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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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45* 附属品

更新再開です。

お待たせ致しました。

まず本日は本編更新、明日から3日間は夏休みスペシャルとなります。

 



 キャニスター。

 缶、木製、ガラス製と様々に存在する。

 キャニスターって要はふた付きの保存用入れ物のことで、そうなるとまあ世の中キャニスターだらけですよねって話になる。でも案外キャニスターって言葉を日常では使わないし聞かないのは、使い途がそれなりに決まったものになっているからかなぁ、なんてことを感じている。

 わたしが日本にいた頃のキャニスターといえばステンレスの茶葉入れと、化粧水を含ませて使うコットンを入れるガラスのキャニスター。

 ガラス製は割れる可能性があるものの、見た目の可愛さから高校時代からコットン用はガラス製に拘っていた。


「……大丈夫?」

 そう言って顔を覗き込むと、テーブルの上に顎を乗せているフィンが物凄く疲れた顔をしながら珍しく下品に暴言を吐く。

「あいつら……ぶっ飛ばそうかと思った」

 あいつらとはおばちゃんトリオのこと。

「人が夕飯の支度をしてるところにおしかけた挙げ句……居座ってテーブルの上に布やら革やら広げて……」

「お疲れ様……」

 昨晩の出来事で、フィンは寝不足。マジでお疲れ様。

 《レースのフィン》に行くと三人の顔を見るはめになり、ぶっ飛ばしたくなってストレスが溜まるだけだと本日避難してきたとのこと。苦笑しながらエルフのアズさんがお茶を勧めれば半泣きでフィンが『ありがとうございます』と連呼しながら啜ってた。

 ……アズさん、普通に馴染んでるけど、お茶淹れてるけど、やってくれるのは有り難いけど、なんでそんなに自然なのかわからない。

「カリシュタが来た時の話を少し聞ければと思いまして。まあ急ぎでも何でもないので手が空いてましたからお茶淹れてみました」

 ああ、そう、とだけ答えておく。


「にしても、目敏いと言えば目敏いよね流石だわ」

 感心しながらそう言ったらフィンに睨まれた。

「一体、何があったんですか?」

「キャニスターベルトね」

「キャニスター、ベルト?」

「そう、あると便利だからって結構前に私がフィンに教えてた物なのよ」

 三人は今までそれに気づかなかったことに半分腹を立て、半分欲しいという欲求に従いフィンのところに押掛けた。

 正確な名前は分からない。ただそういうのがあったな、と思い出してそれをそのまま名称として呼んでみたのがキャニスターの外側側面にスプーンやトングを差し込んでおけるベルト。これに関しては素材に限定なくマグカップのハンドルが横向きになったような穴あきの突起が直接付いているタイプが多かった気がする。他は筒状のキャニスターカバーでそれに差し込める所があったり。

 こちらの世界だと硝子や陶器はそういう突起を付けてしまうと使い途が限られること、何より製作に手間が掛かることから現実的ではないなぁと感じていたので開発には至らないままここまで来ている。ただ、フィンと話していてあったら便利ということになり、それなら後付け出来てしかも革さえあれば劣化や破損しても交換しやすい革製のキャニスターベルトをあるもので作ってみたのよ。

 かなり簡単な作りでベルトの外側に細長い袋を縫い付けただけのと、ベルトと同じ幅の革を緩めに縫い付け差し込み部分を作っただけの二種類。

 袋状の方にはスプーン、革を縫い付けた方にはトング、といった感じで使い分けできるかなぁ、と。

 そして、その事がおばちゃんトリオを暴走させフィンをブチギレさせる原因となった。


 おばちゃんトリオが暴走するのは仕方ない。自分達も使える便利なものとなればいち早く取り入れたいという心理が働いたってことだからね。いつも作るものは『その先に誰かがいる』もの。でもキャニスターベルトは非常に実用的で身近なもので自分にとって必要となる可能性がある。

 そりゃ、作りたくなるよね。

 自分オリジナルを自分で好きなだけ作れるし、しかも恩恵持ちの彼女たちからしてみたらベルトを製作するなんて朝飯前、いや、『作るかぁ』といった数分後には完成させているくらい作り慣れているし完璧に仕上げられるしね。


「面白いですね、入れ物にベルトを巻いてそこに物を引っ掛ける。これでわざわざスプーンやトングを別の場所に取りに行く必要もないし、置き場所にも困らない」

 アズさんは目をキラキラさせてベルトの着けられたキャニスターを手にしている。その中には茶葉が入っていてベルトに茶葉用の大きめの木のスプーンを差し込んでから再び全体を眺めるとその目をフィンに向ける。

