45 * ケイティ攻略
「私パヴェデザインって苦手意識があるわね」
「そうなの?」
「買って一回失敗してるの、結構好きなデザインだったのに」
「失敗……」
ケイティによると、その失敗はパヴェならではと言える。
「あれってサイズ直しが出来ないことが多いのよ」
「ああ、指輪全体にメレサイズのルースがびっしり留められてるからね」
「そう。その後もせっかく買ったしと思って着けてたんだけど、気づいたら石が三つ無くなってたわ」
「あー……」
そう、パヴェにはその二つの問題が起きやすい。サイズ直しが出来ない、というのはデザインによるので必ずというわけではないし、購入時に確認すればいいことなのでケイティのように後から気づいた人以外の問題にはなりにくいけれど、後者は結構切実。
メレサイズ故に固定自体が弱くならざるを得ず、外れやすいという弱点がある。軽くぶつけただけで歪んでルースがいつの間にか行方不明、ということが起きやすいとされている。ケイティは特にスポーツジムでインストラクターをしていたしアグレッシブな質なのでそうなる可能性は必然と高かったのかもしれない。
「エタニティリングじゃ駄目なんだ?」
「駄目なんてことはないわよ、ただあれは華奢でしょ、私はもっと幅があったり厚みがあるのが好みというか。だから同じメレサイズの石を使っていてもパヴェを選ぶわけ。でも動き回る私には向いてなかったってこと」
「わかる。普段のケイティ見てればそれは分かる」
「そうでしょ?」
自然とケイティの爪に目がいった。今日もゴージャスでインパクトある、見方によっては厳つく見えるネイルアート。ネックレスもお気に入りのアフリカンアート系で大きめにカットと研磨がされたコカ様の骨が使われている最近発売したばかりのもの。
「あれ、今日のネイルはコカ様のバイカラーに合わせてある?」
「当然でしょ」
身につけるアクセサリーとネイルを合わせる程には拘りの強いケイティ。
個人的な話をすると、この拘りの強さは好きだったりする。私もシンプルなものを好むし、色味も寒色を好むので流行りや人気に流される事が少ない。逆をいえば変わり映えしないともなるので流行を常に追うタイプの人からしたら私のような拘りは理解されなかったりするわけだ。
でもその拘りを最優先する人も一定数、それなりの数がいる。
その人達を崩して流行、最新の物に向いてもらうのは至難の業。
こればっかりは恩恵とか【彼方からの使い】なんて無意味なので致し方ない。
「となると、ケイティの意見を参考にっていうのは今回通用しないわけね」
「ごめんねぇ、聞かれてもこーまーるー」
「ふざけてるでしょ、物凄く適当」
「あははは」
この会話から分かるように本当にケイティはパヴェには興味が薄いとよく分かる。
「そういう態度をとられると、闘争心に火が付く気がする」
「あら、じゃあ期待しちゃおっかな?」
「絶対にふざけてる」
そもそもメレサイズのカットと研磨が未発達なので、本格的なパヴェデザインは完全に一点物になり時間もかかる。それでもある程度その欲求を満たすためにはどうしたらいいものか。
ケイティが帰った後、グレイに声をかけてちょっとした頼み事をし、私は私でロディムを伴いお出かけ。キリアはテルムス公国のゼーレン公家ティターニア様への賄賂色が強いあのアイスドラゴンの鱗を使った額縁作りに集中しているのでお留守番。
「何をするんですか?」
「ちょっと注文をね」
「注文、ですか」
不思議そうなロディムと共に向かうのはキリアが監修をする宝飾品店。
「ロディムはエタニティリングに他の要素は必要だと思う?」
「え?」
私の質問にびっくりした顔をする。そりゃそうだ。エタニティリングといえばメレサイズのルースが一列に並んでいるデザインのことで、なのに他の要素が必要かどうか聞かれる意味は分からなくて当たり前。でも質問に意味があると考えてロディムは思案顔になった。
「……それは、エタニティリングにさらに何か加える、ということですか?」
「そうだね、加える、で間違いないかな」
「必要かどうかと聞かれると難しいですね、私はエタニティリングのデザインはとても好きなので、あのままでいいと思いますし、何か加わってしまうと……別物になるかと思います。でも、他のその要素というのがなんなのか、そして加えられる物があるのかと考えると興味はあります」
