45 * 備忘録
前回お知らせした通りタイトル変更致しました!!
旧題『どうせなら〜』はあらすじに残しておきますので、そういえばこんなタイトルだったなと時々思い出してくださると嬉しいです。
それでは新タイトル後も引き続きお楽しみ下さい。
なお感想、イイねはもちろん誤字報告も相変わらずお待ちしております!!レビューも是非。
「ごめんください」
「はい、いらっしゃいませ」
お店の扉が開く音に、閉店間近でお客様が二人だけ残った店内で明日の商品を補充しながら私とキリアは扉の方に顔を向ける。
「閉店間近ですがいいですか?」
「勿論どうぞ!!」
人当たりのよい柔らかな口調で穏やかな微笑みを浮かべる紳士は被っていた帽子を外すとその帽子を腕にそっと抱えて店内を見渡し始めた。服装は貴族、間違いなく上質な布で誂えられたもの。履物も傷のない上等な革、何より紳士の嗜みのステッキには象牙と水晶と思われる高品質な素材を贅沢に使いながらもシンプルかつ非常に洗練されていることから単なる富裕層ではなく貴族でしかも伯爵クラス以上だと推測させた。
(知らない人……強権派の人だったり?)
一瞬警戒するような事を考えたものの、敵意が一切ないことは二階にいるグレイが降りてくる様子がないことからも分かった。
そうしているうちに一人、二人とお客様が帰り、店内にはとうとうその人だけになる。閉店五分前となりキリアが店の外に出て『本日閉店』のプレートを扉に掛けたり外に置いてある季節のオススメや今月の新作が描かれた黒板を回収したりを始めた。
「あなたがジュリ・シマダ?」
「え? あ、はい、そうです」
「私はマリオン・ペリーダ。ペリーダ伯爵と申します」
「あ!!」
通称『音伯爵』。
百年以上前、このベイフェルア国に召喚された人がいた。
その人は進学も将来音楽に携わるに必要な技術と知識を得られるところを選んだ人だった。
ピアノを得意とし、この世界にあるピアノに似た楽器を駆使して『音楽』という分野でこの世界の芸術発展に貢献したとされている。
子供ができにくい【彼方からの使い】としては珍しく当時自分を保護してくれたペリーダ家の令嬢との間に子供を授かっている。その子供がそのままペリーダ家を継ぎ、今なおこのベイフェルア国の伯爵家としてその血を途絶えさせることなく繋いできた。
『音楽の祭典』。これはこのペリーダ伯爵家が時間と手間を惜しまずに定着させたもの。大陸中から音楽家を目指す若者のために二週間、領の至る所で自由に楽器を鳴らし、歌い、時には演劇も許して人々にその技術をお披露目する場を提供し続けている。この『音楽の祭典』が私の『ものつくりの祭典』の構想に繋がっていて、真似した事で後からトラブルになっても困ると思い実は侯爵様から私の事情と『ものつくりの祭典』について説明する機会があったらしてもらうことにしていた。それはかなり早い段階で叶い、そんなこと気にしなくていい、好きにして良いと侯爵様を通し返事を貰っていた。
キリアに事情を話して私はすぐさま二階へペリーダ伯爵様を案内する。グレイと共に事務処理をしていたローツさんは意外な人の登場にかなり驚いていた。
「単刀直入に申し上げると、当家が崇める【音の神:ヒュート】様よりお告げがありました」
ここで説明。
基本的に【彼方からの使い】を守護する神様はその子孫がいればその子孫も寵愛する確率が高い、ということ。これに関しては直接セラスーン様から聞いたことがあるので確かなこと。そして理由はやはりその技術や知識を引き継ぐだけでなく、容姿や性格など個の特徴が【彼方からの使い】から遺伝する事が多いから。つまりこの目の前のマリオン・ペリーダ伯爵様は【音の神】と直接やり取りが出来るだけの寵愛を受けている事になるわけ。
これを聞いてグレイとローツさんが驚いたところを見ると、おそらく今までその事は公にされていなかったってことになる。私も名前は知っていた『音伯爵』は可もなく不可もなく、中立派でありながら派閥とは無関係な人付き合いをしていて社交界や政治からは遠い存在という認識しかない。音楽家なら社交界とは切っても切れない関係じゃなかろうかと思うけれど、あくまでペリーダ家は音楽家を支援しそして音楽の普及に力を入れるだけで、領地経営を真面目にする領主という立場から一歩も動かない、どちらかというと陰謀渦巻く熾烈な貴族の争いとは無縁でしかも無害な家としてベイフェルアでの立場が確立されている。
公にされていなかった理由はそこにある、と思う。神様からの寵愛を受けているということは、少なからずの恩恵も受けている。確か【音の神様】は中位。最上位、上位、中位、下位と神様たちの序列が明確なこの世界の神界において序列としては決して高くはないけれど、それでも神様の寵愛は侮れない。人知の及ばぬ力こそ寵愛と恩恵なのだから、それを巡り人は簡単に争うし憎むし妬む。
ペリーダ伯爵様が公にしていないのは自然なことと言ってもいい。
「神様からの寵愛を受けているんですね」
私のどストレートな質問に微塵も狼狽えず伯爵様はニコッと笑んだ。
「【彼方から使い】の血は薄まりましたがお陰様で今のベイフェルア国でのんびり生きていられるくらいの恩恵は頂いてます」
「……てことは、『ピアノ』弾けます?」
「『リストのラ・カンパネラ』を十二になる前には習得し神様にそれをお聞かせ出来る程度には」
ひえっ!!
