5 * グレイセル、またもやジュリについて語る。
本日一話更新です。
グレイセルの語り回、特に物語の進展はありません。のんびりほのぼのです。
気になっている事がある。
ジュリの言葉使いだ。
どうにも私との間に距離を感じる。
……まあ、ベッドの中であの丁寧な言い回しをされるのも嫌いではないのだが。
「グレイだったら、文字を綺麗に書けるようになるための講座があったら定期的に行う講座か全何回っていう講座、どっちがいいと思います?」
「……」
「グレイ?」
「……」
「どうしました?」
「なんとなく」
「はい?」
「距離を感じる」
「え?」
「なぜだ?」
「………えーっと、何が言いたいか分からないんですが?」
「ジュリの私との会話だ」
「……はぁ、会話、ですか?」
彼女は分かっていないらしい。恐らく『そういうもの』だと思っているからだ。
私は侯爵子息、ジュリは……。
【彼方からの使い】だが、立場や地位というものに執着が全くない。そのせいで、彼女は『庶民』の扱いになる。
それだ、問題は。
彼女は線引きしているのだ、私との間に。
恋人という仲であるにも関わらず。
「癖ですね、これ」
「癖……」
「グレイは侯爵家の人ですし、年上ですし、初めにどう接したかで固定されてるというか」
「年上といっても二つだろう?」
彼女が困った顔をしている。どうやら無自覚で本当に癖になっているようだ。
「でも、グレイは嫌なんですね?」
「嫌だな、ジュリの気の強い、男相手でも遠慮しない感じの話し方が気に入っているから」
「……それ、誉められてるんですかね?」
「誉めてるが?」
微妙な顔をされた。誉めているのだが。本当に気に入っているのだが。
「じゃあ、そう望むなら意識して話しますねこれからは」
「ぬっ?」
ジュリは感情が声に出やすいタイプだ。今も作品を作りながら集中力していたはずなのに何か思いついてしまったんだろう。そういうとき必ず困った声を出す。
「どうした?」
「『講座』、このタイミングで閃いてしまった。手を止められないのに」
「ああ、なら口頭で教えてくれ、私が書き取る」
「助かります」
あれから一日、話しているうちにジュリも慣れてきたのか砕けた話し方をしてくれるようになってきた。ただ、染み付いた癖というのはそう簡単には抜けないものだろうか? たまに突然丁寧な言い回しをしてくる。そのチグハグな感じがなかなか私は面白く感じ、楽しんでいる。
「地方の料理を習える講座か。面白そうだな」
「その人材の確保をどうするか、が問題なんだけどね。ククマットの飲食店でも他の地方の料理出してるところがあるでしょ? その料理人に月に一回でもいいからお願い出来たらいいかな、なんて思うんですよ」
「うちの料理人にも他の領出身の者がいる」
「えっ、そうなんですか? 話が纏まったら侯爵様にその辺も相談できます?」
「父も料理人も興味を持つ話だと思うから、『講座』としては早くに開設できるかもしれない」
「おおっ! それ開設したら私試食しに教室行く絶対」
「受講はしないのか」
「しない。したい人がするものでしょ。私は食べる専門です」
「そういえばジュリの手料理を食べたことがないな、そんなに不得意なのか?」
「元の世界だと独り暮らししてましたから自炊は出来ますよ」
「食べてみたいんだが」
「……」
「……」
「……いやぁ、侯爵家の方に食べさせるような腕前じゃないから」
「本音は?」
「すこぶる面倒くさい」
チグハグな彼女の話し方。
楽しいなぁ、と心から思っている。
「そんなに笑うかな?」
「ああ、すまない。ジュリの話し方が丁寧に戻ったりするのが面白くて」
「ん? そうなの?」
「ああ、時々混じってる」
「あー、完全に抜けるまで時間かかるパターンだ、これ」
