45 * 侯爵、王宮に行く。
これより前の三話は夏休みスペシャルでした。お休み明けの更新で読み飛ばしてしまった方もいらっしゃるかもしれませんが緩いお話でしたのでご安心下さいw
今回はあの方の語りです。
文字数多めです。
「レクス、やっときたか!」
「おお、ヒュンか」
私の愛称を呼ぶ数少ない友が駆け寄ってくる。
「お前全然王都に来なくなって……」
「会うなりいきなり言うのはそれか」
恨みがましい目をしながら言われたので肩を竦めて苦笑してみせる。
「ヒュンこそ王都に来る頻度は下がっただろう? 冬の間は我が家に家族でずっと滞在していたしな」
「う、それを言われると……」
ヒュンことヒュリッセン・モーヴァ伯爵は目をそらす。
この友はシルフィとも顔なじみで古くから家族ぐるみの付き合いがある。そして時折我が家に招待しているのだが前回は今までで最も滞在期間が長かった。理由は『謎解き脱出ゲーム』や最新の玩具や遊具が置かれた子供部屋、至る所に置かれているジュリ、キリア、フィンやおばちゃんトリオといった錚々たる面子の一点物や限定品を存分に堪能したり、何より大陸でも類を見ない速さで発展し続けるククマット・クノーマス伯爵領と我が領、トミレア地区と中央地区へ出向くのに忙しくしていたからだ。
六歳の孫を初めて連れてきたヒュンは子供部屋で妻と共に三人で真剣に遊んで、遊びすぎて怪我をし。
「ああ、それもいいデータになりますね」
とジュリに言わせたほど年甲斐もなくはしゃいでいたし、ヒュンの跡取り息子夫婦は『謎解き脱出ゲーム』部屋を自分たちの屋敷にも作りたいとグレイセルに予算含め間取りや必要な家具などの手配や配置の相談を本気でしていたし、ヒュンの妻はトミレアにある 《タファン》に足繁く通いながら女性限定階とサービスがある宿に泊まったりと優雅な貴婦人ライフを満喫していた。
このモーヴァ伯爵家というのは前代の王、女王陛下の王配 (夫)の最側近を務めた父を持つ。そのため当時から発言力は強く中立派の中でもその立ち位置は非常に重要視されている。
当家同様、身体能力が高い者や魔力豊富な者が生まれやすいこと、王家への忠誠心が強く献身的に王配をお支えしたこともあり一時は侯爵に、と女王陛下が望まれた事もあったが、地位が上がると何かと煩わしいことも増えるだろうと固辞したという逸話も残している。
「それで? 辺境伯爵を引きずり下ろそうとしている奴らへの対策はあるのか?」
こうしてヒュンと並んで王宮を歩くのはどれくらいぶりだろうなんてことを考えていたら早速本題に触れてきた。
「いきなりだな」
「当たり前だ、辺境伯爵を引きずり下ろされたらマーベイン領は間違いなく強権派に奪われる。そんなことになれば今までの努力が」
「まあそんなに焦るな」
「何?」
「そもそもの話、辺境伯を引きずり下ろし、土地はおろか停戦協定という偉業と穀潰しという新しい産業をも手に入れる、なんて事が不可能だ」
ヒュンが立ち止まる。振り向いて視線を合わせれば、驚いていたであろうその目は瞬時に安堵をにじませる。
「対策なんてする必要もない、大丈夫、そんなことは起きない。この命をかけてもいい」
中立派は元を辿れば王家への忠誠心の高い家々が集まって出来た派閥ではあるが、現在は形骸化している。
中立派の筆頭家である当家とツィーダム家が全くと言っていいほどこの王宮に足を運ばなくなったからだ。
はっきり言おう、王家の相手をしているほど暇ではない。
子孫のためにこの国には生き長らえてもらわなければならないのだ。そのために中立派も穏健派も家を守りつつ発展させ、資産を増やし領を守る。いざという時、敵となるのはベリアス家でも王家でもなく。
その更に先にいる。
国を乗っ取ろうとする他国。
国に代わり対抗する力を保有することは、高位貴族として最低限の義務だと私は思っている。
国王陛下が不機嫌そうに円卓を囲む我々の顔を見渡す。
四十代に差し掛かったその容姿は王家由来とされる金髪碧眼が少し落ち着いて少しは貫禄が増しているように見えた。
しかし残念ながら『母親を玉座から引きずり下ろした』だけでこれと言った功績は王太子時代からない。思いつきで行う政策は尽く失敗、ヒュンもヒュンの父も何度も何度も説得し見直しなり保留に持ち込むように尽力したが、国王陛下が即位する前にベリアス家を中心とした強権派が周りを固めていた。
今不機嫌なのも私の発言が気に入らないからだ。
「マーベイン辺境伯爵から爵位を剥奪し他の者にマーベイン辺境伯爵領を統治させることは不可能です」
