45 * 常連さんの正体
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今回は特殊な人が初登場。
《ハンドメイド・ジュリ》をオープンして以降、定期的に足を運んでくれる常連さんに恵まれて、 《レースのフィン》や夜間営業所でもありがたいことに常連さんが沢山いてくれて、そういう人達による口コミがさらなる常連さんを呼んでくれていることに感謝する今日このごろ。
常連さんの中でも特に夜間営業所にしか来れないお客さんというのもいて、そういう人達は決まった曜日の決まった時間に夜間営業所に現れることからお客さん同士で繋がりが出来て友達になる、ということも多いらしい。
そんな特定の時間に現れる理由は決まって仕事が関係している。
かつては男の人達が躊躇った入店も今ではごくごく普通に来店するようになったうちのお店だけど、仕事で日中来るのが難しいという人達は性別問わず夜間営業所に来てくれる。
多いのは冒険者、運送関係者等。そこに人の護衛を専門としている護送屋という人も含まれていて、軒並みそういう人達は朝早くから暗くなるまで動くため、日中ゆっくり買い物というのが難しい。なので大小問わず各地区には二十四時間に近い武具店や食堂が複数あるのはそういう人達をターゲットにしているから。
そしてうちの常連さんにも護衛専門の護送屋さんが何人かいる。
「あれ! シングさん今週も来てくれたんですか?!」
グレイと二人で彫刻師のヤゼルさんのところで色々と話し込んでしまい日付があと二時間で変わるころ、夜間営業所兼研修棟の手前で常連さんを見つけて驚いて声を掛けた。
「ああジュリさん! それに伯爵様も! こんばんは」
「こんばんはぁ」
私は気の抜けるような挨拶をし、グレイは軽く頷くような挨拶。貴族のグレイがいるためその人、シングさんは被っていた帽子を外して一礼してきた。
「今日もククマットにお客さんの護衛で来たんですか?」
「そうなんですよ、今回の護衛は家族連れで幼いお子さんがいたのもあって夕方前には自由になりましてね。なので久しぶりに市場をゆっくり見させて貰いました」
シングさんはすでに購入した後だった。クノーマス領の他領と接する西最大の地区に奥さんとお子さん三人の五人家族で住んでいるというアラフォーくらいの人で、好景気なククマットとトミレア地区への旅行客の護衛の仕事が増えて経済的にとても助かってますよなんて話をしたことがある。
「今日はこちら、買わせて頂きました」
「あ、息子さんにですか?」
「ええ、本当なら大市のおみくじをさせてあげたいところですがこちらも仕事ですしね、空き時間もなかなか昼間というのは難しいので」
シングさんが今回買ったのはおみくじで大人気の武具を模した形だったり絵が描かれたブローチだった。最近は武具ブローチの形や絵が追加されて、コレクションに勤しむ人も出て来たほど。中にはこだわりを持って剣だけ、盾だけなど特定の物を集めようと頑張る人も出て来て子供だけでなく大人も楽しんでコレクションする人が増えている。
他にはリザード様の廃棄鱗を使ったミニランタンとガラス製品で小さくて綺麗だと最近一気に人気爆上がりのトンボ玉が三つセットの物を買っていた。
「夜遅くに立ち話につき合わせてしまって申し訳ありません!」
「いいのいいの、シングさんと話せて嬉しかったので。じゃあ明日もお互い仕事がんばりましょーね!」
「ええ、お互いに。おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
そうして別れたあと、営業所前で常連同士仲良くなった数人とこの後飲みに行きますか、なんて話に花を咲かせているシングさんの方を振り返り、グレイが爆弾発言を投下しやがった。
「ああしていると【暗殺者】には見えないから不思議なものだ」
は?
「説明求む」
「何をだ?」
「シングさんのこと!!」
「ああ、【称号】持ちについてか」
「サラッと言うような【称号】じゃないよね?!」
「【暗殺者】は確かに珍しいな。しかし私含めて周りは珍しいどころか個人オリジナルの【称号】持ちが多いから余り珍しく感じないな」
「それは、グレイの感覚ね、狂ってるからね、その辺いい加減自覚して」
グレイ曰くシングさんはクノーマス領に昔から根付いている暗殺者一族の現在の家長だと。
待て、昔から根付いている暗殺者ってそもそも何。という私の疑問に丁寧に説明をしてくれる。
「シング自体も一族がいつからクノーマス領を拠点としているのかは分からないそうだ。少なくとも五代前からクノーマス領に住んでいる記録があるらしいな。なのでれっきとした領民だぞ」
領民に暗殺者がいたの、クノーマス領。
「あの、質問いいですか」
「どうぞ」
「なんでシングさんが暗殺者って、知ってるのでしょうか」
「うん? それは当然命を狙われた事があるからだろ」
サラッと言った! 恐ろしいことサラッと言ったわこの男!!