そんな話をしながらお店にたどり着き、店主さんと修理も請け負える常駐する職人さんと共にお店の奥の部屋へと向かう。
「忙しい時にごめんね」
「良いですよ、ジュリさんの来店は大歓迎です」
店主といつもの似たような会話を交わしたら早速本題に。
「今あるエタニティリングとブレスレット、店頭に並べているもの以外見せてもらえるかな」
時々お店の商品の品質確認のためにこうしてずらりと並べてもらうことがあるけれど、今日はそうではないので店主さんと職人さんも不思議そうにしている。
「こうしてみると壮観ですね」
ロディムが実に好奇心旺盛な目で少しだけ前のめりに並ぶリングとブレスレットを眺める。
「さて、ロディム」
「はい」
「自分がもしも買うならどれを選ぶ? 贈り物じゃないよ、自分用」
「私ですか? であれば……これ、でしょうか」
ロディムが選んだのは黒いオニキスと濃い茶のタイガーアイのような石が交互に止められたエタニティタイプのブレスレット。落ち着いた色味でグレイも好きそうなブレスレットだ。
「じゃあ、それと『重ね付け』するならどれ?」
その質問にロディムは目を見開く。
「重ね付け、ですか?」
「そう、エタニティ同士で重ね付け。エタニティデザインを三本も重ねれば、パヴェデザインに近づくよね」
そもそもこの世界、あまり重ね付けはしない。リングもブレスレットも富裕層が身につける物は使う宝石が大きいしデザインも豪奢になりがちなのでそもそも繊細でシンプルなものが少ない。
そのせいで重ね付けというのがデザイン以前に幅的に難しいので自然と一つだけ、となってしまうことが多い。
今までもこのエタニティで重ね付けは出来ることは出来た。でもその需要は少なかった。庶民は元から指輪を着ける習慣は殆どなかったし、ブレスレットだってお金に余裕がある人だけ。そして富裕層のアクセサリー事情を合わせると、重ね付け自体が浸透しにくい環境だったことになる。
「例えば」
私は全く同じエタニティを三つ重ねる。
「パヴェデザインに一番近いのはこの組み合わせ。でも私はこれだとちょっとつまらないな、と思う性格なのよね。だから」
一つを置き、別のエタニティリングを真ん中に挟んだ。
「真ん中のエタニティリングはシトリンにする。上下は黄緑のペリドット、間にシトリン、こうしたい」
ロディムだけでなく店主さんと職人さんもじっと私の手元を見つめる。
「で、じゃあこの三つを買おう、となる。でも現実問題として、この天然石のエタニティリングをその場で三つ買える人って、少ない。どうしても価格がネックになる。ロディムなら、商売人としてそれでも買ってほしいと思ったら、どうすればいいと思う?」
「私なら……ガラスを活用します。それだけで価格は一気に抑えられます。加工もそうです、天然石や魔石は欠けてしまったらやり直しが出来ません、ガラスは再利用可能です」
「素晴らしい、まさにその通り」
おっと、照れたぞ。インテリイケメンの照れた顔、ご馳走様です。
「それで……」
「え?」
「重ね付けでパヴェに近い事は出来るけど、パヴェがあまり好きじゃない人もいるわけよ。でもパヴェデザインは嫌だけど重ね付けに挑戦したいって人もいると思う。その時は?」
「……その時は、ですか」
そこから唸り出したロディム。そしてなぜか店主さんと職人さんさんまで唸り出した、ウケる。
笑いそうになりながらしばらく待ってみたものの、三人とも唸りっぱなし、しかも表情がだんだん怖くなってきてしまった。
ということで私のアイデアを。
「難しく考えなくていいと思うよ。重ね付けに向いているシンプルなデザインの細い金属のみのリングやブレスレットを作ればいい」
「え?」
「打ち技術を活かして、エタニティデザインのリングやブレスレットと相性のいいデザインの物を作るのはどうかなと思いついたの。それこそミル打ちが施された細いリングでエタニティリングを挟んだらリングならそれだけで幅が出て豪華になるし、ブレスレットなら細いブレスレットが腕でそれぞれが揺れて目立つしこっちも豪華に見える。というか……その細い金属のみのブレスレットを十、二十本纏めて着けたらなかなか面白いというか、私は好きというか、元いた世界に普通に売ってたというか……デザインとしては問題ないしこっちの世界の新しい物好きの人には相当ウケると思うのよね」
