44 * 仲良し? な男たち、語る。
今回は男三人で語ります。
―――クノーマス侯爵家:地下宝物庫最奥にて―――
―――ローツの語り―――
グレイセル様は手にランタンを持ち迷いない足取りで進む。
その直ぐ後ろにいるカイはびくびくしながら今にも振り向いて逃走しそうな雰囲気だ。
「ほ、本当にここって入っていい場所なんですか?!」
堪らずと言った感じで上擦った声を出したカイ。その声が天井は低いが広い地下室に響く。
「さっきも言っただろう。大丈夫だ、父と兄の許可を得ている」
カイの不安など一切気にしていないグレイセル様では埒が明かないと思ったのか、何故か振り向いて俺に向かって泣きついてきた。
「ローツ様からも言って下さいよぉっ、侯爵家クラスの宝物庫に入るなんて普通あり得ない!」
「俺に言われてもな?」
そう返せば『他人事だと思って!』と非難された。
「まあ、お前の気持ちは分からないでもないが、あればかりは私すら持ち出せないからな。連れて来る必要があったんだ、こんなことは一生に一度の経験と思って楽しんでおけ」
「どう楽しめって言うんですか?!」
「……さあ?」
グレイセル様はそう言ったもののよく考えればわからないな? な顔をしてそう返したので流石にちょっと笑ってしまった。笑った事でカイからはまた非難されたが。
それは『クノーマス家の宝剣』と対となる剣だと言われている。クノーマス家に古くから『双剣』と呼ばれるその剣があることは有名だ。
「強いて言えば どちらも《主と従》か。先祖代々この双剣には名前が無い、と伝えられているから他の剣と混同しないようそう呼ぶようになっている」
グレイセル様の持つ宝剣は黒、対してもう一方は白、という話も知られている。
何故知られているかというと一度その剣は王宮に持ち込まれ公開されている。
それはグレイセル様が騎士になり、あっという間に頭角を現した頃、国王が噂の剣を見てみたいと言ったのに対してクノーマス家が承諾したからだ。
何故承諾したかと言うとその剣の『特殊』さが根底にある。
「ただはっきりしているのは私の持つこの剣が使い手を選ばない限り、この白鞘は絶対に使い手を選ばない、ということだな」
《主と従》。どちらも呪いがかかっているらしい、と。
呪いである。そして『らしい』と曖昧なまま先祖代々所有し使用してきたクノーマス家の大らかさに驚かされつつもふとここで俺は一つ疑問にぶつかった。
「グレイセル様の【解析】では正確な事は分からないんですか?」
ちょうどグレイセル様が立ち止まる。目的の剣に辿り着きそれが収められている箱に手を掛ける。
「ダメだった。ハルトかフォンロン国のヤナ様だけがその詳細を確認出来るだけの強力な呪いらしい」
「そんなん使うの怖くないですか?!」
カイが怯えながらもグレイセル様が手を掛ける箱には興味津々らしく腰が引けているのに顔は突き出しているという奇妙な態勢で問いかけると、流石グレイセル様である。
「その呪いで一族から死人が出たことはないから別に怖いと思ったことはないな」
ざっくりとした理由である。
「さて……」
グレイセル様は呟いて箱の蓋をゆっくり開けた。
頼りなく感じるランタンの光が中の物に当たったその時、カイがハッと息を強く吐き出した。
「これがもう一本の宝剣だ。《主と従》の白鞘、とでも呼んでおこうか」
グレイセル様の持つ黒い宝剣とは対照的に、それは真っ白だった。白鞘と呼ぶに相応しいその白さにカイは驚いたらしい。
傷も汚れも見当たらない、新品と言われても疑いようがないその剣を、グレイセル様は無造作に掴んで俺に向けてきた。
「持ってみるか?」
「やめておきます、どうせまた選ばれませんよ」
「え?」
カイは目を見開いて俺にその目を向けてきた。
「一度ローツに持たせたことがある。だがコイツは選ばなかった」
おそらく、俺の片腕に残る麻痺が関係しているだろう、と言われた事がある。この剣は使い手を選ぶ条件がありなかなか厄介なのだ、と。
「ちょっ、ローツ様で駄目なら俺はだめでしょ」
「そんなことはないさ、俺の場合どうしても腕に残る麻痺がいざという時にネックだ。その剣はそれがお気に召さなかったということだな」
「はあ?! だって、ローツ様は片腕でも俺未だに勝てませんけど?!」
「そんなことはない、お前は本気で戦った事がないだけだ。いつも偏った正義感が先走るせいで周りが見えなくなるが……それさえ制御出来ればローツを既に越えている、それともう少し高めに自己評価すべきだな、お前をお前自身が使いこなせないのはそういうところがあるせいだ。さあ持って抜いてみろ」
まるで書類を渡すようにグレイセル様がなんの躊躇いもなく差し出したせいでカイはさらに怯んで大げさに後退した。
「怖い怖い怖い怖い怖いっ! なんでそんなものサラッと人に渡そうとするですか! ほんっとそういうところがジュリさんと似てますよね?! やめてくださいよ心臓に悪い!!」
―――カイの語り―――
『ジュリさんと似てますね』に反応したグレイセル様。心底嬉しいらしい、雰囲気がポワンとした。なんなのこの人ホントに。怖いよその思考が。
なんてことを考えていたらいつの間にかローツ様に後ろに回り込まれてた!!