「ジュリと出会ったころだな、退団して帰って来た所を狙われた。いつか私がまた騎士団団長として復帰してきても困ると思った王宮周辺で親族に騎士がいる家が依頼したらしい。返り討ちにして少々脅してやったら二度と命を狙わない、ジュリに絶対手を出さないと約束してくれたのでそのままにしている。害がなければこちらとしても問題ない」
因みに脅しとは、半殺しにしてグレイのペットである闇夜の口に放り込んだことだと言う。
「なんで闇夜? 全然怖くないじゃない」
「アレの口の中に入って怖くないのは私とジュリ、ローツとセティアくらいだぞ、普通は問答無用で脱出不可能な影にそのまま連れ込まれ特殊な体液で瞬時に麻痺させられ一気に溶かされ食われるからな」
「でも闇夜絶対にそんな悪さしないでしょ、物凄く頭のいい子だし気遣いも出来るし、生きてる人間美味しくないって結構美食チックなこと言うし、そもそもブラックワームって人間より気質穏やかよ?」
「ジュリの中の闇夜とブラックワームへの評価の高さが時々理解できないからな」
話が逸れた。
「今はもう安全だぞ?」
「暗殺者が安全って意味がわかりません」
「失敗し尚且つ生かされた相手には二度と手出しをしないという掟が一族にあるそうだ。強者と戦うのが仕事ではなくあくまで暗殺が目的、私に対しては逆らうこともないようだからついでにクノーマス家とジュリの親しくしている権力者にも手を出すなと言ってある。流石にそれはタダというわけにはいかなかったのでそれなりの額は渡したがちゃんと魔法紙で誓約を互いに交わしたから害はない」
「……暗殺者が、護衛の仕事っておかしくない?」
「普通だろ」
「普通なんだ……?」
「隠れ蓑というものだ、暗殺者の大半はそうして一般に紛れて生活している。暗殺専門を生業として姿を滅多に現す事がない者など数えるほどだな。特にシングの一族は【称号:暗殺者】持ちが生まれやすく一般に紛れて生活することを楽にする補助系【スキル】を持って生まれてくることが多いらしい。そうなれば最早一般人と変わらず、よほどのことがなければ【暗殺者】としての力を日常で使うことはないと言っていた」
「あ、そうですか」
最近思う。
私の周り実はキャラ濃い人? が多いよね、って。
待って、感覚おかしい、【暗殺者】をキャラ濃い呼ばわりで済ませていいの? あれ、違う、どうなの???
だめだ、感覚が麻痺している。よし、寝る!!
そして翌日。
「あれ、私が【称号:暗殺者】持ちで伯爵様にぶちのめされたこと知らなかったんですか?!」
シングさんから直接話を聞けば早いと何故かグレイが屋敷に呼んでいた。そして招かれたシングさんは今更って感じで私が知らなかった事に驚いている。
「暗殺者なんですよね?」
「そうですね」
「そういう話、笑って話すことなんですか?」
「笑うしかないですよね? ぶちのめされたんですよ?」
「え、私の感覚がおかしいの?!」
「多分」
「マジかぁ……」
呆然とする私の前でシングさんはニコッと笑う。
「安心してください、元より私たち一族はジュリさんには絶対に手を出しませんから!」
いや、そんな自信満々に言われても笑顔でハイそうですかと答えにくい……やめて。
「うちの妻はパッチワークにすっかりのめり込みましてね、暗殺業そっちのけですよ」
「はあ」
「私たちが住む地区でも最近パッチワークに使いやすいようにカットされた布の種類がたいぶ増えたのでかなり喜んでますよ。でもまだまだトミレア地区とこのククマットには及びませんねぇ。なので今日もこの後ジュリさんのお店で買い物をしたら布巡りです」
「そうなんだ」
「息子と娘も早く表の家業として護送屋になりたいと騒いでいます。暗殺者としての訓練がまだ終わっていませんので護送屋になる許可を出していないんですよ」
「ほう」
「でも気分転換兼ねて次の大市に家族でこちらにくる約束をしたら喜んでくれて。あ、もし消したい人間がいたら遠慮なく言ってくださいね、子供たちの練習にもなりますのでジュリさんは特別価格で承ります」
「グレイ」
「なんだ?」
「こういう会話って、よくあること?」
「ないな」
「そしてシングさん」
「はい?」
「グレイにも度々言ってるけど私には消してほしい人間はいないので特別価格でも依頼することはないからね」
