5 * ディスプレイ
本日一話更新です。
朝、いつものようにお店に出勤、工房で作品を作り、ネイリストの専門学校についてグレイと議論しつつ、開店前にみんなとミーティング。最近の朝の感じはこうね。
「朝礼にすんません、ジュリさん、ちょっといいすか?」
相変わらず開店前からお客さんが並んでくれている。その行列や、通行人に迷惑にならないように行列の整理と警備のために店前に立ってくれている自警団の二人が、珍しく扉を開けて声をかけてきた。
「んー? いいよ、どしたの?」
「実は今、ちょっと不思議な質問してきた商人らしきヤツがいて」
「不思議な?」
「そうそう、この商品の『配置』は特別販売占有権に登録してるのか? って聞いてきたんすよ」
「は?」
「俺らそこまで知らないじゃないですか? それで分からないからオーナーに聞いてみるからちょっと待っててくれって言ったんですけど、ジュリさんに顔を知られるのが嫌だったのかそそくさと行ってしまいましたよ」
なんだそりゃ?
私はちょっと考える。
若者二人が指を差したのは、入り口扉の両側にある大きな窓。そしてそこから見えるのは商品。そして『配置』が特別販売占有権に登録しているかどうかを聞いてきた。
……。
ディスプレイのことかな?
まぁ、そういうことだよね?
商品については相変わらずライアスが書いた看板にほぼ全ての商品の作り方、素材を登録しているから転売とかうちの店を騙って似たようなものを勝手に売れないことは分かってるし。
「……うーん?」
「どうした?」
「なんでわざわざ『配置』の登録確認したがったのかと」
お店の閉店後に作品作りが一段落ついてからのこと。
その疑問にグレイがひどく驚いた顔をした。ご飯の代わりに少し遅い時間、酒場での飲食をしようと二人で入店、注文をしてからすぐに今朝のことが思い出されて唸ったんだけど。
「そんなの当然だろう」
「……はい?」
「『買いたくなる見せ方』なんて、いままで誰も考え付かなかったんだから」
「……それは、そうだけど、でもなんでわざわざそれを登録してるかどうか聞くわけ?」
そしたら、彼氏に盛大なため息つかれた!!
「ジュリ、商人なら誰だって商品を買って貰いたい」
「そんなの知ってるわよぉ」
「だから今までは目玉商品という人目を引きそうなものを店内で一番目立つところに置いていた」
「それも知ってる」
「だが、ジュリの商品陳列は全く違う」
「?」
「お店に当たり前に置いているものをあえて目に付くように窓側に並べる。こう言うものが売ってるという宣伝だけではなく、気になって、目移りして、お店に入りたくなる、そんな陳列はなかった。せいぜい貴族の行く店の仕立て屋の派手なドレスや帽子が人の『憧れ』や『興味』に触れるだけだった。アクセサリーをああして窓辺に並べるなんてこと、安全性からどんなに防犯用魔導具があっても宝飾品店では絶対に考えられなかった」
なるほど。
そういえばそうだわ。
この世界の商品陳列は、『陳列』から脱していないのよね。
『購買意欲を掻き立てる』とか、『お店に足が向いてしまう』とか、そういう陳列はない。
「その商人は恐らく、真似してもいいかどうかの確認にきたんだろう」
「普通に聞いてくれればいいのに」
「特別販売占有権に登録されていたらその権利を買わないとならないし、されていなくても聞いてしまったら真似をすることがバレてしまう、顔を知られたくなかったということは恐らく宝飾品を扱う商人だろう。貴族を相手にしている商売人ならプライドも高い、聞いて真似したなんてのは恥だと思ったんじゃないか?」
「別に恥でもなんでもないのにね。……というか、陳列なんて登録出来ないでしょ」
「出来ないな。それだけ見て衝撃を受けたんだろう、冷静に考えれば分かることだが自警団の二人にジュリを呼ばれると思って焦ったことも判断が鈍った原因だろうな」
面白いよねぇ。
そんなことまでこの世界では新鮮なことなんだから (笑)。
日本なんて見せるための陳列が当たり前で、興味のない人たちはそれを素通りするのが当たり前の環境だったし、むしろ雑多になんでもありの詰め込んだような陳列してる店の方が変に視線を集めてたりするよね?
私のやり方だってごく一部のアイデアでしかないんだけど。
高校生のころ、友達が香水に興味を持った時期があって、その友達に誘われて香水の専門店に行ったことがあった。
そのお店はショーウインドウのディスプレイも素敵だったけど、私が感動したのは店内。入って目に飛び込んだのは真っ白な壁の一面だけ、整然と等間隔に香水が並ぶ光景。綺麗、お洒落、上品、そんな言葉が似合う香水瓶が壁一面に、その良さを損なわないように商品説明と値札は壁と同じ真っ白で、文字は極小で黒じゃなくシルバーグレーで書かれているものだった。『うわぁ、綺麗、壮観』って、思わず声を上げたくらい、 《香水のための陳列》がされていたのを思い出した。
見る人の心を動かすディスプレイは、いつか私もできたらなぁ、と切に思う。
「ディスプレイかぁ、少し変えてみたくなったかも」
そんなことを話ながら、お酒を飲んだ。どうでもいいけど働いた後のお酒ってなんでこんなに美味しいんだろう。
ガンバった証だね!!