「これ、今日いくつか欲しいと言ったらいつぐらいに完成するかな?」

「それと同じサイズのミニベルトの金具は沢山あるからベルトをカットして穴を開ければそれなりに用意できますよ」

 フィンが『何本か直ぐに作りますね』と素材と道具を用意し始めるとアズさんが少し申し訳なさそうに苦笑した。

「催促する形になってしまったね、お礼に何か里のもの―――――」

「いやいりません、気持ちだけで十分です」

 思いっきり被せてお礼を拒否ったフィン、ウケる。


 納得いかない顔をしているアズさんには材料費と製作費さえちゃんと払ってくれればいいよと告げ、私たちはサクサクとキャニスターベルトを作るフィンの手元を見ながらのんびりお茶を啜る。

「エルフって本当高価な物に興味を示さないよね」

「そうですか? そんな事ないと思いますけど」

「だって外界に出て来てもアクセサリーとか宝石とか買ってるって話聞かないし。ククマットにある宝飾品店は回ってるみたいだけど」

「ああ、それはこのククマットだからですよ。目新しいもの、好奇心を擽るもの、そんなもので溢れていますからね。グレイセルとローツが経営するあの金属のみの宝飾品を扱う店だって、デザインが今までにないシンプルなものやインパクトのあるもので、私たちから見たら宝石なんかよりよっぽど価値があるんです」

「宝石なんか、って言えちゃうのはエルフだからだと思うけど?」

「そうですかねぇ?」

「人間の権力者から見たらそうは見えないからね」

「確かに」

 アズさんの小気味よい軽い頷き。

「ベルトとは服飾品、それが当たり前のことでそれ以外に使うことはないと思い込んでいるんでしょうね。私たちエルフを含めて『想像力』が何処か足りない、というか欠落している。それはやはり何らかの能力や魔力といった自分を助けるもの、自分の力を誇示するもので溢れているからなんでしょうかね?」

「それは一理あると思う。やっぱり魔法って便利だもん。魔力さえ流せば使えるものや強化される物があって、それで生活が回るもんね」

「……もしも、我々から力や魔力、魔素と言ったものが無くなったら、ジュリさんがいたかつての世界のような発展をとげるんでしょうか?」

「怖いこと言うね!」

 私は堪らず大きな声でそう返していた。

 いや、だって、怖いよ。

 この世界から魔力や魔素、そして神力が失われたら、生活どころか政治経済が瞬時に破綻する。それありきで回るこの世界からたとえゆっくりでも失われることになると、怖いことが起こる。

 残った魔力や魔素を巡ってきっと争いが起こるし、扱える人たちがヒエラルキーの頂点を支配する。今まで培ってきたこの世界の常識も倫理も必要なくなってしまうんじゃないの? 結局、また一から全てを構築する羽目になる。

 今ある文明が『古代文明』となって、新しい秩序と倫理が生まれるまで混沌とした世界になる。

 こんなことを考えるのは一度は私も考えた事があるから。魔法付与のことで色々と悩んだ時期、魔力とか魔法なんてなくなれば良いんだと頭を過ったことがある。でもその後に改めて冷静に考えてみると碌なことにならないわ……という方向にしか想像力が働かず。

 地球には元々魔法なんてない。その上で今の文明文化が世界を回している。それでも嫌ってほどの戦争を繰り返してきているのよ。 

「その考えは捨てようね」

「そうしてほしいならそうします」

 私の顔は引き攣って、アズさんは笑った。


 その後、アズさんは人魚のカリシュタさん達への印象やネルビアで再会した話などを私から聞かされてしばし無言。

 あれ?

 なんか変なこと言ったかな?

 どうやら神具を返却したことに驚いた様子。

「受け取ったんですか? カリシュタが?」

「え、なに、その顔……」

 疑心暗鬼な顔と言えばいいのか。アズさんが眉間にシワを刻んで若干上目遣いに凝視して来た。

「随分素直に受け取りましたね、あの男。よほど……グレイセルを気に入ったんでしょうね」

 あ、私じゃないんだ (笑)!!