(顔に出さないでほしいなぁ)
女王陛下だったら、眉一つ動かさず感情を読ませなかった。
「停戦協定の締結はマーベイン辺境伯とネルビア首長国クレベレール首長の『名』で結ばれたものです、これに関しては覆すことは不可能でございます。ネルビア首長国側でその締結を許可しサインしたのはネルビア大首長、仲介役として双方の細かな取り決め全てを確認し締結文書にサインしたのはヒタンリ国の第二王子殿下。大首長と第二王子殿下の許可なく協定に反することは一切できません。……辺境伯から爵位を剥奪した時点で停戦協定は破棄され、ネルビア首長国とヒタンリ国を敵にすることになるでしょう。そのご覚悟はこざいますか、陛下」
(詳細が書かれた協定書は勿論、サインの入った合意書すら見ていない、か)
保護魔法が施された協定書関連のすべての文書は王家に届けられそして主だった大臣達立会の元確認しているはずだが……。
女王陛下なら、一語一句漏らさず丸暗記しているのではと驚かされる程内容を理解し会議に出席していただろうに。
「しかし領土を奪われた者をそのまま領主にしておくのは如何かと思いますが」
先の女王陛下と国王陛下を比べてしまうのは私の悪い癖だな、と内心自分を諌めようとしたその時、その思考を止めた者がいた。
ベリアス公爵家次期当主のベリアス卿だ。
(驚いた……。このタイミングで口を出してくるとは)
予想はしていた。この事もヒュンに話してある。必ずこちらの言い分を良しとしない発言をしてくるか、邪魔をしてくるかするはずだ、と。
しかし、そのタイミングはこちらの言い分を全て聞いてからだと私は予測していた。
実際にはかなり早かった。
これは何を意味するのか。
「辺境伯爵領はネルビア首長国と接する各領の中でも特に重要な土地。それなのにこの度の停戦協定のために侵攻を許した土地をそのままネルビア側のものとしたのでしょう? 戦争を止めるため国土を売ったと言える行為です、領主として決して褒められた判断ではありません。そう思うのは私だけではないと思いますが」
なるほど、そこを突いてきたか。
確かに今回、停戦協定を結ぶにあたって辺境伯爵は犠牲も払っている。
その最たるものが今指摘されたネルビアから侵攻を受けて奪われた土地だ。
クレベレールは一切の侵攻をしない代わりに、マーベインは取り返そうとしない。協定の中でも一番重要な約束と言って良い。
つまり、ベリアス卿は王家に無断でマーベイン辺境伯爵はネルビアに土地を明け渡した、といいたいのだ。
(ふむ、悪くない先手だ。しかし)
少し焦りすぎた。
突くならそこではないのだから。
「売ってもいないし、明け渡してもいない、単に互いに今は領土を巡る争いをしないと決めただけだがね」
「……しかし、それでもマーベイン辺境伯爵にはまるで土地を取り返す意思がないようではありませんか?」
「勘違いしてはいけない、卿よ」
「なんですって?」
「今回の協定、『領土』ではなく『停戦』のためのもの。国境線がどこか、所有権はどちらにあるのか、そういうことのための協定ではなく、あくまでも『停戦』のため。首長も辺境伯も互いの領土の境界線についての話し合いは先送りにした、まずは停戦し疲弊した双方の土地と民に安息を齎し、交流を図り今後について話し合っていく。……マーベイン辺境伯爵は領土を明け渡しても売り飛ばしてもいない、現状維持したに過ぎない」
「現状維持、ですか。その姿勢は領土と領民を守る領主としてはいささか頼りないのでは。しかも今回のこの召集に辺境伯爵は応じず、代理であるはずの次期辺境伯爵も欠席。……クノーマス侯爵が仰ったことが本当ならば堂々とこの召集に応じ自らの口で語ればよいのでは? 何か疾しいと思う事があるから、出てこられないと勘ぐる者も出てきてしまうでしょうね」
すると他の強権派の者たちが『そうだそうだ』と同調する。その数に驚いた。
(随分多いな……)
しかも私とずっと黙って事の成り行きを見守っているツィーダム侯爵がいるにも関わらず中立派の数名、そして同じように静観するアストハルア公爵の近くに座る穏健派の数名まで堂々と批判的な言葉を発している。中にはアストハルア家に借金をしてまで家を建て直そうと派閥を鞍替えした家の当主も含まれている。
その状況に頭痛がしそうだと思っていると隣でずっと黙っていたヒュンが礼儀正しく挙手し発言の許可を国王陛下に求める。陛下は数秒黙ったままヒュンを見つめてから、ベリアス卿にその視線を移す。
(何故そちらを向く?)