翌日。
「こんなの、なんのために使うんだよ?」
ガラス職人のアンデルさんに苦笑された理由。
最近アンデルさんのところに来たばかりのお弟子さんが作った歪な皿や器を買い取ったから。
「ディスプレイに使おうと思って。こういうのが結構いい味出すんですよ」
薄緑色の、気泡入りまくり (笑)の四角い? 皿と、透明の気泡は少ないけど口当たり悪そうな (笑)大きさが違うグラスを二つ、作りたかったのものが何なのかわからないサラダボールっぽい大きめの器を超格安で手に入れてホクホクの私をアンデルさんは変なものでも見るような目をしてるけど、気にしない。
「ほほー……なるほどなぁ、こういう使い方もあるんだなぁ」
今日ディスプレイ変えますよ、といったら夕方アンデルさんが見に来てくれた。
まず、歪な飲み口のグラスにはイヤリングを引っ掛けたものと一個単位で買える天然石のパーツをランダムに入れた。四角い皿にはレースを敷いてその上にカフスボタンとブローチを二個ずつだけ。大きめのサラダボールっぽいのにはシュシュをメインに、ヘアアクセ用のリボンや女性向けの硬貨袋 (財布みたいなもの)を贅沢に盛って。
「物は使いようですよ、うちの店は宝飾店とは違いますからね、高級な物を使う必要はなくて、むしろこれを見た人たちがおうちで何かを飾るときとか片付けるためにこういうガラス製品や陶器を使うきっかけになったら面白いですよ」
「確かにな!! なぁジュリよ、そういう謳い文句でうちでもこういうの売ってもいいか?」
「もちろんですよ。ただ、あくまで使えるものですよ?」
立たないコップとか、ぐらつく皿もあったからね、さすがにそれは (笑)。
「アンデルさんが意図して歪に作った物は私が欲しくなると思うので作ったら見せてくださいねー!」
「おう、やってみるよ」
というアンデルさんの視線が気になる。
「なんですか?」
「いや、このイーゼルなんてどうすんだ? と思ってな」
「ああ、これはですね」
そしてもうひとつ別の店で購入していたものを使ってディスプレイしてみせる。
小さな額縁用のイーゼル、いぶし銀のお洒落なのがあったからつい買ってしまったのよ。それに以前木工職人さんに作ってもらってたコルク素材で出来た濃い茶色の縁があるコルクボードに、小さな金属フックをいくつか刺してそしてイーゼルに立て掛けて。
「こうして、ほら」
「おおっ」
ネックレスとブレスレットを引っ掛けて見せた。これなら手前にほかの物を置いても窓辺に置けるし商品もよく見えるよね。
凄い、面白い、と何度も連呼してアンデルさんが帰って行ったあと、改めて窓辺のディスプレイを調整していく。
こういうのって、プロがやるとホントに『購買意欲』を掻き立てるんだろうけど、その辺は私は素人だからね、やりたいようにやるわ。
並べては外に出て確認してを繰り返し、約一時間で両窓のディスプレイが終わる。
「あ、変わってる!!」
お店の中で女性陣たちと明日のための商品の陳列をしたり備品の補充したりしていたら、外から若い女の子たちの声。
「ホントだ。きれー、これ欲しい!」
「あれ、これ飾ってるのイーゼルだよ?」
「ネックレス飾れるんだ!」
「面白ーい!」
「あたしもこうやって飾れるくらい欲しいな」
「わかる! この店見るとそう思っちゃう」
「お金貯めてまた来よう」
「だね!」
数人の、女の子たちの賑やかで明るい声。
「お、綺麗な色のイヤリングだな」
「ん? どうしたよ急に」
「来月嫁の誕生日でさ。ここの欲しいって言われてて」
「宝石よりずっと安くて綺麗だからな、うちの母ちゃんも先週並んで買ったって自慢してきたよ」
「ネックレスとイヤリングと硬貨袋とヘアピンとハーバリウム欲しいって言われた」
「……多いな、おい。金かかる」
「つーか、俺だってカフスボタン欲しいのに」
「諦めろ、嫁の希望を削ったら大変なことになるぞ」
「だよな」
男性のなんとも微妙な、でも笑ってしまう会話。
ガラス越し、立ち止まる人々の視線の先にあるのが自分の作り出した作品や、アイデアを出して生まれた物たち。
直にこうして『誰かの小さな幸せ』に繋がる可能性をみられる幸運に、私はやっぱり思う。
いいもの、もっと作りたいな。
と。
《ハンドメイド・ジュリ》で立ち止まる、目を輝かせる人たちのために。
ブクマ、評価、そして誤字報告ありがとうございます。




