44 * 使い方は自由
そもそもなぜ今まで不揃い真珠のアクセサリーとしてワイヤーを数本使いランダムに通すやり方をしてこなかったかというと、その不揃い真珠のサイズ。
うちで取り扱いしているサイズは殆どが極小粒で、穴を開けてビーズにするのが困難だから。大きいならばいくつか組み合わせる事で豪華に見せられるし、真珠をメインに据えられるけれど問題はそのメインに据えられるサイズとなると不揃いでも真珠の値段が一気に跳ね上がること。これは今まで仕入れて来た経験から。
変わらない。のだけど、トルファ侯爵家からはあの後正式に無選別の状態でキロ単位での購入をして欲しいと要望があった。これはやっぱり一つの貝から多くの真珠が取れることが大きく影響しているのと、無選別にすることでそれだけ手間をかけずに済むから、という利点があちらにはある。この世界特有のファンタジー要素が絡む他の貝や魔物だとある程度想定出来る真珠のサイズが、その貝だけは本当にランダム。開けてみなきゃ分からないうえに不揃い、しかも個数もランダム。
美しいまん丸の真珠が養殖せずとも手に入る世界なら確かに売るのは至難の業なのかも知れない。
「でもこれからはワイヤーを活かしたアクセサリー販売も進められるね」
キリアがウキウキしながら早速一箱だけ届いた不揃い真珠を眺める。
アストハルア前公爵夫妻の記念パーティーは大盛況で終わり、トルファ侯爵様との邂逅以外は何事もなく無事に帰宅することになった私たち。コーディネート部門の従業員はやりきった感が半端なく燃え尽きた感じになっていたので全員数日の特別休暇が与えられお休み中。
でも私いつも通り。はい、朝からワイヤーにさざれ石とか金属パーツを時々混ぜながら真珠を通してネックレスとか作ってます。
「このちょっと大きめ真珠が高くて今までこのアクセサリー作りを断念してたもんね」
「キロ単位で買える利点だよね」
「うーん、これだけ色んな形になっちゃうなら確かに買い手は付かない気もする……」
キリアは自然と自分が今作っているネックレスに使うとバランスが悪くなるだろう形と大きさのものを選別している。ふと作業する手を止めて弾かれたそれらを眺めるとその中の一粒を指で摘んで目の前に持ってくる。
「これなんて大きいけど三日月みたいな形してる。これが入るとちょっとバランス悪くなるから使えない。でも一粒だけメインにするペンダントトップにはできそう……」
「キリアと作ってるとホッとするわ」
「何が?」
「そうやって素材見て『これなら使える』とか『こっちなら合う』ってポンポン出てくるでしょ、ネルビアにいた時もそうだけど……私が【彼方からの使い】だからかわりと人任せになる人多いからね」
「あー、わかるわぁ」
そんな会話をしつつ何本かネックレスを仕上げた私たちはそれを並べて満足、と思いきやキリアがちょっと不満げだ。
「これ、アイデアごと売っちゃうの? もったいなくない?」
「別にうちで全く作らないわけじゃないし、あちらの特産品みたいな扱いになるだけだから」
「ええ……でもさぁ」
「そこはキリアがさっき言った事でカバーするから大丈夫」
「へ?」
「なんなのさ、もう! 先に作ってるとかありえない! 言ってよ、そういうことはあたしに先に言ってからパーティーでも何でも行きやがれ!」
最後、かなり暴言に近い言い方になったキリアを笑い飛ばしつつ私は既に試作済みを五つほど作業台に並べたんだけど、彼女とは反対にニコニコするフィンとセティアさんは実に満足げだ。
「任せると真珠も石もガラスも全部使い切る勢いで作るから言わないんだよ」
フィンの一言に打ちひしがれるキリアは無視、この試作品を作った二人には改めてお礼をしておく。
「忙しいのにありがとうね、助かったわ」
「楽しんで作ったよ、好きに選んで並べるのが面白かったね」
とフィン。
「初めてのことだったのでドキドキしましたが私も楽しかったです」
とセティアさん。そう、実はこれを作ったのはこの二人。
仕上げ含めかなりいい感じの物になっていた。
トルファ侯爵領の不揃い真珠はこの時点で手に入っていなかったので在庫からこれのために少しだけ確保してもらい、その他に天然石のさざれ石、小さくカットされた様々な色合のガラス、薄く剥がさずに厚みを持たせてカットした螺鈿もどきなど、とにかく沢山の素材をかき集め作ってもらいましたよ。
素材寄せ集めパーツとでもいうべきか。
