45 * ジュリのお茶会再び
クノーマス伯爵家迎賓館の一室、季節の花とそれに合わせた布や小物で装飾されたそこはお茶会の準備が着々と進む。
「久しぶりですね」
セティアさんは微笑みそう一言声を掛けてきた。
「本当に。流石にちょっと緊張するかも」
そう返せばフフッと小さく笑う。
今日は私が主催のお茶会。
いや、事業説明会。
お茶会にしたのは招待する人たちが全て貴夫人なので参加しやすい形式にした感じ。
勿論以前開催したように座る席は位に準じて指定するものの、服装は楽なものでいいしお酒も軽食も好きなタイミングで口にしていいようにしている。
「おはようジュリ、セティア」
ルリアナ様がシンプルな訪問着で一番最初に到着し、最終確認をする私たちの所にやってきた。
「おはようございますルリアナ様」
「おはようございます」
私たちの挨拶に彼女はニコリと微笑む。今回シルフィ様は 嗜み品専門店 《タファン》の改装、リニューアルオープンに重なってしまったので不参加。壁や棚の色といった店内のメインとなる部分の大改装後とあってお客さんの反応を見るためにもそちらに立ち会いたいと以前から言っていたから仕方ない。でもルリアナ様が参加してくれるので安心。
ルリアナ様にはこのお茶会でとある事を招待客に説明してもらうことになっている。その内容はクノーマス家が管理していることなのでどうしてもシルフィ様かルリアナ様による助けが必要だったのよね。
お茶会に招待した貴夫人達がやってくる時間まで余裕があるのでルリアナ様が持ってきてくださった資料に目を通す。
「これは……」
セティアさんが直ぐにその資料に釘付けになり集中し始めた。
「参考になる?」
声を掛けるとハッとして顔を上げ、ちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべ彼女は頷く。
「とても参考になります。後でお借りしたいくらいです」
するとルリアナ様が珍しくちょっとふざけた様子で笑う。
「あら、ジュリの秘書をしているセティアにそう言われるということは私の作る資料もまんざらでもないってことかしら」
ルリアナ様の授かった恩恵って本当に特殊で、私が関わる事業についてのアドバイス力が強化される、っていう謎すぎるものなんだけど……。それがこういう資料を作った時に如実に現れるんだよね。ずいぶん前に円や棒といったグラフや数字を可視化することで見やすく理解しやすくなる表の存在を教えていた。するとそれを即座にモノにしたルリアナ様。それらを使いこなした資料の完成度はちょっと引くぐらいに高く、地頭の良さも伺える。
「羨ましい限りです。私もこのような見やすい資料を作れるようになりたいです」
「あなたにも既に似たような恩恵があると思うわ。先日見せてもらった予算表なんてとても分かり易くて真似させてもらったもの」
「ルリアナ様に仰っていただけると自信に繋がります。今度是非私が制作中の秘書の教本を見てくださいませんか?」
「まあっ、嬉しいわ。 実は興味があったから」
……。
この二人、今物凄くほのぼのした雰囲気で話してるけれども。
この世界では画期的な資料制作を当たり前にやってのけている自覚がない。そこが怖い!
恩恵によるものだと思い込んでいるけど、地頭が良く柔軟性があるからこそ発揮されていると何度か言っているのに首を傾げられるだけなのでもう言うのは止めた。
バリキャリ貴夫人、増えることは大歓迎なのでほのぼのさせておく。うん。
さて、そんなルリアナ様の資料に目を通し今日の説明会に必要な事を再度確認し終えた頃、ちょうど招待客がやってくる時間になった。
「ジュリ来たぞ!」
「ああ、お待ちしてましたエリス様。扉壊れるのでもう少し静かにお願いします」
一番乗りはツィーダム侯爵夫人エリス様。最近は侯爵様とは完全に別行動でご自身の側近と共にククマットにやってくるのでこの豪快な言動は見慣れた光景となりつつある。
「トルファ侯爵が夫人を通して何か仕掛けてくるようなら任せろ、その場で私が叩き潰す」
「エリス様の場合物理なので絶対にやめてください。でもその時牽制はお願いします、正直トルファ侯爵夫人が説明会に参加してどういう影響があるのか未知数なので」
そう、今回トルファ侯爵夫人を招いている。トルファ侯爵夫人がメインと言っていい。そしてトルファ侯爵領の近隣で、尚且つあの不揃い真珠が採れる川が流れる領の領主夫人も数名招いている。
その人達がメインとなるお茶会ならぬ説明会。
