45 * 折って絞って浸してみる
新章です。
後書きにタイトルについてのお知らせございますのでそちらもご覧下さい。
中学の時、家庭科の授業でやったことがある。
当時裁縫の技術が全く伸び代が無いことに気付いていなかった私は折角ならちょっと手の込んだ模様を入れてやろうと調子に乗って、縫う方を選んでしまった。
あの時『やめとけばよかった……』と出来上がりを見て思うことになったのはいい思い出なのかそうでないのかちょっとよくわからない。
布を染めるための染料の開発が順調なハシェッド領から届いた新色を眺めながら、よし、と意気込む。
「次の大市でのお子様限定無料体験は布染め体験にしよう」
私の一言に定例会議で集まっていた全ての事業の主要人物たちが一斉に私をみた。
「……ジュリ、今、違う話をしているんだが」
ローツさんからの全員の心を代弁したような一言に笑って誤魔化しておく。
それにしてもうちの定例会の面子はバラエティに富んでいると常々思う。
この定例会には主だった恩恵持ちも出席するので、パッチワークの恩恵持ちである八十オーバーのおばあちゃんから十代の先日コーディネート部門に配属となったフラワーコーディネートの才能が開花したらしい子、年齢だけで約七十歳の幅がある。ちなみに全事業なので託児所、領民講座、運輸部門、会計部門、経営者は違えどネイリスト育成専門学校からも参加してもらっているので学者然とした雰囲気のおじさまからムキムキの体育会系とタイプも様々。
当然、ここまでバラエティに富んでいるなら手先の器用さだって個人差がある。
大市では鯉のぼり作り体験の他にもウッドビーズを数個通すだけで出来る革のブレスレット作り体験等も定期的に行って来たのでそれに参加したがるお子さんがいる家庭を大市に足を運ばせる、つまり集客に一役買う役割も担っているのでそろそろ新しい無料体験をやってみたいと思っていた。
これだけ明るい新色の染料が揃うなら、子供たちも好みの色を選ぶ楽しみも出来るのでいいんじゃなかろうか。
「誰だ、会議前にジュリに染料の新色を与えたのは」
グレイ、ちょっと黙ってて。
ハンカチサイズの布なら扱いやすいし持って帰るのも邪魔にならずにすむ。
ただ、乾かす時間が問題だよね。天気が良ければある程度乾くまで大市を見て回って時間潰しが出来るけど、天気が悪ければそうもいかない。となれば風魔法が使える人や得意な人に声掛けをすることになる。だったらいっそのこと最初からその人たちに乾かして貰える事も無料体験に含まれていれば楽かな?
このあたりが可能なら、染め体験は開催できる。
じゃあ、どんな染めがいいか。
「やっぱ絞り染めだよねぇ」
また全員の視線が集中した。
この後グレイとローツさんからそこそこ長いお小言をくらい、私に染料を届けさせたエイジェリン様がグレイと壮絶な兄弟喧嘩をした話は長くなるしわりとくだらない話なので割愛。
染め物。
実は染めた後に余分な染料を落とすために何度か水洗いする手間が大変。でもそこは異世界、水はバケツに汲んでおけばちょっと高価だけど浄化の魔法付与がされた魔石をぶっ込むことで勝手に水を綺麗にし続けてくれるのでそこは簡単に解決出来る。いや、その魔法付与された石が高いので普通ならそんなことに使わないけど、そこは金にモノを言わせてやっちまうのが、私。
「綺麗な色だね!」
キリアは私が試しに染めた布を見て嬉しそう。
「何の調整もなくこの綺麗なピンクや水色に染色出来るのはいいよね、こっちの紫、黄色も綺麗だし」
「調合せずに最初からこの色が出せる染料なら大市の子供たちでもすぐに色を選べていいね」
「でしょ?」
「それにジュリ、領民講座で染め物講座も出来たらって言ってたしね。今まで安価で手に入った染料にこういった新しい色が加わるなら長期講座で都度好きな色に染めて楽しむことも出来そう」
そう、個人的に染め物講座を長期講座でやりたいと模索してたのよね。
ただ、キリアの言ったように庶民が気軽に購入出来る染料は色が少なくて講座でやるにしても楽しみという点が広がらないだろうなぁと思っていた。でも今回届いた染料の他、今後も安価な染料が安定的にハシェッド領で開発生産される事を考えると、いずれは国全体で染め物が個人で楽しめる時が来る。
例えばそれが趣味としてはマイナーとなったとしても、講座でやれるとなればハードルは下がるし認知度を上げるきっかけにもなるので人気や流行といった所に重きを置く必要はない。
となれば、やっぱり大市の無料体験がいい。
こういうこともお家で楽しめるんだよ、と知ってもらえるだけでもやる価値はある。
「この暖簾貰って帰っていい?」
「え、試作したものですよ?」
「うん、綺麗に染まってるし模様もシャレオツ。そしてアストハルア次期公爵が染めたとあれば後に価値が出て資産の一つになる可能性が」