ため息をついて、そして苦笑。ジュリはやはり無自覚だったらしい。
それにしても、話ながらよく手元が狂いもせず作品を作り上げていけるものだと毎度のことながら感心する。
「これも慣れかな? ククマット編みをフィンたちに教えた時から話しながらするのが当たり前だったし」
「そういうものか。私なら間違いなくはみ出したりずれたりしそうな作業をしながら話しているからジュリが特別なのかと思ったが」
彼女は軽やかに笑う。
「グレイは手先が器用な方だと思うけど?」
「そんなことはないな、騎士団にいたころはそれに関連することは自分でこなすのが当たり前の生活をしていたが、基本は執事や使用人が全てしてくれる生活をしてきたわけだし。その点兄は本当に器用だな、あの人は子供の頃に木材を組み立てて動物を作ったり工具に興味を持って使用人に習って自分で本棚を作ってみたりしていた」
「意外!! そういうことするんだ?!」
言葉使いがなれてきたらしい。とても滑らかに対等な言葉使いになっている。
やっぱりこういうことも慣れが必要なんだろうと実感させられる。
「あー働いた」
「それに比例して喋っていたがな」
「喋ってなんぼじゃない? 女は」
「そういうものか?」
「こっちの世界はおしとやかな女性が好まれたりするの?」
「貴族ならそういう妻が望ましいと言われたりするが、実際は夫に代わって領地を守ることもあるからな、喋れないでは困ることも大いにあるはずだ」
「なるほど、結構微妙なラインな訳ね? 社交界だって、喋れないと大変そうだし」
「そうだな、だから母やルリアナなどは相当なやり手だと思う、それなりに毒も吐くし」
「……それ、言っちゃダメなやつね」
「わかってるよ」
ふたりで面白おかしく語り合い、並んで歩く。
「『講座』色々出来たらいいなぁ」
「出来るんじゃないか? うちの家族がヤル気だ。領民が学ぶ環境が増えるとそれだけで将来を担う人間の幅が広がる、いいことだよ」
「確かに。ネイリストの養成学校も今のところ最大で十人で教室も一つで済むし、あの立派な建物を有効活用出来るならお得」
「……ちなみに、なんだが」
「なに?」
「ネイリストの学校は三ヶ月間、その期間にその講座も受けられるようにしたらダメだろうか? 来るのは全て身元のしっかりした、金の余裕がある貴族の家の侍女たちだ。その家に講座の説明もして、体験してもらって、それを宣伝の一環にしてもいいかと思ったんだが」
「おおっ?!」
ジュリの気持ちを高揚させる話が出来たと思うと素直に嬉しいものだ。
「それおもしろい、試用期間を設けて試してみる価値あるかも? 三ヶ月で十人限定だからどの講座も受け入れ出来るだろうしね。今後体制は変わっていくだろうけど、今は色々試して問題点の洗い出しもできるし。それに宣伝はいい案だわ、女は生まれながらにお喋りという宣伝スキルを持ってるからね、お金のかからない優秀な広告塔になるわ」
彼女はこうして色々考えてそれが形になっていくのを見るのがとても好きなんだろう。
こういう話をすると、本気で悩んで、本気で目を輝かせて、実に生き生きしている。
「あ?」
まぁ、時々こうして変な声を出すのはご愛嬌だと思う。
「ケイティに話さないで話を進めていいのかな?」
「今更なことを。大丈夫だ、こちらから全てまとめて資料を随時渡している」
「いつのまに?!」
「いつのまに?! ではなく常に」
「……出来る男ここにいる」
素直にこう誉められるのは悪くない。
「お帰りなさいませグレイセル様」
「兄上は?」
「まだお休みになられております」
「……もう正午だが?」
「昨晩、爪染めに使われる原料の樹木の栽培に向いている可能性がある土地が見つかったとのことで、さらに詳細をしりたいからとその土地がある子爵領についての資料や文献を朝まで」
「早いな、もう見つかったのか」