淵が三〜四ミリの高さがある皿のような専用の台座に、真珠や石などを敷き詰めてその上から擬似レジンで固めたそれは。
小さな小さな宝石箱のように輝いている。
大きな楕円はバレッタに、直径四センチの丸と正方形はペンダントトップ、小さなロゼンジ(ひし形)二つはイヤリングパーツにと想定して作って貰った。
表面を二度塗りで擬似レジンで固めているのでツヤツヤで滑らか、しかも真珠や石の凸凹が触るだけでも楽しい。
細かな作業は慣れないからとバレッタ用の大きめ台座に敷き詰めたのはセティアさんだけど、でも楽しんでやってくれたのがわかる。
「紫や青を基調としたんだね」
「はい、カットガラスの薄紫がとても綺麗で真珠と合うんじゃないかと思ったんです。並べ始めるとこれも入れたいあれも入れたいとなってしまって何度も入れ替えしてしまいました」
ちょっと恥ずかしそうにそう告げたセティアさん。でもこの上品な色使いは彼女らしいとも言える気がする。一見涼やかになりがちな色味だけれどそこに真珠が散りばめられたことで温かみがプラスされ、柔らかな印象になったのが素晴らしい。
最近一気に色彩豊かになったトミレアとククマットのガラス。琉球ガラスこと虹ガラスも並行してドンドン開発や改良が進んでいるけれど、本当に色は良くぞここまでやってくれたと侯爵家からガラス工房全てに特別手当が出されたほど。
最早他の追随を許さない勢いのガラスの多色性を広げ続けるこの地域だからこそ出来る。
これはガラスの生産と供給が安定した恩恵。これがなければ作れなかった物と言って過言ではないし天然石と魔石には入手に限度がある、それを補うのがガラスだ。
「しかも今はツィーダム家もガラスの共同開発と生産に加わってくれたからね。あちらさんのガラスをアクセサリーに、っていう販路拡大にこっちも上手く乗っかれるしあちらさんもこのアイデアでもっと軌道に乗せられる。トルファ侯爵家だけが美味しいところを持ってくなんてことはないから安心して」
という私の話を全く聞いてないキリア。
うん、通常運転、流石。
たった一枚の大金貨で交わされた契約。
あの後ちゃんとした契約書をグレイが直接トルファ侯爵様に届けアストハルア公爵様立ち会いでサインを貰っている。
当然それにはこの小さな宝石箱のような作り方は記載されていない。あくまでワイヤーを使ったアクセサリーやそれの応用方法まで。
その先こういったさらなる派生品にまで食い込んで来るかどうかはあちらさん次第ってことね。
丸のペンダントトップは様々な石やガラスの中にワンポイントとしてちょっと大きな真珠が使われている。これは思い切って沢山の色を使ってみようとセティアさんが作ったそう。これこそ宝石箱って感じでシリーズ化しそうなこれらの見本になると言ってもいいかもしれない。
そして、フィンの作ったやつだけど……。
「もしかして……これ、白土使ってる?」
「正解」
キリアが物凄い怖い顔してフィンにその顔を向けたのでフィンがビビり私とセティアさんもビクリと体を反応させてしまった。
「だーーーーー!!」
なんだその叫び。という挙動不審のキリアは放置。
「あれ使ったんだ」
「どうせ擬似レジンをたっぷり流し込むんだ、だったら金属のパーツを使うより遥かに安上がりだってジュリが言ってたからね」
それは白土に金色の塗料を塗った小さなパーツ。
白土表面に塗料が染み込んで独特のつや消し感が出たそれらを差し色として使った正方形のペンダントトップ。擬似レジンで覆われたことで塗料といえども輝きを増し真珠と並んでも見劣りしない。
金色と真珠の隙間を埋めるようにピンクのガラスが使われて、セティアさんが作った紫と青系のバレッタとはまた違った温かみと上品な見た目に仕上がっている。
白土を使う利点は自由さ。形然り大きさ然り。固まる前にカットするなり丸めるなり自由にできるので隙間を埋めるにもってこい。それこそ不揃いの形になっても構わない。
染料や塗料の開発もゆっくりではあるものの進めてきた甲斐があって、金色でも赤が強いとか黄が強いとか、微妙な違いも出せるようになっているのでそれこそ作り手のセンスや組み合わせる石やガラスに合わせて選択肢が多いというのは強みになる。
「このやり方だと……領民講座でも出来そうだね」
「流石フィン。そう、いずれはやりたいと思ってる。台座の種類や価格がちゃんと安定したらやりたいよね」