聞きました? ピアノ習ったことがある人だけでなく、音楽というものをかじったことのある人なら聞いたことがあるだろう、とっても難しいあのリストのラ・カンパネラを十二歳で弾いたって。そりゃ、神様喜ぶよ、寵愛しちゃうよ。
てゆーかさ、この世界にかつてその【彼方からの使い】が齎した『楽譜』などの概念によって音楽の幅が飛躍的に向上したのは知ってるけど、そういう難しくて有名な曲を一度もこの世界では聞いたことがない。オリジナルで難しそうだなぁ、と思う曲は何曲か社交界に出ていたお陰で知ってるけれど、でもその元となったであろう地球の古き良き曲は聞かないのよね。
「そんなに難しい曲なのか?」
グレイに問われて私は即答。
「楽譜見て私は失神しかけた。こんなん誰が弾けるんだよって本気で叫んだ」
その答えに納得したらしいグレイとローツさん。それを見て伯爵様はにこやかに微笑んだ。
「機会がありましたらお弾きしますよ、他の方々にはご内密に、という条件付きですがね」
そんな神様からの寵愛を受ける伯爵様は傍に置いていた鞄から小さな箱を取り出しテーブルに置く。
「これをジュリさん、あなたにお見せするようにとヒュート様から直々にお言葉を賜りました。きっとこの中に書かれていることがいずれヒントになるから、と」
「え?」
「【彼方からの使い】による、ペリーダ家の備忘録です」
長居をして他の方に怪しまれるのはごめんですとすぐさま帰路についたペリーダ伯爵様。せっかく来てくれたのに手ぶらというのはいかん! と思い、荷箱にうちの商品を詰め込みお渡ししたら物凄く喜んでくれた。特に便箋と封筒のセット、新しいデザインのブローチとヘアピンは娘がとても喜ぶと実に良い笑顔だったのであるだけ詰め込んだので明日の在庫がない、試作品まで渡しちゃったので見つかったらキリアに怒られるけど副商長と統括長がオッケーしたので大丈夫、多分。……大丈夫だよね?
夜屋敷に戻り就寝の時間になってベッドの上に転がりそっと箱を開ける。
そこには百年以上前とは思えないとても状態の良い『メモ帳』が入っていた。
「これ、あっちの世界のメモ帳じゃん……」
紙の質と白さ、何より印刷による罫線は間違いなく地球のもの。所有者の【彼方からの使い】はとても几帳面な人だったのかもしれない。とりあえずざっとページをめくると書き損じたページを破った箇所はあるものの、その切り落とし方は定規などでちゃんとまっすぐ一直線に切った後が残っているから大切に扱っていたことがよく分かる。
そして意を決して読むことにした。
文字は英語。確かペリーダ伯爵領に召喚された【彼方からの使い】はヨーロッパ系の人だったはず。
(母国語じゃなく英語? ……これをいつか誰かが読むことを想定した?)
イタリアだったか、フランスだったか。英語圏ではなかったはずなので英語で書かれていることにちょっとした疑問を持ちながらも目を通すことにする。
というか、これ、スラスラ読めるのって自動翻訳のお陰よね、凄いわ。英語全く読めない訳じゃないけれど、それでもここまで読めるほどではなかった私の語学力。ありがとうございます、自動翻訳様。ビバ恩恵。
「うぉえ……」
衝撃的なことが書かれていて声が出た。たまたまそこに入浴を済ませて戻ったグレイが入ってきて。
「何がどうなったらそんな声が出る」
「……クノーマス家って」
「うん?」
「このペリーダ伯爵のところに召喚された【彼方からの使い】の護衛をしたことがあるご先祖様いたよね?」
「ああ、当時の当主が期間は短いが王宮に滞在していたときに護衛騎士をしている」
「その時、この【彼方から使い】が当時の王女と王妃とトラブルになった話は、伝わってる?」
「……は?」
このメモ帳に書き綴ろうと思った『きっかけ』が一ページ目に自分の紹介と共に記されている。
『これを読めるあなたへ。
これは、単なる私の日記ではなく、あえて備忘録として残そうと思う。
私の母国語では伝わらない可能性があるので英語で記す。難しい単語については私も正しいスペルで残せないことも考えられるので、なるべくわかりやすく簡単に記す。
私はイアン。千九百六十五年生まれ、現在二十七歳になる』
百年以上前と聞くともっと昔の人が召喚されたのかとも思うけれど、案外そうではなくてそこは神様による時間操作とか時空を歪めるとか、そういう御業によって都合のいい時に召喚されているんだな、なんてことを考えつつ。
ここで三行の行間を使い、文章が続く。
『この小さなノートを使うのは隠すのに便利なのと、保存状態さえよければ未来にも残せるだろうと期待したからだ。召喚された時に共にこの世界にやってきた貴重なノートの一冊だが、未来に残すためには必要なものだ。これがいつか誰かの役に立つことを祈る』
そして私が変な声を出した理由がまた三行の行間の下にあった。