いませんでしたか? 細い針金みたいなブレスレットが二十、三十本纏めて一つのデザインとして売られていたやつを着けてた人。ちなみに私も持ってたよ、十二本のだけどね! あれ、なにがいいって、デザインが人とはちょっと違うものを身に着けたい時にあまり服装考えずに使えたこと。一本一本が細いからシンプルなんだよね。だから服の色とか気にしなくて良かったの。
「そしてケイティの攻略も出来ると信じたい」
「「「攻略」」」
三人が気になったらしい単語のみを拾ってハモった。
お店に戻るとグレイも戻って来ていた。
「ぜひやらせてくれと言っていた」
「おお、良かったぁ」
グレイとローツさんが共同で経営権を持つ金属宝飾品専門店に行ってもらっていた。そこで純金をはじめとした高価な金属から格安のメッキ処理金属に至るまで、様々な打ち模様や型取りした極細のブレスレットを作ってもらえないか相談に行ってもらったんだよね。
あえて別のお店にしたのは、それだけ多彩なデザインが生まれるだろうと期待して。あとは生産性かな、あまり色々やり過ぎるとその為の設備投資などコストが嵩むからね。宝飾品とはいえ扱う商品にあまり被りがないので元々ライバルとか敵対とかそういう問題になりそうな関係になったこともないのでその点も私としてはよかった。
片方はパヴェデザイン、エタニティデザインを。片方はそれに合わせやすい極細のデザインを。
そしてケイティのように好みがあるからどちらか一方でしか買わない、って人たちがいたっていいわけだ。拘り好み偏り、人それぞれ好きに自由に選択すれば良いよね。
勿論一箇所で買える方が手間がなくていい。でも選ぶ楽しみ、買う楽しみ、迷う楽しみ、色んなことをもっと皆に。ウインドショッピングって楽しいしね!!
「その売り方含めてケイティ攻略を目指したいところだわ」
「……攻略」
グレイも気になったのかその単語だけ呟いた。
結果を言うと攻略出来た (笑)。
ついでにリンファも。彼女の場合は攻略ではなく釣れた、が正しいかもしれない。
「ジャラジャラ着けるの好きだわぁ」
ケイティが試作品だと数日後には届いた極細のブレスレットを片腕に二十本付け、ご機嫌。
「似合うわね、こういうのこっちの世界には無かったからインパクトもあるし私も好きだわ」
リンファは着けてはいないけれどケイティが身に着けているのとパヴェデザインのいくつか試作予定のデザイン画を見比べてどれが良いのかイメージしているらしい。
「そこにメインもしくはワンポイントとしてパヴェやエタニティのブレスレットを入れるわけね。指輪も重ね付けが楽しめるのは素敵じゃない」
リンファは指輪の重ね付けがお気に召したようでほしい色味の石を探そうかなぁとブツブツ呟き出した。
「ジュリには見事に攻略されたわ」
ケイティが何故か不服そうな顔をしてそんなことを呟いて。
「これだからククマットを離れられないのよ、ちょっと目を離したら最新の物が、ってなっちゃう。それが何度も続いたら私発狂しちゃうわ」
大袈裟な身振り手振りで文句が続いたので私とリンファはそんなこと言われてもって顔をしながら笑った。
動きに合わせてシャラシャラとブレスレットが軽やかな音を立てながら動く様を見て、やっぱりこういうのアリだよね、なんて思った。
正真正銘ダイヤモンドのパヴェブレスレットという非常に豪華な一センチ幅のブレスレットをメインに、白金や金、その他美しい色味の金属の極細ブレスレットに最高の技術をもつ職人たちによる様々な打ち模様が入れられたものが二十本、そしてメレダイヤモンドがそれらにほんの少しだけワンポイントとして散りばめられたブレスレットは、歩くだけで腕を動かすだけでランプやシャンデリアの光を様々な方向へと反射。小さい故の柔らかで上品な光。シャラシャラと奏でられる軽やかな金属の摩擦音。
ルリアナ様が社交界でシルフィ様に続きクノーマス家の夫人としてその地位を上昇させると同時にお礼にと希少な金属の仕入れ先を買収し、グレイに所有権を譲渡してくださってそこから最優先で仕入できる権利を私が得ると、ケイティが『アクセサリー作り放題じゃない!』と興奮する話は割愛。