「さっさと受け取れ、グレイセル様に失礼だ」
入手経路も本来の名前もわからない、しかも呪い付きの剣なんて物好きしか欲しがらないでしょ、って言いかけて止めた。目の前の一族は普通に使ってきたんだよね、うん、クノーマス家ってやっぱり全体的に怖い。
ローツ様を上回っているとさっき言われたばっかりなのに、全然敵わないんですが?! 抵抗虚しく体がどんどんグレイセル様の持つ剣に近づいていく。
その時。
リーン……
「え?」
音がした。鈴の音のような、軽やかな微かな音。
出処は一目瞭然、グレイセル様がもつ白鞘の剣だった。
「ほら、お前がグズグズしてるから機嫌が悪くなった」
「……はい?」
「機嫌が悪くなるとこうして自己主張してくるんだ」
ちょっと、何ですか、それ。
え、剣だよね?
剣に意思があるの?
ナニソレ。
「えっ、と? 剣に喜怒哀楽があるんですか?」
「あるぞ、私の持つ方はもっと自己主張が激しい。だからなるべく持ち歩いている、放ったらかしにしているといつの間にか目につく所に勝手に来るぞ」
「は?」
「不思議なのはジュリが製作時に荷物を持って出入りしやすいように工房のドアストッパーとして使っている時は大人しいんだ。ジュリのことを守っているつもりかもしれない」
「ああ、そういえばそうですね。ジュリに預けていると勝手に移動したり音を立てたりしないですね」
「ジュリは『私が盗もうとか考えてないって判断されてるだけじゃない?』というが、それなら私の所に戻って来そうなものだし」
「扱いが気に入らないと派手に音を立てますしね。黙ってドアストッパーをやってるということは守ってるつもりでしょう」
「それにジュリは物の扱いに長けているし普段から刃物に慣れている。それも感じ取っているだろう。私以外の手入れを拒んで来たくせにジュリにはさせる、ジュリのことは気に入っているらしい」
「まあ、ジュリはライアスから習って刃物の手入れも超一流ですしね。グレイセル様が守護する対象であり刃物を忌避しないとなれば好かれるのも分かります」
……何言ってんのこの人たち。
なんと声を掛けていいのか分からないでいると、グレイセル様は鈴の音のような音を立てたその白鞘の剣を両手で握る。
「うるさいぞ、慌てるな」
そして、抜いた。
「お前の姿を見ればカイも変わるだろう」
ランタンの光を全て吸収したような輝きを放った。
鞘同様、白と呼ばれる理由がよくわかる色をしていた。
グレイセル様の持つ重厚な黒光りする剣の刃とはまるで違う。
清廉潔白。そんな言葉が似合う白。
白銀とも違う表現しがたいその白味の極めて強い剣に、一瞬で魅了された瞬間だった。
無意識に、手を伸ばしていた。
―――グレイセルの語り―――
この白鞘の剣は私が持つ剣よりも謎が多い。
黒鞘は代々その時代のクノーマス家で最も能力が高い者が使い手として選ばれて来た。
一方でこの白鞘はクノーマス家の血筋には一切扱えない。全くの他人で時代毎に必ず使い手が変わるし、時として使い手を認めぬままその時代を終える時もある。
こうして私が鞘から抜けたのも、使い手を連れて来たからだ。
本来は鞘から抜くことすら出来ない。
黒鞘もそうだ。
私以外が抜こうとすると明らかに拒絶反応を示す。あのハルトですら抜こうとした瞬間両手合わせて指が五本も吹き飛んだ。ハルトでそれである、他の者ではそれ以上の被害を出すことは誰でも想像出来るだろう。
かつて王宮に持ち込んだ時、興味本位かそれとも奪うつもりだったのか分からないが、その時は不用意に触れた騎士が一人死んでいる。触れた程度ではそんな被害を出さないのだが、『悪意』には敏感なようで、必ず強烈な拒絶反応を示す。
その異様さに直ぐ様持ち帰れと言われたほどだ。
ドアストッパーにしようが作業台に広げられたデザイン画を纏めて押さえておく文鎮代わりに使おうが全くもって拒絶反応を示さないのはジュリだけである。
「持て」
一言で良かった。
カイは惹きつけられるように両手で私から受け取った。その動きは滑らかで迷いなどなかった。
選ばれた使い手は『魅せられる』。
この白鞘の怖いところはそこだ。
使い手が己を手放せないようにする為にこの美しい白さを保ち続けているのかもしれない、とかつて祖父が言っていた。