地球の現代社会ならビーズだけでなく留め具にチェーンといった材料に工具、保管ケース、完成品をプレゼントするための袋や箱等も一つの店で購入が完結してしまう。というか品質や種類が限定される問題はあるけれど百円ショップでも揃う。
この世界で現段階では、そういった店はまだない理由はやっぱり物流問題に始まり細かな製品の安定生産と価格、そして出来たとしても透明で強度もあるOPPと呼ばれるポリプロピレン樹脂が無いため小売が困難 (レイス君フィルムは未だ入荷不安定)など、様々な要因で販売に漕ぎ着ける事が難しい。
だからこそ、積極的に私はやらなければならないと思っている。
気軽に体験出来る環境を。
私の資産が減るとしても、やらなければと思うし、何よりやりたいと思う。
リアルな話をすると私は今仕事で、生きる糧のためにハンドメイドという分野に留まらず世のため人の為そして自分の欲望のためにやっているけれど、違うんだよね。本当は。
地球にいた頃は趣味。自己満足。
あれ作りたいこれ作りたいをOLという社会人の特権とも言える給料で『自分の金だし好きに使う!!』の感覚で大人買いでやっていた。そしてそれをハンドメイド作品を扱うサイトに出品し、売れると『お金が無駄にならなかったうえに自分の作品を認められた』という達成感が得られた。
本当に自己満足の世界だったわけ。
勿論、所謂ノークレームノーリターンな作品作りを前提に作らなきゃ売れないし、昨今はそこに清潔な環境で作っている事や手作りなので強度に問題があることをちゃんと説明に書き込まないと信用も得られないので説明責任が絶対条件みたいな側面もあって、面倒なことも多かった。
でもあくまでそれは個人の範囲を出なかった。
本当に自己満足の世界でやれていた。
今は違う。
その自己満足すら、ろくに体感するのが難しい。
なにより、達成感を知らない人が殆ど。
つまんないよね、そんなの。
人生無駄にしてる!!
は、大げさだとしても。
「てことでもう一個作るか」
「「何が?」」
フィンとキリアが虚無な顔。セティアさんは苦笑。
「簡単よ、ワイヤーにとにかく好きに真珠とかさざれ石を通して」
「好きにでいいの?」
「そう。寧ろなにも考えなくていい! これはテキトーがいい仕事するの!」
本当にテキトーに通してしまう。それなりの長さになったら両端をつぶし玉で固定して。ワイヤーは切らなくてよし。
「で? 丸カンか何かパーツ付けるの?」
キリアがそれらが入った箱に手をかけるのを手で制する。
「いらないから」
「え」
「その代わりこれ」
私が手にしたのは湾曲した長さ六センチの細い金属棒。これは思いついてライアスに加工をお願いし用意しておいたもの。
「そういえば……これ、何に使うのかと思ってた」
「でしょ? これに、こうして巻き付ける」
私はカットせず残したままのワイヤーを棒に巻き付け固定してから、ビーズがびっしり並ぶ部分を端から巻き付けていく。
「え、え?!」
「わあ……贅沢で、きれいですね!」
「おや面白いね」
キリアは嬉しそうに驚き、セティアさんは目をキラキラさせ。そしてフィンは言葉通りに笑う。
台座に並べるのとは違い、細い棒とは言え巻き付けるのでかなりボリュームのある太い塊となる。これを私はバレッタの留め具だけのものにくっつけてみせる。
「ワイヤーちょっと短くて仕上げ出来ないけどもしワイヤーでの固定が気になるなら接着でもいい。するとね、こういうかなりインパクトある見た目のバレッタやカチューシャが作れるよ。今日のは巻き方をあえて太くなるようにしたけど、これは巻くときの角度で細さを調整出来るしそれで見た目も重さも価格も変えられるから色んな意味で面白い売り方はできるかなと思ってる」
格安のガラスやさざれ石のビーズだけでなく、不揃い真珠が安定して入手可能ならこういう『贅沢な使い方』が可能となる。
安い素材でも『贅沢な物』に見せられる。
勿論使えば使う分だけの価格設定が必要だけど、でも今までの庶民には絶対に手の出せない価格、夢の商品、そんな部分に少しだけ手がかかる。
そんな説明をしているそばで、キリアがワイヤーに凄まじい速さでビーズを通し始めた。
「あんた、この後作るものがあるんじゃないの?」
「大丈夫!」
「何がどう大丈夫なのか説明しなよ」
「後でね!」
キリアとフィンのやり取りに私とセティアさんは笑った。