『神様がこの国の王家の血筋を 《紛い物》と呼ぶ理由を私が知ることになったきっかけをこれから記す。そしてこのノートの存在を知られたら、私は消されるかもしれない。なのでこの備忘録をペリーダ家に託す。私はこの世界の神を愛することはないが信じよう、いつかこの私の思いを読める貴方に届けてくれることを願いながら』
初っ端から重い。
グレイは英語が読めない、と思ったら大間違い!! いつの間にかハルトとマイケルが教えててさ!! 何やってんのこいつら、と思った数年前、懐かしいわ……。
「ちょっとまて、まだ読み終わっていない」
私の隣にピッタリ引っ付いて、私がページをめくろうとするとそうやって止めてくるし、分からない単語があると『どういう意味だ』とか『教えてくれ』とか。そうしてゆっくり読み進めることで私は余裕があるため色々考えてしまっていた。
まだ数ページ読んだだけ。
でも内容が濃い、濃いんだぁ。
イアンさんのこの備忘録。
王家との付き合い方について書かれたもの。とりあえずこれを残すきっかけになったことが小さく整った文字で書かれているけれど、当時のベイフェルア王家も今の王家とどっこいどっこいな駄目さがしっかり記されている。
まず。
イアンさんは自分の容姿について一切記載していない。いないけれど、伯爵領に召喚され保護されていた時にその見た目が噂となって王宮に呼ばれたと書いている。この時点でイアンさんの見た目が良かったのだな、と推測でき、そして王宮でお年頃の王女に気に入られそのまま王宮住まいを余儀なくされることになったと書かれていたとなるとイケメンだったことが確定。
最悪だわ!!
見た目いいからそばにいろって言われてもその気がなければ迷惑でしかないよね!!
そしてもう一つ気になったのは。
「つまりこのイアンという【彼方からの使い】は、ジュリのように当初は王家に放置されていたのか……」
グレイは読み進めてその点に同じように着目した。
イアンさんが齎したのは音楽家として楽譜や音符など。
つまり私と同じで国益にダイレクトに繋がる軍事力とは程遠い【技術と知識】だった。
「クノーマス家のご先祖さまはその事残してはないの?」
「……先祖は王宮での護衛を担当したが、おそらく、急遽決まったのかもしれないな。そしてどういう経緯でなったのか、そのことも特に触れていないことから当時このことは王家から隠された状態で任を承った可能性がある」
「王宮内での護衛となれば……かなり近い立場だと思うんだけど」
「そうでもない」
「なんで?」
「基本的に世話は侍女や執事がやるだろう? となると護衛は室内でも扉の向こうで待機するし、外出したとしても馬車の外、馬に乗って周囲を警戒するから一緒に馬車で隣り合わせになるわけでもない」
「言われてみれば確かに。でも、【彼方からの使い】を敬え、大事にしろ、そういうことは残してるから、その距離感でもちゃんと恩恵は感じ取れてたってことよね?」
「それは間違いないだろう、むしろ護衛としてそばにいるが友達や親しい間柄というわけではない、俯瞰的に見ることが出来る分冷静に【彼方からの使い】の恩恵や守護を目にしていたのかもしれない」
「なるほど……」
「それと」
「うん?」
「当時の当主、クノーマス家は今の王家との関係とは違って良好だった。席を外せと言われれば素直に従うし何かあっても王家を疑うようなことはなかったはず。となれば、このイアンが書き残した事を目にすることはなかっただろうしイアンも信用していなかった可能性がある。何より……当時その当主は結婚を期に護衛の任を降りたとされているが、王家が意図的に当主をイアンから引き離したことも考えられる」
「王女たちのイアンさんへの理不尽な要求とか無茶苦茶な命令とかを知られる前に、ってこと?」
「推測だ。ただ、クノーマス家も当時から王都に屋敷を持っていた。結婚したとしても領地に必ず戻らなくてはならない年齢でもなかったし、寧ろ侯爵家の地位ならイアンの後ろ盾として十分機能したはず。保護目的ならわざわざ短い任期に収め離す必要はない」
なるほどね、となんとなくざっくりと納得しつつ、グレイが読み終わったというので次のページへと進むことにした。
このペリーダ伯爵も初期に名前だけは出てたレアな方。やっと出てきた、やっと出せた……。
ここに来て新顔がちょいちょい出てきました。この作品の特徴である、やたらと登場人物が多いこの状況、まだまだ続きそうです(笑)。
それでは。
これからは
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです
〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜
として今後ともご愛読頂けますと幸いです。宜しくお願い致します。




