◇夏休みスペシャル 其の参◇ 日常になりつつある光景
夏休みスペシャル最終日。
ブレずに緩いお話です。
そして明日から通常の本編更新に戻ります。
ククマット・クノーマス伯爵領に魔物ブラックワームが住み着いている話はベイフェルア国内では割と有名な話。
そう教えられたのが結構前の話なので今では更に有名になっているのかもしれない。
そもそもなんで有名かというとグレイがここらへん一帯を縄張りにしているブラックワームの親分的存在である闇夜がボスと認めていること、その闇夜から分裂した特殊個体の新月がグレイの右腕であるローツさんになついたことが原因なんだけども。
「あのな、それよりも基本的にブラックワームが人に懐くこと自体があり得ないんだよ」
ハルトが説明してくれた。
「闇夜自身が特殊個体なんだよな、魔力の多い人間と共生することで自分の能力の底上げになることを知ってたから」
ハルト曰く、ブラックワームは影に潜む時にその対象から自然に漏れ出る魔力を糧に成長したり能力を底上げしたり出来るらしい。特に魔力豊富な人物から魔力を意図的に貰うことを許される関係になれば尚更それが可能な種とのこと。ただし、本来は知能の低い魔物であり、生存本能と警戒心も強いことから闇に紛れひっそりこっそりと魔力を生物から奪っているのがブラックワーム。
「しかも他の個体に比べて知能が僅かに高かった。その僅かが、グレイと意思疎通したいっていう欲求を生み出して言語習得に繋がって。闇夜の凄い所は、分裂で別個体を生み出した時にその個体を特殊個体になるようにしたことだ」
「それが新月?」
「ああ、あの新月は大きくならないだろ? 身体が成長しないよう意図的に生み出されてる」
「は?」
「で、身体の成長に回されるべき魔力が全部他の能力底上げに回されてるわけだ。だから新月の方が言語習得が早くて流暢に喋る」
「え、それ凄いんだけど」
「そう。更に言えば、分裂させて生み出した個体だから、闇夜と新月は一心同体に近い。互いに得た能力や言語、知識を共有しているはずだ」
「……凄すぎない?」
「マジで凄いからな? ただまあ、新月のような特殊個体を生み出すのは簡単なことじゃないはずだからこの先は特殊個体が出て来ない可能性はあるけど。それでも闇夜はククマットにいる全てのブラックワームの頂点にいて、その闇夜に知能があって人間と共生していることでククマットの衛生面も治安も高水準を保てていることを考えると、今後特殊個体を生み出せなくても稀に見る魔物であることは間違いない」
その話を聞いて以降、私がブラックワーム推しになった事は言うまでもなく。
そして本日。
凄い光景を目の当たりにしてしまった。
なんだ、これ。
「えー、っと? フィン、これは、どういう状況?」
それはフィンとライアスの家にある、外の物干し場で起こっていた。
「いやぁ、それが、ね」
「なんで目を逸らすのよ」
「……ライアスが、面白がっちゃって」
「何を」
「ブラックワームは死体を一番好むだろ? だから肉の端切れなんかを投げてやるとすぐに食べるじゃないか」
「するね、生肉とか骨とか好きだからね。で?」
「他にも何か好んで食べる物はあるのかって話になってさ、そういえば水は飲むのか、なんて話になって」
「はいはい、それで?」
「それで水を与えたら飲むし、じゃあ果物はって与えたらそれも食べる、肉が一番好きなだけで実は雑食なんだね、なんて話になって、ついでに、じゃあ……酒はどうだってなってね」
「で、酒を与えたと」
目を逸らしたまま、フィンが非常に乾いた笑い声を出した。
「地面をノロノロ這ったと思ったらピクリとも動かなくなった……」
曰く、普段は殆ど影を使って移動するため汚れるなんてこととは無縁のブラックワームが、地面に落ちた黒い麻袋が風で煽られるような何とも哀愁漂う? 動きをしはじめ、触覚やフリンジのような特殊な体表が地面の土や小石、枯れ草などでどんどん汚れていったとのこと。