「まあ、気に入るだろうとは思っていました。人間で人魚相手に喧嘩を売り買い出来るなんて数える程ですし」

 しかも喧嘩の売り買いが出来るという理由で気に入られるってなんなの、奇特すぎる。

「気に入られなければ、返品出来なかったってこと?」

「そうですね、あの男は一度手放したものへ執着しませんしそもそもプライドが許さない。何がなんでもお二人に押し付けていたと思いますよ。それに……あの【回廊珠】は所有者を定める質の物だったはず」

 アズさんの話だと、人魚の力が込められた神具の大半が完成した段階で所有者が決まっているんだそう。所有者を定める事でより相性が良くなるそうで神具としての真価も発揮されやすいから、と。そんなの、全然説明されてませんけども。

「じゃあ……あの二つって」

「ジュリさんとグレイセルが死んだらその縛りは自然に消滅しますから再び所有者が定められるでしょうね。あまり気にしないで下さいね、人魚の島で誕生する神具は我々の界隈では癖が強いで有名ですから使い途がなく放置されている物が沢山あるので」

 界隈……。どんな界隈だよ、とツッコミはしない。


「でも良かったです。カリシュタがジュリさんとグレイセルと知り合ったことは僥倖です」

「そう?」

「ええ、万が一の時の逃亡先が一つ増えたでしょ?」

「……人魚の、島に? ちょっと、複雑。行きたいような行きたくないような。というかグレイは行きたがらない……」

 私の微妙な反応がよほど面白かったようでアズさんは珍しく大口を開け体を揺らして笑う。

「本当にあなたたちは面白いですね! 誰もが憧れ夢みる人魚の島に行きたがらないなんて!!」

 笑うけどねアズさん。行ったらグレイは人魚相手に派手に暴れる事が決定しているし、私は私できっと貰っても困る素材を押し付けられる未来しか見えない。エルフの里と同じよ、人間が行かなくていい場所だよ、冗談抜きで。


 そんな話で穏やかな時間が過ぎ。

 フィンがキャニスターベルトを完成させた。

 大量に。

 ベルトの革の色も様々でバラエティに富んでいるけれど、キャメル色はやっぱり定番であり比較的どんな色とも馴染みやすく使いやすさを一目で感じられる。

 そしてこのベルト、革製品を製作した際に出る端切れの活用先にもなる。細く短めで作れてしまう、広い面積を必要としないことを考えれば、革の廃棄やロス軽減にも繋がって一石二鳥。

 様々な質感や色が出回り始めたククマット、実用性のあるものに活かされるきっかけにもなっていいかもしれない。

「これだとトングもいけるね」

 幅広の革ベルトには同じ革で口広の筒が付けられていて、大きな瓶に対応しているだけでなくスプーンより場所を取るトングも収められる。

「こっちはスプーンが数本挿せるんですね」

 砂糖や塩など調味料で分量を簡単に量れるように、サイズ違いのスプーンを並べて挿せるようになっているのはアズさんがとても気に入った様子。

 こうしてみると、キッチン小物も可愛いとテンション上がるなぁとしみじみ思う。私は料理殆どしないけど。ここ最近包丁にぎってないけど。……いいんだよ! 屋敷にはおいしいご飯を沢山作ってくれる料理人さんがいてくれるから!!


 軽量カップにスプーン。しゃもじにお玉。コンパクトで使いやすいのもいいけれど、そこに可愛さが加わったらこの世界でもそれをきっかけにキッチン用品を集めたり料理に興味を持つ人は増えるかな?

 ちなみに一応OL時代一人暮らしをしていたので最低限のものは揃っていた。そしてなるべく自炊を楽しくするために色や形に拘って買っていた。というかそういうのがあるだけで気分が違ったしキッチンの雰囲気も変わるし、たかが小物されど小物だったと思う。

 そんな考えをフィンに聞かせ、アズさんが今後も楽しみですね、なんて話でさらに盛り上がり。気付けばすでに夕方。グレイが迎えに来て初めて三人で外が暗くなり始めていた事に気がついて驚きつつも笑った。

「これもそのうち売り出すのか?」

「そうだね、すぐにでも売り出せるから明日から早速皆と話し合って試作するかな」

「これだけあれば試作はいらないのではないか?」

「あ、それ私が全部貰いましたので」

 素敵な笑顔のアズさんにグレイが若干呆れた顔をしたことは、スルーしておく。


 そして。

「このキャニスターベルトの御礼に何か見繕ってまた来ますね」

「いらないね!! 何にもいらない!!」

 再びフィンが被り気味に、さっきよりも強めに真っ向からエルフの善意を拒否していた姿は、ウケた。





明日から3日間投稿しますのは夏休みスペシャル。緩い話なので暇つぶしにどうぞ。というか今回も緩い話でした、平和で良いですね。

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― 新着の感想 ―
エルフからの贈り物は扱いに困るからなぁ
 真顔で読みながら内心(うぇ~い! 夏休みスペシャル!! )でした。
なるほど、人外の友好的な知り合いが増えるのは逃亡先が増えるということにもなるのですね。そして、外部から見て逃亡が必要になる未来が結構あり得るということも明らかに。 実際どうなんだろうな。ジュリさん、逃…
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