当然不揃い真珠に関する事業のこと。
でも、単に利益を出すための事業説明ではない。そのためルリアナ様とエリス様の立ち会いと立場が必要だった。
「さて。そろそろ初めてお招きする方々相手の説明会に挑みましょうか」
「やあ、よく来た。ああ君はその席だ、何を飲む?」
エリス様、自由人。私より自由人。
指定された席のソファに足を組んでゆったりと楽な姿勢で座ったままワイン片手に、やってきた夫人達をそうやって指定の席に誘導している。こちらが手配したクノーマス家の侍女さんや執事さんがパニックになるなんてこともなく黙ってエリス様のその誘導に合わせられているのは、ルリアナ様曰く。
「当家にお招きしたり訪ねて来る時はいつものことだもの。お義母さまなんて『慣れると便利な方よ』なんて仰って放置なさっているわ」
とのこと。ちなみにそうなったのは私が初めて開催したお茶会兼説明会に参加したのがきっかけと言われ、私のせいか!! と平謝りする羽目になった。
「これは……」
「先日のアストハルア公爵家のパーティー以来だなトルファ夫人」
「ツィーダム夫人、これは、一体」
最後に登場したトルファ侯爵夫人は、よく言えば自由で緊張感のない、悪く言えば社交界のルールやマナーを無視した無作法な出迎えと室内の雰囲気に眉をひそめた。その姿に他の招かれた位の低い夫人達が慌てて立ち上がり謝罪しようとすると。
「立たなくていい。主催者のジュリのもてなしでありこれがこの茶会のドレスコードやテーマだ。君たちが責められる理由はないし、責められるなら私が前に立ってやろう。さあ茶会が始まるまで寛いでくれ」
一瞬室内に走ったピリッと肌を刺すような緊張感。口を出そうとしたらエリス様から手で制された。
「クノーマス夫人」
「はい」
「これは間違いではないよな?」
「ええ、そうですわね。ジュリの開催する秘密のお茶会、いつものことですわ。家で寛ぐように、親しい友と語るように、そんなお茶会です」
「そういうことだ、トルファ夫人。我々が身に着けた、知っていた茶会とは違うがジュリによるジュリらしいこの茶会は私とクノーマス夫人も認めているし、何より楽しみにしているものだ。ルールや慣例などに囚われ台無しにされるのは癪に障る」
「……」
「滅多に開催されないんだ、水を差し台無しにするのはやめてくれ」
緊迫した空気が二人の間に流れる。それを見守るご夫人達を尻目にエリス様は崩した態勢のまま側にいた執事さんに追加のワインを頼む。
「……はあ、わかりました。慣れぬお茶会ですので失礼な事をしてしまうかも知れませんわ、その時は遠慮なくご指導くださいませ、ツィーダム夫人、クノーマス夫人」
「ああそうする」
「はい、そのように」
二人の返事を受けてトルファ侯爵夫人がため息を漏らす。
「夫人は私の隣だぞ」
エリス様の陽気なその呼びかけにトルファ侯爵夫人の口端が一瞬ひくっと上がったのは見なかったことにする。
エリス様が自分の隣にトルファ侯爵夫人を座らせろと言ってくれたからそうしたまで。決して、決して私たちがそうしたわけではないことだけははっきりとさせておく。
まあ、型破り過ぎるお茶会も十五分もすれば皆馴染むのは当たり前。
指定したドレスコードは『のんびり過ごせる楽なもの』だし、お茶もお酒も軽食も好きな時に好きなだけ口にしていいし、堅苦しいマナーで雁字搦めのテーブルマナーも不要なそれぞれに用意されたソファに深く腰掛けての談話。
「これ、末恐ろしいものを感じますわね」
真顔でそんなことを言ったトルファ侯爵夫人をエリス様が笑い飛ばす。エリス様の隣ですっかり寛いでますからね、ワイン三杯目ですからね、トルファ侯爵夫人 (笑)。
招待したのはルリアナ様とエリス様、そしてエリス様と親しい夫人二人以外は全て穏健派のご夫人。年齢も様々で母娘で招いた方もいる。総勢十六人、その中には先日の公爵家のパーティーで紹介された長老会に所属する方のご夫人もいて、ご年配の方には少々刺激的で怒られるかな、と不安があったものの全員寛いでくれているので良かった良かった。
そんな和やかでゆったりとした空気の中、セティアさんは室内の端にある何も置かれていなかったテーブルに、不揃い真珠を活用したワイヤーアクセサリーを無言で静かに並べていく。
テーブルに隙間がなくなる頃、近くに置いていた資料を抱えたルリアナ様がエリス様と目配せし合った。
「皆、寛いで気分も良くなり談話で緊張も解けた頃だな」