「ルリアナ様が現在自生する土地について独自にお調べになりまして、類似性のある土地をいくつか候補を絞りエイジェリン様にお伝えしたそうです」
「相変わらず、ルリアナの頭の回転の良さには脱帽だな」
「頼もしいかぎりでございます」
『講座』のことで相談があり本宅に来たものの、兄が寝ているというのなら仕方がない。
「で、そのルリアナは?」
「国内の土地を調べているうちに魔物の分布にも特色があることが気になったとかで、書庫にてそれらの文献を朝から読んでおられます」
「……勉強が好きだなぁ、本当に」
私の呆れた声に執事も同意するように薄く笑みを溢す。
「そんなルリアナの助言でも貰おうかな」
「何か相談事でございますか?」
「ああ、『講座』のことだ。ジュリと話していて随分意見が出てきたから開設当初からどれくらい盛り込めそうか話をしたいんだよ」
「さようでございますか」
心なしか、執事も嬉しそうだ。
まったく。
このクノーマス領は今、一体どうなっているのだろう。
私ですら把握しきれない勢いで成長しようとしている。
まだ、成長ははっきりと見えてはいないだろう。しかし、その礎が今、異常な速さで出来上がっている。
『成長のための礎』。それはすなわちジュリそのものだ。
彼女なくして、今のクノーマス侯爵家はない。
底の見えない、彼女の能力に私は時々畏怖の念すら覚える。
ハルトとはまったく違う能力でありながら、その影響力は同等のものだといえる。
【称号】も【スキル】もそして魔力もないからこそ、計り知れない何かを感じてしまう。
ただそこに不安は一切ない。
「ぬぉあ!!」
「どうした?」
「おいしい! これおいしーい!! んっふぁぁぁぁ!! うまーい!!」
久しぶりに手に入った魔物、コカトリスの肉を丁寧にローストし、侯爵家特製のソースをかけた骨つき肉を豪快に食べるジュリ。ジュリに食べさせてあげてと持たされたのは特大の塊肉である。
「コカトリス! 高級地鶏だ、これ!! ヤバい肉汁がぁ! ぬふぁ!」
ひっきりなしにフォークとナイフが動き、ジュリの口に肉が吸い込まれるように運ばれる。
「コカトリスは侯爵領にはいないからな、入手が難しい。久しぶりに手に入ったんだよ」
「高級品?!」
「ブルよりは。他の領地だと当たり前に狩れる魔物だからそう高くないが、ここに運ぶ輸送費がどうしてもな」
「なるほど。うーん、うまーい!」
「ブル同様大きな魔物だから肉は多い、遠慮せず食べていいぞ?」
「遠慮のしようがない!」
色気より、己の本能である食い気を優先的にするジュリ。
こういう彼女なので、心配ないのだ。色気は私と二人きりの時に出してくれればいい。
素直とは少し違う、彼女特有のこのあっけらかんとした性格だからこそ、私は気に入っているし安心出来るのだ。
「あー、そういえば爪染め関連のこの先は侯爵家に丸投げでいいんだよね?」
「いいんじゃないか? ルリアナもやる気に満ちているし」
「おおっ、頼もしい人が動いてくれるんですね!」
「ウィニアとイサラがそのプレッシャーに胃に穴があきそうだと嘆いていたが」
「あぁ……ルリアナ様の見かけによらない行動力と判断力と決断力に追い立てられちゃったんだね……頑張って、としか言えない」
「まあ、何とかなるだろう。やる気があるのは二人も一緒だ」
「ですよね!!」
ちぐはぐな口調と止まらぬ食欲。
やはり、ジュリはいい。
飽きない。
どんなことにも適応する能力があるジュリならば、すぐにもこのちぐはぐな口調は直るだろう。だから、今はこの貴重な彼女を堪能しよう。
「どうした?」
ソファーで体を横たえピクリとも動かない。
「た」
「た?」
「食べ過ぎた……胃がコカトリスに占拠された」
欲望 (主に食欲)に忠実な彼女には、よくあることである。