キリアにそんなことを言われて微妙な顔をしたロディム。
まあ、こういうやり取りは日常茶飯事なので放置。ロディムもキリアの作った試作貰ったりしてるしね。
ロディムは染め物初体験と言うことで最初はおっかなびっくりな手つきでやっていたけど、下手に手加減すると模様が綺麗に出ないことを経験し真四角のハンカチで二度の失敗を経て三度目の正直として思い切って暖簾を染めて成功するとその出来に本人も満足していた。その満足した染めた暖簾を見逃さずゲットしたキリア、強者。
ロディムに挑戦させた絞り染め。
一番簡単なのは適当に布を摘んで糸をきつく巻き付け縛っただけのもの。
ロディムには模様を綺麗に出すために四角や丸の線に沿ってまずは縫って貰ってからその線に沿って糸を引いて絞っていき、縫い目に重なるように糸を巻き付けて模様を図案に近い形に染めの濃淡をだすやり方に挑戦してもらった。
三度目で完全にコツを掴んだロディムは微妙な顔をすぐに戻して染め終わり余分な染料を落として乾かし終えた布から糸を外し始めていた。
キリアがゲットした暖簾は綺麗な薄緑色で、模様はその緑にぴったりな葉っぱの模様が暖簾の下の方に入っているもの。葉っぱの縁取りが白で絞り染め特有のぼかしたような柔らかなグラデーションがとてもいい。
「こっちも綺麗に染まったね」
「色が混じってしまうのではと不安でしたけれど」
二色の色の違う染料が入った桶に暖簾の上と下がそれぞれ浸かるようにして、真ん中付近は吸い上げによって混色することもあるのでそこはがっちりと幅広めに縛って染まらないようにした。浸す範囲をなるべく端の方になるようにしたので染め上げ後に糸をほどけば真ん中は白で、上と下が黄色と紫の二色に丸い絞りの模様がいくつも入った綺麗な暖簾に仕上がった。均等なグラデーションとは違うムラのある仕上がりが絞りの模様のムラと上手くマッチしている。ロディムも初めて二色染めをした割に出来が良かったと感じたらしくまんざらでもない顔をしている。
これも慣れればかなり高度な模様を入れられるようになるので、興味のある人たちにやってもらって暖簾やマルチカバーなどを今後販売するのもありだね。いずれは着物の総絞りのような凄い細かな絞りもやってくれる人が出てくることを期待しつつ……。なんか、この絞り染めも恩恵持ちが出そうだな。
ちなみに絞り染めと一言に纏めて言ってしまっているけれど、日本には白根絞り、鳴海絞り、豊後絞り、と三大絞りと呼ばれる絞り染めがあり、流石は日本、昔の人たちは地域性、特色を出せるだけの技術と器用さがあったんだなとしみじみ思ったりする。
そこまで進んで話は大市に戻す。
大市で本格的な絞り染めは難しい。時間がかかりすぎる!
なのでここはやっぱり布を折って好きな所を縛ることで比較的綺麗な模様が付けられる手法がいい。
サイズは一般的なハンカチ、色は十種類くらいあれば選ぶ楽しみがある。事前にどれくらい折ってどこを縛るとどんな模様になるか見本を数点用意しておけば作りたいものが想像出来ていいかもね。
絞り染めとは別に、ちゃんと折染めというのもある。
主に和紙に染色する手法で、折り方と染料の染み込み具合を調整し幾何学模様のような柄に出来る。こちらも一体どう折ってどう染色したらこんな複雑な模様と色彩になるんだと驚愕させられる物が存在する。この手のプリントによる千代紙もあるけれど、柄や色味にムラが出来る手染めだとその手作り感ゆえの温かみや自然な風合いはプリントとは違う特別感、たった一枚しか存在しない折染めという価値もあるので興味がある人には是非とも手作りの折染めを見てもらいたいと思った過去がある。
キリアには大市でやる予定の折ってから糸で縛る折と絞りを合わせた染め方をやってもらっている。この糸で縛る力加減は実際にやってみないと染まり具合の程度が分からないので後々指導する際にも必要な経験だね。
「無料体験で出来るんだねー。染め物って前から興味はあったけど、染料がそこそこ値段するし、家で余分な染料を落とすとき大量の水が必要でやりたくてもやれなかった一つだからこれは嬉しい」
「一人一枚限定だけどね。でもどうやって染め物が出来るのか実際に見るだけでも勉強になるでしょ。染めたら終わりじゃなくて、余分な染料を落とすため何回も水洗いしなきゃいけないし、乾かすためには場所が必要だし、そもそも布も染め物に向いてるか向いてないかも見極めなきゃいけない。一言で『青い布』と言うとして、その青い布ができるまでの過程をちゃんと言えるか、説明出来るかとなれば話は別。生きるに必要な情報とは言えなくても、知ってたら服を買う時の知識として役に立つこともあるでしょ、役に立つならラッキーだしね」
「過程、大事よ。ここで働くようになって本当にそれを実感してるもん。当たり前に使ってた木皿も引っかからないように紙ヤスリを掛けて表面をツルツルにする手間があるから使えてるんだよね。似たような木皿より高かったんだけど、高いのにはちゃんと理由がある、ってのもそれで知ったし」