使い手が死ぬまでそばにいる。
強い執着めいた意思だ。
これこそ呪いといえる。
自己主張を始めたのは数年前。
ローツが騎士を辞めクノーマス領に移り住んだ頃。だから私はローツを使い手に選ぶのかと思った。
そもそもこの白鞘の剣は黒鞘が使い手を定めていない限りは絶対に眠りから覚めたりしない。だからローツに引き合わせてみた。だが白鞘の剣はわずかに反応したものの『違う』と判断した。ローツも『魅せられる』ことはなかった。それから反応はずっとなかった。しかしここにきて父から連絡があったのだ。
『最近やたら地下室がうるさい』と。
直感だった。
そしてその前日、私は夢を見ていた。
カイがジュリやククマットの領民達と賑やかに会話する光景を。
白鞘が使い手を定めた。
同時に、己が使われる時が来たと判断した。
「盲点でしたね」
ローツが苦笑する。
「そういえばいましたよ、ここに。とんでもないヤツが。なんで今まで思いつかなかったのか」
「仕方ない、本人が少し偏った思考だからな。だが、カッセル国に送り込んだあたりから変化があったのだろう。自分の正義感に触れる悪は全て排除すべきと思っていたのが、それ一辺倒では駄目だし他のやり方もあるのだと経験を積み重ねることでいい変化という結果を齎した。それが『合格点』だったのかもしれないな」
「なるほど。そう聞くとますます怖い剣ですね、果たしてどちらが『主』で『従』なのか、考えるのが嫌になりそうです」
ローツが肩を竦める。
私は笑い返した。
「過ごしてきた時の長さを考えれば、考えるまでもない。私はこの黒い剣の主だと思ったことなど一度もないな」
さて。
「カイ」
名前を呼ばれ我に返ったカイ。
「今更いらないとは言わないだろう?」
すると少し気恥ずかしいげに笑ってカイは素直に鞘に触れて握った。
「これ、本当に呪いじゃないですか」
「だから呪いだとはじめに言っただろう」
そんなやり取りを聞いてローツが笑った。
「これで俺も万が一の時は心置きなくククマットを離れられるな」
軽い口調のローツの言葉に、カイの表情が激変した。
「何の話です?」
「カイ」
私は再びその名前を呼ぶ。
「は、い」
ローツに問いかけた答えを貰っていない少し不服そうなカイは一瞬の間を挟み私に向き直る。
「ジュリのことでベイフェルア王家が動く可能性が出て来た」
「えっ、い、今更?!」
「そうだ。今更だ。だが、状況としてはその可能性が極めて高い情報が集まりつつある。その時私はジュリのために動く。ククマットを守る余裕など一つもない」
「あ……」
「そうなれば、少なからずローツにも動いて貰うことになる。このククマットを動かせる人間がいなくなる。……分かるな? 私が言いたい『動かせる』の意味が」
『はい』と淀みなく頷いたカイは神妙な面持ちだ。
「なるべくそうならないように私も手を尽くすしクノーマス侯爵家も動く。ジュリは血が流れる戦いを決して良しとしないからだ。だが現実はそう甘くはない、多くの血が流れるだろう。その時、【彼方からの使い】が手を差し伸べてくれるが、ククマットを守るのはこの世界の人間であるべきだ。……頼ることは悪いことではないが、頼り方を間違えてはならない。そのためにもお前はその剣と共にあれ。その剣はこの地を代々守って来た。必要な時に目覚め、使い手を選びながら。私たちが居ない時……ククマットを頼む」
カイは剣を鞘に戻し、そしてそれを腰に宛てがい、私の前に片膝をついて頭を垂れた。
「仰せのままに」
ジュリ「ねえ、それって呪いというより神具じゃないの?」
グレイセル「そうだろうか? だったらそう伝わっていそうなものたが」
ジュリ「……本当に出処も入手した経緯もわからないの?」
グレイセル「全くわからない」
ジュリ「怖くない?」
グレイセル「よく言われるが、所有して一族に不幸な事が起こっていないのに怖いと思うことこそ理解出来ない。普通に使えるなら気にする必要はないだろう?」
ジュリ「一族皆そう思って使ってきたってこと?」
グレイセル「そうだな」
ジュリ「……グレイのたまに妙に雑になる考え方が血筋だったと今理解した」
おおらかとは違うと思ったジュリでした。