エリス様が大袈裟に見える動きでソファに座ったまま後ろを振り向く。
「ジュリから面白い話を聞けそうだ、どうだろう? 茶会に仕事の話は無粋かも知れないが聞いてみる価値はあると思うぞ」
存分に含みのあるエリス様の言い方にトルファ侯爵夫人が態度を一変させる。
「何の話ですか」
「そう怖い顔をするな。悪い話ではない」
「あなたの社交界での振る舞いを知る私としては―――」
「そちらの当主とそう変わらないと思うぞ。それでもこの茶会に招待されている、その意味を考えるべきだな。普段の振る舞いなど無意味だ、そんなものでどうこう出来る話をするわけではない、それをルールだ慣例だと声高に唱えられ邪魔をされては困る。せっかくのジュリの茶会を君の一声で潰されては気分が悪い」
警戒心が一気に膨れ上がったトルファ侯爵夫人と何一つ変化なく寛いでいるエリス様の差に周囲のご夫人達が息を潜め見守る。
「あなたがジュリさんの、この茶会のためになることをなさっていると?」
「少なくともこの場ではそうしている。……穏健派の侯爵夫人相手に喧嘩を売るのも買うのも出来るのは私だからな」
私はヒヤヒヤしているけれど、ルリアナ様は特に変わった様子はなく落ち着いて事の成り行きを見つめている。完全にエリス様に任せているらしい。
「それに、ここで君が帰るとか茶会を中止しろなんて言ったらこの先かなり長い期間恨まれることになるぞ」
「……どういことですか」
「不揃い真珠を活かした物や売り方を教わって、それで満足するのは構わない。だが、それで利益を直ぐに出し安定した生産体制を整え軌道に乗せられるのはトルファ家だけだろう。周辺地域は君の家のご機嫌を伺いながらになるからな、どうしても後手になり利益として還元されている実感を得るには時間がかかるだろう」
「当家は利益の独占など考えておりません」
「分かっている、そんなことは分かっている。それでも地位や立場、資金力、様々な要因で必ず格差は生まれる。だからこの茶会だ」
「え?」
「とりあえず、無粋な仕事の話を聞こうじゃないか。型破りな茶会、秘密の茶会、その意味を知れるし面白い事に首を突っ込めるぞ。女主人は家を守るのが仕事、それなら家の外に出た時に出来る守り方も身に着けたっていい」
なかなか良い言い方をしたな、と感心する。
『家の外に出た時に出来る守り方』。
貴族のご夫人たちが求められる家を取り仕切る女主人としての才能と能力は、悪く言うと外では役に立たないこともあると捉えることが出来てしまう。エリス様が言っているのは女主人としてのそんな能力の他に社交界でのアレコレも別にして、という事だ。
お茶会で女が事業や仕事の話をするのは夫自慢が主軸であり、本人の事だと人を見下しているとか自分が優れていると見せつけたいなどと批判の対象になりやすい。
だから秘密のお茶会となる。
型破り、無礼講。それを盾に女たちだけで仕事の話を、事業の話をするために。
ご夫人たちには少なからずの地位と権力がある。
それを家の中と社交界の中だけで終わらせるのはもったいない。
「それでは配らせていただきます」
ルリアナ様がまずはエリス様に資料を手渡しした。
「おっ、見たかったんだ」
エリス様は早速渡された数枚の紙に纏められている資料をめくり目を通し始める。
「トルファ侯爵夫人もどうぞ」
「え、ええ……」
エリス様の自由さとルリアナ様の否を言わせぬ笑顔の圧力に夫人は戸惑いつつもゆっくりと手を伸ばして受け取った。
優雅にルリアナ様が一人一人に資料を配る中、エリス様がソファから立ち上がりセティアさんが立って控えているテーブルに迷わず向かう。
「どれが『結婚式用』だ?」
「こちらです」
「なるほど……あえていつでも使いやすいように真珠と金属パーツのみにしたという理由が見ると一目瞭然だな」
「はい、私もそう思いました。色石を使うと季節を無意識に感じてしまう人もいるというのに納得です」
二人のやりとりを聞いてか、それとも資料にざっと目を通してかは分からないけれど、トルファ侯爵夫人が周りの視線も気にせずエリス様とセティアさんのところへ足早に向かう。そして、テーブルの上に広げられた数々の不揃い真珠を使ったアクセサリーに目を向け。
「宝飾品で『福祉事業』と『貸出事業』の両立を目指す計画、ですって?」
トルファ侯爵家夫人が困惑しながらも少し笑って見えたのは、嘲笑かそれとも。
そしてそれを見たエリス様が何とも言い難い、含みのある笑みを浮かべたその心境は。
……どっちも怖いよ、うん。