「過程と手間に価値を見出せるかどうかは個人の問題にはなるけれど、長く使いたい、大切にしたいと思う人にとっては大事な要素。安いのを買い替えて使うことで便利なものもあるけどね。そこは本当に買う人が決めることだから。まあ、私たちはその人たちに選択肢を増やしてあげられたらラッキーくらいに思って仕事をするといいのよ」
キリアとロディムが頷いてくれた。
「お兄様が忙しくて目が回ると騒いでいるそうよ」
「あー、停戦協定が締結されて本格的にマーベイン辺境伯家とネルビアの交渉や交流が始まりますからね。そこに穀潰し様だけじゃなく、革製品も順調だし、今回の新色の染料もすでにうちとクノーマスだけじゃなく他から取引の話が来てるってなると、確かに大変ですよ」
「でも嬉しい悲鳴だから」
トミレア地区や他のクノーマス領で開催される大市でも染め物体験をしたいという相談を受けていたので早速連絡して侯爵家を訪ねた。大筋で同じ染め物体験をやろうと話が纏まると、雑談が始まってすぐに嬉しそうに笑みを零してルリアナ様がハシェッド伯爵様の近況を教えてくれた。
そして少し前まではちょっと足が遠のき、門の前に立つと妙な緊張をしてしまうようになっていたけれど、また以前のように戻りつつあることに内心ホッとしたりもした。
「その代わり忙しくて姉妹店の話はまだ進まないけれど」
「いいんじゃないですか? マーベイン辺境伯、クレベレール首長区の穀潰し製品の生産が軌道に乗ると確信が持てたら同時にとかでも。慌てて開店して手が回らなくなるのはきっと不本意でしょうし」
「そうね、それに各工房で既に製品化したものは販売していて売り上げを伸ばしているから無理にいつまでに開店と拘る必要はないのかもしれないわ」
「……それこそ、両国の交通規制が解かれて双方の関所が稼働するようになって、勿論当分は通行許可証を持っている人だけなんでしょうけれど、その人たちには商人も含まれてきますよね? その人たちの持ち込む良品を買い取りしてそれを特産の穀潰し様達と並べて売る店にしてもいいかも知れませんよ、 《ハンドメイド・ジュリ》の姉妹店と言うにはちょっと違うコンセプトになってきますが」
穀潰し様メインではなく各地の商人オススメ商品を置いたら面白いよね。品質の良い、隠れた名品を扱うのよ、セレクトショップみたいにね。
「ジュリ」
「はい?」
「その話、もう少し詳しく」
「あ、はい」
ルリアナ様の目がキラーンとした。
その後お茶と美味しいお菓子を堪能しながらその話で盛り上がり、帰る前にエイジェリン様も顔を出してくれた。そのついでにと見せられた部屋に驚愕する。
「え、これ、エイジェリン様の作ったものですか?!」
とある一室、そこには何故か恩恵を授かったエイジェリン様が作った木目込みアートがズラー!!っと並んでいた。
「え、ちょっ、これ、作る暇ありました?!」
「わりとあったかな? そんなに時間もかからないし?」
なにその疑問形。ああそうか恩恵のおかげで色々補正が……。
「これからももっと増えるわよ、ふふ」
ルリアナ様も一緒に作っているそうなので、今後この部屋は木目込みアートで埋め尽くされることになるらしい。
それにしても、私の作った試作品や失敗作を集めて飾っている収集部屋に、ラパト将爵家から定期的に届くせいで減る気配がない塩部屋、お客様のおもてなしの一環である謎解き脱出ゲーム部屋が二部屋、知育玩具であるピタゴラ的なルート:トイ専用部屋に、この木目込みアート部屋。
クノーマス家は定期的に部屋を潰しているけれどこれでいいのだろうか。
「大丈夫だろう、そのうち離れを追加で建てれば問題ない」
あ、そうですか。資産家は言うことが違いますね、と笑って返しておいた。
今更クノーマス家の客室が少なくなってきたことに不安を覚えましたが大丈夫なようです(笑)。
◇お知らせ◇
今後こちらの『どうせなら〜』のタイトルが変わります。
■新タイトル■
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです
〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜
となります。
よろしくお願い致します。
今までの『どうせなら〜』は作品紹介、つまりあらすじに旧題として残しておきます。頭の片隅にでも残して下さると嬉しいです。
タイトルが変わりましてもジュリたちは変わりませんので一緒に勢いで作者も突き進みます!宜しくお願い致します。合わせて読者の皆様も勢いで読んで下さると嬉しいです!!
※次回更新日、19日(土曜日)の前日となる7月18日(金曜日)までに変更致します。