「はあ、そうですか」
なんだこの会話。
そしてシングさん、残念そうな顔するのはやめて。依頼することなんてないから。
「おおおおっ、頂いてよろしいんですか?!」
「うん、私の生存率を極めて高くしておくための賄賂だから」
「さっきも言いましたけどジュリさんには手を出しませんよぉ」
「気持ちの問題。とりあえず遠慮なくどうぞ」
シングさんがテンション上がった理由は渡したものが限定品の類いだから。
本当は限定品にするつもりはなかったんだけど、作るのに時間と手間がかかるので限定生産にしたのよね。
かじり貝様の厚みを調整し、少し前にハルトが興味本位で持ち込んだ地球なら未確認生物扱いのスカイフィッシュの羽根を使った小物。
表面の凹凸をなるべく無くすために羽根の厚みに合わせてかじり貝様の厚みを調整し、そしてその二つを全く同じサイズの正方形にカットして並べて接着、いわゆる市松模様になるようデザインされた男性小物一式よ。
羽根がどうしても個体毎に微妙に厚みが違うためそれに合わせてかじり貝様の厚みを一枚一枚調整するうえに、美しくズレのない市松模様にするためには正確なカットも求められる。しかもすき間なく接着剤のはみ出しもないよう台座に張り付ける精密さも求められるのでとにかく時間がかかるし、そもそも羽根が入手困難。
でも要望がとても多かったので仕入れができたら作る限定生産品にしたわけよ。
カフスボタンなどを使うか分からなかったのでシングさんには小物入れ、コースターセット、そしてベルトのバックルをデザイン違いでそれぞれ二つずつ渡した。
オーロラカラーを有する独特の光沢の市松模様はインパクトがある一方でその色味からシンプルかつスマートさがあるから軒並み男性陣に高評価。限定生産だけど私自身もこの組み合わせは好みなので珍しく作る手がよく動くのでグレイたちもウキウキしていたりする。
「はあぁぁ、綺麗なものですねぇ」
「このシリーズは持っている人がまだ殆どいないから今だけは貴重かもね」
「そうなんですね!」
素晴らしい笑顔、これで私の生存率がさらに上がることを祈る。
私があまりにも気にしているからか、それとも機会があれば話すつもりだったのか。
「ジュリさん」
「はい?」
「身辺にはお気をつけくださいね、あなたの命を奪おうとする者はいないと思います。しかし支配しよう、囲ってしまおうと思う人間は、多いですよ」
それは【暗殺者】としての勘だけでなく、受ける依頼から感じるものだという。
「全てが繋がっているわけではないんですよ、独立した無関係な依頼が殆どです。しかし、こちらは受けて大丈夫かどうか徹底的に調べます。すると不思議とどこかに共通点があったりするんです。最近の依頼、ククマットやクノーマス家に関わる事は勿論ジュリさんの名前も出て来てはいません。ですが……その時々不意に見えるんですよ、ジュリさんあなたの存在が見え隠れする時がある」
そこでシングさんは一息つき、僅かに沈黙した。
「もしも、それらが突如表面に出て来て点と点だったはずのものが繋がった場合、きっとその中心にあなたは立たされる。ですからお気をつけくださいね」
「……ありがとう、肝に銘じておく」
「はい、ぜひそうしてください」
「ちなみに」
私は確認する。
「ベイフェルア王家は関係してる?」
単刀直入、遠回しに聞いても意味が無いと思いどストレートに問えばシングさんは一瞬呆けた顔をしてから『参ったなぁ』と漏らして苦笑した。
「その反応で理解したわ」
「そうですか、では今は特に言いません。ただ、もしもの時は頼って下さい、あなたがいなくなったらきっとこの世はつまらないから。もちろん、ジュリさんが懸念する事が現実となった時は報酬は不要です、暗殺ではなくあなたを守るために動くことになりますからね。時にはそういう仕事も悪くないですから」
【暗殺者】シング、きっとどこかで役に立つ、たぶん。
このシングの存在はかなり早い段階で名前とか一部設定が決まっていました。しかし、職業が職業なので、登場させるタイミングも使い所も分からずwww
気がついたらこんなにもお話が進んでからの登場となってしまいました、ごめんよ、シング。
『なんだお前は?』なキャラが欲しいなぁという作者の欲望で生まれたからには、きっとジュリの役に立ちます (不安)。