そして僅かにベリアス卿が視線で合図をしたように見えた。すると国王陛下はため息をついて許可を出した。私を擁護するような発言をする者に喋らせたくないのだろうな。
「マーベイン辺境伯爵から爵位を剥奪せよ、といいますが……では他の領土の領主たちはどうするのですか? ここ数年で国境線を完璧に守れた領主は一人もいません。しかも、莫大な国費を充てたにも関わらずかなりの侵攻を許した領もあり、現在進行形で侵攻されている領土もありますよね? 今まで散々奪われて来た領主がお咎め無しで武力に頼らず侵攻を完全に止めている辺境伯爵がお咎めの対象である理由を納得出来るように説明いただけるのですか」
「あははは! あーはははは!!」
「笑うなよ」
「ヒュン! 若者相手に容赦がなかったな!」
「仕方ないだろ、見ていてイライラしてしまったんだから」
「もう少し喋らせてやれば良かったんだ。母親が何者かに殺されて以降かなりあの家はピリピリしている、刺激してやるな」
「お前っ、ベリアス家を放っておくつもりか?!」
「そうだな」
「なっ……」
ヒュンは信じられないものを観る目で私を睨む。
「仕方ないだろう、既に王宮はベリアス家に掌握されているんだから」
「レクス、しかしっ」
「今日、様子を見て確信した。アストハルア公爵の言う通り、既に国王陛下はベリアス家の掌の上だ」
「……なんだと?」
「こちら側に引き込むなり王として真っ当に公務に勤しんでもらうなりするためにはあのベリアス家への依存をまずは徹底的に陛下から消さなければ無理だ」
ああこれは駄目だ、と思った。
アストハルア公爵が何を言っても聞く耳持たずになっている、強権派しか側に置かず中立派と穏健派の面々はまるで空気のような扱いをされる、そういう傾向は即位以降酷くなっていった。
我が家が王家とベリアス家によって窮地に追い込まれたあの時点ですでに国王陛下は完全に傾倒していた。
そして失礼を承知で今日国王陛下を注意深く観察して分かった。
分かってしまった。
完全にベリアス家の人間に依存するように仕向けられその手中に捕らえられてしまっていたのだと。
誰かが何かを発言するたび、国王陛下の視線は一瞬逸れて必ずベリアス家の息子へ向けられた。
まるで答えを求めるように。
『合っているか?』『真実か?』そう目で問いかけていた。
つまり、国王陛下は自分で考える事をやめていた。
ごくごく当たり前に、自然に、ベリアス家の息子に向ける視線。
あれはもう、手遅れだ。
無理矢理引き離し、無理矢理矯正しなければどうにもならない。いや、それでも現状を修正出来るかどうか……。
「依存だと?」
「ああ。そうなるように長い時間をかけてそう仕向けられて来たのだろう。……陛下にとって、政治的判断も善悪の判断も何もかも、ベリアス家ありきのものになっている」
「そんなバカな」
ヒュンには依存と言ったが、アストハルア公爵から教わったベリアス家の息子の【スキル】によるものだ。
発動条件がいくつかあり使い勝手のいい【スキル】ではないそうだ。しかし、その【スキル】が一度発動してしまえば対象者は雁字搦めになる。
それが【スキル:誘導】というものらしい。
強制的に洗脳したり操るのとは違い、対象者の思考を『曲げる』。『曲げる』が表現としてはしっくりくる、と公爵が言っていた通り、【スキル:誘導】の厄介さを目の当たりにした。
