向上させてみたらどうかと思うのは私の我が儘で浅慮な意見であると自覚はある!!
でも道具を変えただけでライアスだけでなく他の人達も飛躍的に技術が身について精密なものを作れるようになってきた。恩恵云々無関係なところでね。
いつかその飛躍的に伸び始めた技術が機械化に転じられる日も来ると思う。
そのためにも今はこうして手作業で精密なものを、均一に仕上げる技術がこの世界に根付く大事な時期じゃなかろうか、なんて考えたりする。
「ようやく揃って発売が出来そう」
「お待たせしてしまいました」
私の何気なしに呟いた言葉に申し訳なさそうに返してきたロディム。
「良いことよ」
「え?」
「追いつき、追い越され、そして追い越し返す。技術って、そうやって進歩するんだから。今度はこっちにそう言わせるって強い意志を持って物を作ってもらいたいわね」
ロディムは私の言葉に複雑な表情を浮かべながらも頷いた。
「それに既にロケットペンダントの一部は売り出してるし」
せっかくライアスがその作り方や道具を確立してお弟子さんや仲間たちと作れる技術を持ったのだからと実はグレイとローツさんがオーナーのお店でちゃっかり売り出していたロケットペンダント。
名前は勿論制限はあるものの言葉も刻印出来るので、今のところ子供が生まれた時の記念として購入することが多いというデータが集まっている。戦地へ行く人々に、という売れ方をしないのはククマットとクノーマス領が現在平和であるからこそといえる。こうして先にお祝いごとに適している、便利だと売れることでそのイメージが広がってくれることを期待しつつ、真新しいロケットペンダントを穏やかな気持ちで眺める。
「ツィーダム家にも連絡だね。足並み揃えて販売することになってるし、あちらはあちらで独自のデザイン用意しているしうちもこの時のために温存していたデザインの物を出す、なかなかいい宣伝は出来そうかな」
「先にこっちは出してたけど、三領から同時に一気に出すんだもんね。しかも色んなデザイン」
キリアはワクワクした様子でフフッと陽気に笑う。
「楽しみだよね、中に小さなルースを入れられたり絵が彫刻されてたり、ロケットペンダントだけでかなりの種類選ぶ楽しみが出来るからね」
必ず文字を刻め、なんて野暮なことは言わないよね。好きにしたらいいのよ、ホントに。そのために作る側も努力してる。その努力を買って楽しんで満足してもらえたら本望だ。
「てことでライアス、これ含めて売り出せるパーツ専門店開こう」
「なんで俺なんだよ、やらねぇよ」
クラフトパーツ専門店は流石に直ぐには無理ということでとりあえず諦めておく。でも小さなパーツはどんどん種類が増えているのでいつか必ず! 三年以内には!!
「男性小物専門店もそれくらいの気持ちがあったら今ごろオープンしてたよね」
キリアの呟きはスルー。
「とにかくジュエリークリップは直ぐに開発して……ロケットペンダントの購入特典としてスライム様の魔石と一緒に付けようか。そうすることでロケットペンダントにチャームとして直ぐに着けられるし、用途が伝えやすいからね。買ってくれたその場で目の前で着けてあげるのもありかな」
「それは良いですね。いくら簡単だと言っても家にヤットコがないとやっぱり着けるのは大変でしょうから」
ロディムのその意見から私たちは各々思いついた事を言葉にして、今後について楽しく語り合った。
「ツィーダム家からその件で話をするため人を寄越すと手紙がきた」
「あ、ホント? 早いね流石」
「ガラス製のチャームをそれに合わせて新しくデザインを考える話が工房で出たそうだ、それでこちらのガラス工房と被らない様にするためにも可能ならその辺りも話したいと書かれている」
「うーん……」
「どうした」
「ツィーダム家は本当にその辺、柔軟だよね」
しみじみとそう言えばグレイは同意見なのか静かに頷いて返してきた。
「クノーマス家と同じ中立派、早くから私のやることに賛同してくれていた、だけじゃないんだよね。……クノーマス家同様、自力での発展を模索しているのがよく分かる。私の意見をそのまま受け入れるんじゃなく、利用するんじゃなく、先を見据えているっていうのかな? どうせやるならちょっと他のことも試そう、みたいな。選択肢を増やそうっていう努力が凄いのよね」
「確かにな。……この姿勢はヒタンリ国と似ている」
「そう! そうなのよ、似てるのやり方が。トップが直接現場の人たちと意見交換して、その意見を無碍にしないでちゃんと持ち帰ってそのことについてトップが現実的か有益か、話し合ってる。クノーマス家みたいに直接出向いて話をしてるんだよねツィーダム家の人達やヒタンリ国の王族の方々は。凄い事だと思うよ」
こういう動きが他にも広がって活発になると嬉しいなと思う。
全ての事にこのやり方が合っている、有効的だなんてことは言わない。
でももの作りをする過程でこの世界は領主とか国主という存在は絶対に無視できないからこそ、良いものを作りたいなら両者にある一部の『隔たり』は邪魔でしかない。
隔たりがある、それを無視し崩す事が許されない身分制度による社会で成り立っているならそれに見合ったやり方をすればいい。それがヒタンリ国やツィーダム家のような、特例とか限定的といった隔たりの解除。全部の隔たりをなくす必要なんてない、一部でいい。それで何とかなることは多いんだから。
生きにくい窮屈な世界でも、工夫次第。
それを人の上に立つ人たちが上手くコントロールしてくれたら、きっともっと発展する、そう思う。
「よし」
「うん?」
「ツィーダム家にはガンガン新しいガラスパーツ開発してもらおう、そうしたらククマットや周辺のガラス工房が私に『来るな』と言わなくなる」
「思いつきでアレコレ作ってと言いに行くからだろう」
「でもひどくない? この前私の顔見た瞬間扉閉めたんだよアンデルさん」
そんな会話をしながら、どこかのガラス工房にアイデアを持ち込もうと考えている事は、内緒。