そして酔ったのか、それともお酒が体に合わなかったのか、ある時から殆ど動かなくなり、呼びかけにも触覚の先を動かすだけになったという。
その姿に焦ったのがライアス。
「……それでブラックワームが物干し竿に干されてるってわけね」
ライアスは酔いを冷まさせるのと薄汚れた体表を綺麗にするために大きな桶に水を張りブラックワームを突っ込んで洗った。
一応生き物なので絞るわけにもいかず、水浸しのまま、水を切る為に干したと。
畳一枚程の大きさのが二体と一回り小さいのが一体、計三体が水を滴らせながらピクリとも動かず干されている。
一応言っとく。
干されているのは魔物。
「いやその前になんでブラックワームが普通に家にいるの?」
「すげー絵図だな」
流石のハルトもドン引きなその光景。
ちなみにグレイは終始無言。
「おう、なんだ来てたのか」
なんてことない顔して出てきたライアスの右腕には今まさに豪快に水洗いされたであろうブラックワームがくるくる巻にされ水を滴らせていた。
「ブラックワームは酒に弱いらしいな」
「はぁ」
「いやぁ、参ったな、ピクリとも動かなくなってよ、死んだかと思って焦ったな。けど触覚で返事はしてたから大丈夫だろうと思って洗ったんだ」
「ライアス普通に説明してくれてるけど、ブラックワームが四体もいることに疑問はないの?」
「あ?」
「あ? ってなによ」
「だってグレイセル様とローツ様だって飼ってるじゃねえか」
「え?」
「飼って問題ねぇんだろ? ブラックワームは。よっこいせ、っと!」
豪快に広げられたブラックワームが既に三体適当に重なって干されて軋んでいる物干し竿にビシャン!! と大きな音を立てながらさらに適当に掛けられて、竿はさらに軋んでギシッと別の音を立てた。重ねて干されて苦しかったのか、滅多に鳴かないブラックワームが『きゅ』と鳴いた。
……。
……。
とんでもない誤解してた!!
そしてライアス雑!!
「要するに、私とローツがブラックワームをジュリやセティア達の護衛代わりにしているのを見て、ブラックワームは飼い慣らせばそういう使い方が出来ると、そういう魔物だと、思っている……」
うん、グレイが頭を抱えた。
フィンとライアスは目を丸くして驚いている。
ちなみにハルトは大爆笑していて話にならない。
「え、普通じゃないんですか!!」
「本来は飼い慣らせない!?」
フィンとライアスの本気の驚きにグレイが遠い目をして。
「……ブラックワームの生態と闇夜たち特殊個体について、一度ククマットの住人を対象に説明会をしよう」
こうして異例のブラックワームを理解するための説明会の開催が決定した。
後日、フィンとライアスの他にもブラックワームに餌付けをして影移動を許している人たちがかなりいることが判明し。
ククマットの人たちは自分の足元から時々黒い細長い物 (触覚)が出てきても殆ど誰も驚かないことも発覚した。
普段から闇夜と新月がククマットをウロチョロしているせいとはいえ、まさかこんなにもブラックワームがククマットの人達と共生しているとは思いもよらず、私たちはしばらくその調査結果に言葉を失い遠い目になったことは言うまでもない。
そしてブラックワームは酒に弱い個体が多く、水を滴らせながら物干し竿に干されている光景が時折見かけられるククマットになっていくのは割と近い未来だったりする。
『我から分裂した個体、魔力は主から貰ってる、それ分けて与えてる、他の人間から貰わなくていい、だから安全』
闇夜がそう言ってくれたけれど、『そういうことじゃないんだわ……』と返した私。
「これだけ人に懐く個体がいたら、最早特殊個体じゃねぇな」
ハルトが真顔で言っていたのが印象的だった。
魔力を知らずに分け与えていたグレイは。
「……まあ、領民に害がなければ」
深く考えることを放棄してそんな事を言っていた。
最早ブラックワームはククマットでは完全なるペット扱い。
前書きにも記載しましたがこの後はまた通常運転、つまり本編に戻ります。宜しくお願い致します。
更新8月30日です。
よろしくお願い致します。