完全に考え方が変わってしまえば『人格が変わった』『別人のようだ』と言われ洗脳や何らかの外部による干渉の存在が疑われる。しかし、ほんの少し、ほんの少しだけ向きを歪ませることが出来るなら? 針金の先端を、真っ直ぐではなく僅かに曲げる。その先端が伸びたら、曲がったまま真っ直ぐ伸びたら。長く伸びたその先端は、本来到達していたであろう場所から遠く離れた所に至るのだ。
いつもなら自信をもって判断出来る事に僅かな疑問が生じるように誘導していたら。誘導を繰り返していくことで、幾度となく迷わせ、迷うことを常態化させられる。
魔力を必要とするのは【スキル】を発動するその瞬間のみ。しかも魔力も微力でよく、ほぼ痕跡が残らない。一瞬思考の誘導ができればいいのだ、ずっと魔力や魔法付与品で相手を束縛する必要がない。
一方で、発動する側よりも魔力が多い者には【スキル】は発動しないこともわかっている。これに関しては公爵から『クノーマス家の者は皆安心していい』と言われている。
そしてある程度繰り返し使うことで効果が現れる遅効性の【スキル】なので対象者を早い段階でベリアス家の息子から引き離せれば自然と抜けるらしいが。
ただ言えることは対象者として目を付けられ、【スキル:誘導】を数度立て続けに重ね掛けされたら最後、あのベリアス家の息子の思い通りの思考になり自身の思考が歪んでいることに気づけず、周りにも気づいて貰えず、無自覚の傀儡と成り果てる。
かつてのカッセル国の王族達のように。
一人になり、私は両手で顔を覆い盛大にため息を漏らした。
「参ったな……つまり、陛下の魔力は、ベリアス家の息子よりも少ないと。……しかも、減退が進んでいる、か……」
手を下ろし、またため息が漏れた。
「……少なすぎだろう」
そして過る考えは、頭痛を引き起こしそうになる。
「王太子殿下と、王女殿下の魔力量は、どうなんだ……?」
いやまさか、そんなはずはないと思いながらも本能がそれを僅かに否定している。
「今一度、調べてみるか……」
そして立て続けのため息が抑えられず、自然と疲労感が襲ってきた。考え過ぎでやるべきことが纏まらないのはマズイと一旦冷静にならなければと己に言い聞かせ、王都にある屋敷で関係各所に送る手紙の準備をしなければと思ったその時。
頭を過った懸念。
「……まさか」
自然と声が漏れた。
今日のこの呼び出し、王家とベリアス家にとっては何も収穫はなかった。時間を無駄にしただけだ。
そう思った。
違う。
それこそ思惑通りだったのではないだろうか。何らかの目的を達成出来た、もしくは目処がたったと判断出来たなら、長々と話し合いをする必要はない。あえて不利になるよう話を振り、我々に話を切り上げさせるきっかけを作ったのだとしたら?
己より魔力が少ない相手に有効な【スキル】。使い勝手が悪い反面、『気づかれにくい』。
不特定多数が集まった。
強権派だけではなく、穏健派、中立派も。その中にどれだけあのベリアスの息子より魔力が多く【スキル】をはねのけられる者がいた? そして穏健派と中立派の筆頭家が揃っているにも関わらずあれ程の批判的な反応は何を意味した?
「……やられた」
呆れと怒りが同時にこみ上げた。
ベリアス卿は、どれだけの人間が己の魔の手にかかっているのか、それを見たかったのだ。
限られた人が呼ぶことを許されているクノーマス侯爵の愛称『レクス』、物凄くレア……w
謎に無駄に存在する細かい設定の一つですね。こういったことも話が長くなる原因です、反省。でもやめられない……のでご了承ください。




